FC2ブログ

「短編小説」
閻魔堂華宵~幕末百話異聞~

閻魔堂華宵 第二話・黒船土産大コロリ

 ←葵と杏葉世嗣編 第四話 貧乏くじ・其の肆 →幕末歳時記 其の陸・黴雨(桂小五郎&幾松)
深い森の奥にある小さな小さな閻魔堂。そこは名も無き人々の行き着く場所、死者の楽園の王であり地獄の十王の支配する場所である。
 本来、生きとし生けるものならば------------それが天人であろうと動物であろうと鬼であろうと、黄泉への旅路の途中で転生が決まる。だが、その中でもこと人間というのは厄介なもので、いろいろな思惑を抱え込み、すんなりと次の世へ転生することができないのだ。
 もし、鬱屈した想いをそのまま抱え込み、無理矢理転生させたとしても、消し去る事の出来なかった煩悩は吹き出し、世に混乱をきたしてしまうだろう。
 地獄へ墜としてしまえる程の悪人ならいざ知らず、殆どの人間は自分が生きる為の最低の殺生しかしないし、大それた犯罪も犯さない------------すなわち地獄の判官等も審判に迷うような事例が多数あるのだ。天人や人に生まれ変わらせる程には功徳を積んでいないが、かと言って畜生道に墜とす程の悪を犯している訳ではない・・・・そんな人間を救う為の緩衝としてこの閻魔堂はあった。
 気が遠くなり、記憶さえ消えてしまう程の時間をかけて人間としての未練を消し、転生して貰う。天人に生まれ変わっても鳥に生まれ変わっても、再び人間に生まれ変わってもそれは変わらない。
 苦く、そして甘美な人間の煩悩から解き放たれ、心置きなく次の生へと旅立って貰いたい------------それが十王が長、夜摩こと閻魔王の願いであった。



 今日もまた黄泉路を彷徨い、最果ての地である閻魔堂に一人の娘がやってきた。人間界で悪い病が流行っているのだろうか、いつもなら人間界の一昼夜に一人か二人の彷徨い人が今日はすでに十人目だ。閻魔堂の扉を開けた娘は目の前に広がる花畑に驚愕の表情を浮かべたが、すぐに夜摩の存在に気が付き質問を投げかける。

「あの・・・・・ここは追分の鎮守様ではないのでしょうか?」

 若い娘にそぐわぬ地味な着物を襟も抜かずに着ているところをみると、武家屋敷の奉公人だったのだろう。地味なお仕着せに惑わされそうになるがまだ歳は十五、六歳くらいらしい。白あばたの跡がある、紅さえ付けていないその顔立ちは美人とは決して言えないが知的さを感じさせる。
 罪さえ犯す間もなく、この若さで亡くなる場合、すんなりと転生が決まるはずなのだが、ここまで来るには相当な未練があるに違いない------------夜摩は娘に向き直り、怯えさせぬように言い聞かせた。

「ええ、違いますよ。ここはあなたが知っているどの鎮守でもありません。ここはどの世界にも属さない・・・・・天上でも地上でも地獄でもない場所なのです。」



 しばしの沈黙が二人の間に流れる。

「私は・・・・やっぱりコロリで死んでしまったんですね。」

 娘は涙をぽろぽろと零しながら呟く。

「申し遅れました。私、とある大名屋敷に奉公に上がっていた加代と申します。あばたに罹ってもそれほどひどい跡にはならず、生き延びることが出来ただけにコロリに関してもてっきり人事だと思っていたんですけど・・・・まさか自分が罹り、命を落とすとは思いませんでした。」

 その時である。一陣の風が花畑を吹き抜け、辺りの花々が騒めきだしたのだ。



--------俺っちもそうさ。今朝話していた野郎がが晩には斃れ、たった今薪を割っていた奴がもう焼き場に持って行かれちまったって、そりゃあ騒ぎでよ。義理も人情も無ぇ、ってぇのはああいうことを言うもんだよな。

--------わっちもコロリにやられたんだよ。一見の客がわっちらの見世にコロリを持ち込んでさぁ。遣手婆から振袖新造まで五人も仏を出しちまったんだよ。その客が、横浜にある茶屋の婆さんに聞いたところによると『コロリというのは浦賀へ来た黒船が置いていった魔法だ。』なんて言っていたらしい。

--------なんといういい加減な。私は長崎で医者をしていたが、コロリは南蛮渡来の魔法なんかではないぞ。五月二十一日、上海から長崎港に入港したアメリカ船ミシシッピー号の船員がコロリに感染していて、それが元となって瞬く間に長崎から全国へ広まったのだ!魔法なんぞある訳がない!



