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「紅柊(R-15~大人向け)」
丙申・春夏の章

将軍隠居と次代の浅右衛門選び・其の貳~天保七年四月の内定

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 山田道場に通う門弟達に緊急の招集がかかったのは、吉昌の江戸城出仕翌日の四月十七日のことだった。爽やかな薫風が吹き抜ける季節であるにも拘わらず、門弟達が一同に集められた広間は異様な緊迫感が漂っている。
 それもそうだろう、彼らの眼の前にいるのは吉昌だけでない。吉昌を中心にその横には長老の後藤五左衛門、その息子で一門筆頭の後藤為右衛門、そして次席の前畑四兵衛がずらりと並び、気難しい表情を浮かべているのだ。間違いなく御様御用、またはそれ以上の発表があることは間違いない。しわぶきひとつさえ躊躇われる静寂の中、吉昌がようやく口を開いた。

「皆に来てもらったのは他でもない。実は昨日の出仕の際、幕府から次代山田浅右衛門を内定するようにとのお達しがあった。今日はその事について話したいと思う」

 口調こそ穏やかだったが、その内容の重大さに若い門弟達が一気にざわめき出す。

「静粛に!私語を慎め!!」

 後藤為右衛門の鋭い一喝に、その場は打って変わって水を打ったように静まり返る。

「最終的には今年九月の御様御用にて決定することになるが、その前に今月中にある程度の絞り込みをする予定だ。もし都合が悪いものがいるならば早めにこちらに告げて欲しい。また、各藩庁にもその旨を伝え、周辺調査をすることになるだろう」

「あの、その身辺調査ってお師匠様自らが行うものなのでしょうか・・・・・・」

 門弟の一人が恐る恐る尋ねる。何かと多忙な吉昌である。次代浅右衛門候補者の身辺調査を自ら行う暇があるようには思えない。
 案の定、吉昌は自ら動くわけではないと門弟達に断言したが、それ以上に恐ろしいことを口にした。

「俺が自ら行ってしまっては私情が入ってしまうからな。この件に関しては、幕府から非公式で調査が入るだろう。建前上は山田家の一任とされているが、先々代の時に悶着があった故、かなり事細かく調べられるだろう」

 その一言に、門弟は一同に顔を強張らせた。その一悶着――――――新實による五代目山田浅右衛門娘夫婦の殺害は、山田家最大の不祥事となっている。それ故に幕府による身辺調査も致し方がないと言えるだろう。そして新實の影は未だ消えることなくちらついており、つい先日も前畑銀兵衛が左腕を斬られたばかりだ。
 そんな中での世継決定と慣れば、幕府の目も厳しくなる。大した悪さもしていない、というよりは稽古や手代わり仕置などが忙しく、遊ぶ暇さえない門弟達だが、『幕府の調査』に一言にかなり及び腰になってしまった。

