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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第一章

夏虫~新選組異聞~ 第一章 第二十四話 愛次郎、死す・其の肆

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闇の中、佐々木の抜刀の気配を感じた敵の龕灯が佐々木の顔を照らし、佐々木の目を眩ます。その悪意に満ちた光に眼を細めながら佐々木は突き飛ばしたあぐりにもう一度叫んだ。

「あぐりちゃん、早う逃げや!わては後から追いかける!」

 逃げ切ってくれと叶わぬ願いを胸に秘め、佐々木は龕灯を手にしている敵に向かって走り出した。こちらだけ照らし出されてしまうのは圧倒的に不利である。龕灯を潰し、ぼんやりとした提灯の灯だけならば--------------否、提灯を頼りに闇を味方にこちらから切り込めば血路を開ける可能性だってあるのだ。
 佐々木は刀の峰で龕灯を地面に叩き付け破壊すると、間髪入れず返す刀で目の前の敵に斬りつける。だが敵は佐々木の剣筋を読み切っているかのようにするりと剣撃を躱し、背後に跳びずさった。

「佐々木は俺の三、四尺前にいる!そこをめがけて斬りつけろ!」

 佐々木の剣撃を躱した男が仲間に対し佐々木の居場所を知らしめる一声をあげる。その特徴のある声に佐々木は聞き覚えがあった。

「まさか・・・・・新入りの・・・・・御倉か!」

 つい数日前入隊したばかりの御倉伊勢武の耳障りなだみ声は、一度聞けば忘れられない。まさか結成して半年に満たない集団に敵の間者が入り込んでいるとは・・・・・。考えられる事はただ一つ、自分達の動きが長州側にばれ、逆に間者を忍び込ませることになってしまったということである。やはり諜報は素人には難しかったのであろうか--------------佐々木は自分だけでなく、仲間をも危険にさらしてしまった自分の浅はかさを後悔した。

「せめてこの事を・・・・・・どうにか知らせへんと・・・・・。」

 そうは思うものの、その手段を考える間もなく次々と剣撃が佐々木を襲う。次々と自分に襲いかかってくるそれをかろうじて躱し続けたのは、入隊してから沖田に付けて貰った厳しい稽古の賜物だろう。
 しかし、多勢に無勢、粘り続けていた佐々木であったが疲れのためかほんの僅か隙が生まれてしまったのだ。

『脇が甘い!何度言われれば解るんですか!』

 脇腹に激痛が走った瞬間、佐々木の耳に沖田の怒声が聞こえたような気がした。稽古の度、いつも沖田から散々注意されていたにも拘わらず、ほんの僅か脇が開いてしまったのである。提灯の灯の下では判りにくい僅かな隙だが、それを知っている者--------------一度手合わせをしたり稽古に立ち会っていた者であれば見逃す事はない。

「ぐっ・・・・・・!」

 耐えられない痛みはさらに広がり、噴き出す血で袴が濡れてゆく。痛みに顔を歪め、脇腹を押さえつつも、倒れてなるものかと佐々木は最後の力を振り絞り足を踏ん張る。だが、敵の攻撃は終わった訳ではなかった。

「佐々木愛次郎、これで仕舞いだ!覚悟!」

 若い男の声と共に佐々木の腹に剣が突き立てられたのである。剣先は佐々木の背中まで貫き、激しい痛みが、続けて焼けるような熱さが佐々木の体中に広がってゆく。

「き・・・・・きさま・・・・・もか・・・・・!」

 龕灯に照らされた半顔は女子のように整い、そして女子のような残酷な笑みに歪んでいた。その佐々木以上に端正な顔にも見覚えがある。彼もまた御倉と共に入隊してきた一人であった。一体何人の間者が壬生浪士組に入り込んでいるのか--------------薄れゆく意識の中、佐々木は歯噛みする。

「あ・・・・ぐり・・・・・逃げ・・・・・や。」

 あぐりは逃げおおせたであろうか。それだけが気がかりだったが、この身体ではあぐりを助ける事は出来まい。だが、瀕死のこの状態でもひとつだけ出来る事はあった。佐々木はどさり、と地面に崩れ落ちると、最後の力を振り絞り自分の血に濡れた地面に指を突き立てた。



