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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第一章

夏虫~新選組異聞~ 第一章 第二十二話 愛次郎、死す・其の貳

 ←横浜港にて~横浜慕情 昌憲と亜唯子の章・其の貳 →拍手お返事&不祥事続きでも相撲、好きです
それは山南と佐々木が鴻池屋を訪れる半刻ほど前の事であった。大柄な男が一人、鴻池屋にやってくるなり、草履のままずかずかと店の中に入り込んだのである。

「壬生浪士組のものだ!尽忠報国のための軍用金、百両耳を揃えて出せ!」

 大塚巌と名乗ったその男はドスを利かせた声で番台を脅し、金を強請ったのだ。大塚というのはもちろん偽名であろう。

「たぶん岩塚でしょうね。」

 番頭の話を邪魔しないように佐々木は山南の耳許に囁く。その囁きに山南も同意し、頷いた。

「だろうね・・・・・それで百両払われてしまったのですか?」

 山南は佐々木の耳打ちに気がついて話を止めてしまった番頭に話を促す。

「いんや、とりあえず三十両やけ・・・・・あとは切手を金子に換えるか、晦日の集金をしはるまほな金子は手に入りまへんとしゃべるたら、べろ打ちをして出て行きよりました。宿に残りの七十両を持ってこいと言い残して。」

「宿に?」

 という事は鴻池屋に自分の居場所を教えているという事である。これによって岩塚の潜伏場所を特定できるかもしれないと山南と佐々木は気色ばむ。

「へぇ、道頓堀の『升市』はんてゆう旅宿に泊まってる言うて・・・・・。」

 宿の名を聞いて山南と佐々木は顔を見合わせて頷いた。

「どうもありがとうございます。必ずその男を捕まえますからご安心下さい。では、御免!」

 番頭が『せめて主人にも挨拶を!』と叫ぶのを背に、山南に続き佐々木も頭を下げると早々に店を後にした。



「・・・・・という訳なんだ。佐々木君には申し訳無いが親御さんへの挨拶はせずにこちらに帰ってきたよ。」

 思ったより早く帰ってきた山南と佐々木の話に一同愕然とする。

「この事は奴にばれていないのか?」

 近藤が心配そうに山南に尋ねた。折角潜伏先が判ったのに逃げられては元も子もない。

「勿論鴻池には口止めはしてきたし、ちょっとあちらにも手を貸して貰ったのでね。よりによって今日が六月の晦日--------------半年に一度の支払日の締めということも我々に運があったと言っていいだろう。明日佐々木君と共に手代の振りをして『升市』に行ってくるよ。」

 そう言って取り出したのは鴻池のお仕着せだった。この姿なら窓の外から発見されてもそう簡単に判らないだろうという山南の考えから借りてきたものである。しかしその意見に土方が異を唱える。

「山南さん、あんたじゃ商人の真似は無理だ。物腰は柔らけぇが『武士』の癖が抜けねぇし、その足!左右が違いすぎらぁ。」

 土方は山南の足を指さし指摘した。武士の左足は刀を差すせいで右足より大きくなってしまう。山南の足はまさにそれだった。

「あんたは二本きっちり刺して階段の下で岩塚を待ち伏せていてくれ。勿論俺も付き合う。奴はかなりの巨漢だというから屋根を伝っては逃げられないはずだ。佐々木!」

「はい!」

 土方の声に佐々木は思わず姿勢を正す。

「部屋への踏み込みはおめぇと安藤に任せる。月代を結い直して町人に化けられるのはおめぇらだぇだ。」

「承知!お任せ下さい!」

「頼んだぞ、佐々木君。」

 近藤からのねぎらいも佐々木のやる気を倍増させる。そして捕物の準備の為、その場はお開きとなった。



 次の日の朝、鴻池屋のお仕着せを着た佐々木と安藤は細長い風呂敷包みを手に『升市』へ顔を出した。山南と土方はその様子を斜め向かいの茶屋から見つめている。不逞浪士が出入りする旅宿だけあり、初顔の二本差しがいきなり入れそうもない、いかがわしい雰囲気が宿から漂っていたのである。

「動きがあったらすぐに窓から大声を出せよ。」

 そう佐々木と安藤に伝えはしたが、声を出す前に殺られたらそれも無理だろう。とにかく騒ぎが起こったら土方と山南がすぐに店に飛び込む--------------そう打ち合わせをして四人は二手に分かれたのである。

