FC2ブログ

「葵と杏葉」
葵と杏葉・藩主編

葵と杏葉藩主編 第二十五話 天保の大飢饉・其の壹

 ←烏のがらくた箱~その廿六・枕 →明豊堂分家にて(前編)~横浜慕情 昌憲と亜唯子の章・其の参
 こんな筈ではない――――――誰もがそう思った。天保四年から始まった飢饉だったが、一年で収まる気配は見せず、次の年も米の収穫が減少したのである。

「これじゃあ五十年前にあった大飢饉と同じじゃないか・・・・・・」

 そう嘆いたのは五十年前にあった天明の大飢饉を経験している老人であった。彼はぼんやりとした記憶の奥底から忌まわしい出来事を思い出し恐怖に震える。

「五十年前の飢饉って?」

 そう老人に尋ねたのは文化・文政の華やかな時代を謳歌していた若者達である。そう聞くのも無理はない。ここ三十年、時折一部の国で不作はあっても殆どの国で豊作がずっと続いていたのだ。豊かさしか享受していない彼らに数年間続く大飢饉というものがどういうものなのか、想像さえできないだろう。平和な時代しか経験していない若者達に対して微笑みを浮かべ、尋ねられた老人は記憶の糸をたぐり寄せながら若者達に自分の経験を話し始めた。

「あれは浅間山の噴火から始まった・・・・・・去年や今年のように、あの時も夏に袷を着込むほど寒い日が続いたかと思ったら米が全く実らなかったんじゃ。しかも・・・・・・」

「しかも?」

 数年前ならば老人の戯言だと小馬鹿にしていたであろう話を、若者達は真剣な面持ちで聞き続ける。確かに老人の話は昔話であるが、それはこれから起こりうるかもしれない未来の話でもあるのだ。

「老中の田沼様が商業に力を入れておってのう・・・・・・田沼様の治世は決して悪いものではなかったのじゃが、時期が悪かった。飢饉で高騰してしまった米価に米相場が反応してしまって、価格の高騰に拍車をかけてしまったのじゃ。尤も当時の米の値段は今に比べたらだいぶ安かったがのう」

 ごくり、と唾を飲み込む若者達に対し、老人はさらに話を続ける。

「それでも当時としたら馬鹿にできない値段にまで米の値段が跳ね上がった。米を喰らうと言う事は金そのものを喰らう事と同義と言っても良いかもしれぬ。勿論庶民の口に米なんぞ入るわけもない。だが粟も稗もろくに取れぬ状況では飢え死にしか・・・・・・」

「飢え死に?百姓がか?」

 都会に出てきた者ならともかく、米や野菜を自分達で作っている百姓が飢え死にするなんて都会の若者には想像もつかない。それも仕方のない事かと老人は溜息を吐き、噛んで含めるように説明をする。

「勿論百姓もじゃ。いや、むしろ色んな国から物資が流れてくる都会なら助かる道もあるじゃろうが、物資が行き届かぬ田舎ではその道さえ途絶えてしまう。あくまでも噂じゃが、とある国では死者が八万人とも十三万人とも言われておる。さらにむごい話じゃが・・・・・・死んだ者の肉を喰らったが、それでも餓死してしまったという話もある」

「な、何と!」

 死んだ者の肉を喰らう――――――怪談話ではなく、それは実際にあった悲劇なのだ。若者達の顔から血の気が引いていった。

「だが、この話も絵空事ではなくなる可能性があるぞ。このまま飢饉が続けば・・・・・・明日は我が身じゃ」

「し・・・・・・しかし、各地から米が行き交ってるんだぜ?どうにかなりそうだと思うけど」

 恐怖を振り払おうと意識して明るく尋ねた若者に対して老人はまなじりを吊り上げる。

「どうにかなるだと?『荷留め』が絶対起こる!米価が高くなるだけならまだ良い。だが品物が流通しなくなるのじゃ!金を幾ら積んでも喰うものが無くなる恐ろしさが判らぬのか!」

