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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第一章

夏虫~新選組異聞~ 第一章 第二十七話 炎と政変・其の参

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壬生浪士組に焼き討ちにあった吉田屋は母屋、離れ共に一晩中燃え続け、結局火が消えたのは明け方になってからだった。会津からの命令による吉田屋探索であったが、さすがにやり方が乱暴すぎた。町奉行を始め、各方面から壬生浪士組を預かっている会津藩に苦情が寄せられたのである。勿論会津藩としても放っておくわけにいかず、芹沢と近藤共に黒谷に呼び出される事になった。

「確かに捜索の許可は与えたが、全てを燃やし尽くせとは命じておらぬ!これでは吉田屋が長州側に軍資金を提供いていた証拠が得られぬではないか!」

 怒り心頭の公用方・広沢は口角泡を飛ばしながら二人に当り散らすが、それに対し芹沢はだんまりを決め込む。というか口を開く事ができなかったと言ったほうがいいだろう。迂闊に口を滑らせ、一橋公と長州の繋がりが露見してしまったら・・・・・その恐怖のほうが勝っていたのである。恐れを知らぬ芹沢らしくないといえばそれまでなのだが、それほどまでに一橋公への、否、水戸への忠誠が芹沢の血肉に染み込んでいるといったほうがいいだろう。そんな芹沢に近藤は違和感を感じたが、この状況でそれを訪ねるわけにもいかない。だんまりを決め込む芹沢の代わりにただひたすら広沢に対して詫びを入れ続ける。

「・・・・とにかく!あとは我々が始末しておくからお前達は日常業務に就く様に!解ったな、二度と勝手な事は許さぬ!」

 近藤の必死のとりなしが功を奏したのか、一通り怒鳴り散らした広沢は捨て台詞を残しようやく二人を解放したのだった。



 黒谷を出た芹沢と近藤は、ここ数日ようやく秋めいてきた京都の街中を壬生に向かって歩いていた。衣更えこそまだ先だが着物の色柄も秋を感じさせるものを身につける人が多くなったし、吹き抜ける風も秋めいている。そして木々の色も夏の濃く、青々としたものから僅かに錆を含み、色あせ始めていた。

「芹沢さん、秋の梅や桜というものもなかなかいいものですな。」

 今まで黙っていた近藤が不意に芹沢に話しかける。しかもいつもとは趣が違う、風流すぎる話題に何事かと芹沢は面食らう。

「夏の濃い緑陰も悪くはありませんが・・・・・・・ほんの少し錆を含んだ色合いも梅には似合う。光も、影も全てを内包した美しさとでも言うんでしょうな。」

 芹沢の混乱を余所に、近藤はひたすら話し続ける。そして次の瞬間、芹沢はようやく近藤が言わんとしている事に気がついたのである。

「・・・・・吉田屋に、『梅』の影を思わせる何かがあったのでしょう、芹沢さん。」

 『梅』-----------それは水戸藩の暗喩である。すなわち、長州や攘夷派公家と深い繋がりのある店から水戸藩、またはそれに深く関わりを持つ人物に関するものが吉田屋の探索で見つけてしまったのではないかと近藤は言い出したのである。

「・・・・・何が言いたい、近藤?」

 それでも芹沢はしらを切ろうとした。知らなければ、吉田屋の焼き討ちに出陣していない近藤が咎められることはないだろう。しかし、このことをばらしてしまえば近藤も同じ罪を被る事になってしまう。男としてそのような迂闊な真似はしたくないと頑なになる芹沢だったが、近藤も芹沢と同じくらい強情な男であった。

「吉田屋で見つけてしまったのでは?芹沢さんが忠誠を誓っているお方--------または水戸に縁のある方に関わるものが。」

 その言葉に芹沢はあからさまに表情を強張らせ、激昂する。

「貴様に何がわかる!」

 思わず鉄扇を振り上げ、近藤を殴ろうとした芹沢だったが、近藤は表情一つ変えずに芹沢を見つめた。

「ええ、何も解りません。ですが・・・・・もし上様が密かに長州と繋がりを持っていて、その証拠を見つけてしまったら私も同様の行為に走るでしょう。」

 何ともいえない複雑な笑みを浮かべながら近藤は続ける。

「芹沢さんがどなたを庇っているのか解りませんが、もしかしたら説得工作だったのかもしれませんよ。確かなことが解るまで、私もこの件は忘れます。」

 水戸公を敵に回すと決まったわけではないと、近藤は芹沢を慰めた。

「・・・・・すまねぇ。」

 互いの主君について喧嘩さえしたことのある二人である。それだけに近藤には芹沢の気持ちがよく理解できた。確かに長州を始めとする浪士達は治安を乱す敵だと思う。だが、それらと繋がりを持つかもしれない元の主君まで憎む事は出来ない--------そんな芹沢の想いを一番理解できていたのは近藤かもしれない。
 だがこのとき、近藤はまだ気づいていなかった。今まで水戸への忠誠を押し殺し、会津へ仕えていた芹沢の気持ちが少しずつ会津から離れ始めていた事に・・・・・・。
 ひと月後、それぞれの忠誠ゆえに別たれる事も知らず、二人の局長は秋の気配が濃くなった京都の街を歩いていった。



