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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第一章

夏虫~新選組異聞~ 第一章 第二十三話 愛次郎、死す・其の参

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ツキも味方した岩塚の処断のあと京都に戻った幹部達だったが、京都に帰った途端ツキから見放されてしまったようだ。うだるような残暑の中、地道な巡察や花街での聞き取り、長州藩と繋がりのある商家への諜報など考えられるだけの活動をしているにも拘わらずめぼしい情報一つ拾う事が出来ずにいる。
 さらに壬生浪士組の面々を襲ったのは、初めて味わう京都のうだるような残暑であった。暦の上では秋になり、朝晩は涼しくなり始めていたが昼間はまだまだ暑い。暑気あたりで倒れる隊士も出てきていたが、地道な巡察、そして捜査は続けなければならなかった。



「そういえば今朝の稽古で新入りが早々にぶっ倒れたんだって?」

 微風さえ吹かない残暑の中、それでも比較的居心地の良い縁側に陣取った永倉が沖田に話しかける。諸肌を脱いだ永倉が手ににしているのは井戸で冷やしておいた真桑瓜で、仄かに甘い香りを漂わせている。

「ええ、尾関さんの上の方と河合さんがね。もともと二人とも勘定方として入隊しているのに芹沢さんが無理矢理稽古に参加させるから・・・・・。」

 そんな沖田も尻っ端折りに胸許を大きくくつろげた、だらしない姿で真桑瓜にかぶりついていた。傍から見たら壬生浪士組の幹部ともあろう者が、と眉をしかめるかもしれないがそこは男所帯の屯所の中という気安さなのだろう。中には下帯一丁で屯所内をうろついている平隊士もいるのだ。沖田や永倉などまだましな方である。

「幾ら隊士がたりねぇからって無茶苦茶だよなぁ。近藤さんや土方さんも止めさせりゃいいのに。」

 さくり、と永倉が真桑瓜を囓りながら上層部の無茶苦茶振りをぼやいた。確かに隊士募集をかけてようやく五十人に手が届こうとしている状況ではあったが、その中には尾関や河合のような勘定方としての雇用や賄い、小荷駄などの非戦闘員も含まれている。組織が大きくなればそれぞれの分野を専門的にやらねばならぬ人員も増やさねばならないのだが、非戦闘員にまで稽古を強要するのは如何なものかと永倉は沖田に向かって愚痴る。しかし、沖田の口から永倉をさらにがっかりさせる言葉が吐き出されたのである。

「・・・・・近藤先生は芹沢さん以上に稽古を推奨していましたよ。武士たる者、剣術は嗜み以前だって。」

 元々百姓の出身である近藤は武士に対しての理想像が異様に高い。それだけに『武士としての理想』を具現しようと稽古においては芹沢以上に厳しい態度で臨んでいるのだ。特に経営を念頭に置かなくてはならない町道場と違い、壬生浪士組は文字通り職務に命を賭けねばならぬだけに遠慮無く理想に向かって指導を推し進めていると言っても過言ではない。この頃では接待の鬱憤晴らしに稽古が利用されているきらいもあるほどだ。

「・・・・・あの人も剣術の鬼だからなぁ。俺等みたいに田舎の荒稽古に慣れた野郎ならともかく、都会育ちの坊ちゃんには試衛館流だろうが水戸流だろうが耐えられないだろう。」

 炎天下の日差しを避けながらだらだらと話し続ける。こんな事が出来るのも副長二人が黒谷に呼び出されているからだ。でなければ鉄棒を仕込んだ特注の木刀で一撃されるのがオチだろう。そんなうだる暑さに淀んだ午後の平穏を破ったのは、予想通りあの男の怒声であった。

