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「葵と杏葉」
葵と杏葉・藩主編

葵と杏葉藩主編 第二十六話 天保の大飢饉・其の貳

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 嫌な空気が斉正と間宮の間に流れてゆく。そしてその空気を打ち破ったのは間宮のほうであった。

「先代におかれましてはその言動、目に余ります。よってこちらにて処断いたします。ご安心なされ、姫君様に傷がつく事はあってはなりませぬゆえ、表立った処断は行ないませぬが・・・・・・火事で亡くなっていただくか、それとも食あたりなどが疑われないでしょうなぁ」

 一見するとこれほど平凡で特徴の無い男はいないだろうと思われた間宮だが、それはあくまでも上辺だけである事が嫌というほど思い知らされる。これほど任務に忠実で冷酷な男を斉正は知らない。きっとこの男は徳川を守る為には大名の一人や二人、命を絶っても眉一つ動かさないだろう・・・・・・そう思わせるものを間宮林蔵は漂わせていた。

「お待ちください、間宮殿!それは先代を・・・・・・父を殺すということですか!」

 驚愕する斉正に対し、間宮はさも当たり前のような顔で続ける。

「武士が責任を取るという事は、その命をかけるということでございます。それで無くとも姫君様の舅殿が抜け荷とあっては体裁が悪すぎるでしょう。疑わしきは薩摩かと思いきや佐賀だったとは・・・・・・」

 穏やかな口調ながら、温情のかけらも感じさせないその言葉に斉正は動揺する。

「今すぐに、というわけではございませぬ。我等も佐賀だけを相手にしているわけにも行きませぬゆえ。そうですな・・・・・・四月の晦日までに決心をつけておいていただきたい」

 穏やかな口調で言い捨てると、間宮は斉正の前から退出した。あとに残された斉正はどうしていいかわからずただ呆然とする。

「殿、ここはとりあえず姫君様へご相談をなされたほうが宜しいのではないでしょうか?」

 間宮が去ってからそう言ったのは松根であった。

「姫君様の伝手を頼ればもしかしたら・・・・・・」

 松根に確信があるわけではない。だが、他に幕府へ働きかける手段が思い浮かばないのである。

「そうだな・・・・・・厄介ごとばかり国子殿に押し付けてしまうようで申し訳ないが」

 しかし他に斉直を助ける方法が思い浮かばない。斉正はがっくりと肩を落とすと松根に命じ、紙と硯を持ってこさせた。



 斉直の処断の件は密かに、しかし極めて素早く江戸の盛姫の許へ伝えられた。子年の大風以来の早飛脚に驚愕した盛姫であったが、その内容を読んで柳眉を逆立てる。

「もう少し穏便に事を運ぶ事も考えられるじゃろう。暗殺とは何事ぞ!」

 斉正からの手紙を強く握り締めながら、盛姫は苛立たしげに呟いた。

「そうですか?私はむしろ幕府の動きは遅きに失したと思いますが」

 盛姫とは逆に、至って平然と言ってのけるのは風吹である。

「姫君様はお優しすぎるのです。将軍家の姫君を差し置いての贅沢三昧、幕府への謀反とも取られかねない長崎御番の譲渡計画・・・・・・佐賀だけでなく他藩にまで巻き添えにするところだったのですよ?どれ一つとってもあの男の腹の一つや二つでは収まらないと思いますが」

 風吹の言う事は確かに幕府側にとっての正論である。しかし、どんなに愚かであっても斉直は盛姫の舅――――――斉正の実の父親なのである。

「風吹、颯、支度を。大奥へ出向いて此度の件、交渉する」

 盛姫は立ち上がるとすぐさま出かけようと息巻く。

「姫君様!」

「幕府に忠誠を誓っているとはいえ、佐賀は佐賀じゃ。幕府の介入は許さぬ」

 風吹の反対を押して盛姫にとってここまで必死になる理由があった。

「お前も出石藩のお家騒動の話は聞いておるじゃろう?どうやら幕府は本格的な介入を考えておるらしい」

 天保四年、天保五年と続いた飢饉によって各藩はもとより幕府の天領においても年貢による収入が激減していた。せめてその年貢収入に見合った財政を行なえばいいものの、化政期の繁栄を覚えてしまった大名や家臣たちに生活の質を落とすという才覚は無かった。それ故に抜け荷や俵物に手を出してしまう藩が続出したのである。
 このままでは幕府の威信が地に落ちてしまうし、何よりもこの機会に転封などによって天領を増やし、少しでも収入を増やそうと幕府が考えるのも無理は無い。

