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「紅柊(R-15~大人向け)」
丙申・春夏の章

皐月の風がもたらすもの・其の参~天保七年五月の知らせ

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 初夏の日差しが眩しいこの日、川越街道に続く板橋宿には銀兵衛家族とそれを見送りに来た芳太郎や五三郎、その他数人の門弟達がいた。

「わざわざすみません、こんなところまで見送りに来てくださって」

 旅姿の喜代が見送りに対して深々と頭を下げる。

「いえいえ、お気になさらずに。何せ俺達の兄分ですからね、銀兵衛さんは」

「むしろ喜美ちゃや銀太くんのお父上を横取りしちまって申し訳ないかな」

 そう言いながら五三郎は、銀兵衛に抱き上げられている銀太の頬をちょん、と突く。

「いや、むしろ若い衆に遊んでもらって子供たちはごきげんだろう。その点に関してはむしろ助かった」

 笑顔を見せながら、銀兵衛は自分の脚にしがみついている喜美の頭を撫でた。山田道場は稽古場に近づけなければ子供を連れてきても良いことになっている。むしろ子供の頃から試し切りの光景に慣れさせ、次代の試し切り芸者を育成することを推奨してると断言していいだろう。
 案の定、喜美も銀太も試し切りを怖がることなく、むしろ年若い弟子たちが遊び相手になってくれることを喜んでいた。だが、そんなのどかな日々も今日が最後、川越へ帰ったら藩の仕事に忙殺され、子供らと遊んでやれない日々が待っているのだ。

「今度はいつこっちに来ることができるか判らないが・・・・・・次は純粋に稽古だけのために来るつもりだよ」

「ええ、そうしてください。本当に新實と対決して、その報告なんて・・・・・・銀兵衛さんじゃなければ絶対に生き残れませんって」

 銀兵衛の一言に、弟弟子達強く同意する。新實と対峙して左腕一本の被害で済んだ銀兵衛は、道場の英雄なのだ。しかし銀兵衛はそんなことはないと首を横に振る。

「真面目に稽古をしている山田一門の門弟なら、奴の根底にある太刀筋を見切ることができる――――――あいつも人間だ。太刀筋の癖だけは直しようがないさ」

「そうだといいんですけどね」

「っていうか・・・・・・新實に出くわさなけりゃいいんじゃねぇか?出来ることなら俺は一生出会いたくないぜ」

 心の底から出た五三郎の呟きに、仲間たちは勿論、喜美や銀太まで大笑いをした。

「では、そろそろ行くかな」

 ひとしきり笑い、それが収まったのを見計らって銀兵衛が喜代に声をかける。

「ええ・・・・・・ではこれにて」

 喜代が喜美の手を引き、五三郎達に頭を下げる。そして家族四人は踵を返し、川越へと歩き始めた。

「お気をつけて!」

 初夏の日差しがますます眩しくなる中、旅人達の群れの中に四人の姿が消えてゆく。銀兵衛の腕が無い以外幸せそのものの家族の背中に、門弟達はいつまでも手を振り続けた。



 その数日後、幸は五三郎と連れ立って深川の芸妓に頼まれていた小指の塩漬けを届けに行った。その帰り道、川辺りに出た幸は連れの五三郎に文句を言っていた。

「別に大丈夫だったじゃないですか、私一人でも。兄様は心配がすぎるんですよ」

 呆れ顔の幸に、五三郎は頑なに首を横に振る。

「幾田さんだって言ってただろ?古石場に新實がいるかもしれねぇ、って。深川は目と鼻の先なんだから気をつけすぎるなんてことはねぇんだよ。銀兵衛さんじゃあるまいし、おめぇが新實に出くわしたら首を斬られるぞ!」

 どこまでも真剣な表情の五三郎に、幸は苦笑いを浮かべる。新實達が『古石場』か『古い石場』にいたという情報は二ヶ月も前のものである。奉行所の同心の手入だって入るだろうし、既にいないと考えるべきだろう。否、むしろ同心がこの近辺をうろついている分、この場所は安全かもしれない

