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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第一章

夏虫~新選組異聞~ 第一章 第二十六話 炎と政変・其の貳

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苛立ちを露わにして芹沢が壬生の屯所に帰ってきた時、丁度近藤ら相撲勧進組も壬生寺で行なわれていた礼相撲から帰ってきたところだった。祇園北林での相撲興行が成功したお礼ということで行なわれた礼相撲であったが、滅多に見る事のできない大阪力士達の取り組みは壬生の住人を喜ばせたらしい。近所の子供達が八木邸の前に土俵を描き、相撲をしているのを沖田が行事を買って出ていた。

「どうやらこっちと違って相撲の方は盛況だったようだな?」

 子供達の歓声に和んだのか、帰ってきた時の苛立ちは影を潜め、穏やかな口調で近藤に尋ねる。

「おかげさまで好況ですよ。京都の人は相撲のような荒っぽいものは苦手だとばかり思っていましたがどうしてどうして・・・・・まぁ、江戸の力士ほど上手くないのは仕方ないところですが。」

 『本場』江戸の相撲に馴染み、目の肥えた近藤にとって、大阪や京都の力士達の取り組みは物足りなくて仕方ないらしい。観客の多さ、そして評価の高さには満足しているものの相撲そのものには辛口の評価を下した。

「そうか・・・・・。」

 近藤の報告を聞いた後、芹沢は珍しく口を閉ざす。普段はこういった遊興にはしゃぐ芹沢を近藤が宥める事が多いだけに、その場にいた幹部達は一様に違和感を覚えずにはいられない。

「芹沢さん、黒谷で何かあったのか?あんたが考え込むなんて珍しいじゃねぇか。」

 いつもと明らかに違う芹沢の様子にいぶかしさを感じ、土方が尋ねた。

「ああ、・・・・・ようやく会津から吉田屋への踏み込み調査を認められた。」

 芹沢のその一言に周囲にいた隊士達は騒然とする。

「ようやくかよ!これで佐々木や佐伯の仇が討てる見込みが出てきたじゃねえか!」

「許可が出たのなら今すぐにでも乗り込みましょう!芹沢さん!」

 はしゃぐ隊士達だったが、いつもなら率先して行動に出る芹沢が眉間に皺を寄せたまま動こうとしない。それに隊士達が気付き、徐々に騒ぎは鎮まってゆく。

「芹沢さん、何か引っかかる事でもあるんですか?」

 隊士の命を失ってまで手に入れた情報が生かされるのである。なのに何故芹沢は動こうとしないのか解らず、近藤は芹沢に尋ねる。

「勿論吉田屋に踏み込むつもりだが、気になる事がある・・・・・・会津が援軍を一兵たりとも寄こそうとしねぇ。」

「別にそんなのいつもの事じゃねぇか。」

 芹沢の一言に原田がそんな事くらい、と軽く言うが、芹沢は首を横に振った。

「下手をしたら幕府転覆さえしかねない挙兵だぞ?それこそ証拠を掴めば手柄になるのに、それを簡単に譲るとは思えねぇ。もしかしたらすでに証拠が無くなっているのか、それとも首を突っ込めば会津でさえ無事じゃいられねぇ何かがあるのか・・・・・。」

「じゃあ何で会津が許したんだよ?」

 永倉が不満げに唇を尖らせる。

「万が一の時のためだろう。失敗したら俺たち壬生浪士組の所為、成功したら指示を出した会津の手柄、って所だろう。」

「な・・・なんと!」

 芹沢の推理に近藤が憤る。武士に憧れ、浪士組に参加したほどの近藤である。そして憧れが強ければ強い分、その武士が見せる卑怯な部分に激しい憤りを感じるのは仕方のない事かもしれない。この点においてはむしろ芹沢の方が冷静に受け止めていた。

「・・・・・万が一のためだ。隊を二手に分けよう。近藤!おまえは試衛館の連中と共に壬生に残って相撲興行を行なってくれ。そして終わっても探索に来るんじゃねぇ。万が一責任問題になった時、お前さんが現場にいなければ壬生浪士組自体が潰される事はねぇだろう。首がひとつでも残っていれば後はどうにでもなる。」