「山田浅右衛門の銘は憧れるけど・・・・・・なぁ」

「幕府のお調べが入るとなると、うちの藩庁に色々言われそうだよ」

「見栄を張るな、見栄を。幕府の調査の前に、お前の腕じゃ真っ先に候補から落とされるだろうが」

 ざわざわと私語を始めてしまった門弟達だが、先ほどとは打って変わってそれを叱ることもなく、吉昌と長老の五左衛門、為右衛門と四兵衛はじっとその様子を見つめる。

「・・・・・・どうやら半数以上の若手はこの段階で辞退しそうですね」

 若手門弟達の私語の内容を聞き取りながら、小声で為右衛門が語りかける。

「さすがに山田浅右衛門の銘は大きすぎる、というところか」

 為右衛門の言葉に、吉昌も小さく頷く。

「取り敢えず残るのは五人くらい、というところだろう」

 五左衛門も注意深く門弟達を観察しながら、おおよその候補者の人数を絞り込む。

「うち今年の御様御用は三名・・・・・となるとほぼ決まりですかね」

 口に出したのは前畑四兵衛だったが、それは他の三人と同意見だった。門弟達が浮足立つ中、ほぼ瞬時に候補者を絞り込んだ四人は目を合わせ、小さく頷いた。



 全体の会合の後、吉昌らは一人ひとりと面接を行い、次期山田浅右衛門候補者に名乗りを上げるか否か門弟達に尋ねた。次男、三男坊が多いとはいえ藩の許しを得て山田道場に通っている優れた腕の持ち主ばかりである。既に婿養子先が決まっていたり、役職を貰ってしまって脱藩することができなかったりと半数以上が辞退を申し出た。
 そこまでは特に問題はなかったが、唯一の計算違いは吉昌らが三名の候補者の中の一人にと考えていた松山藩の神崎という男も辞退を申し出た事である。

「実は国許には内緒でここに通っておりまして・・・・・・江戸家老のお目こぼしでこちらに通わせて頂いておりますが、幕府の調査が入ると国許に露見してしまい、こちらに通うこともままならなくなりますので」

 剣術好きの極めて真面目な男が四人に対して平謝りに謝る。きっと松山藩江戸家老もこの生真面目さ、剣術好きを認めて黙認していたのであろう。そして同様の理由で御様御用も辞退するとも神崎は申し出た。御様御用の箔さえ付けてやれないのは気の毒だったが、藩の事情故仕方ないだろう。

「九月までまだ間がある。その間に腕を上げてくるものがいるかもしれないから取り敢えず決定した二人だけを申請しよう」

 吉昌らがそのような話をしている中、すっかり日は西に傾いてしまっていた。門弟達も三々五々帰宅し始め、残っているのは五三郎と猶次郎、そして芳太郎、利喜多の前畑兄弟くらいである。そんな彼らもそろそろ帰宅準備を始めようとしたその時である。

「兄様!五三郎兄様!」

 使い終わった藁銅を庭の隅に重ねていた五三郎に幸が声をかけてきた。

「おう、どうした?」

 既に夕飯時であり、幸が五三郎に夕飯がいるかどうかを聞きに来ることも珍しくないだけに五三郎は何気なく返事をするが、今回は明らかに様子が違った。

「ちょっとお話があるのですが・・・・・・大丈夫ですか?」

 どうやら夕飯云々ではないらしい。ちらりと他の者達に視線をやりながら幸が小声で尋ねる。

「もしこれからどこか遊びに行かれるのなら・・・・・・明日でも構わないのですが」

「いや、それはねぇ。どのみち親父達と一緒に芝に真っ直ぐ帰るつもりだったからよ」

 そう言って五三郎は濡れ縁から部屋に上がり込む。その後姿を少し悔しげに見つめていたのは、同じく片付けをしていた猶次郎だった。

(やっぱり幸お嬢はんの信用を得てるんは五三郎なんやな)

 それに関しては生まれた時から江戸で暮らし、親の代から山田家の門弟として入っている五三郎と、四年前に豊岡から出てきた猶次郎とでは猶次郎に分が悪すぎる。
 だが、山田浅右衛門の銘を手に入れれば、有無をいわさず幸を自分のものにできるだろう。

「ま、要は実力やな」

 まだ自分が御様御用に選ばれた訳ではないが、多分三本の指の中には入っているだろう。片付けと掃除を終えた後、猶次郎は、未来の自分の姿を思い浮かべながら抱き柊の紋が描かれた門扉をくぐり抜けた。