「すみまへん、大塚様と言われるお客様はウチにいらっしゃいまんねんわでっしゃろか。もしいらっしゃおったんやら鴻池のものがお約束の品をお届けに参りたんやと言付けをお願いしたいんやけど。」

 佐々木の御国言葉に何ら不自然なところもなく--------------何せ大阪で生まれ育っているのだ--------------そして佐々木の容姿もいかにも大店の手代然として見目麗しい。宿の者は何ら疑いもせずに二人を岩塚の部屋へ案内した。



 『升市』の若い衆に案内されたのは、辺り一面に調子と膳が散らかった、雑然とした部屋であった。その中央で巨躯の男が大の字になって眠っている。この男こそ岩塚であろう。宿の者が階下に降りていったのを確認すると、佐々木と安藤は風呂敷に包んでいた脇差をそれぞれ手に取った。

「岩塚!壬生浪士組を謀った罪、許すまじ!覚悟しろ!」

 安藤が岩塚の首に抜き身を突きつけながら怒鳴る。その瞬間、目覚めた岩塚は突きつけられた刀を避けるように安藤の足許に向かって思いっきり転がったのである。

「うわっ!」

 安藤は足許を掬われ、畳の上に倒れた。

「!」

 佐々木が安藤を起こそうとした瞬間、岩塚は立ち上がり、その巨躯に似合わぬ素早さで階段を転がり落ちるように逃げ出したのである。

「山南副長!土方副長!お願いします!」

 佐々木の声に山南は真っ先『升市』の中に走り込む。その瞬間、階段から下りてきた岩塚と目があったのだ。宿の中が騒ぎに騒然とする中、山南は本能的に刀を抜き身構える。

「どけっ!こんなところで捕まって堪るか!」

 刀を抜き放った山南を見つけると、岩塚は大刀を抜き放ち力任せに山南に振り下ろした。

バキッ!

 何とも言えない嫌な音と共に、山南が手にした刀が一尺あたりのところからものの見事に折られてしまったのである。山南は岩塚の攻撃を避けるように素早く後ろに跳びずさり脇差を抜く。

「刀と言うより棍棒使いのようだね。あれじゃあいくら良い刀でも意味が無い。」

「うるせぇ!」

 山南の言葉に怒り狂った岩塚は再び刀を振り上げ山南に襲いかかる。その岩塚の刃を身を沈めながら避けると山南は横一線に刀をなぎ払った。

ブシュ!

 あたりに血が飛び散り、岩塚は斬られた腹を押さえる。その刹那である、背後から何者かによって岩塚が倒されたのである。

「岩塚!神妙にしろ!」

 岩塚の背中に馬乗りになり、縄をかけたのは他ならぬ佐々木であった。



 岩塚を捕まえたはいいが、処罰する場所が無い。仕方なく三人は岩塚を奉行所へ連れて行き、刑場を借りて岩塚を処断した。そして七月二日朝、この首は天神橋に梟首された。



 天神橋から帰ってきた壬生浪士組の許に鴻池屋から番頭がやって来た。

「この度は誠にありがとうございました。つきましては謝礼をさせていただきたいのですが。」

 その申し出に皆思わず顔を見合わせる。

「・・・・・・だったら軍用金として二百両、と言ったら?」

 冗談とも本気とも付かない芹沢の言葉に近藤以下全員が唖然とする。

「せ・・・・芹沢さん、それはちょっと・・・・。」

 しかし近藤の心配をよそに、番頭は芹沢の言葉に対し笑顔さえ見せた。どうやら壬生浪士組の悪い噂から、もっと高額な軍用金を提示されると思っていたらしい。番頭の表情を見て、芹沢はもう少しふっかけておくんだったと少し後悔した。

「せやったらお安い御用です。それと、一昨日の捕物で武士の魂を折られてしもうたお方がいらはる、ってうかがったんですが。」

 何と番頭は折られた刀にまで言及しだしたのである。これも心の余裕の表れだろう。

「ああ、気にしないで下さい。こんな務めをしていれば珍しくもない事です。」

 さすがに山南は鴻池の番頭の申し出を固辞した。二百両の献金が決まった直後に刀の請求という個人的な申し出をするのに抵抗を感じたし、この気前の良さに何となく薄気味悪さ感じずにはいられない。たぶんこの機会に壬生浪士組との縁を強固にし、長州浪士達の強請を未然に防ぎたいという思惑なのだろう。しかしどんなに山南が固辞しても番頭は引かなかった。