 佐々木が数人の敵と戦っていた頃、あぐりもまた危機に瀕していた。

「伸造・・・・・やっぱりあんたが企んだんか!この裏切りもん!顔も見とうないわ!」

 あぐりが逃げようとしたその前に立ちはだかったのは伸造であった。

「お嬢はん、目ぇ覚ましておくれやす。お嬢はんはあの野蛮な男にたぶらかされてただけやったんですよ。さ、店に戻りまひょ。」

 勝ち誇った笑みを浮かべながら伸造は一歩、また一歩とあぐりに近寄っていく。

「いやや!近づかんといて!」

 あぐりは懐にあった札入れを伸造に投げつけると近くの竹林の中に逃げ込んだ。あぐりの拒絶に伸造はかっとなる。

「店のお嬢だと思って下手に出たら・・・・・待ちや!」

 伸造はすぐさまあぐりを追いかけ、帯を掴むとその場に圧し倒した。かさっ、と軽い葉擦れの音と共にあぐりは地面に押しつけられ身動きが出来ぬように伸造にのしかかられる。

「わてのもんにならんのやったら力ずくでもわてのもんにしたる!」

「いややっ!離してっ・・・・!」

 あぐりは必死に抵抗するが男の力に敵うはずもなく、無残に着物を押し開かれてしまった。伸造の手にあぐりの柔肌の感触が直に伝わり、その手に力が籠った。

(愛次郎はん・・・・・堪忍・・・・・!)

 折角逃がして貰ったのに自分は逃げ切れなかったどころか伸造に犯されそうになっている。せめて生きている間の操を守ろうとあぐりは思いっきり己の舌を噛み千切ったのだ。あぐりの身体から力が抜け、それほど苦しむ事もなくあぐりは伸造に犯される前にこときれた。

「ようやっと諦めはってくれましたなぁ。」

 抵抗をしなくなったのを諦めたと勘違いした伸造はにたりと嗤い、あぐりが舌を噛んで死んだ事にも気がつかずそのままあぐりを犯し続ける。その浅ましさは、目の当たりにする者が居たら思わず目を背けていたであろう。そんな鬼畜にも劣る情交の最中、突如伸造の背後から微かに光が差し込んだ。その刹那である。

「ぐおっ!」

 何者かが背中から伸造の背中を刺し貫いたのである。

「ふん・・・・・げすが。」

 それは佐々木を殺めた青年であった。佐々木よりも若いその青年はぺっ、と唾を伸造の亡骸に吐くとその下でこときれていたあぐりを提灯で照らす。

「商人の娘ながら武士の妻の操を選ぶとは・・・・・。」

 口の端から血を流しているあぐりを見下ろしながら青年は無表情に呟いた。

「小十郎、女は見つかったのか?」

 青年の背後からだみ声の男、御倉伊勢武が声をかける。

「ああ、この屑野郎に手籠めにされるのを潔しとせずに舌をかみ切っている。どちらにしろ口を封じるつもりだったんだ、手間がかからなくて良い。」

 小十郎と呼ばれた青年--------------楠小十郎は、汚物を蹴飛ばすように伸造の亡骸を蹴飛ばした。そして近くに来た男があぐりの亡骸の近くに跪き、着物の乱れを整える。

「あのげすとこの娘の繋がりから俺たちの事がばれてはまずい。小十郎、手伝え。駆け落ちの途中で辻斬りにあったように装うんだ。」

「承知」

 男達はあぐりの亡骸を表通りに運び出し、辻斬りにあったように見せかけるため、その背中を刀で斬りつけた。



 佐々木とあぐりの惨殺死体が二条城付近の膳本偽通りで発見されたのは夜が明けてすぐの事であったが、壬生屯所に知らせが行ったのは朝七つ過ぎであった。佐々木の整った容姿から『二条城の者ではないか』と噂が立ち、壬生に連絡が行くのが遅れてしまったのである。

「こりゃ辻斬りじゃねぇな。複数に囲まれてやがる。」

 現場を検証しに来た原田が付近に残された足跡を確認し、しかめ面をする。その傍には沖田と藤堂も一緒に遺体や付近の検証をしていた。

「やっぱり脇ですか・・・・・佐々木さん、上段に構える癖があったからそこを狙われたんでしょうね。」

 沖田は沖田で佐々木の受けた傷を検分しているのだが、脇の傷を見るなり残念そうな声を零した。稽古の度注意していたのにやりきれない思いが沖田を支配する。忙しさにかまけて、複数の敵と対峙した時の戦い方を佐々木に教えていなかった事を悔やんでも悔やみきれない。二条城傍の千本木通りは一人で複数の敵を相手にするにはいかんせん広すぎる。せめて脇道に逃げ込めれば殺される事は無かったのではないかと沖田は唇を噛みしめた。