「しかし姫君様。隠居の暗殺だけで済むならまだ良いではありませぬか。間宮は大久保の配下ですから佐賀の不利にはならぬかと・・・・・・」

 いっそ邪魔者は消えてしまったほうが良いと考えている風吹は、なかなか腰を上げようとはしない。そんな風吹の態度が余計に盛姫を苛立たせる。

「その考えが甘いのじゃ。その暗殺が『お家騒動』と取られたら仕舞じゃぞ!どんな些細な介入も許してはならぬ」

 普段は鷹揚だが、いざとなったらてこでも動かぬ頑固なところがある盛姫である。こうなってしまっては風吹も盛姫の意思を覆す事はできない。風吹も諦めたのか、ようやく重い腰を上げた。

「御意・・・・・・ではすぐに大奥に先触れを出します」

 そして盛姫が江戸城に出向いたのは、風吹のこの言葉の四半刻後だった。



 大奥に出向いた盛姫を待っていたものは、御台所と老中・大久保であった。事情が事情なだけにてっきり家斉も顔を出すのかと思ったら他の件で忙しくそれどころではないらしい。

「出石藩の件が本格的に動き出しそうです。ここまで幕府がお家騒動に介入するのは極めて異例なのですが」

 飢饉による不景気は人心を乱し、幕府が介入しなければ収まりがつかないほどになっている。しかもそのお家騒動には老中の一人・松平康任も関わっているという。

「都子も仙石久道の妻からその話を聞いて困惑していると申しておったの」

 前の年に亡くなった仙石久道は先々代の当主に当たるのだが、その妻・軽姫は都子こと盛姫の同母妹・喜代姫が嫁いだ酒井家の娘なのである。同母姉の盛姫同様、喜代姫は聡明なだけに久道の未亡人は悩みを聞いてもらおうとしたのだろう。だがそのことを始め、あちらこちらから漏れた情報は幕府の知るところとなり、とうとう家斉自らことにあたる事になったのである。

「佐賀も他人事ではありませぬ。隠居派と藩主派が対立しているというではありませぬか。しかも抜け荷に手を出している先代を止める事ができないとなれば、藩主としての資質が問われるでしょう」

「姫君様、お気持ちは解りますが幕府としては限界でございます」

 苦悩に満ちた表情で大久保は盛姫に告げる。

「姫君様の舅が抜け荷に手を出していたとあっては姫君様の恥、強いては徳川の恥になります。生かしたままの謹慎では事が公になりますゆえ、この方法が最善かと」

「若い藩主とそなただけではあの老獪な男に太刀打ちできぬでしょう。実際今も前藩主に政治の実権を握られているというではありませんか。弘前藩の件もこちらの耳に入っておりますよ」

 痛いところを突かれ、一瞬言葉に詰まるが、盛姫も負けじと言い返す。

「確かに幕府にとって不都合かも知れませぬが、わが良人の父でございます!そう簡単に折れるわけには参りませぬ!」

「・・・・・・ならば、前藩主を生かした上での介入ならば構わぬのですか?」

 大久保の言葉に盛姫が反応する。

「それはどういうことじゃ?」

「例えばです・・・・・・佐賀である事件が起こるとしましょう。もちろんこれは国の中で解決出来る程度のものですが。その混乱に便乗して幕府の諜報が入り込むなり目付け役が睨みを利かせるなりして、前藩主の動きを監視するのです。勿論幕府は現藩主につきますので、今のように前藩主に好き放題をさせずに済むと思いますが」

 少なくとも斉直の命は奪われずに済む・・・・・・ここで妥協をしなくてはならないのだろう。何となく言いくるめられたような気がして盛姫は不満げな表情を浮かべる。

「ご不満のようですが、このことは決して姫君様の良人君にとって悪い事ではないと思います。我々としては佐賀公の政治に興味を持っております。就任当初にあのような画期的な触れを出しながら邪魔をされているのはなんとも歯がゆい」

