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「葵と杏葉」
葵と杏葉・藩主編

葵と杏葉藩主編 第二十一話 硝子玉と四位少将・其の参

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 佐賀鍋島藩武雄領はとある事件で大騒動に陥っていた。何と阿蘭陀人士官が『日本人に懐いているから』と武雄に置いていってしまった洋犬・カメンが行方不明になってしまったのである。

「おい、こっちにも居ないぞ!」

「一体どこに行っちまったんだ!」

 人里は勿論、藩境にあたる山の中まで武雄の藩士達はカメンの行方を捜し続けた。阿蘭陀人士官が武雄を去った後、五日間は確実に武雄領内にいたことは判明しているが、六日目あたりからカメンの姿が見あたらなくなり、『これはどこかに逃げたかもしれない』と気がついたのはそれからさらに三日経った後であった。
 領内でうろちょろしている分には何ら問題は無いが――――――阿蘭陀人士官と共にカメンの珍しい姿は武雄中の噂になっている――――――万が一他藩の領内に入り込んでしまったら一大事である。
 武雄藩ではただちに『蘭犬探索方』なる役職を作り、藩内をくまなく探索することにしたが成果は得られず、現在に至る。 
 そしてその騒ぎの所為で、ある男を中心とした数名が武雄からいつの間にか姿を消した事に誰も気がつかなかった。否、ただ一人を除いて、と言った方が良いだろう。

「犬より存在感がないとはな・・・・・・間者の鑑と言うべきなのか、それとも影が薄すぎると言った方が良いのか」

 茂義は唸りながらも感心する。存在感というものは、隠そうとすればするほど露見するものであるが、そうならないところが間宮の間者としての手腕なのだろう。仕事の都合上とはいえ、その技を目の当たりに出来た事はこれからの仕事に繋がるかもしれない。

「しかし・・・・・・カメンを連れて何をするつもりなのか、皆目見当が付かん」

 出来ることなら事情を話し、『蘭犬探索方』などという馬鹿馬鹿しい組織を解散させたいのだが、ここまで話が大きくなってしまった今、それもままならない。茂義は肩を落として帰ってくる蘭犬探索方の者達を、城の窓から眺めながら思案に暮れた。



 その頃間宮林蔵は、カメンや他の仲間と共に大道芸人の一座に化けて一気に九州を南下、あと二、三年はかかるだろうと思われていた薩摩入りを果たしていた。さすがに今回の薩摩入りはあくまでも様子見である。しかし故郷を離れて数年、任務に就いている間者達に焦りがないと言えば嘘になる。今回の半ば強引とも言える薩摩入りも、間宮が部下達全員に押し切られて渋々決行したものであった。
 そのような危なっかしい任務であったが、カメンも一座の一員として役割を果たしていた。元々人なつっこく、賢い犬である。いくつか簡単な芸事をやらせればその物珍しさから人が集まる。そして芸を見れば何かしら恵んでいくのもこの時代の人々の美徳である。

「こや変わった犬なぁ」

 中にはカメンの頭を撫でながら米や小銭を恵んでいく者もいた。そんな人々に愛想良く尻尾を振っていたカメンだったが、突如毛を逆立てて唸り始める。

「これ、カメン!すみません、普段はおとなしい奴なんですけど」

 間宮はカメンが威嚇する相手に向かって頭を下げ、カメンを押さえつけた。

「よかえ、気にせじしてたもんせ」

 カメンの目の前にいたのは手に饅頭を盛った籠を持っている若い女性であった。唸り続けるカメンを前にして顔色一つ変えないその女性に間宮は嫌なものを感じたが、さすがにこの場で問い詰めるわけにもいかない。

「曲芸、愉しませて貰おいもした。お口に合うか判いませんがいけんぞ」

 女性が饅頭の入った籠を間宮の部下である若い男に差しだした。

「へぇ・・・・・・美味しそうですね。後で食べましょうか。ありがとうございますね」

 間宮の部下が駕籠を受け取ったその時、カメンがいきなり飛びつきその饅頭に食いついたのである。いつもは人に与えられたものしか食べないカメンだけに、その行動に皆驚愕する。