「皆、黙らぬか!加代殿が驚いているであろう!」

 秀麗な容貌にそぐわぬ怒声に、辺りの花々はしん、と鎮まりかえる。

「・・・・・申し訳ありませぬ。一人一人の話をきちんと聞き届けていたつもりだったのですが、どうやら彼らはまだ話し足りなかったようですね。」

 一瞬、地獄の業火を思わせる光を帯びた金銀妖眼はすぐに穏やかに鎮まり、加代に向けられる。

「あなたの話を聞き終わったらもう一度彼らの話を聞いてやることにしましょう。」

「あの・・・・・あなた様さえよろしかったら・・・・・・私は皆様のお話も聞きたいのですが。」

 加代は辺りの花々を見回しながら夜摩に頼み込む。

「私は・・・・・若君様の看病の後、すぐにこちらに来てしまったので世間様がどのような事になっていたのか全く知らないのです。だから・・・・・自分を冒した病がどのようなものか知りたいのです。」

 病に対する恐怖よりも、未知なるものへの好奇心------------それが加代の魂を形作っているのだろう。その好奇心旺盛な魂は夜摩の知っているある女性に非常に良く似たものであった。

「仕方が無いですね・・・・・かなり煩くなる事だけは覚悟していて下さいね。」

 夜摩は肩を竦め、左手を天高くかざす。その瞬間、再び風が沸き起こり、賑やかすぎる花々の昔語りが始まった。



--------お嬢ちゃん、お屋敷に籠もっていたんじゃ知らねぇだろうが、両国じゃあヤツデの葉が飛ぶように売れたんだぜ。何せヤツデは疫神様の天狗の羽団扇に似ているじゃねぇか。ヤツデを吊しておけば疫病を払うことができるって俗信そのままにヤツデを両国で売り出したらこれが売れて売れて。だがよ、儲けた金を使う前に自分がコロリで死んじまったらしょうがねぇよな。

--------あの両国の騒ぎはあんた達の仕業だったのかい!まったくうちのヤツデまで丸裸にされちまって困ったらありゃしない。そうそう、お屋敷では門松を立てたり豆まきを遣ったりしたところもあるんだってね。凶年を早くやり過ごしちまおうって。ああ、その顔じゃあんたの所ではやらなかったみたいだね。だからここに来ちまったって訳か。

--------ほぉ、都会じゃその程度で済んでおったのかい。儂等の村では『コロリ祭』がおこなわれたぞ。鎮守の森から村々の大通りに行列が繰り出される光景は圧巻でなぁ。
 先頭には高張提灯、五色の吹き流し、天狗、獅子、御輿が並び鐘や太鼓で囃しながら練り歩いたもんだ。コロリのものが出た家では天狗の面や獅子頭を借り出して病人の枕元に置き、赤飯などの供物を捧げたんじゃ。
 蠅がたかり、埃にまみれた供物を親類縁者から近所の者達が競って『お裾分け』を奪い合ったんじゃが、コロリの者の近くに置いた供物を口にすれば自ずとどうなるか判るじゃろう。儂も赤飯を喰ってこの通りさ。



「ああ、食べ物で思い出しました。お魚を食べることが出来なくなってしまったんです。」

 花々の話を聞いて加代が何かを思い出したらしい。

「お魚が?それは何故でしょう?」

 話し始めた加代の話を花々の騒々しい雑談から護るように、夜摩はあえてはっきりと加代に話を促した。

「多摩川に毒が流された、とかそれこそ外国人が毒を井戸に流したとか色々話はあったらしいのですが、お魚をを食べるとこれが原因でコロリになるからって二日に一度のお魚が無くなってしまったんです。」

 懐かしむような目で加代は話を続ける。

「若様が魚がお好きなので町中の魚屋に頼み込んだらしいんですけど・・・・・・・お魚を求める方が少なくなってしまって漁師や魚屋、料理屋など魚を扱う生業が店をたたんでしまっては買いたくても買えなかったんです。その分鶏やその卵、野菜などが高騰して、ただでさえ財政難の家中は火の車だと同僚が零していました。」

--------でも、そんな文句も生きていればこそだしな。

--------そうそう、魚が食えないならまだいいさ。俺なんかまともな棺桶にさえ入れなかったぞ。古びた味噌樽になんか入れやがって!どうせだったら酒樽に入れろってんだ!

