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「紅柊(R-15~大人向け)」
丙申・春夏の章

将軍隠居と次代の浅右衛門選び・其の参~天保七年四月の内定

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 次期浅右衛門選出の話が出た十日後の四月二十六日、吉昌は江戸城に出仕し、腰物方の詰め所である焼火之間に顔を出した。その瞬間、吉昌はその『異常』に気が付いた。

「おや・・・・・・今日は西山殿と杉嶋殿は非番でございますか?お二方揃ってお休みとは珍しい」

 いつもなら吉昌の顔を見るなり何かしらのちょっかいを出してくる西山と杉嶋の姿が見当たらない。否、それだけではない。中川、榊原、青木の三名の姿も見えないのだ。
 十五名しかいない腰物方の内、三分の一の姿がないという尋常ならざる事態に吉昌は面食らう。

「ああ、実はな・・・・・・」

 腰物方役人の一人が神妙な顔でその理由を語りかけようとした時、それを制したのは他でもない腰物奉行だった。

「その件は今から俺が話す。『例の件』については目付けから新たな言伝を仰せつかっている」

 腰物奉行の、明らかに緊張を伴ったその声にその場が凍りつく。その空気を敏感に察した吉昌は腰物奉行ににじり寄った。

「奉行・・・・・・一体何があったのですか?」

 すると腰物奉行は一瞬躊躇しながらも、その理由――――――腰物方の三分の一がこの場にいない理由を語り始めた。

「端的に言ってしまえば城内における大掛かりな窃盗だ。腰物方でも去年の春頃からかなり目についていたが、御小姓組や西之丸御賄の六尺まで関わっていたことまで突き止めた」

 腰物奉行の口から飛び出した衝撃の事実に、吉昌は勿論他の腰物方役人も驚愕を露わにした。

「お、御小姓組もですか!」

「しかも西之丸御賄のものまで・・・・・・一体どうなっていると言うんだ」

 ざわめく役人達の声を背後に聞きながら、吉昌は低い声で腰物奉行に迫る。

「詳細を、教えて頂けますか?」

「ああ、勿論だ。・・・・・・・こから集めたお道具を西山らが一手に引き受け、新實益次郎という浪士に流していたらしい。新實とやらについては山田、そなたのほうが詳しいのではないか?」

 どうやら腰物奉行は新實の事はあまり良く知らないらしい。腰物奉行の問いかけに、今度は吉昌が答えた。 

「はっ。先代の娘夫婦や町奉行同心二人を殺めた殺人狂でございます」

「殺人狂・・・・・・」

 物騒過ぎる言葉に、腰物奉行は目を丸くするが、他に思い当たる言葉は見つからない。吉昌は何故そのような表現をするのか、更に言葉を付け加えた。

「はい。普通ならば何かしらの理由があって行われる人殺しですが、あの男の場合人殺しそのものを楽しんでいるフシがございます」

 吉昌はそこで話を切り、腰物方奉行の話を促した。

「さすがに御道具や御三所物に手を出してしまったら問題であろう。今、お目付けから町奉行所に取り調べが移っている」

「な・・・・・・仮にも武士が!」

 旗本が町奉行の取り調べを受けることなどまずありえない。それほど西山らの罪は重いのか――――――言葉を失った吉昌に、腰物奉行は眉間に皺を寄せつつ厳しい声で告げた。

「彼らは既に武士扱いではない。主君の品に手を出す者にその資格があると思うか?」

 その一言に、吉昌は一言も言葉を返すことが出来なかった。



 焼火之間での仕事を終えたあと、吉昌は紅葉山文庫へと足を伸ばした。勿論そこでも西山等による窃盗事件のことは話題になる。

「腰物方を中心にした、一連の窃盗事件のことは聞いたか?」

 吉昌が書院に入ってくるや否や、大久保は吉昌に尋ねる。

「はっ。しかし・・・・・・まさか御刀窃盗がここまで広がりを見せていたとは」

 てっきり腰物方一部だけの問題だと思っていただけに、吉昌も青い顔で答える。

「だが、未だ出ているのはごく一部だろう。今、町奉行所に引き渡して尋問をさせている」

 町奉行による尋問――――――その事については腰物奉行からも聞いたが、武士としてあるまじき事である。庶民の事件を管轄する町奉行から尋問を受ける、それは武士であることを否定されたことに他ならない。

「ということは・・・・・・」

 武士の権利である切腹は許されないのでは、と尋ねようとした吉昌に、大久保は更に厳しい事実を告げた。

「切腹が許されない上に、下手をすると亡骸の引き渡しも許されぬ可能性が極めて高い。そなたの手を煩わせる事になるだろうが承知して欲しい」

「はっ、それが我が一門の勤めにございますゆえ・・・・・・ですが」

 吉昌は言いにくそうに口を開く。

「さすがに今年の御様御用の胴には・・・・・・使ったりいたしませぬよね?」

 恐る恐る尋ねる吉昌に、大久保は苦笑いではあるがようやく笑みを見せた。

「安心せよ、それは無い。特に今年の御様御用は次代の山田浅右衛門を決める重要なものだ。大樹公の御物をくすねた鼠を胴に使っては将軍家の御刀にも山田浅右衛門の銘にも傷がつく」

 大久保のその言葉を聞いて、吉昌はほっと胸を撫で下ろした。生前のことなどろくに知らない、罪人の胴ならいざ知らず、仕事上の付き合いだったとはいえ顔見知りの男の胴を使うのは流石に気が引ける。