「こら!カメン!行儀の悪い!吐き出せ!」

 行儀の悪さと言うよりは、先程の怪しげな女が渡した饅頭をカメンが口にした事に間宮は大声を上げた。その刹那、間宮の嫌な予感は最悪の形で当たってしまった。カメンが苦しげに一声鳴き、口から泡を吹いて倒れたのである。手足は痙攣し、押さえつけようとしても押さえつけられない。

「毒だ・・・・・・石見銀山鼠取りか何か判らぬが」

 手足の痙攣が徐々に治まるのと同じくしてカメンの利発な瞳は徐々に光を失ってゆく。

「カメンは・・・・・・気がついていたのでしょうか」

 騒ぎのどさくさに紛れて、饅頭を持ってきた女はどこかに逃げてしまったらしい。辺りを見回してもその姿は無い。間宮の部下は悔しげに唇を噛みしめ、カメンの滑らかな毛並みをなで続ける。その目には大粒の涙が浮かんでいた。

「だろうな・・・・・・ここが潮時だな。皆、一旦薩摩から引くぞ」

 間宮の言葉に、部下達は驚愕する。

「えっ?ここまで折角来たのに」

 一番若い部下が、間宮の提言に不満げな表情を浮かべた。

「どこで食料を調達する?大道芸人でさえ毒を盛られるのだぞ。誰か一人でも確実に残れる道筋を改めて作ってからでも遅くはない。あと・・・・・・二、三年はかかるかな」

 間宮のその言葉に全員落胆の色を見せる。ここまで来るにもすでに三年以上かかっている。まだ郷里に――――――江戸に帰ることは出来ないのだという事実が、全員を落ち込ませる。

「ほら、しっかりせんか」

 落ち込む仲間を間宮は鼓舞する。

「カメンは命をかけて我らを助けてくれたのだぞ。それを無駄にしてしまったら我らは犬畜生より劣っているという事になる」

 その一言が決定的だった。間宮達一行はカメンの亡骸と共に薩摩を後にした。さすがにカメンの亡骸を薩摩の地に埋める気がしなかったのである。間宮達は武雄まで引き返し、その亡骸を蘭犬探索方に引き渡した。事情を知った茂義はカメンの務め振りに感銘、立派な墓まで作ったという。



「・・・・・・不憫じゃな」

 斉正の話に盛姫は涙ぐんだ。カメンがいなければ、間宮陣営の誰かが命を落としていたかもしれない。薩摩への入国は厳しいと噂に聞いてはいたが、ここまでとは思わなかった。ただ、裏を返せば後ろ暗いところがなければここまで厳しくする必要は無いはずである。間宮もそう思い体勢を立て直すため一旦引き返したのだろう。

「ええ。長年仕えている人間でさえ裏切ることがあるのに、カメンは一飯の恩義を忘れず間宮への忠義を貫きました。四十七士並ですよね」

 盛姫の涙に感化されたのか、斉正もしんみりと呟いた。

「もしかしてそれだからこその『立派な墓』なのか?カメンの忠義故の?」

「みたいですね。カメンの死を目の当たりにした間宮達よりも、武雄の者達が・・・・・・特に茂義が感銘を受けてしまって」

 斉正は溜息を吐いた。芝居や黄表紙など女子供のものだと豪語する割に、茂義は意外とこういうものに弱い。斉正が傍から見て『これは作り話だろう』と思うものでさえも感激にむせび泣いたりする。