 老人が言った荷留とは、主に米などの生活物資を地域外へ移動させることを禁ずる命令、もしくは行動のことである。その中でも特に港にて船の荷揚げ荷下ろしを制限することを津留と呼んだ。
 多くは各藩や直轄奉行所などが発する公的な命令であったが、飢饉の拡大を恐れた農民や住民が私的な関所を設けて行う例も少なからず見られたのである。

「まつりごとは国によってまちまちじゃ。飢饉で米の収穫量が減少しちまうと、国ごとの米の収穫量や米の価格に大きな不均衡が生じてしまうんじゃ。普段であればたとえ不均衡が生じてしまっても、うまく物品が流れて元通りになるものじゃが・・・・・・」

 老人の話に若者はこれ以上はないほど真剣に耳をそばだてる。

「さまざまな理由から――――――米価をつり上げ、ここぞとばかりに金儲けをしようと、国内で必要な物資の消費を規制し、輸出に回してしまう藩上層部や商家の思惑だったり、敵対する隣接藩への報復措置だったりさまざまじゃが――――――人間の欲が飢饉の恐ろしさに勝ってしまうと、そういう愚かな事が起こりうる」

「そんな事をしてお咎めはないのか?」

 若者の一人が憤るが、老人は悲しげに首を横に振った。

「一つ二つの藩だけしかやらないのならともかく、多くの藩で行なわれるからお上も手が回らぬのじゃ。関所における物資流通の制限、沖仲仕の活動停止など多岐にわたるしのう・・・・・・荷留や津留の多くは自領内の食料を確保し、領民を守るために行なうものじゃから幕府も責める事ができぬ。ただ、先程も話したとおり不届きな理由で荷留や津留を行う藩もあるのもまた事実」

 老人の語る複雑な事情に若者達も黙り込む事しかできない。

「しかし、荷留めをすると他領からの物資移入が進まないから、却って被害の拡大を招くことも珍しくない・・・・・・そうならぬ事を願いたいものじゃが」

 悲痛な面持ちで老人は話を終えたが、その話はまるで予言のように次々と事実となっていったのである。



 東北を中心に日本全土が飢饉に喘ぐそんな中、斉正と斉直宛に盛岡藩藩主から手紙が来た。それは飢饉故に農作物が不足しているので米を支援して欲しいというものだった。

「盛岡ですか・・・・・・」

 茂真を始め重臣達は一様に渋い顔をした。盛岡藩藩主・南部利済に関してあまりいい噂は聞かない。南部藩藩主・南部利済と家老横沢兵庫は、租税を前納させては、盛岡に遊郭を作ったり、巨額を投資した事業をあっさり廃棄したりと斉直並に金遣いが荒い。ひどいものになると大土木事業を起しておいて、幕府の耳に入るとこれを壊した事もあったらしい。
 文政の高直しの影響も否定できないが、殆どはこれらの悪政により盛岡藩の財政は困窮している。蓄えがないのはある意味自業自得である。

「我らの米はただの米ではない。子年の大風から立ち直り、一粒一粒丹精込めて育てた米を、南部殿が飢饉で飢えた民衆に行き渡らせる保証がどこにある?」

「それでなくとも我が藩は財政が困窮している。仁政を敷いているところならいざ知らず、明らかに遊興に使われると思われる支援を何故しなければならない?それこそ金や米をどぶに捨てるようなものだ」

 斉正を中心とする改革派は反対の声を上げたが、この声は潰されてしまうだろうと斉正は思った。南部藩の藩主と父・斉直は非常に仲が良いのである。

「・・・・・・大殿にこの件も進言しなくてはならぬのでしょうか?」

 斉正の顔色を伺った家臣の一人が斉正に尋ねる。

「・・・・・・そう言う事になろうな」

 重々しく斉正は答えた。

「盛岡の規模を考えたら三千石から五千石・・・・・・当座はこれくらいで。我が藩の財政を考えたらこれが限度だろう」

 確かに盛岡藩は文化五年に幕府によって領地加増を伴わない十万石から二十万石への高直し、いわゆる『文化の高直り』が行われた。藩の格式は高くなったものの実収入の増加が全く伴わない上、蝦夷地警衛など、より多くの兵力準備と動員を義務づけられている。
 そんな事もあり慣れない財政に苦慮している事を加味すれば、少しは援助の手を差し伸べるべきだろうと五千石の援助をとりまとめた。だがそれを覆る信じられない事が斉直の口から零れたのである。

