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「短編小説」
明治美味草紙

明治美味草紙 其の捌・八朔(陸奥宗光&小鈴)

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元・地租改正局長、陸奥宗光の座敷に初めて呼ばれた小鈴は座敷に入るなり唖然とした。すでに地租改正局長をクビになっているとはいえ、大島紬の着流し姿はあまりにもくだけすぎているし、それ以上に彼の『同伴者』があまりにも非常識なのだ。

「おお、あんたかい?『男嫌いの小鈴』って芸妓は?」

 人を喰ったような笑いを浮かべている陸奥の傍には三人の子供達が行儀良く座っていた。一番上の子でも五歳ほど、一番下の女の子に至っては襁褓が取れるか取れないかの幼さである。どうやら陸奥本人の子供らしい。

「また・・・・・お小さい旦那達でござんすねぇ・・・・・。」

 小鈴は目を丸くし、陸奥宗光を見つめる。この男は何を考えて芸妓を侍らす座敷に子供らを連れてきたのであろうか。その真意の見当が全く付かない。

「去年の二月に、この子等の母親が身罷ってしまってな。子供らを放っておくわけにもいかんし、かといって俺も木石ではないんでな。仕方が無いんでこいつ等を連れて花街の空気を吸いに来たんだよ。ま、男嫌いで通っているあんたの事だ、この方が気楽でいいだろう。」

 決めつけるような物言いにむっ、としたが、酒臭い息をまき散らしながらからんでくる酔漢よりも遙かに気は楽である。

「ええ、少なくてもぬし様お一方を相手にするよりこの子等が一緒の方がこちらも気安うござんすからねぇ。」

 ちくり、と陸奥に嫌みを吐くと、小鈴は子供らに向かって笑顔を向けた。

「じゃあ今日はおとっつぁんじゃなくあっちが遊び相手になりましょう。今日は何をしましょうか?」

 江戸の娘らしく、素肌に紅だけをつけたその顔は、笑顔を浮かべると十七歳という年相応の若さを見せる。その若さの所為だろうか、子供達も小鈴にすぐに懐き、座敷が終わる頃になると小鈴と離れるのが嫌だと泣き出す始末であった。



 そんな風変わりな座敷が数回続いた。少なくとも陸奥が遊びを知らない野暮な男でない事は小鈴にもすぐに判った。否、むしろ遊び慣れていると言った方が良いだろう。若い小鈴よりも花街のしきたりに詳しいし、遊びや会話などもむしろ小鈴を導いてくれるような所がある。
 その粋さ、男としての余裕、そして何よりも我が子や小鈴に対する優しさに小鈴は徐々に惹かれていった。いつまでもこんな穏やかな関係が続いてくれたら--------------一見華やかだがその実かなり厳しい花街の生活の中、陸奥親子の来訪はいつしか小鈴の楽しみになっていた。だが、小鈴の願いは思わぬ形で破られる事になる。



 八朔の日、つい最近出回り始めた柑橘の『八朔』を用意して小鈴は陸奥一家を待っていた。先の座敷の時、この日に来るとあらかじめ予約を入れられていたのである。

「八朔なんて・・・・・千代田の御城の八朔なんてあの子等は知らないんでしょうね。」

 元・旗本の娘である小鈴にとって八朔は特別な行事であった。父親が上下真っ白な裃を着て江戸城へ出仕する後ろ姿を誇らしげに見送ったものである。新政府になってからは徳川家ゆかりの行事は行なわれなくなっていたが、幕臣の娘の意地で小鈴は八月朔日には必ず真っ白な着物を誂え身につけていた。
 だが、そこまで力を入れていたにも拘わらず、この日の座敷にはは珍しく陸奥一人でやって来たのである。そのいつにない真剣な表情に小鈴は思わず身構えてしまう。

「今日は・・・・・どうしたんですか?お子達は夏風邪でも?」

 そう言えば陸奥と二人っきりになるのは初めてであった。決して嫌いな相手ではないが--------------むしろ好意さえ抱いている相手であるが、これから起こるであろう事に対して緊張するなと言う方が無理であろう。だが陸奥は小鈴に一切触れようとはせず、いきなり本題を切り出した。

「今日はあんたを請け出しに来た。どうか・・・・・あの子等の母親になってくれないか。」

 全く思いもしなかった一言に、小鈴は目を丸くする。請け出しに来たまではいいとしよう。しかし自分の妻や妾ではなく子供らの母親になってくれとは・・・・・。だが、どうやら陸奥は本気らしい。膝をぐいっ、と小鈴の方に進めるとさらに小鈴をかき口説き始める。

「あんたの男嫌いは噂で聞いているし、無理強いをするつもりは全くない。自分がそれほどいい男じゃないって事も判っているつもりだしな・・・・・だけどあの子達にとって母親は必要なんだ。幸いあの子達もあんたに懐いているし・・・・・俺の妻になれとは言わないから、せめてあの子等の母親代わりになって欲しいんだ。」

 あまりに真剣な陸奥の言葉に小鈴は思わず吹き出した。

「何を言うかと思えば・・・・・そんな理由で請け出される芸者なんて聞いた事ございませんよ。確かにあの子達はかわいいですし、私もやぶさかじゃありませんけど・・・・・。」

 爽やかな八朔の香りが部屋に漂う中、陸奥と目を合わせた小鈴はほんのりと頬を染め、陸奥の申し出にこくん、と十七歳の娘らしい愛らしさで頷いたのであった。



UP DATE 2010.07.25


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明治美味草紙其の捌、『八朔』です。意外にもこの八朔、発見されたのは江戸時代末期で、尾道市田熊町(旧因島市)の浄土寺で原木が発見されたんだそうです。なので明治初期のこの時期なら『珍しい果物』として花街あたりなら出回っているんじゃないかと(笑)。生産農家も少なくなっているらしく、この頃近所のスーパーであまり見かけないんですけど、夏の暑さにあの酸味は結構良いのかも知れません。

そして今回話に取り上げた小鈴こと陸奥亮子さん、ものすご~く美人です!詳細は『陸奥亮子』または『陸奥宗光夫人』でググってみて下さいませ。『鹿鳴館の華』または『ワシントン社交界の華』と謳われた美貌と聡明さは陸奥宗光じゃなくても惚れますよ(^^)。(外国の方からもその美貌を褒められたらしい。)結婚してからのエピソードにも熱いものがあったのですが、それだと食べ物が出せなかったので今回は二人の結婚前の話にさせていただきました。しかし獄中からの陸奥宗光の手紙も捨てがたかったなぁ・・・・・(一説によると50通近く送ったかとか。どうやらまめな性格だったようで、こんだけ美人を嫁にしても陸奥の死後に隠し子が何人か出てきたらしいです・爆)

次回更新予定は8月第四週、乃木希典&静子で珈琲か紅茶の予定ですv
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