「いいえ!これでひいてしもうたら鴻池の銘が泣きます!ここはわての顔を立ててください!」

 何と番頭は土下座をして頼み込みはじめたのである。確かに武士には武士の矜持があるように、商人には商人の矜持がある。店に来た押し借りを捕縛、処断して貰っておいて何もしないという訳にはいかないのだ。山南は少々困った顔をしたが、番頭の立場もあろうとその申し出を受けた。

「・・・・・できれば刀は自分で納得したものを選びたいんだけどね。確かに『赤心沖光』はあまり有名じゃないけどなかなか良い切れ味だったんだよ。」

 番頭が帰った後、山南はぽつり、と呟いた。例え五両ほどの安物であろうとも自分の癖にあった刀であればそれに越した事はないし、高くても人を斬る事さえ出来ない刀もある

「斬れねぇ刀だったら売っ払ってその金で斬れるもんを買えばいい。向こうだってそのつもりだろう。商人の事だ、たぶん銘で選ぶだろうからそこそこの値段で売れるさ。」

 いつまでも困惑し続ける山南を納得させるため芹沢がそう言ったが、その発言は見事に裏切られた。
 二日後、再び宿にやってきた番頭が持ってきた刀はあろうことか『源清麿』であったのだ。水心子正秀、大慶直胤と並び『江戸三作』と並び称された名工の作である。

「江戸のお方やから江戸の刀の方がええかと思いまして・・・・・武器商に頼んで探し出してもろうたんですけど、時間がかこうてしもうてすんまへん。」

 目録からするとそれは三十両ほどの刀であった。どうやら実用の大量生産品として作られたものらしい。鞘から抜き放った重さも反りも、以前の『赤心沖光』とほぼ変わらないというのも有り難かった。山南は番頭の心遣いに礼を言った。

「清麿なんて縁起でもない。山南君、京都に帰ったらいっそ別の刀をあつらえた方がいいんじゃないか?どうも気になる。」

 番頭が帰った後、そう文句をいったのは近藤であった。確かに『源清麿』は良い作品を作っていたが、刀工としての素行が芳しくなく、最後に自害をして亡くなっている。さすがに番頭はそのような事まで知らないだろうが、連日生死の賭けた戦いに臨んでいる者として縁起の悪いものを身につけるのはどうかと思う。しかし、近藤ほど山南はその事を気にしてはいないらしい。

「まぁまぁ。刀なんて消耗品ですから。この刀も戦いの中ですぐに折れてしまうかも知れませんよ。」

 のちに自分がその刀工と同じ最期を辿る事になろうとはつゆほども思わず、山南は刀を手に取りにっこりと笑った。

「それにしても今回は佐々木君のお手柄だね。」

 山南は刀の話から話題を変えようと佐々木の捕物振りに触れる。

「止めてくださいよ。恥ずかしい。」

 山南の言葉に佐々木の顔は真っ赤に染まった。あの時はただ夢中に岩塚を捕縛したのだが、気がつけば華奢な佐々木が巨体の悪人を捕まえたとやんやの喝采が起こっていたのである。

「いやいやどうして。もう少し隊が大きくなったら助勤にさせるからそのつもりでいろ、佐々木!」

 照れる佐々木に対し、芹沢も上機嫌に佐々木を褒め称える。この時、佐々木の人生は一番の輝きを放っていた。そう、まるで燃え尽きる前の蝋燭のように・・・・・・。このひと月後に自分の身に降りかかる悲劇など思いもしないまま、佐々木はただひたすら仕事に、そして恋に打ち込んでいた。



UP DATE 2010.07.09


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『愛次郎、死す』第二話です・・・・・うわ~ん、徐々に『あのシーン』に近づいているんですよね~。新選組を書いていれば必ず隊士の死について書かねばならないんですが、やっぱり覚悟が要ります。あと二話、気合いを入れていきますね~。

今回の『升市』の事件ですが、いわゆる『岩城升屋』の事件とは別物として解釈しました。『升』の字が同じだからでしょうか、あちこち資料を読ませて頂いたのですが、結構混乱があるんですよ(爆)。特に山南さんが腕に怪我をしたというのは絶対にこの時期では無いはずですので(八月十八日の政変や芹沢さんの暗殺にも山南さんは出ております)今回の事件では刀が折れただけ、ということにさせていただきました。新選組関連の資料は講談的なものも少なくないのでどれを選んでいいのか本当に迷います。

次回は以前ちらっと出た『畝傍山』の種明かし、そして愛次郎とあぐりの逃避行途中までの予定です。


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