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「紅柊(R-15~大人向け)」
丙申・秋冬の章

旗本斬罪・其の壹~天保七年七月の決断

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 七月朔日、新實の密告により西山織部と杉嶋桃三郎は登城時に捕縛、取り調べを即刻町奉行によってなされるという、旗本としてはあるまじき状況に追い込まれた。そもそも町奉行は武士以外の町人の司法を司る役職である。つまり西山と杉嶋はこの時点で武士として扱われなくなったのだ。罪の自覚はあったものの、さすがにこれはひどすぎると西山は取り調べを始めようとした町奉行に食って掛かる。

「町奉行如きに何故それがしが取り調べをされなければならぬ!目付を出せ!」

 旗本としての挟持を振り回し、喚き散らす西山だったが、そのなけなしの虚勢はすぐに百戦錬磨の町奉行・筒井によって叩き潰された。

「旗本の分際で主君である大樹公の御刀を盗み、あまつさえ金に変えるような輩が武士として扱ってもらえると思っているのか!これが町人ならばお白洲での吟味後、良くて市中引き回しの上獄門、状況によっては主君に対する謀反扱いで磔刑ものだ!言い分を聞いてもらえるだけありがたいと思え!」

 奉行所、特に取り調べを担当している南町奉行所としては仲間を殺し、将軍の暗殺未遂まで起こそうとしていた新實と結託して犯罪に手を染めていた西山・杉嶋の両名を許すわけにはいかない。その気迫は普段温厚な筒井の一喝にも現れていた。長年筒井の下で働いている与力でさえも初めて聞く筒井の怒声に、ぬるま湯の中で暮らしていた西山らが耐えられるはずもない。深夜にまで及んだ取り調べに根負けした西山は、翌日には具体的な供述を始めたのである。そこから更に芋づる式に関係者が見つかり、西山らが直接知らなかった者まで含め十余名の捕縛者が新たに出たのである。これには実際の捜査をしている奉行所を始め、関係各所も驚かざるを得なかった。

「本当に腐りきっているよなぁ」

 十二番目の捕縛者・吉田金次郎の取り調べを終えた幾田が呆れ果てた声で瀬田にぼやく。

「御厄介も混じっているとはいえ、殆どが御目見以上の身分だぜ?盗みを働かなきゃやっていられないほど苦しい生活を送っているとも思えんのだが」

「いや、意外とそうでもないと思うぞ。吉田ってやつの羽織の裾を見たか?あそこまで擦り切れた羽織なんざ雑巾か、良くて悪ガキの遊び着だろう。間違っても寺子屋には着せていけねぇな、あのボロは」

 瀬田の一言に幾田も思わず頷いた。ここ数年の飢饉で年貢の入りがかなり少なくなっているのも事実である。特に古くからの家柄で、土地で禄を貰っている家の困窮ぶりは目を覆うばかりだ。それを考えて取り調べを振り返ってみると、今回の事件の中心人物は皆土地で禄を貰っているものばかりだった。

「身分ばかりでろくな実入りがねぇんじゃやっていられねぇよな」

「少なくとも俺達は武士の挟持を保てる程度の稼ぎを得ているが、上の方はそうでもない、って事か。世知辛い世の中だな」

 金銭的な己の幸運に感謝しつつ、幾田と瀬田は十二人目の調書を作るために文机の前に座った。



 将軍家刀剣窃盗事件は予想以上の広がりを見せてしまい、結局十三名の捕縛者を出してしまった。その殆どが自分の担当場所にあった小物や刀剣を盗み出し、西山や杉嶋に託すというものだったが物が物だけに事は深刻である。