「それならば、心置きなく御様御用を努めさせて頂けます」

 一世一代の晴れ舞台に余計な感情を入れてはならない。少なくともその心配が無くなっただけでもありがたいと吉昌は告げた。

「そうだ、御様御用といえば・・・・・・」

 大久保の声音が事件を告げる真剣なものから、好奇心丸出しのものへと変わる。

「今年の任命者は決まったのか?」

 今年の御様御用を務めるもの、それは次期山田浅右衛門に限りなく近い者達だ。それだけにいち早く知りたいと願うのは当然だろう。

「はい。本日はその報告も兼ねて参った次第でございます」

 吉昌の顔もようやく安堵に緩む。杜鵑の声が青天に吸い込まれる中、吉昌は大久保にその名前を告げた。



 翌日、十日前同様門弟全員が山田道場に集められた。その緊張の度合は前回の比ではない。何せ今年の御様御用は次代の山田浅右衛門候補を決める重要なものである。緊張の面持ちで待っていると、前回の会合同様、吉昌と高弟の三人が揃って部屋に入ってきた。

「皆、今日もよくぞ集まってくれた。前回も話したとおり、次回の御様御用にて次代山田浅右衛門候補者の試し切りを行う。そして昨日幕府からその日程が告知された」

 吉昌の言葉に、息を呑む音だけが部屋に響く。私語さえも自然と控えてしまうその重厚な雰囲気の中、吉昌は更に言葉を続ける。

「次回の御様御用は九月十五日、参加許可人数は四人だ。そこでやってもらうのは・・・・・・」

 吉昌はぐるりと門弟達を見回した後、一番重要な事を告げた。

「後藤五三郎、廣田猶次郎、後見及び補佐として後藤為右衛門、前畑芳太郎。以上四人である。心してかかるように!」

 その発表に皆固唾を呑んだ。普通なら参加許可人数の他、一人や二人はいる補欠でさえも今回はいない。そして為右衛門、芳太郎も一応選ばれているが、この二人は将来が既に決まっており、明らかに後見役でしか無い。つまり次期山田浅右衛門は五三郎と猶次郎、この二人の一騎打ちということなのだ。

「五三郎、猶次郎、御様御用本番まで五ヶ月もない。日々精進を怠るな」

「は、謹んで!」

「勿論!期待に添えるよう、精進いたします!」

 既にここから勝負は始まっているのだ。せめて声だけでも相手に負けぬよう、二人は互いに声を張り上げ口上を述べた。



 暮六ツの鐘が鳴り終わった後、ひと通りの稽古を終えた五三郎は幸と共に夕餉を取っていた。今日はまだ帰らず、夜の稽古に臨むのだ。そしてこれは御様御用前日まで続くことになるだろう。大変ではあるが、これも御様御用、そして山田浅右衛門襲名の為の努めなのだ。

「とうとう決まりましたね、兄様」

 夕餉の膳を片付けながら、幸が五三郎に祝いの言葉を述べる。すると五三郎は屈託のない笑顔を見せた。

「ああ、ようやくだよな。芳太郎には先を越されちまったが、今回は山田浅右衛門の銘がかかっているんだ。絶対に成功させてやる・・・・・・その為には稽古もただ闇雲に、ってぇわけにゃいかねぇけどよ」

 闇雲に稽古をするわけではない――――――その言葉に幸は小首を傾げる。

「どういう・・・・・・こと、ですか?」

 この時期こそ闇雲に稽古をするべきなのでは、と幸は思う。それ故五三郎が言っている意味が判らず、幸は聞き返す。すると五三郎はただ御様御用に臨むだけではない、もっと先を見据えた返事をしたのである。

「ただ銅を切って切れ味を試す、ってだけだったら誰にでもできるだろ?俺はある程度刀の鑑定が出来る程度まで知識も増やしてぇし、一目見ただけで刀の状態が判るようにもなりてぇんだ。それ故の七代目だと思わねぇか?」

「確かに、そうですよね」

 五三郎の言葉に納得し、幸は深く頷く。

「五代目だって『懐宝剣尺』『古今鍛冶備考』とか記しているし・・・・・・俺も鑑定できるくれぇに刀を極めてぇ」

 ただ銅を斬るだけなら『山田浅右衛門』の銘もそこまでだ。だが、それ以上のものを身につければ更に山田の銘を輝かしいものにできるかもしれない。

「兄様ならきっと、できます。勿論私も・・・・・・お手伝いさせていただきます」

 五三郎の情熱に煽られたのか、幸の頬も心なしか桜色に染まっている。ただの色恋だけではない、もっと深い絆で結ばれたようだと五三郎は思った。

「ありがとうよ、幸。まだまだ頼りねぇ男だけどよろしく頼むな」

 五三郎は桜色に染まった幸の頬を撫でながら、優しく微笑んだ。



UP DATE 2015.4.15

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次期浅右衛門選びも兼ねる御様御用は、実質五三郎と猶次郎の二人に決定いたしました(*^_^*)これからの実質4ヶ月間、この二人はどのような稽古を積み重ねていくのか興味深いところです。そして五三郎はどうやらその先をも見据えているようで・・・何か思うところがあるのでしょうか?そんな五三郎に幸も付いて行くとの決意表明をいたしました(*´艸`*)色恋だけでない絆をどう築き上げていくのかも楽しみなところかも(#^^#)

その一方、西山達による窃盗事件は思わぬ広がりを見せていました。きっと刀の話が裏で広がり『じゃあ俺も』的なノリだったのでしょうか(´・ω・`)この件に関してはかなり多くの処罰者が出ていたようで、松浦静山の『甲子夜話』にもその旨が詳しく書かれております。(どうやら大名に回覧が回ってきたらしい(-_-;))

今月は帰省準備もありますので、4月分はここまでにさせていただきます。そして少々早めですが5月拍手文を来週に、そして29日は小説に関してはお休みをいただきますのでご了承くださいませm(_ _)m
(詳細はがらくた箱に書かせていただきます^^)
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