 大久保は話を続ける。

「喜代姫君様の嫁ぎ先では幕府を上手く利用して、木綿の専売権を商人から奪い取ろうとしているとか・・・・・・佐賀ももう少し姫君様を、そして幕府を利用すれば良いのです。若さゆえの潔癖もあるのでしょうが、上様や薩摩に対抗して贅沢三昧をしている老獪な先代にまともに戦っては勝ち目はございませぬぞ」

 思い当たる節が沢山ありすぎて盛姫は何も言い返せなくなる。

「方法はこれから考えましょう。ただ、城の一つ二つ消失するとか飢饉対策の大規模灌漑を行なうとか、そういうことでない限りそう簡単に藩政に介入はできませんので、その点だけは御覚悟を」

「解った。我が良人にも伝えておこう」

 結局介入を許すことになりそうだ――――――これは避けられそうにないと盛姫は重々しく頷いた。



 大奥での密談の件は、すぐさま佐賀の斉正の許へ報告された。

「国子殿・・・・・・かたじけない」

 とりあえず斉直の助命だけはかろうじて受け入れられ、斉正はほっとする。ただ、どうやっておおっぴらに幕府の介入を許す形を取ればいいのか皆目見当がつかない。

「城を焼くなんて・・・・・・大久保殿は一体何を考えていらっしゃるのか」

 考えてみても良い知恵は浮かばず、斉正は茂義のところへ救助の願いをしたためた書状を送った。すると次の日早々に茂義から返事があったのである。

「大久保殿の言うとおり、二の丸は焼き払ったほうがいいかもしれない。あそこは隠居殿の住まいから近すぎる」

 あまりにも乱暴な返事に斉正は呆れ、兄である茂真にその手紙を苦笑しながら見せた。だが茂真は思わぬ返事をしたのである。

「・・・・・・一理あるかも知れませんな」

「兄上まで!」

 茂義といい茂真といい一体何を考えているのか――――――斉正は頭を抱えるが、茂真は真剣な表情で自論を述べる。

「確かに近すぎるから目に付くのです。いい加減親離れ、子離れしてもいい頃合でしょう。噂には聞いておりましたが、大久保殿というお方、なかなかどうして・・・・・・」

 まだ納得のいっていない表情の斉正に対し茂真はさらに続ける。

「親父殿の命と引き換えの人身御供、いや城だから城身御供とでもいうべきでしょう。政治の中枢を親父殿から引き離し、改革の邪魔立てをする保守派を一掃するにはそれくらい必要でしょう。そして築城の際に幕府から借金でもすれば堂々と監査役を佐賀に引き入れることが出来ますよ。それに城が焼ければ同情を引くこともできるかもしれませんし」

 釈然としないが、父親の命には変えられない。斉正は渋々ながら皆の意見を受け入れることになる。



 とりあえず斉直の命はかろうじて守る事ができた。だが飢饉が終わったわけでは決してない。佐賀の飢饉被害は余所の地方に比べるとだいぶ少ないが、東北を中心に年々被害は拡大している。そしてとうとう幕府の米蔵も底をつき、佐賀と熊本に対して上米を求めたのである。



UP DATE 2010.08.18

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愛機がぎりぎり帰ってきて満身創痍で書き上げた『天保の大飢饉』其の貳です。(帰ってきたはいいんですが、相変わらず調子が悪いんですよね~。マザボもやられているかもしれない・・・・・泣)
今回『城を焼く』なんてとんでもない会話が出てきましたが、実はこの佐賀城二の丸焼失というのは史実であります。(焼けた理由はもちろん違いますからね~・笑)
この時期、薩摩藩への諜報、そしてこれからさらに詳しく取り上げる『仙石騒動』や『竹島事件』など幕府が介入した西日本の事件というのがこの時期多いのです。その大きな流れのついで、といっては何ですが佐賀城の焼失、そしてそれをきっかけにした実権交代劇をかなり誇張して書かせていただくことになります。
特に仙石騒動は歴史的な有名人もかなり深く関わっていて幕府の人事にまで影響を及ぼした事件ですのでうまく取り込んでいきたいと思います。


次回は8/25、この時代としては珍しい上米を中心に展開していく予定です。
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