「女も一撃とは容赦ないね。」

 あぐりの無残な惨殺死体に藤堂も悲しげに首を横に振るが、藤堂の背中越しにあぐりの亡骸を覗き込んだ沖田が怪訝そうな表情を浮かべる。

「・・・・・ねぇ、藤堂さん。何か変じゃないですか?」

「何が?」

 沖田が何を言いたいのか解らず、藤堂は沖田に聞き返した。

「佐々木さんに比べて出血がだいぶ少ないですよ。それに・・・・・・ああ、やっぱり。」

 沖田はあぐりの口の辺りを差し示した。血糊で汚れた口の端から千切れた舌の一部がちらりと見えたのである。

「あぐりさん、佐々木さんに操を立てるために先に自害したんでしょう。その後で斬られたんでしょうね。辻斬りを装う為に。」

「なるほど・・・・・奉行所の検分だったらきっと駆け落ち中に辻斬りにあった、としか思われないものね、この状況じゃ。」

 ようやく藤堂も、そしてそれを聞いていた原田も納得する。しかし、何故辻斬りを装わなくてはならないのか三人には皆目見当が付かなかった。攘夷派志士ならば堂々と壬生浪士組に戦いを挑み、名を挙げる絶好の機会ではないか--------------そう考えを巡らせたその時、佐々木達の亡骸を運ぶための戸板がようやく運ばれてきた。沖田達はその戸板に佐々木とあぐりの亡骸を乗せ、菰をかける。

「おい、総司!これ・・・・・!」

 それに気がついたのは意外にも普段大雑把な原田であった。何と佐々木の亡骸の下に微かに、しかしはっきりと遺された者が一番欲しがるものが残されていたのである。

「・・・・・・さすが、助勤候補だっただけありますね、佐々木さん。」

 こときれる前の、最後の力を振り絞って書いたのだろう。血に濡れた地面には佐々木を殺した犯人のものと思われる二つの名前が残っていたのである。

「これは・・・・・なるほどね。娘さんを自害に追い込んだ者からこの二人に捜査が行き着くのを怖れたんだろうね。」

 藤堂がその名前を見るなり納得の表情を見せた。佐々木達を殺した犯人は佐々木やあぐり、特に八百藤の娘であるあぐりの口封じを目的としていたのだろうが、そこに余計な要素が入り込んだのだろう。辻斬りに見せかける細工もその為かもしれない。

「つい数日前に入隊したあの人ですかね。しかも二人と来てますよ。」

 沖田の指摘に原田もたぶんそうだろう、とため息を吐く。

「死ぬ直前に書くくらいだ、無駄な事はしねぇだろう・・・・・土方さんに伝えてしばらく泳がせる事になりそうだな。」

「ええ・・・・・。」

 運ばれていく佐々木の亡骸を見つめながら沖田は唇を噛みしめた。沖田にとって佐々木は直接の部下でありかわいい後輩でもある。それを無残に殺されたとあっては黙っていられない。

「今年中に佐々木さんの仇は討てますかね。」

 沖田は佐々木の書いた文字を消しながら立ち上がる。

「そんなまどろっこしいいい方をするんじゃねぇ。仇を討つ気満々の癖して。」

「あ、ばれましたか。」

 沖田はわざとらしい高笑いをし、原田や藤堂に背を向けたが、その背中には押さえきれぬ怒りが漂っていた。



 八月二日、佐々木とあぐりの遺体は壬生浪士組によってひっそりと荼毘に付された。また、壬生浪士組がこの事件に関して頑なに口を閉ざしたために、京都のお喋り雀の間ではやれ局長があぐりに横恋慕したから逃げ出しただの、内紛によって佐々木が殺されただの勝手な噂が飛び交った。だがこの二人の死はこれから起こる大きな事件の予兆に過ぎない。
 攘夷派の志士、そして公家の動きが水面下で活発になる中、薩摩、会津を中心とした一派もそれを阻止しようと画策する。二つの勢力がぶつかってできる大きな波に翻弄されつつも壬生浪士組は舵を切り、生き残っていかねば使い捨てられるだけの存在になる。佐々木の死を無駄にしないため、壬生浪士組は独自の動きを開始した。



UP DATE 2010.07.23


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とうとう書いてしまいました佐々木君の殉死シーン・・・・・(T T)。書いているうちに思い入れも深くなってきたキャラだっただけにやっぱりこのシーンを書くのはつらいものがありました。しかし、書かねば先に進む事は出来ませんからねぇ。ただ、単に恋に生きる青年ではなく、壬生浪士組の一員としての一面も書きたかったのでその点では満足ですね。

さて、佐々木君の遺したダイイングメッセージで獅子身中(というか痩狼身中と言った方が良いのか・笑)の虫が発覚した壬生浪士組。この状況で八月十八日の政変に突入いたします。果たしてどんな動きを見せてくれるのか私自身も楽しみながら第一章最終話『炎と八月十八日の政変』へと突入したいと思います。(そしてそれが終わったら大正時代へ一旦戻らなきゃ。お忘れかも知れませんがこの話、じじいの回想録です・爆)
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