 まるで死地に赴くような物言いに水戸派以上に試衛館派の者達が食い付いた。

「芹沢さん!あんた、死ぬつもりなのか!」

「冗談じゃねぇ!確かに俺たちは百姓の出だったり生まれながらの浪士だったりするが、武士の誇りまで無いわけじゃねぇ!俺たちも参加させろ!」

 だが、芹沢は口許に皮肉っぽい笑みを浮かべながら、試衛館派の者達を押しとどめた。

「そう簡単に死にはしねぇよ。だが、この仕事、割に合わなさすぎる。慎重に事を運んだ方が良いだろう。」

 戦う男の本能が警鐘を鳴らしている--------------直接黒谷に出向いた芹沢の勘を信じた方がここは良いかもしれない。

「解った。『万が一』があった場合、近藤さんと壬生浪士組は俺たちが守る。」

 近藤が何かを言おうとしたがそれを制して土方が芹沢に答えた。

「頼んだぞ。佐々木や佐伯の無念は絶対に晴らしてくるから左うちわで待っていやがれ!」

 芹沢はようやくいつもの豪放磊落な笑顔を見せ、隊士に徳利を持ってこさせた。



 そして八月十二日夜、芹沢率いる総勢三十数名は『誠』、そして『忠』と染め抜かれた提灯を手に吉田屋へと向かう。浪士の集団とも思えぬ整然とした隊列からは地面を削る足音しか聞こえない。緊張に満ちた隊列はまるで百鬼夜行のように夜の京の街を進んでいった。



 煌々と十二日月の輝く、夜五つ頃の事であった。手甲・脚絆に胴を付けた上に浅葱の羽織をさらりと羽織った平山と野口が、町年寄の許へ使者として出向く。

「会津藩の命により吉田屋の探索をする。そして事と次第によっては焼き討ちになる可能性もあるから夜半、町人を外に出さないようにして欲しい。」

 緊張に顔を強張らせている野口のその言葉を聞いて、町年寄はやっぱり、という表情を浮かべる。

「あん店はやはり抜け荷だとか不当な商売をしてはったんでしょうか?」

 その言葉に平山と野口はぴくり、と反応した。

「どういう事だ?少々詳しく聞かせて貰おうか。」

 平山の言葉に町年寄はしまった、という顔をしたが既に遅い。咎めるような二人の視線に耐えられず、町年寄はとうとう口を開いてしまった。

「へぇ・・・・この不景気のご時世の中、交易で相当稼いでいたようで・・・・・あくまでも噂にございます。」

 だが、噂とは言え町年寄の耳にまで届いているし、それを聞いた本人も特に不思議がらず納得してしまうほど吉田屋が派手に稼いでいた事は明らかなようだ。

「なるほどな。」

 きっと交易で得た利益を長州や攘夷派公家に流していたのだろう。これは芹沢に報告せねばと野口と平山は顔を見合わせて頷いた。



 野口と平山が芹沢の元へ帰り、町年寄から聞いた話を一通りすると芹沢はうむ、と大きく頷く。

「やっぱり何かがあるのだろうな。よし、行くぞ!」

 芹沢が鉄扇を振り上げると図太い鬨の声があがる。それぞれの手には抜き身の状態の刀や槍など思い思いの武器が握られていた。そしてその雄叫びと同時に吉田屋に勢いよく踏み込む。

「御用改めだ!神妙にしろ!」

 扉を勢いよく開ける激しい音と共に芹沢鴨の怒声が吉田屋に響いた。その芹沢の怒声と共に白鉢巻きにたすき掛け、股立ちを取った隊士達が抜き身を手に吉田屋へなだれ込む。

「長州への献金、挙兵への軍資金の証拠、何でもいい!とにかく洗いざらい探し出して見つけ出せ!」

 幹部の声に煽られるように隊士達は箪笥の引き出しや長持などを開け放っては中のものを引っ張り出して家捜しする。そして見終わったものを次々に表へ放り出してゆく。

「な・・・・・何しはるんですか!堪忍して下さい!」

 吉田屋の番頭が平山にすがりつくが、平山は番頭を突き飛ばし床へ転がす。

「屏風の下地として貼り付けているかも知れぬ!襖も油断するな!」

 抜き身を振りかざしながら平間は隊士達に命じた。庭はあっという間に家財や売り物の反物、生糸に六、七双の屏風で埋め尽くされ、井戸までそれらの品々で埋まってしまっていた。

