FC2ブログ

「紅柊(R-15~大人向け)」
丙申・春夏の章

皐月の風がもたらすもの・其の貳~天保七年五月の知らせ

 ←ボカロ小説 聖龍協奏曲~奏国物語 幕間・皇帝と一角獣の処女1 →処烏のまかない処~其の二百三・粽
 銀兵衛の報告は吉昌を通じて奉行所、腰物方奉行へ伝えられる。その一方川越藩主からも同様の内容が老中・大久保へと伝えられた。紅葉山文庫に呼び出された吉昌は、大久保からその話を持ちだされる。

「とうとう追い詰められてきたな。南町奉行所からも古石場に潜んでいるかもしれないという情報が入っているし、新實の捕縛も時間の問題か」

 長きにわたる懸案が解決されるかもしれないという安堵からか、心なしか大久保の口調は軽かった。しかし吉昌の表情は浮かないままだ。

「そうであればありがたいのですが、連れの女がかなりの性悪で・・・・・・それと既に居場所は移動しているやも知れません」

 まだ慎重さを崩さない吉昌の言葉に、大久保も頷く。

「それは言えるな。こればかりは銀兵衛とやらがつけた傷に頼るしか無いか」

 新實がどれほど動けるのか、知る者は誰も居ない。それ故に大怪我をして動けないのか、それとも傷は浅く既に治っているのかさえ判らないのだ。

「はい・・・・・・しかし銀兵衛も御様御用を任された男ですし、川越藩で五本の指に入る使い手でした。新實に対してそれなりの傷は付けていると思うのですが」

「やけに銀兵衛とやらを買いかぶるな、山田」

 にやり、と口の端を吊り上げながら大久保は吉昌の顔を覗き込む。

「ええ。藩の為に川越へ帰らざるを得ませんでしたが、道場の中では後藤為右衛門に続く腕の持ち主でしたので」

 過去形で語らねばならぬところが悔しいところですが、と吉昌は付け加える。

「なるほど。それだったら新實に深手を負わせている可能性があるな」

 山田家の、否、幕府にとって宿敵とも言える相手に一太刀浴びせただけでも大金星だ。安堵の笑みを浮かべる大久保に、吉昌もようやく相好を崩し始めた。



 吉昌が紅葉山へ出仕していたその日、銀兵衛は五三郎と共に片腕で胴を切る練習をしていた。

「銀兵衛さん。もうちょっと背中を反らせたほうがいいかもしれませんね。御様御用並に大仰にやったほうが成功します」

 ついつい今までどおりのやり方で刀を振り下ろしてしまい、藁胴さえうまく切断できぬ銀兵衛に対し、五三郎が助言する。

「なるほど。その方が腕に負担はかからないな。稽古を怠けていた分、ちょいと身体は硬くなっているが」

 銀兵衛は微かに苦笑いを浮かべた後、五三郎の指導のままに体を反らせ、そのまま刀を振り下ろした。すると両腕で振り下ろしたように藁胴が美しく切断されたではないか。真っ二つに斬られた藁胴を見つめながら、銀兵衛は何かを悟ったように呟いた

「そうか・・・・・・こういうことか」

 銀兵衛の中で何か手応えがあったらしい。今の感覚を忘れぬうちにと、更に銀兵衛が刀を振り上げたその時である。

「兄様ぁ!ここにしまっておいた『村正』、もしかして使っていますか?」

 不意に二階から幸の声が降ってきたのだ。そして『村正』という徳川家にとって物騒この上ない一言に、二人の動きがピタリと止まる。

「む、村正ぁ!そんな物騒な刀もしまいこんでいたのかよ!てか、きちんと銘も調べてるから村正は持ち出していないぜ!」

 五三郎が二階の窓からこちらを覗きこんでいる幸に怒鳴り返すが、幸はそれをさらりと受け流し、五三郎に尋ねる。

「いえ、銘は潰してあるんです。ていうか、うちに来た時には既に銘は潰れていたというか・・・・・・銘が削られている刀はあります?」

 その一言に、五三郎は小さく声を上げた。

「あ!もしかして!銀兵衛さん!ちょいとそいつを見せてください!」」

 五三郎は慌てて銀兵衛が手にしている刀を奪い取ると、試し柄を外し銘を確かめる。

「ああっ!これだ!銘が削られている! 」

 確かにその刀は、本来銘が彫られている部分が何者かによって削られていた。辛うじて『村』の一部と『正』の半分が確認できるといったところか。それを知った瞬間、銀兵衛の顔が青くなる。

「た、確かに切れ味はいいはずだ・・・・・・」

 すると再び二階から幸の声が降ってきた。

「今、代わりの刀を持っていきます!申し訳ありませんけど『村正』は稽古に使わないでください!うちにだってたった二振りしか無いんですから!」

 大名並みの財力を誇る山田家ではあるが、さすがに戦国時代の数少なくなってしまった名刀を集めるのは至難の業だ。幸は叫ぶと、慌てて二階から降りてきた。

「はい、これ!もうひやひやさせないでくださいよ」

 幸は手にした大刀を五三郎に押し付けた。

「悪ぃ悪ぃ!しかし何で『村正』なんてあるんだよ?縁起でもねぇ」

 幸から新たな大刀を受け取りつつ、五三郎が尋ねる。

「だからこそ、でしょう。誰かが『村正』を手に入れ公方様に仇なすなんてなったら問題でしょう?その為には『村正』がどんな刀か知って、見つけ出したらすぐに処分しないと・・・・・・とは言っても幕府に献上、って形になるんですけど」

