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「紅柊(R-15~大人向け)」
丙申・春夏の章

皐月の風がもたらすもの・其の壹~天保七年五月の知らせ

 ←烏のがらくた箱~その二百六十四・ざっくり今後のストーリー展開予告・ボカロ小説編 →拍手お返事&とうらぶ日記13・どうやら検非違使もGW休みに突入しているようでして・・・
 五月晴れの空の下、平河町の山田道場は一種独特の緊迫感に包まれていた。押し殺した息遣いの他、藁胴や本物の胴を斬る音とそれらを設置、片付ける音しかしない。その中央にいるのは五三郎と猶次郎だった。
 二人共、九月の御様御用に向けての稽古をしているのだが、今回はそれ以上の重さが――――――次期山田浅右衛門の銘がかかっているだけにこの緊張感は当然だろう。しかし今は五月、本番まで四ヶ月もあるのだ。

「二人共!気持ちは解らんではないがそろそろ終いだ!」

 このままでは他の門弟達の稽古ができないと、為右衛門が二人の稽古を止めさせる。勿論その静止に不服そうな表情を浮かべた五三郎と猶次郎だったが、為右衛門のひと睨みで渋々刀を片付け始めた。そんな五三郎に芳太郎がさり気なく近づいてくる。

「気持ちは焦るだろうけど、今日は諦めろ」

 恨めしそうな視線を投げかける五三郎を宥めつつ、芳太郎は言葉を続ける。

「俺の時もそうだったけど、ついやりすぎて身体を痛めたら元も子もないだろう」

 なまじ体力があるだけに体の悲鳴を無視しかねない。この日は為右衛門の静止が入ってしまったが、普段は五三郎の腕が鈍ってくると――――――端的に言ってしまえば一刀両断に胴が切れなくなると、さり気なく稽古を止めに入るのが芳太郎の役目になっていた。

「確かにそうなんだけどよ・・・・・・やっぱり気が急くんだよな」

 濡れ縁に座り込みながら、五三郎は小さな溜息を吐く。

「九月まであと四ヶ月もあるんだ。それに今までの積み重ねもあるだろう?そもそも主役は御刀なんだから自分が出張ることはないさ」

 芳太郎のその一言に五三郎は何かを思い出したように目を見開いた。

「そうだよな・・・・・・主役はあくまでも刀、なんだよな。ついつい忘れちまう」

 主役はあくまでも将軍家所蔵の御刀であり、自分達はその刀を傷つけぬよう切れ味を確かめるのが努めなのだ。我を張ることは最も忌むべきことなのだ。反省しきりの五三郎の肩に手をおき、芳太郎は慰める。

「仕方ないさ。何せ『山田浅右衛門』の銘がかかっているんだ。ついつい自分を中心に考えてしまうよ」

 そんな会話をしていた最中である、何やら訪問者らしく、門から声が聞こえてきた。その声を聞いた瞬間、五三郎と芳太郎は思わず顔を見合す。

「おい、あの声!まさか・・・・・・!」

「銀兵衛さんの声だ!もしかして新實の件の報告にわざわざ道場まで来たのか!」

 その瞬間、二人は反射的に門の方へ駆け出していた。



 抱き柊の紋が描かれた巨大な門、その横にある通用口から昔なじみの顔が中を覗きこんでいた。

「銀兵衛さん、お久しぶりです!」

 門に駆け寄ってきた二人は、声を揃えて男に――――――銀兵衛に声をかけた。

「おう!久しぶりだな、芳太郎に五三郎!ちょっとお師匠様に挨拶しにきた」

 にこにこと笑みを絶やさぬ銀兵衛だったが、その左腕は肘から下が無くなっている。それを確認した瞬間、二人は言葉を失った。それに気がついた銀兵衛は敢えて明るい口調で語り始める。

「ああ、これか。新實相手に左腕半分で済んだんだぜ。どうやら俺は江戸の定廻りよりも腕が立つみたいだ――――――と言いたいところだが、近所の若衆の助けがなければ、間違いなく首を落とされていた」

 おどけて見せながら銀兵衛は玄関へと向かう。なにか吹っ切れたのか、左腕を失いながらも妙にさばさばと明るい銀兵衛に、五三郎と芳太郎は安堵する。

「ところで銀兵衛さん、さすがに『手土産』はあるんでしょう?」

 どう見ても手ぶらの銀兵衛に対し、五三郎が興味津々に尋ねた。それに対し、銀兵衛も意味深な笑みを浮かべる。

「勿論だ。取り敢えずは『土産話』だな。できれば五三郎、お前にも立ち会って欲しい。確か夕波っていう娼妓、お前の敵娼だったよな?」

「へ?なんであのあばずれの名前が?」

 思わぬ名前が飛び出して五三郎は面食らう。何故ここで夕波の名前が出るのだろうか・・・・・・すると銀兵衛は信じられないことを口にした。

「俺が腕を来られた時、新實と一緒にいた」

 銀兵衛のその一言に、二人は顔を強ばらせる。

「銀兵衛さん!その話、本当ですか!」

 思わずにじり寄る二人に、銀兵衛は静かに頷いた。

「ああ、詳細はお師匠様の前で話すが、間違いないだろう。俺も何度か夕波の顔を拝んでいる」

 俄には信じられなかったが、銀兵衛が嘘を言うとは思えないし、実際夕波の顔は知っている。淡々と話す銀兵衛の顔をまじまじと見ながら、五三郎と芳太郎は黙って頷いた。



 屋敷の中に通された銀兵衛は、『どうせなら稽古が見たいでしょう』と五三郎と芳太郎に連れられ敢えて稽古場が見渡せる部屋へ通された。その稽古風景を見つめた後、銀兵衛は後から入ってきた吉昌に一礼する。その横にはちゃっかり五三郎、芳太郎ともに座っていたが、吉昌は二人を追い出そうとはしなかった。