--------だからこそおめぇの嬶は味噌樽に入れたんだろうよ。どうせ生きていた時、嬶の腰巻きを質に入れて酒を飲んでいたんじゃねぇのか。

--------ほらほら娘さんが呆れているだろうが。確かにすぐに荼毘に伏されるのなら味噌樽だろうが醤油樽だろうか構わないと思ったんだろうよ、あんたの嬶は。まさか焼き場に六百も仏が山積みされるとは思わなかっただろうし。味噌樽に入れて貰っただけでも良しとしろよ。


 誰かが茶化すその言葉にその途端、花々と加代から笑いが沸き起こった。



 どれだけの話を聞き、どれだけ笑い、そして涙したであろうか。一通り話を聞いた加代は夜摩の瞳を見て真剣に尋ねる。

「この病でいろいろな方が人生を狂わされたのですね・・・・・私も・・・・・あと少しだけ・・・・・・。」

------------若君様より先に自分が逝ってしまったことが悔やまれるのです。加代はそう声を絞り出し、泣き崩れる。

「あなたは若君を女性として愛おしいと想っていたのですか。」

 問い質す訳でもなく、むしろ優しく夜摩は加代に尋ねたが、加代はびくり、と方を震わせ頭を振った。

「そんな大それた事、ちらとでも考えたなら罰が当たります。私は・・・・・若君様に最期まで尽くせなかったことが悔やまれるのです。」

「だけど、彼はそう想ってはいないようですよ。」

 不思議な色をした穏やかな瞳に笑みを含み、夜摩は一つの花を指し示す。すると、その花は風に舞い、人の形を------------若く、凛々しい武士の姿に変わったではないか。

「わ・・・・若様!」

 加代は驚きのあまり腰が抜け、その場にしゃがみ込む。

「女子の脚と若侍の脚、そして自分の未練がはっきりしている分、彼の方が先にここに到着したのですよ。」

 しかし、夜摩の言葉は加代の耳にも、そして若侍の耳にも届いてはいなかった。二人は互いに手を取り、ひたすら見つめ合う。

「お加代・・・・・・・私の看病を命を賭してしてくれてありがとう。家族の者さえ病に罹った私に近づかなかったのに。そして・・・・生きている間に言えなかったことをここで云わせて欲しい。そなたを・・・・・男として愛おしいと思っていた。」

 本来なら声を聞くどころか顔を見合わせる事さえも許されないほど身分の違う二人であった。だが、若君の乳母付きの女中になった加代と若君が互いを知り、叶わぬ事と知りながら互いに想いを寄せていた時に『コロリ』が結ばれぬ運命の二人を引きつけ、そして残酷に引き裂いたのだ。

「若様!」

 『現世(うつしよ)』での命を終えた二人を隔てるものは何もない。二人は抱き合いそして------------紅白の花を付けたハナミズキへと変わっていった。

「ほう・・・・・南蛮渡来の花に変化するとは面白い。」

 夜摩は白と紅の花弁を両手で触れ、感心する。

「まだ下界では時間がかかるでしょうけど、あなたたちが再び生まれ変わる頃には身分など関係なく愛しい者同士が夫婦になる日が来るでしょう。その時までお休みなさい。」

 夜摩はそう呟くと立ち上がる。

「そう言えば夜魅にこの前逢ったのはいつのことだろうか・・・・・あまり放っておくとつむじを曲げかねないな。」

 妹であり妻である愛しい女(ひと)を思いだし、夜摩は光に包まれた空を見上げるのであった。



UP DATE 2009.5.22

Back   Next


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
ランキング参加中。お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv

  
こちらは画像表示型ランキングです。押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)






閻魔堂華胥第二話、『黒船土産大コロリ』です。書いていて、というより資料を読んでいて思いました。人間っていつの時代も馬鹿だ・・・・・。
うわさ話(=マスコミ)に踊らされ、効果があるものには飛びつき(八手の葉っぱをマスクに変えたら現代の話しそのもの)右往左往する姿は150年も前の話とは思えません。間違いなく私達は彼らの血を引いてます(爆)。

 蛇足ながら手許の資料で一番史実に近い『安政五年のコレラ』の大流行についても以下に抜粋しておきます。というか、上記駄文で使ったエピソードだけではあまりにもひどいので(爆)。よろしかったらどうぞv(別に読まなくてもまったく問題はありません・笑)