「きっと風吹への手紙にはこれでもかと叙情たっぷりにカメンのことを書き連ねている事でしょう。明日、風吹は仕事にならない可能性がありますよ」

 斉正の言葉に盛姫も頷かざるを得なかった。

「ありえるな・・・・・妾の方針で芝居にもろくに行っておらぬ故、芝居がかった読み物なぞ読んだ日には間違いなく感化されるじゃろう」

 そんな盛姫の杞憂は現実の物となりつつあった。斉正と盛姫がカメンの話をしているのと時を同じくして風吹の部屋から押し殺した嗚咽が聞こえていた。

「犬とは言え、何と律儀な・・・・・・」

 その場にいたら、きっと冷ややかな態度を取っていたかもしれないが、情報を知るのは手にしている茂義の手紙ただ一つである。しかも多分に茂義の感情が移入されているだけに冷静な判断を下せと言う方が無理だろう。次の日、風吹は瞼をはらしたまま務めをこなすことになる。



 数日後、江戸城へ登城した斉正は代理人を立てることなく自ら官位を受けた。これにより斉直より一段高い少将の身分を得ることになったのである。

 武家の官位というものは公家のそれとは全く違う。特に徳川政権下では独自の発展を遂げていると言って良いだろう。徳川家康は江戸幕府を開くと、豊臣政権時代の苦い経験から官位を武士の統制の手段として利用しつつ、その制度改革に乗り出した。
 まず、禁中並公家諸法度により武家官位を員外官とする事に成功した。武家官位を公家官位と切り離す事によって、武士の官位保有が公家の昇進の妨げになる事態を防止したのである。少将、中将、中納言、大納言などの官職を権官として任じたことも、そのあらわれである。
 また、武家の官位の任命者は事実上将軍とし、大名家や旗本が朝廷から直接昇進推挙を受けた場合でも、将軍の許可を受けねばならなかった。これらの武家官位について、伺候席席次を官位の先任順としたり、一部の伺候席を四品以上の席とするなどして、格差をつける。その上で、大名家により初官や昇進の早さを微妙に変えるなどして家格の差を生ぜしめた。
 これほど神経質に決められている官位である。一段だけとはいえ、斉正が侍従から少将に、それも先代が生存中の二十一歳の青年が叙任されるというのは極めて異例なのだ。これも全て盛姫や茂義の働きかけ、そして幕府の間者を受け入れた武雄藩の尽力に他ならない。

「・・・・・・例の件については武雄が尽力してくれているそうだな」

 官位授与が終わった直後、老中の大久保が斉正に語りかけてきた。

「身内の事情もございますが、あれも幕府から与えられた務めに愉しみを覚えたようでございます。こと砲術に至っては武雄自ら高島秋帆に弟子入りを希望しているほどで・・・・・・」

「それは重畳」

 大久保は笑顔でそう言うと、次の瞬間真顔になった。

「ところで話は変わるが、佐賀の米の出来は如何ほどか?」

 大久保の余りに真剣な表情に、斉正は一瞬たじろぐ。

「え・・・・・・ようやく子年の大風の前年並に戻りましたが・・・・・・それが?」

 その言葉に大久保はそうか、と肩を落とす。

「飢饉はやっぱり東に寄っているのだな・・・・・・」

「飢饉!」

 その言葉に斉正の顔が強張る。天明の大飢饉が終わってからの約四十年近く、佐賀の大風被害のような例外を除き、米の豊作が続いていた。だが、今年は東北地方を中心に収穫が半分近くにまで落ち込んでいると大久保は嘆く。

「我が藩の藩士に二宮という男がいるのだが、今年の夏に『夏なすが秋なすの味になっている。』と報告してきたのだ。その時は『何を馬鹿な』と一笑に付したのだが、まさかこの様なことになるとは・・・・・・」

 二宮は大久保家の分家・旗本宇津家の知行所であった下野国桜町領の仕法を任せられている男である。冷害を予測し、冷害対策として村人に稗を植えさせただけでなく、本家の大久保にもその旨を報告していたのだ。さすがに大久保は話半分に聞き流していたが、こんな事なら対策をしておくのだったと悔やむ。