「・・・・・・・腰物方から西山織部、杉嶋桃三郎、中川市右衛門、榊原吉十郎」

「それと青木市兵衛に間宮新左衛門、大平三五郎も腰物方だ。あと御小姓組から堀吉太郎も捕縛されている」

 この時点で腰物方十二名のうち、半数がこの事件に関係していたことが判明していた。殆ど職場絡みの犯行であり、後にこの責任をとって腰物奉行は辞任することになる。

「残りは御厄介ですね。吉田寅次郎に金次郎、鏃四郎に佐々木半兵衛、水戸藩から南条新三郎,以上になります」

「取り敢えず名簿と取調帳書を大目付に。それと・・・・・・」

 筒井は少し言い淀む。それを察した井岡が筒井の後を継いで発言した。

「どうやら杉嶋は西山の従属的立場だったようですね。この二人を同じ斬罪にするのは如何なものかと俺は思うのですが」

 取り調べを直接担当しただけに、井岡も西山と杉嶋の罪の差に違和感を感じていたらしい。それを確認した筒井は微かに笑みを浮かべつつ深く頷いた。

「さすがに斬罪を二人、三人と増やすのも問題だしな・・・・・・これはあくまでの我々の意見として提出し、判断そのものは上に任せよう」

 取り調べを任されたとはいえ、判断そのものを下すには町奉行所では荷が重すぎた。結局この結果は大目付へと提出され、判断を仰ぐこととなる。



 奉行所から取り調べ結果を提出された大目付は、西山以外の関係者を蟄居、差押、押込等とすることに決定した。さすがに前代未聞の不祥事、できるだけ事を荒立てたくないという思惑が見え隠れする。
 そしてこれらの処分はすぐさま大名家、旗本家、そしてそれ以外必要と思われる場所にも回覧が回った。かなり多くの者達が罪に問われるため、中途半端に隠すと変な噂がひとり歩きする可能性があったからだ。そしてこの回覧は将軍家御様御用を司り、事実上西山の斬罪を任されることとなる吉昌の許にもやってきた。

「思ったより蟄居閉門が多いんですね。てっきり二、三名は斬罪に処されるのかと思っておりました」

 吉昌のところに回ってきた回覧を見せてもらいながら、為右衛門が吉昌に尋ねる。その周囲には高弟を中心に二十名ほどがたむろっている。

「ああ。さすがに事が事だからな。あまり騒ぎを大きくしたくないのだろう。ところで話は変わるが」

 吉昌は厳しい表情を浮かべながら、為右衛門を見やった。

「本来なら俺が西山殿の首を斬らねばならぬのだが・・・・・・さすがに腰物方の同僚だった人間の首を斬るのは難しくてな」

 仏心が働いて、手元が狂う可能性が大きくなると吉昌は告げる。山田浅右衛門を名乗る者がここまで正直に己の拙さをさらけ出すということは極めて異常だ。
 だが、それと同時に同僚だった者を斬らねばならぬ難しさもその場にいた者達は理解した。もしここにいる仲間が罪を犯し、その首を刎ねろと命じられたら自分はどうするだろうか、と真剣に考えだすものまで現れる。

「為右衛門、お前に任せるが良いか?」

 ここは門弟筆頭の為右衛門が妥当だろう――――――そう判断した吉昌が為右衛門に尋ねる。そして為右衛門もそれに深く頷いた。

「ええ、勿論です。もし私が師匠と同じ立場だったら間違いなく誰かに手代わりを頼むでしょう・・・・・・ただ、数ヶ月遅ければ次代の浅右衛門候補にやらせるところなんでしょうが」

 為右衛門は五三郎と猶次郎をちらりと見ながら微かに笑みを浮かべる。

「旗本ともなると斬らせる相手にもいちいちケチを付けそうですからね。将来山田浅右衛門を襲名するものであれば大人しく斬られるでしょうけど、果たして単なる弟子に大人しく首を差し出すかどうか」