 安政五年六月十九日に日米修好通商条約が調印され、日本の鎖国は終わったんですが、それより一ヶ月前の五月二十一日(陽暦換算七月一日)、上海から長崎港に入港したアメリカ船ミシシッピー号の船員がコレラに感染していたらしいんです。船員が長崎の出島に上陸してから約十日後の六月二日に、二十人から三十人のコレラ患者が発病してコレラは瞬く間に長崎に広まってしまったらしい。
 長崎からさらに中国、関西に広がり、六月下旬に東海道沿いの町で流行、七月に江戸へ侵入するんですが、なんだか某インフルに似ていなくもない(苦笑)。
 始まりは海岸沿いの赤坂、霊岸島、築地、芝海岸地帯、鉄砲州、佃島に限定していたが、八月になると江戸の町から近郊まで急速に広まり、八月中旬にピークに達しました。九月に入ると江戸の流行は収束し始め下旬に入るとぱったりと止まり、町はようやく落ち着きを取り戻したんですが、この後にも東北ではコレラの流行が続いています。
 町は病人と死者で溢れ、未曾有の数の死者に棺桶の数が間に合わず(三万人超えたそうです。ちなみに戊辰戦争の死者は一万人)、酒樽を棺桶にしたが火葬も追いつかず火葬場は棺桶であふれかえったというんですが・・・・・酒樽は良い方らしいです。後の方はそれさえなかったらしいとのこと。
 八月に江戸横山町の紙問屋、中屋萬衛門が水戸徳川斉昭公に宛てた手紙の中で『町には死人が多く、毎日蔵前通りを二百五十くらいの葬列が通る。一家全滅した家も多く、馬喰町周辺の旅館は滞在中の人もたくさん死んだ。泊まり客も、長期滞在者も殆ど無く、江戸の町は不景気になり商人がとても困っている。また、関西方面の流行の為に街道の上り下りも人通りが途絶えるなど前代未聞のことが起こっている。水戸ではまだコレラの流行はないそうだが水戸街道筋も土浦の当たりませ流行が広がっているようだ。』とコレラの流行のことを書き送っています。
  でも当時、予防法が全く無かった訳ではなかったらしいんですよ。オランダ海軍の軍医ポンペが幕府の医師松本良順らに西洋医学を教えていたんですって。ポンペは来日した当初から清国で流行しているコレラが日本に侵入する日が遠くないと言って医学生にコレラ防疫法を教えていて、案の定翌年にはコレラが長崎で発生。ポンペは長崎奉行岡部駿河守に宛て、オランダと同様のコレラ対策を実行するように具申したそうです。
 その内容は、生鮮食品を管理する必要性を説き、食用禁止の食品名と生活習慣で禁止事項を公表すべきだとの事。そのおかげで長崎では発症者を千六百人足らずに押さえ込むことに成功したんです。だけど・・・・・その知識が江戸にもたらされることはなかったんですよね~。
 こんな事も原因の一つだったんでしょう。このコレラの流行は攘夷運動を刺激した。ポンペが『日本滞在御年回想録』の中で『米艦ミシシッピー号が清国から日本にコレラを持ち込んだ。一八二二年以来、日本ではこの恐るべき疾病については全く聞くところがなかったが、今回はたくさんの犠牲者が出た。(中略)この原因は日本を外国に開放したからだと言って市民の我々外国人に対する考え方は変わり、時には我々を敵視するようにさえなった。』と述べています。

 なお安政五年の七月四日には将軍・家定も亡くなっているが、死因の一説にこのコレラというのもあるんですって。篤姫による暗殺説だけじゃなかったんだ・・・・・。
(江戸病草紙、病が語る日本史より引用、抜粋し文章を作っています。)

 このシリーズはもう一話、最後に出てきた夜摩の妹、というか妻の夜魅との話を書くつもりです。しかも幕末百話の中のエピソードを使って(爆)。玉砕覚悟ですが頑張りたいと思います(^^)



《参考文献》
◆幕末百話 篠田鉱造著  岩波文庫  1996年4月16日発行
◆病が語る日本史 酒井シズ著  講談社学術文庫  2008年8月7日発行
◆江戸の病 氏家幹人著  講談社選書メチエ  2009年4月10日発行


関連記事
スポンサーサイト




 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png VOCALOID小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【葵と杏葉世嗣編 第四話 貧乏くじ・其の肆】へ  【幕末歳時記 其の陸・黴雨(桂小五郎&幾松)】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【葵と杏葉世嗣編 第四話 貧乏くじ・其の肆】へ
  • 【幕末歳時記 其の陸・黴雨(桂小五郎&幾松)】へ