「助勤ども!ぶった斬られたくなけりゃとっとと芹沢局長の部屋に集まれ!総司!新八!なんだその格好は!だらしのねぇ!きちんと服を着やがれ、馬鹿野郎がっ!」

 二人のだらしない姿をいち早く見つけた土方が雷を落とす。荒っぽいのはいつもの事だが、今日はその中に緊迫感さえ滲んでいる様に沖田には感じられた。

「何か・・・・・黒谷であったんですかね?」

「さあな。」

 あの様子ではすぐに集合しなければ木刀で嫌と言うほど殴られかねない。沖田と永倉は着物を整えると、即座に八木邸の芹沢の部屋へ向かった。



 巡察に出ている斎藤と藤堂以外、全員が八木邸の居間に集合すると、土方は緊張した面持ちで口を開いた。

「・・・・・・畝傍山の謎がようやく解けた。攘夷派公家と長州が来月、天子様を神武天皇陵に引きずり出すって魂胆が発覚した。薩摩がその情報を掴んで会津に連絡を寄こしてきたそうだ。」

 土方のその言葉に緊迫の度合いが一気に高まる。

「具体的な日程はいつなんだ?」

 芹沢が酒焼けした顔をさらに紅潮させながら土方に問う。だが、土方はまだ判らないと首を横に振った。

「公武合体派の動きを気にしているんだろう。まだ日程は決まっていないようだが、天子様の御都合を考えると八月の中旬くらいが妥当な線じゃないかと。」

「しかし、攘夷祈願だけなら別に問題はないんじゃ・・・・・。」

 沖田ののんびりした一言に土方が気色ばんだ。

「何、間抜けな事を言ってやがる!攘夷祈願だけじゃねぇよ。倒幕もご一緒だとよ!だから会津はわざわざ俺たちも呼び出したんだよ。街中で志願兵が集まる可能性があるから不穏な動きを見つけ出せだとよ。」

 吐き捨てるようなその一言に全員の顔が強張った。



 薩摩藩を失脚させた長州藩は、三条実美ら公卿と共に偽の勅命を乱発し、自分達にとって都合の良い政治をしていたが、今度の八月の半ば孝明天皇の大和行幸を決行する偽勅を発しようと画策し始めたというのである。
 尊攘派の長州藩と公家は、大和行幸の機会に攘夷の実行を幕府将軍及び諸大名に命ずる事を孝明天皇に献策しようと目論んでいた。そして徳川幕府がこれに従わなければ、長州藩は錦の御旗を関東に進めて徳川政権を一挙に葬るつもりだというのである。
 しかし、長州藩に遺恨がある薩摩藩がこの計画を事前に察知、薩摩藩や会津藩、尊攘派の振る舞いを快く思っていなかった孝明天皇や公武合体派の公家は連帯してこの計画を潰そうと動き出したのである。



「・・・・・という事は、我々は会津に認められていると思って良いんだな。」

 場違いな近藤の嬉しげな発言に土方は否、と首を振る。

「単に人手が足りねぇだけだろ。それに会津藩の兵士交代の時期が来月に迫っている。京都の街に不慣れな兵士じゃさらに使い物にならねぇ、ってんで俺たちに白羽の矢が立ったんだろ。」

 皮肉混じりに吐き出すと、土方は話を元に戻した。

「偽勅が出るのは確かだが、それがいつ出されるか判ったもんじゃねぇ。兵士達の準備が整った時点で偽勅が出るんだろうが、どれくらいの規模の兵なのか・・・・証拠がなけりゃ迂闊に捕縛する事もできやしねぇ。」

「で、我々や会津が胡散臭そうなところを見つけ出すという事になったんですね。」

「そう言う事だ。明日からさらに忙しくなるから覚悟しておけ。」

 この土方の言葉は脅しても誇張でもなく、次の日から浪士組の巡察は強化された。稽古の時間も巡察に回され、それこそしらみつぶしの捜索が行なわれたのだが、一人一人の浪士を捕まえる事は出来るのだが、行幸の前に動き出しそうな不審な集団は見つからない。そんな八方ふさがりの中、貴重な情報があぐりからもたらされた。