「幕府に・・・・・・献上?」

 むしろ幕府としては『村正』を潰すのではないか――――――意外な『村正』の行き先に、五三郎は怪訝そうな表情を浮かべた。

「ええ。表に出ることはありませんけど、腰物方の御蔵には何振りか村正もありますよ。徳川家に仇なす刀、とはいえ名刀であることには違いありませんから。御蔵できちんと管理しておけば人を傷つけることも無いでしょう」

「なるほど。縁起が悪いとはいえ、悪意のある人間に使われなければ刀はただの刀でしかないか」

 徳川にとってあまり縁起は良くない刀かもしれないが、それはあくまでも人に使われてこそ。ならば人に使われぬよう仕舞いこんでしまえばいいというのが幕府の見解だった。

「となると、もう殆ど市井には出回っていないよな・・・・・・大権現様の時代の御刀だろ?そんな刀を使うんだったら売っぱらったほうがよっぽど金になりそうだし」

「それもそうだ!」

 幕府にとって縁起の悪い刀と言われながらも御蔵で所蔵するほどの名刀である。もし残っていたとしても皆大事に仕舞いこむであろう。三人は顔を見合わせ、思わず笑ってしまった。



 だからこそ三人は想像もしていなかった。大枚を払ってそんな刀を買い、使おうとする男がいるということを――――――。



 古石場のボロ長屋のひとつに、似つかわしくない妖艶な女が入ってゆく。その女は風呂敷に包んだ長いものを手にし、子供が遊ぶ横をすり抜けつつ奥へと入り込むと、その一つの前に立ち止まる。

「ただいまぁ」

 立て付けの悪い引き戸を強引に開けながら、その女――――――夕波は中にいる男に声をかけた。

「おう・・・・・・頼みのモンが見つかったのか?」

「ああ。もしかしたら偽モンかもしれないけどね。っていうか五両の赤鰯じゃあ本物を期待するほうが無理ってもんだろ」

 夕波は目の前で壁に寄りかかっている男――――――新實に風呂敷に包まれていた刀を渡した。新實は不自由な右腕で柄を抑えつつ、左手で鞘を抜く。

「・・・・・・確かに錆が浮いているな。こいつは相当人の血を吸ってやがる」

 手入が良くなかったのか、ところどころに錆が浮き、脂で刀身が曇っているその刀をうっとりと眺めつつ、新實は呟く。どうやらこの男にとって、真贋よりもその刀が実際に使われたか否かのほうが重要らしい。

「おい、ちょいと目釘を抜いてくれ。別に偽モンでも構わねぇが、一応銘を確かめたい」

 すると夕波は眉を顰めた。

「刀をばらしてどうするだい?わっちは組み立てられないよ!」

「構わねぇ。どのみち研師に出さなきゃ使えねぇ刀だ。ばらしたって問題はねぇよ」

 新實はそう言いながら、一旦刀を鞘に戻し、夕波に突きつける。渋っていた夕波だが致し方ない。慣れない手つきで目釘を抜くと、再び新實に渡した。

「じゃあちょいと離れてな。手許が狂って欠けた刃先が飛ぶかも知れねぇ」

「おお、くわばらくわばら!だったらわっちは酒を買ってくるよ。その間に好きにしてな!」

 夕波はそう言い捨てると再び狭い長屋から外に出た。それを見送った後、新實は再び刀を鞘から抜き、柄を外した。そしてその瞬間、出てきた銘に新實は目を細める。

「へぇ、なかなかの掘り出し物じゃねぇか。こいつが五両で叩き売られてたってぇのが驚きだが・・・・・・どうやら天は俺を見捨てなかったらしい」

 柄を外した途端に出てきたもの――――――それは削られていない『村正』という彫物だった。確かに手入は悪いものの、強めの砥ぎを施せば人を殺すのには充分だろう。

「脇差しになっちまいそうだが、それはそれでいいか」

 それこそ舐め回しそうな視線を刀身に絡めながら、新實は不気味な笑みを零した。



UP DATE 2015.5.13

Back   Next


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
INランキング参加中。
お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv


  
こちらは画像表示型ランキングです。押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)

 



皐月の風はどうやら悪しきものも運んでくるようです。積年の懸案が解決しそうな知らせに銀兵衛の回復と、良い知らせが立て続けに吹き込んできた後に、新實が『村正』を手に入れたという・・・(-_-;)

歴史好きの方ならご存じの方も多いと思いますが、『村正』は徳川家にとってげんの悪い刀でした。とは言っても私が知っているのは家康の長男・信康の切腹の際、介錯に使われたことだけなんですけど(^_^;)
それでも名刀であることには変わりなく、山田家でも照会用のふた振り、徳川家でも村正の所蔵はあったようです。いちいち神仏の祟りだなんだと気にしていたらやっていられませんしwww

それでもそのたたりにすがりつきたいという人間はいるものです。今回は新實がそうですが、幕末の志士の中にも村正を使っていた人がいるとかいないとか・・・本物かどうかは定かではありません/(^o^)\


次回更新は5/20、たぶん川越へ帰っていく銀兵衛のお見送りになるかと思われます(多分家族総出)


関連記事
スポンサーサイト




 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【ボカロ小説 聖龍協奏曲~奏国物語 幕間・皇帝と一角獣の処女1】へ  【処烏のまかない処~其の二百三・粽】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【ボカロ小説 聖龍協奏曲~奏国物語 幕間・皇帝と一角獣の処女1】へ
  • 【処烏のまかない処~其の二百三・粽】へ