「あの男のことですから、既に江戸にはいないでしょ・・・・・・!」

 そう言いかけた幸が口を噤み、一点を見つめた。その表情の急変ぶりに、五三郎もこれはただごとではないと感づく。

「おい、どうしたんだ?幸?」

 だが幸はただ一点を見つめたまま、五三郎の問いかけに応えない。仕方なしに五三郎は幸の視線を追いかける。

「ったくよぉ。一体なんだって言うん・・・・・・ああっ!」

 五三郎は大声を上げそうになって慌てて自らの口を抑えた。

「な、何であの女が・・・・・・夕波がここに!」

 幸の視線の先にあったもの――――――それは五三郎の昔の敵娼・夕波の後ろ姿だった。



 継接ぎだらけの鰹縞の着物の襟を、これでもかというほど抜いたその後姿はお世辞にも美しいとは言えなかった。だが男を惹きつけて止まない妙な色気が漂っている。そんな姿の夕波だったが、その腕には何か長いものが抱えられている。風呂敷に包まれたその形状からすると、刀のようなものらしいが大刀にしては短いような気がする。

「それにしてもあの風呂敷包、気になるな」

「たぶん・・・・・・分解した刀か、脇差しだと思います」

 幸が小さな声で五三郎に告げる。

「それにしても何で新實本人じゃなく夕波が刀を・・・・・・もしかしたら銀兵衛さんから受けた傷が、かなり深手だったんでしょうかね」」

 それだったらわざわざ夕波が刀を抱えてうろついていることも理解できる。五三郎は幸の言葉に頷きながらも、夕波から視線を逸らさなかった。

「やっぱりこのあたりをうろついているんだ・・・・・・ってことは、新實も近くにいるのかな?」

 思わず周囲を見回してしまう五三郎だが、幸いな事に新實の姿は影も形も見当たらない。その事実に安堵するが、いつまでもここで夕波の後ろ姿を見つめ続けているわけにもいかない。

「これって、すぐに奉行所に知らせたほうが良いですよね?」

 幸が不安げな表情を浮かべながら五三郎に尋ねる。

「勿論だ。しかし、ここの奥まで八丁堀が入り込めるかなぁ」

 平河町のほど近く、鮫ヶ橋ほどではないにしても、ここもかなりの貧民窟だ。流れ着いた直後の『よそ者』であるならいざ知らず、既に二ヶ月も経ち仲間意識も芽生え始めている頃だろう。古石場の住人が新實を庇うようなことになったらかなり厄介である。

「どっちにしても素人が手を出すわけにはいかねぇな。俺達が新實たちに出くわして、銀兵衛さんみてぇに生きて逃れることが出来ると思うか?」

「・・・・・・兄様が無理、というなら為右衛門先生や芳太郎さん以外無理でしょうね」

 五三郎の言葉に幸は小さく溜息を吐く。そうこうしている内に夕波は奥へ入り込む小さな路地へと身体を滑り込ませてしまった。

「行くぞ、幸。早く奉行所に・・・・・・いや、ここからだったら八丁堀の方が近いな。幾田さんのところに行こう!」

 とにかくこの事を早く知らせなければ――――――五三郎は幸の手を掴み、足早にその場を離れた。



 五三郎達が八丁堀にある幾田の屋敷に到着した時、生憎幾田は留守だった。その代わり幾田の妻である晶が二人を出迎える。そして二人から話を聞くほどにその顔色が変わってゆく。

「・・・・・・承知いたしました。ただいま下男を奉行所に遣わしますが、しばらくこちらでお待ちいただけますでしょうか?」

 いつもなら気さくに語りかけてくれる晶が、強張った口調のまま二人にこの場への滞在を要求した。

「え、ええ構いませんが・・・・・・この件に関して何か言われているのですか?」

「勿論です。同僚二人を殺されておりますし、上様の暗殺をも図った輩とも聞いております。事と次第によっては五三郎さん・・・・・・これから案内をしていただくかもしれません」