「愛次郎はん、生糸商の吉田屋はん、って知ってはる?」

「ああ、結構な大店やないか。それが?」

「うん、うちのところとお付き合いさせてもろうてるんやけど・・・・・・急に注文が三倍近くになったんや。」

 その言葉に佐々木は目を見開く。八百藤ほどの大店は女性が魅せに出る事はまず無い。あぐりも戯れに店の手伝いはする事はあるが、さすがに帳簿を除く事までは許されていないはずである。

「あぐりちゃん・・・・・まさか、帳簿を覗き見するような危ない橋、渡ったりしてへんやろな?」

「・・・・・・・。」

 その沈黙に佐々木はあぐりが帳簿を見て不審な動きがないか確認していたのを確信した。

「・・・・・あかんなぁ。」

 もしかしたら探っている事がばれてしまっているかもしれない。

「・・・・・わてだけじゃええ考えが沸いてこんから、一緒に屯所に来て貰えるやろか?むさ苦しいところやけど。」

「うん!」

 無邪気なあぐりの返事に苦笑を浮かべた佐々木だが、あぐりとしては佐々木が住んでいる屯所を初めて見る事ができるのが嬉しいのだろう。そんな二人を影から睨み付けている人物に気がつかないまま佐々木とあぐりは壬生へ向かって歩き出した。



 屯所に二人が到着した時、殆どの者達は出払っており、その場にいたのは芹沢とお梅、そして土方と山南の四人だけであった。

「ほぉ、てめぇのイロを屯所に連れ込むたぁ良い度胸じゃねぇか。それにしてもなかなかの別嬪だな。」

 あぐりを見るなり佐々木をからかった芹沢だが、最後の一言は余計である。案の定やきもちを焼いたお梅にこっぴどく抓られた。

「うちというもんがありながら小娘に色目なんか使うて!」

「わっ、や、止めろ!悪かった、悪かったから!」

 そんなたわいもない痴話喧嘩こそあったものの、佐々木とあぐりの話を聞いている間はお梅も含めて皆真剣だった。

「吉田屋というのは意外だったな。てっきり幕府よりの店だとばかり思っていたが影で長州と手を組んでいたとは・・・・・。」

「そや、確か五月の初め位やろか、うちの前の旦さんも『この頃吉田屋にで出入りするモンの質が変わりはった。』って言うとったなぁ。」

「梅、それは本当か?」

「こんな時に嘘吐いてどないなるのん?少なくとも五月くらいから吉田屋はんは以前と変わらはったで。」

 意外な人物からの裏付けであったが、これによって吉田屋の疑惑は深まったと言って良いだろう。だがさすがに大店に乗り込むには各所への許可が要る。明日早々に会津へ許可を貰いに行くと土方は申し出た。

「・・・・・吉田屋へ乗り込むのはいいとして、そちらのお嬢さんのやってくれたことは完全に親御や・・・・・否、下手すると長州側にばれているだろうな。」

 大まかな予定を組んだ後、土方ががぽつりと呟く。何か気に掛かる事があるのだろうか、山南や芹沢と視線を交しながら頷く姿が佐々木にはやけに気になる。

「そうだな・・・・・いっそほとぼりが冷めるまでその娘御と駆け落ちでもしてみるか、佐々木。」

「な・・・・・何を突拍子もない事を言い出すんですか!ただでさえ人手が足りないって言うのに!」

 あまりに唐突な芹沢の言葉に佐々木はむきになって反論したが、芹沢の意見に山南も同調する。

「いや、君だけならともかくあぐりさんの身の安全を考えた場合、しばらくの間京都を離れていた方が良いかもしれないね。とにかく君たち二人は目立ちすぎる。もしかしたら既にこちらの動きがばれていて間者の一人や二人、紛れ込んでいる可能性だって有るかもしれない。」

「というか紛れ込んでいると言った方がいいんじゃないのか?尻尾は掴めちゃいねぇが・・・・・やっぱり素人に間者の仕事は難しいって所だな。」

 土方も山南の言葉に同調した。大々的な隊士募集が原因なのか、それとも佐々木やあぐりの行動が長州側にばれてしまったためなのか、すでに二人ほど長州の間者らしき人物が入隊している。その思惑を知るためにしばらく泳がせてはいるが、事情によっては即座に捕縛し、責め問いをしなくてはならないかもしれない。