「お師匠様、ご無沙汰しております」

 予想より元気そうな銀兵衛の挨拶に、吉昌は嬉しげに目を細めた。

「銀兵衛。新實相手によく・・・・・・生きていてくれたな」

 相手は定廻り同心二人を同時に殺している手練だ。そんな男を相手に生き残っているだけでも奇跡に近い。

「お陰様で、運良く腕一本で済ませることが出来ました」

 吉昌に対して笑顔を向けると、銀兵衛は幸が淹れた茶を一口だけ口に含んだ。

「・・・・・・あの動きは血に飢えた狼ですね」

 茶で口を潤してもなお掠れた声で銀兵衛は告げる。

「あの男がこの道場にいた頃とは格段に違います。並みの剣術者ではあの動きに追いつけないでしょう。ただ・・・・・・」

「ただ?」

「もしかしたら、俺も向こうに傷を負わせているかもしれないんです。ですが、闇雲に刀を突いただけなので、新實がどの程度の傷を追ったのか皆目判らず・・・・・・それだけが悔やまれます」

「腕を斬られた直後では致し方がないだろう。問題はお前が負わせた傷の治り加減だな」

 かすり傷だったら既に治っているだろうが、銀兵衛が手応えを感じているということはそれなりの傷を負わせているに違いない。

「ええ。付き添っている女もかなり悪知恵の働く奴ですからね」

「女?」

「吉原にいた夕波です。五三郎の敵娼だった・・・・・・吉原から消えたと思っていたら、新實とつるんでいたんです」

「何と!」

 吉昌は驚きに目を見開いた。

「少なくても身の回りのことはどうにかなる、ってことですね」

 二人の話を横で聞いていた五三郎が口を挟む。

「結構小知恵が働きますからね、あの女。きっと医者を見つけて新實の治療を・・・・・・」

「そう考えるほうが自然だろう。しかし傷を治されていると厄介だな」

「生け捕りは諦めたほうが良いでしょう。お白洲や刑場におとなしくしょっぴかれるような男じゃありません」

 銀兵衛の一言にその場にいた全員が深く頷いた。



 吉昌への報告が終わった後、銀兵衛は稽古場へ下りた。

「やはりこの場所は気が引き締まるな」

 大きく深呼吸しながら銀兵衛は呟く。

「ところで銀兵衛さんはいつまでこちらへ?」

「十日ほどかな。そのうち二、三日はこちらへ通わせてもらうよ。片腕の据物斬りの名人に教えを請うためにね」

 冗談めかして言いながら、その目は真っ直ぐ五三郎へと向いていた。

「お、俺ですか?」

「ああ。御様御用の息抜きに少しだけ見てくれないか?どうせ稽古で根を詰めすぎているだろうから」

 銀兵衛のその指摘に、五三郎はしょっぱい表情を浮かべる。

「・・・・・・何で銀兵衛さんにも見透かされているかな」

「お前だけじゃないさ。御様御用に臨む全員がそうなんだから。俺だって」

「根を詰めすぎたりしたんですか?」

 五三郎の問いかけに、今度は銀兵衛がしょっぱい表情を浮かべた。

「それ以上だ。喜代にあたって離縁騒動を起こしたのは俺だぞ」

 その件について何も否定することが出来ず、五三郎も芳太郎も乾いた笑いを浮かべるしかない。

「ははっ、なるほどね・・・・・・その点俺は独り者だからその心配は無さそうだけど」

「そう言いながら惚れた女に不義理をするなよ。捨てられた男ほど惨めなものはないからな」

 気持ちがこもり過ぎている銀兵衛のその一言に、今度は二人共大笑いをしてしまった。




UP DATE 2015.5.6

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ざっくり予告にも書かせていただいたように、新實や西山が絡んだ一連の事件が収束に向かって動き出します。その第一弾が銀兵衛の報告です。
1月に新實によって腕を斬られた銀兵衛ですが、三ヶ月でようやく江戸に来ることができました。特に目新しい報告というわけではないのですが、実際に剣を交わして生きている唯一の人間が銀兵衛ですし、その情報はやはり貴重でしょう。そして夕波が同行そていることも江戸では知られていませんでしたからこれもまた貴重な情報かもしれません。うまく夕波を見つけ出せば新實に繋がるかもしれませんしねぇ( ̄ー ̄)ニヤリ

次回紅柊は5/13、銀兵衛の報告が奉行所や更にその上にも通達されることになります。
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