「確かにな。特に西山殿は色々厄介かもしれない。だが御様御用が再来月に迫っているからなぁ」

 すると傍で話を聞いていた前畑四兵衛が口を挟んできた。

「五三郎、猶次郎の両名に関しては見学に留めておくべきでしょう。変なものを斬らせて、御様御用当日に影響が出ては困ります」

 旗本の斬罪を『変なもの』と言い切ってしまった四兵衛の一言に、吉昌は思わず苦笑する。

「確かに胴を斬る感覚と斬首はかなり違うからな・・・・・・そうそう、御様御用といえば」

 吉昌は何かを思い出したかのように五三郎と猶次郎に声をかける。

「今回戻ってきた御刀の真贋をお前達に見させるとのことだ。中には『疱瘡正宗』もあるそうだ。絶対に傷など付けるんじゃないぞ」

「え?そ、そんな話が出ているんですか!」

 その一言に五三郎と猶次郎の表情が強張った。ただでさえ緊張する初めての御様御用なのに、今回は次代山田浅右衛門選びに加え、一度盗まれた刀の真贋まで見極めなければならないとは――――――五三郎は一瞬目眩を覚える。しかも更に追い打ちを掛ける吉昌の一言が付け加えられた。

「ああ。幕府としては『ついで』という事なのだろう。ただでさえ重い今回の御様御用がさらに厄介なことになるが、これも七代目への試練と思って耐えてくれ」

 吉昌の一言に、五三郎と猶次郎は思わず顔を見合わせ、苦笑いを浮かべることしか出来なかった。



 牢屋の中、西山は己のしたことを悔いていた。よりによってこんな惨めな死に方をしなければならないとは――――――勿論西山家は断絶、妻と子供はさっさと実家へ戻っていってしまった。しかも妻は名残を惜しんだり取り乱すこともなく、むしろ嬉々として実家へ戻っていったのだ。それを目の当たりにして、如何に自分が家庭を蔑ろにし、妻に愛想を尽かされていたか思い知った。だが全ては後の祭りである。

「西山殿」

 牢屋の外から西山に声をかけてきたものが居る。そちらを見るとそこにいたのは山田浅右衛門吉昌だった。

「何だ。俺の惨めな姿を笑いに来たのか」

 腰物方にいた当時、吉昌を影に日向に嬲り続けたのは自分だ。どんな罵詈雑言を言われても仕方がない。だが、吉昌から言われたのはある意味それ以上の屈辱だった。

「後日行われます斬罪ですが、それがしの名代として後藤為右衛門が西山殿の斬を努めさせていただきます」

 元同僚に対し、せめてもの礼儀を尽くそうと吉昌は自ら斬罪を執行する弟子の名前を告げに来たのである。しかしそれは西山にとって屈辱以外の何者でもない。

「貴様に首を斬られるだけでも屈辱だというのに・・・・・・俺など名代で充分だということか?」

 怒りも露わに吉昌に噛み付く西山に、吉昌は悲しげに事実を述べる。

「いいえ。たださすがに私でも仕事をご一緒させていただきました西山殿を斬るとなりますと、迷いが生じかねません。最後の最後に西山殿を苦しめる事だけは避けさせていただいます」

「そんなものはどうでもいい!山田、お前が斬を努めろ!俺はそこまで落ちぶれては・・・・・・」

「いい加減にしないか、西山!」

 西山の言葉を遮ったのは、吉昌と共に来ていた大目付だった。

「既にその件に関しては幕府へ届けが出ている。そもそも上様の御刀に手を付けた溝鼠の要望など聞けるはずがないであろう!手代わりを告げに来た山田の情けを蔑ろにしおって・・・・・・恥を知れ、恥を!」

 どこまでも冷たい大目付の言葉に最後の挟持まで砕かれ、西山はがっくりと項垂れた。



UP DATE 2015.7.8

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とうとう小悪党・西山らが捕縛されました・・・そしてしょっぱなに言っておきます。『旗本斬罪』とタイトルを銘打っておきながら、今月はたぶん斬罪まで到達いたしません(>_<)
というのも実は調べ物でのミスが判明いたしまして・・・犯罪史年表などでは『7月に斬』となっていた西山織部、甲子夜話で改めて調べてみましたら8月16日付で斬罪その他の報告がなされていたのです(>_<)どうやら旧暦と新暦の変換によるものなのですが、これをどう処理しようかと・・・(-_-;)
取り敢えず今のところ『7月に斬罪→八月に各所へ報告』か『8月に斬罪→それを見に来た新實と山田家門弟とのバトル』にしようか本気で悩んでおります。次回はその結果が出せると思いますが・・・今暫くお待ちくださいませね(^_^;)
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