「どちらにしろ、京都からしばらく離れて貰うが・・・・・。」

「せやったら大文字山の近くに別宅があります。そこやったら追手も来ぃへんのやないでひょか。」

 あぐりの提案にそれじゃダメだと土方は首を横に振った。

「もって二、三日だな。すぐに追っ手が来るだろう。ま、とりあえずそこで長旅の準備をして中山道を下れ。江戸の手前、日野って宿場の本陣に俺の義兄と姉がいるからそこに世話になればいいだろう。」

 土方は話がまとまると懐紙と矢立を取り出し、さらさらと何かをしたためる。

「この手紙を渡せばお前達二人の事は何とかしてくれるだろう。だが、逃げ切れたらだ・・・・・生き延びろ。これは命令だ。」

「承知。」

 だが、その会話を聞いている者がいた。あぐりのあとをこっそり付いてきた手代の伸造である。

(こいつは・・・・・・長州のお侍様に知らせなければ・・・・・。)

 伸造は中に居る者達に気付かれないようにそっとその場から離れた。



 三日月よりなお薄っぺらい月が沈んだ真夜中、佐々木とあぐりは人目を憚るように提灯を手にして屯所を出た。本来ならもう少し早く出発したかったのだが、何せあぐりの父親の別荘を借りるため、その打ち合わせで時間がかかってしまったのである。あぐりの父親は佐々木と娘の駆け落ち同然の江戸行に反対したが、命に関わると脅され渋々了承した。
 墨を流したような闇の中、佐々木とあぐりはうら寂しい道を抜け、二条城の近くまで辿り着いた。その時である、不意に光が二人を襲った。どうやら相手はがんとうを手にしているらしい。その姿は全く見えない。

「壬生浪士組、佐々木愛次郎だな!」

 闇を切り裂く声と同時に数人の気配に囲まれる。佐々木が手にした提灯の灯に微かに刃が浮かんではいるが、気配だけではっきりとは判らない。たぶん四、五人はいるだろう。自分の腕ではあぐりを庇って逃げおおせる事はできない--------------悲しいかな入隊してからの三ヶ月で、佐々木はその気配で相手の実力を一瞬にして見極められるようになっていた。せめてあぐりだけでも逃がしたいと、佐々木はあぐりを怖がらせないようにできるだけ明るい声音で語りかけた。

「あぐりちゃん、わてのことは気にせんと逃げ切ってな・・・・・・屯所でも、大文字山でも、家でもどこでも構へんから・・・・・・。」

 その声はやけに明るくあぐりの耳に届いた。佐々木はここで死ぬ気だ--------------その明るすぎるほど屈託ない言葉にあぐりの目から涙が零れる。

「愛次郎はん!」

「逃げや!」

 その瞬間、提灯が高々と投げられあぐりは敵と反対側に突き飛ばされる。闇夜に走る抜刀の擦音と共に、佐々木の抜いた刀は地面に落ちた提灯の儚げな炎に照らし出された。



UP DATE 2010.07.16


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『愛次郎、死す』もとうとう第三話・・・・・彼の最期の直前まで来てしまいました。子母澤新選組では芹沢のあぐりへの横恋慕が元で・・・・・となっておりますが、拙宅の新選組ではもう少しだけ大風呂敷を広げさせて貰いました。やはりこの時期--------------八月十八日の政変に向かって攘夷派も佐幕派も水面下で動いている時期に『内紛』どころではないと思うんですよね。このあとの佐伯の死、吉田屋焼き討ち、孝明天皇大和行幸の偽勅に会津藩交代要員の京都とんぼ返りなどなど一見ばらばらに見える事件も繋がってたら面白いんじゃないかということでこんな感じに話を進めさせて頂きました。

次回は佐々木とあぐりの最期の場面を中心に書かせて頂きます。あ~気が重い。でも書かなきゃ先に進めないので頑張りますね~v
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