「芹沢さん!」

 そんな中、平間が何かを見つけたのか一通の書き付けを手に芹沢の近くへ寄る。

「まずいものが出てきた。これを見てくれ。」

 平間が差し出したそれを見て、芹沢の顔から血の気が引いた。

「嘘だ・・・・・・・嘘に決まっている!こんなものがある訳ないだろう!」

 平間が手にした一通の書き付け--------------それは一橋慶喜と長州の公用方が会合を持った時の出納帳の一部であった。

「しかし考えても見てくれ。尊皇攘夷という点ではどちらも意見は同じだ。幕府に対する忠誠の違いだけで・・・・・・。」

「それ以上言うな。でなければおまえも斬る!」

 芹沢の剣幕に平間は黙りこくった。

「・・・・・この店に火をつけろ。もし、こんなものが他に出てきたら一橋公の立場が危うくなる。水戸の出のあのお方を裏切る事だけは・・・・・・できぬ。」

 一橋慶喜が生粋の一橋家出身者だったら芹沢も遠慮はしなかっただろう。しかしあろうことか一橋慶喜は芹沢が仕えていた水戸徳川家出身である。うち捨てられたとはいえ、芹沢にはまだ水戸への忠誠心がかなり残っている。いくら会津に世話になっていても水戸を売る事だけは出来なかった。

「・・・・・承知。」

 ここが運命の分かれ道であった。もし、試衛館派の者達がこの探索に参加し、書類を見つけていたらまた違った未来があったのかもしれない。だが、偶然にもこの探索を率いていたのはよりによって水戸派が中心だったのである。

「火をつけるぞ!皆、表へ出ろ!」

 平間の声に隊士は勿論、店の奥で縮こまっていた吉田屋の者も慌てて表へと飛び出す。そして西の強い風に煽られ、火は瞬く間に吉田屋を包み込んだ。


 燃えさかる炎の中、芹沢は屋根に登って確実に吉田屋が燃えるのを確認していた。ここにある証拠を潰したところでもしかしたら他から一橋慶喜と長州の繋がりが判明してしまうかもしれない。だがせめてここの証拠だけでも、と水戸への忠誠を捨てきれない芹沢が思うのも無理はない。
 実はこの一橋慶喜と長州側の接触は幕府への攻撃を未然に防ぐための説得工作の一環であり、幕府も黙認していたものだったのだが、浪士の芹沢がそのような事を知る由もない。
 屋根の下には吉田屋の者が呼んだ火消とそれを止めようとする隊士達、そして四、五百人程の野次馬達が集まって来ていた。さらに騒動を聞きつけたのか近藤達居残り組がこちらに向かってやってくるのが屋根の上から見て取れる。

「馬鹿な・・・・・壬生で留守番をしていればいいものを。」

 もしかしたら誰かが壬生に知らせを寄こしたのかもしれない。下界の騒ぎを他人事のように感じながら、芹沢は燃えさかる炎を見つめていた。



UP DATE 2010.08.06


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炎と政変・其の貳です、というより『吉田屋の火事』と言った方が通りが良さそうですね(笑)。9割9分の新選組もので独立した事件として扱われる『吉田屋の火事』ですが、拙宅の『夏虫』では八月十八日の政変に向けての一連の事件の中のひとつ、として位置づけてみました。芹沢局長ひとりの我儘でおこした事件にしては隊士を三十数名も引き連れておりますし、破壊活動(笑)も徹底的なんですよね~。個人的な恨みでここまで・・・・・というのは他の問題行動と比較しても少々大きすぎる気がしますので、『務めの上での破壊活動』という風に解釈させていただきました。

来週は帰省のためお休みをさせていただき、次回更新は8/20とさせていただきます。内容の予定としては天誅組の乱と八月十八日の政変で壬生浪士組が呼び出されるあたりになるかと思います。
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