「何をけちくさい事を。南部殿と言えば古くからの馴染み。困った時に助けるのが筋じゃろう。五千石と言わず一万石、それくらいどうにでもなろう?」

「い、一万!」

 その石高に斉正は唖然とする。

「し、しかし・・・・・・我が藩も・・・・・・」

「儂に恥を掻かせようというのか!盟友に対して三千だ、五千だのみみっちい支援など恥ずかしゅうてできぬ!」

 増加した五千石は明らかに斉直の見栄である。外に対し如何に自分が力を持っているか、そして如何に豊かか誇示したいばかりに言い出した根拠のない見栄である。しかし、その見栄を実現させなければならない斉正や家臣は堪ったものではない。

「・・・・・・承知しました」

 自分だけでなく、家臣、さらには将軍の娘である盛姫にまで倹約をさせて貯蓄した米。それを父親の見栄によって無駄遣いされてしまう悔しさを腹に収め、斉正はただ父に従うしかなかった。



 だが、事態は斉正等改革派が恐れていた通りになってしまった。何と南部は支援された米をちらつかせながら、近隣の弘前藩や八戸藩を荷留めに追い込んだというのである。
 盛岡が支援された米を領民の救済に使っていればこんな事にならずに済んだのだが、支援された米を米相場に乗せ、多くの金銭を稼いだため近隣他藩がそれに煽られてしまったのだ。
 尤も原因は盛岡だけにあるわけではない。津軽海峡を挟んだ対岸にある蝦夷国の松前藩も、大阪との直接交易によって裕福だったというのも一因だったし、盛岡藩の煽動に乗り、荷留めを行なってしまった弘前藩や八戸藩の責任者にも責任はある。しかしこの荷留めの為、弘前、そして八戸藩では一万人単位の餓死者を出す事となった。

「南部の贅沢に使われるばかりでなく、他藩に餓死者まで出してしまうとは・・・・・・」

 大勢の領民を失う辛さは斉正も味わっている。それだけに荷留めに加担してしまった事に罪悪感を感じずにいられなかった。そんな失意の斉正を、間宮林蔵が天保六年三月にこっそりと訪ねて来た。

「・・・・・・佐賀は豊かなところですな。昨年は盛岡にも救済米を送られたとか」

 いきなり用件を切り出さないところにこの男の気味悪さを感じる。

「何のご用件でしょうか」

 間宮の腹の内を探ろうと自然斉正も慎重になる。

「いえ・・・・・・老中様からの内々の言伝です。もし、今年も飢饉が続くようだったら佐賀に上米を願いたいと」

 斉正の慎重姿勢に苦笑いを浮かべながら間宮は本題を切り出した。

「あげ・・・・・・まい?」

 上米の制というものがあったのはこの時代から百年以上も前の徳川吉宗の時代である。上米と言われても斉正がぴんと来ないのも無理はない。今までの豊作の時代の中、とっくに忘れ去られていた言葉である。

「金銀はいくらあっても腹を満たす事が出来ませぬ。江戸には金はあっても米がない。お救い小屋を作ったはいいのですがそこで配る粥の一杯もないとなると・・・・・・」

 恥をさらしてしまいましたが、と間宮は頭を掻く。江戸の街の惨状は盛姫からの手紙でも知っていただけに斉正は納得する。

「そう言う事ですか・・・・・・幕府の要請ですし、庶民の命を助ける事に使われるのでしたらやぶさかではございません。干拓によって田畑も広がりますし、できるだけ期待に応えられるように致しましょう」

「誠にかたじけのうございます。ところで話は変わるのですが・・・・・・」

 間宮は笑顔のまま次のように続けた。

「この度の飢饉で減収を強いられる所為でしょうか。抜け荷や悪質な荷留めが後を絶ちませぬ。そして申し上げにくいのですが、佐賀の先代様も抜け荷に手を染められていることが判明いたしまして・・・・・・」