「先の飢饉は弘前だけでも十万人以上の死者を出し、藩の人口が半減したと平戸藩のご隠居様より伺っておりますが」

「・・・・・・あのご隠居殿の言う事なら間違いないだろう。幕府への報告は死者一万となっておったが」

「改易を怖れたのでしょう。しかし他人事ではありませぬ。ようやく大風の被害から立ち直ったばかりなのに、さらに飢饉に襲われたら、それこそ首をくくらねばなりません」

 斉正は面白くもない冗談を口にしながら無理矢理笑顔を作った。この飢饉はのちに天保の大飢饉と呼ばれ向こう六年人々を苦しめることになるが、この飢饉こそ佐賀の財政立て直しに一役買うことになる。



 例年より少しばかり忙しかった事もあるのか、盛姫と過ごす楽しい時間は瞬く間に過ぎ、斉正は江戸に帰ることになった。唯一の心残りと言え盛姫に二年近く会えなくなるという事だけだろうか。

「まだ・・・・・・ややは授かっていなさそうですか」

 斉正は盛姫の腹の辺りを撫で擦りながら残念そうな顔をする。

「済まぬ・・・・・・こればかりは」

「いいえ。国子殿が悪いわけではございませぬ」

 斉正は今まで心にこそ思っていたが、言い出せなかったことを盛姫に言った。

「阿蘭陀には、否、外国には優れた医術がたくさんあります。もしかしたらその中にややが出来るようになるものもあるかもしれないじゃないですか。そんな医学を探すために、国許に医学の研究をする施設と役職を置こうと思うのです。これは伊東先生や藩医にも勧められました」

「しかし、そんな金子なぞ・・・・・・」

「できるだけ切り詰めて工面します。最終的には領民に良質な医学を提供できるようになればありがたいのですが、そこまでいくかどうか」

 領内を回って気になるのが病人の多さであった。藩主としては領民に健康になって貰い、稲作にいそしんで貰わねばならないのである。でなければ年貢さえおぼつかない。最初の投資こそ藩の財政を考えた時苦しいものがあるが、領民の健康、それに伴う年貢の増加、さらには自分と盛姫の子が生まれるようになれば安いものである。東北地方で飢饉が起こり始めている今、収穫が安定しているうちにやるべき事はやってしまいたい。

「国子殿の御褥御免まであと六年、しかも逢えるのは二年に一度・・・・・・我々には時間がないのです。確かに懐事情は苦しいですけど、ここで頑張らねば私は一生後悔するでしょう」

 斉正は盛姫の手を取り、力強く訴えた。



UP DATE 2010.07.07

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硝子玉と四位少将其の参です・・・・・今回はカメンがお気の毒な展開に(T T)。
薩摩としても御台所に恥をかかせないようにしつつ、それを維持するため『抜け荷』という犯罪に手を染めなくてはならなかったのです。それだけに幕府やその他の間者には相当神経を使っていたみたいですし・・・・・鹿児島弁も外部の人間をすぐに見分けるためだと聞いた事があります。(小学校の時の担任の先生が鹿児島県出身だったのでv)
今回はカメンが悲劇に遭いましたが、これは間宮や他の人間だった可能性も大いにあります。(捕まってしまった場合はさらに悲惨だし・・・・・全年齢版ですので多少は遠慮しております。)

そして官位授受の時の会話にも書かせていただきましたが、天保の大飢饉がこの年から約6年間(ひどいのは4年間)続きます。この時米相場がだいぶ上昇していますので佐賀にとっては追い風になるんですよね~。ただ、幕府の要請で斉正は一部格安の価格で米を売りに出しているらしいです。(甲子夜話に書いてあったと思うんですが、見失ってしまって・・・・・ただいま捜索中。とりあえず東北の藩へ支援をしようとした事は確かです。)
天保の飢饉でどう佐賀が変わるのか、お楽しみにv


次回は7/14、貧乏で首が回らない中、無謀にも作ってしまった医学館についての話が始まります。
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