「はぁ?幸の為に別家を立てるだぁ?しかも来年の春に祝言をするだって?」

 幸に呼び出された五三郎は、信じられない話を聞いて素っ頓狂な声を上げた。

「しっ、兄様!声が大きい!どこに耳があるか判らないんですから」

 大声を出した五三郎を窘める幸だったが、五三郎は構わず声を荒らげる。

「これが叫ばずにいられるかってぇんだ!」

 幸の為とはいえ、初代からの血を受け継いでいる幸に別家を立てるという事に苛立ちを感じずにはいられない。五三郎は膝を更に進めて幸の顔をのぞき込んだ。

「一体六代目は何を考えているんだ?まさか幸を追い出して山田浅右衛門の銘をてめぇの娘の婿に収めようってぇんじゃ・・・・・・」

 吉昌の山田浅右衛門家乗っ取りを疑う五三郎だったが、それは絶対にないと幸は吹き出した。

「そもそも義姉上は紅葉山掃除之者の許嫁がいらっしゃるそうですよ。その方の御名前は私でさえ教えていただけていないのですが・・・・・・そもそも大奥に上がったきりお宿下がりも許されない義姉上ですよ?次代山田浅右衛門とはいえ、浪士を婿に取るなんて大奥が許しませんってば」

 本来ならお宿下がりが許される身分である吉昌の実娘だが、それは一度も許されていなかった。話によると御台所付として多忙な毎日を送っているらしい。
 そんな義姉が山田浅右衛門を婿にする事は、吉昌が望んだとしても大奥から反対されるだろう。老中でさえ逆らえない強大な力を持つ大奥である、御様御用を任される浪士など塵芥の存在でしか無い。

「それもそうだな・・・・・・だったら何で?」

 改めて疑問を呈する五三郎に、幸は吉昌から言われたことを口にした。

「母の二の舞いは踏ませたくないと・・・・・?母も、父が死ななければ新實と夫婦になることも無かったでしょうし、殺されたりもしなかったでしょう」

「なるほど。山田浅右衛門を継ぐのは腕が必要だが、幸の相手にはそれを求める必要はねぇ、ってことか」

「・・・・・・そういう言い方をすると身も蓋もありませんけど」

 少し拗ねたように幸は告げる。

「だから、その・・・・・・兄様・・・・・・」

 不意に幸は言葉を濁す。その顔は夕日に照らされていてもはっきりと判るほど紅く染まっていた。それを目の当たりにした五三郎、は優しい笑みを浮かべる。

「心配するな。おめぇが変な気を使わねぇように・・・・・・きっちり山田浅右衛門の銘も取ってやるよ」

 五三郎の大きな手が幸の頬に触れる。その頬は熱く、五三郎の掌にじんわりと熱を伝える。

「だから心配するな。どんな奴が対抗になっても、俺は負けねぇ。絶対に山田浅右衛門の銘をもぎ取って・・・・・・おめぇの良人になってやる」

 五三郎はそう言い切ると、微かに開きかけた幸の唇を己の唇で塞いだ。ただ互いの唇を重ね合わせるだけの拙い接吻は暫く続き、そしてようやく五三郎が幸を開放する。

「・・・・・・だけど、何で祝言をそんなに急ぐ必要が?」

 すると幸は苦笑いを浮かべつつ、『お上の事情』を告げた。

「来年の夏、上様がご隠居を宣言なさるそうです。そしてその後の大礼の為に江戸前の鯛を全部取り尽くすかもって」

「なるほど。さすがに山田家の姫君の祝言にさんまやめざしじゃ絵にならねぇ」

 さすがに祝言で尾頭付きが無いというのは話にならない。もう一つの、のっぴきならない事情を知った五三郎は愉快そうにいつまでも声を押し殺して笑い続けた。



UP DATE 2015.4.8

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とうとう門弟達にも次期山田浅右衛門選定の話がなされました。試し切りをする彼らにとって『山田浅右衛門』の銘は極めて魅力的なものですが、そう簡単に飛びつけない事情が色いろあるようで・・・試し切りの腕を見込まれて藩内で婿養子先が既に決まっているものもいますし既婚者もいます。更には藩に内緒で道場に通っているものがいたりと・・・(^_^;)
そんな中、七代目候補は二人+αになりそうですが、果たして+αが見つかるかどうか・・・下手したら二人だけということもありえます。
その結果は9月になる予定ですが・・・取り敢えず次回更新は4/15、今月末に帰省が入るので(帰宅予定が立たない・・・)もしかしたら次回が4月話最終話になるかもです(話の展開によります^^;)
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