「父が・・・・・・抜け荷!こちらは国子、もとい姫君様にまで倹約に協力いただき、父に何不自由させていないというのに!嘘でしょう!」

 だが、間宮は残念ながらと首を振る。

「人は生活の質を落とす事は出来ませぬ。佐賀の先代もそう見えて、毎日の如く着物を使い捨てているとか・・・・・・佐賀藩の金銭収入、借金状況と照らし合わせて不自然なところがありましたので調査させていただきました」

 間宮は従者に調査結果を出させた。本来ならその必要もないのだが、盛姫の夫であり幕府とも友好関係を築いている斉正を味方に付けておきたいとの思惑からか、斉正を納得させる調査の数々を見せたのである。その調査報告に斉正は黙りこくってしまう。

「今回は佐賀の政局は全く関わっておらず、先代を中心とした一部が関与しているだけですので、藩にお咎めを下す事はありません。ですが、先代においてはいつまでものさばられておられましても姫君様のご威光に傷が付くばかりと処断命令が幕府より出されました」

 穏やかな、しかし有無を言わさぬ力強さが籠った間宮の言葉は、斉正に致命的な衝撃を与えるのに充分すぎるほどであった。



UP DATE 2010.08.04

Back   Next


にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ
INランキング参加中。
お気に召しましたら拍手代わりに是非ひとポチをv


  
こちらは画像表示型ランキングです。
押さなくてもランキングに反映されます。
(双方バナーのリンク先には素敵小説が多数ございます。お口直しに是非v)






天保の大飢饉・其の壹です。この当時の飢饉って単純に食料ができないと言うだけじゃなく、収入そのものが無くなってしまうものですので現代以上に恐ろしいものだったのでしょう。たぶん一昨年去年のリーマンショックと今年の天候不順による野菜高騰を足したよりもダメージは大きいかと思われます。(たとえが貧相でスミマセン^^;)

そしてそんな中、佐賀藩は他藩や幕府に支援しているほど豊作だったらしいのですよ。盛岡の話も幕府の話も『甲子夜話三編1』に掲載されていたのですが、他の地方が飢饉に喘いでいる中、九州地方はそれほど被害を受けなかったのか、それとも斉正が推奨していた農政が結果を出しつつあったのか・・・・・・(ちなみにこの話では改革前の話としておりますが史実では改革後の話かも知れません。年代がイマイチよく判らなかったので・苦笑)いつの時代もピンチの中でチャンスを掴む人や組織が勝ち組になるようです。

さらに斉直の抜け荷が(爆)ここいら辺は妄想ですが、佐賀藩に抜け荷疑惑もあったらしいのでそれを斉直に被って貰う事にいたしました。詳細はこれからの本編で書いてゆきますが、斉直から斉正へ本格的な権力移行への話が次回から始まります。どこまで書けるか判りませんが頑張りますね~v


来週11日は帰省&旦那の夏休みのため連載はお休みさせていただきます。構想をしっかり練った後、18日に間宮の話の詳細、そして斉正の兼職掌握に向けての計画をUPいたしますね~v
関連記事
スポンサーサイト




 関連もくじ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ 3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ 3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ 3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ 3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ 3kaku_s_L.png 雑  記
総もくじ  3kaku_s_L.png vague~道場主・作間駿次郎顛末記
総もくじ  3kaku_s_L.png 夏虫~新選組異聞~
総もくじ  3kaku_s_L.png 紅柊(R-15~大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 葵と杏葉
総もくじ  3kaku_s_L.png 横浜慕情(大人向け)
総もくじ  3kaku_s_L.png 短編小説
総もくじ  3kaku_s_L.png 雑  記
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
【烏のがらくた箱~その廿六・枕】へ  【明豊堂分家にて(前編)~横浜慕情 昌憲と亜唯子の章・其の参】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【烏のがらくた箱~その廿六・枕】へ
  • 【明豊堂分家にて(前編)~横浜慕情 昌憲と亜唯子の章・其の参】へ