 晶の言葉に、今度は五三郎と幸は顔を強ばらせる。そして暫く待っていると幾田が下男を伴って屋敷へと帰宅した。

「おい、五三郎!新實の連れの女を見たってぇのは本当か?」

「ええ、間違いないです。何せ吉原での俺の敵娼だった女ですから」

「なるほどな・・・・・・本当はこれからすぐ、と行きてぇところだが、もう日も暮れちまっている」

「さすがに提灯片手に向かうには危険すぎますよね、相手が相手です」

 闇の中、気配を感じて攻撃する能力は間違いなく新實のほうが高いだろう。銀兵衛が奇跡的に生き残れたのは対峙したのが昼で、しかも広い街道沿いだったからだ。逃げ場のない、暗く狭い貧民窟では新實に分がありすぎる。

「御様御用前で申し訳ないが、明日の午前中は稽古を休んでくれ。場所さえ教えてもらったら後は俺達でどうにかする」

 すぐに捕物に行けないもどかしさはあるが、確実に捕縛しないと、更なる犠牲者が出てしまうだろう。幾田の苦渋の言葉に、五三郎は深く頷いた。



 安全を確保するためのたった半日――――――しかし、その半日の差が明暗を分けた。五三郎に案内され古石場の路地に捜索に入った奉行所の同心達だったが、結局新實を見つけ出せなかったのである。貧民窟の住人に話を聞いたら、昨日の晩の内にここを去っていったとの事だった。

「そういや腰のもんが一本増えてましたよ。以前から腰に差していた長いモンの他に、こ汚ぇ長脇差が増えていましてね。いくら貧乏人だからってあの汚ねぇ拵えはねぇだろうって」

 よっぽど汚さに目が行ったのか、それとも漂わせる雰囲気に引きずり込まれてしまったのか、屑拾いの男は幾田に自分が知っていることをすべて話す。

「判った・・・・・・ありがとうよ。恩に着るぜ」

 幾田は屑拾いの男に四文銭を四、五枚渡してその場を立ち去った。結局この日は新實を捉えることが出来なかったが、それでも昨日まで江戸に潜伏していたことだけは確実なのだ。
 爽やかな皐月の風が幾田の頬を撫でてゆく。その爽やかさの中に微かに、しかし確実に紛れ込んでいる梅雨の気配のように、新實の気配も確実なものになってきているのだ。

「・・・・・・できれば八朔までには片付けたいもんだな」

 将軍を暗殺しようとした極悪人であり、同僚の仇でもある男の息の根を止めるのは自分達だ――――――真夏のような強い日差しの中、幾田は空を見上げ決意を口にした。




UP DATE 2015.5.20

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皐月の風は、偶然にも新實の目撃情報まで運んでくれたようです(*^_^*)尤も半日違いで逃げられてしまいましたが・・・(^_^;)
現代でもこんなことはままあることですが、二ヶ月も潜伏していた新實が目撃されて即座に場所を変わると思っていなかったのでしょう。更に新實のフィールド&集団戦が不可能な貧民窟ということも大きかったと思われます。下手に突入したら間違いなく奉行所側の被害が増大するでしょう・・・(-_-;)新實退治は骨が折れるのです(>_<)

次週は来月の拍手文、そして来月の紅柊は新實&夕波が主役になります。
(来月決着を付けるか、それとも御様御用直前の八月の勝負にするか、未だ迷い中・・・西山が7月に処断されるので、その前に新實を・・・という考えもありますし、鍛錬を重ねた五三郎と御様御用直前の8月に勝負させたい、っていうのもあるんですよねぇ。今暫く考えます^^;)
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