 事態は風雲急を告げていた。芹沢らによる吉田屋焼き討ちの余韻が覚めやらぬ八月十三日、孝明天皇の神武天皇陵参拝、攘夷親征の偽勅が発せられたのである。この大和行幸を推進したのが、長州藩に気脈を通じる三条実美ら攘夷派公卿であった。

「よし!このまま幕府を一気に潰しにかかるぞ!」

 その偽勅を受ける形で吉村寅太郎は松本奎堂、藤本鉄石、池内蔵太ら攘夷派浪士と共に大和行幸の先鋒となるべく大和国へ赴くことを決議。翌十四日、吉村らは攘夷派公卿の前侍従中山忠光邸を訪ねて忠光を方広寺へ誘い出したのである。
 これに従軍した半田門吉の『大和日記』によると忠光を大将とする結成時の同志は三十八人で、そのうち十八人が土佐脱藩浪士、八人が久留米脱藩浪士であった。このほか淡路島の勤皇家で大地主であった古東領左衛門は先祖代々の全財産を処分し、軍資金として供出した。彼らがいつの時点で天誅組を称したかは詳らかではないが、その原型はすでにこの時点で完成されていたといっても過言ではない。
 勢いのまま天誅組は早速方広寺を出発して大和国へ向かった。一行は長州下関へ下る勅使と偽って大坂から船を出し、堺へ向かう。船中で忠光ら同志一行は髪を切って決意を示したと伝えられる。


 八月十五日、堺の土居川沿いに到着した天誅組一行は翌十六日払暁に高野街道を通って河内をめざし、狭山に入った。
 天誅組は吉村寅太郎らを軍使として狭山藩の陣屋へ送り、藩主北条氏燕との面会を申し出る。

「誠に申し訳ございませんが、氏燕は急病でして・・・・・。」

 あまりに過激な集団を前に及び腰になってしまったのだろう。狭山藩側は偽って面会を断り、家老朝比奈縫殿が代って対応した。だがそんな及び腰の狭山藩に対して忠光は偽勅を縦に朝比奈に狭山藩も出陣して義挙に加わるよう命じたのである。

「いったいどうしたら・・・・・・・こんな挙兵に借り出され後々問題になっては厄介だ。」

 天誅組への対応に苦慮した狭山藩はとりあえず天誅組にゲベール銃など銃器武具を贈り、天皇御親征の節には加わる旨をその場しのぎの回答をした。このような目に遭ったのは狭山藩だけでなく下館藩の飛び地である白木陣屋にも天誅組は使者を送り、銃器武具を差し出させている。


 十七日、本格的な戦闘を開始する為に天誅組は河内檜尾山観心寺に入った。軍資金を調達に出ていた藤本鉄石も合流して出発、国境の千早峠を越えて大和国へ入る。

「これから代官所を襲撃する!いくぞ!」

 幕府天領の五条に到着した天誅組は勢いのまま代官所を包囲し、代官鈴木源内に降伏を要求、ゲーベル銃隊を率いる池内蔵太が空砲で威嚇し、吉村寅太郎が率いる槍隊が裏門から突入した。  代官所の人数は三十人程で、人数、戦意に勝る天誅組に抗することができず代官所方は敗北し、鈴木源内は首を刎ねられてしまう。天誅組は代官所に火を放ち、桜井寺を本陣に定めた。
 しかもそれだけでなく、五条を天朝直轄地として、この年の年貢を半減することを宣言したのである。天誅組は中山忠光を主将、吉村寅太郎、松本奎堂、藤本鉄石を総裁とする職制を整え、自らを『御政府)または『総裁所』と称した。
 一方、天誅組の過激な挙兵を知った京の三条実美は自重をうながすべく平野国臣を使者に送ったが功を奏さず、天誅組は菊の御紋の入った旌一流、『七生賊滅天後照覧』と大書された幟一本をつくり、士気を高めていった。
 この騒動から始まった一連の武力蜂起を天誅組の変という。尊皇攘夷派による、初めての武力蜂起とされるこの武力蜂起は大和義挙、大和の乱などとも呼ばれる。


 天誅組が大和を舞台に騒動を起こしている一方、京都では尊攘派の長州藩と公家は、大和行幸の機会に攘夷の実行を幕府将軍及び諸大名に命ずる事を孝明天皇に献策しようとした。徳川幕府がこれに従わなければ長州藩は錦の御旗を関東に進めて徳川政権を一挙に葬ることも視野に入れたものだった。
 しかし、事前に薩摩藩に察知され、薩摩藩や藩主松平容保が京都守護職を務める会津藩、尊攘派の振る舞いを快く思っていなかった孝明天皇や公武合体派の公家は連帯してこの計画を潰し、朝廷における尊攘派一掃を画策した。そしてこの計画が提携されたのも八月十三日であった。会津藩は長州藩を御所の守護から武力を持って排斥する為、帰国の為東下を開始していた兵士を急遽京都へ呼び戻し、戦闘態勢を強化する。



 これらの政治的動きからすっかり蚊帳の外に押し出されてしまったように見えた壬生浪士組であったが、実際のところ状況はそこまで甘くなかった。日常業務に就くようにといった舌の根も変わらぬうちに、いつ呼び出しがあってもすぐに出動出来るように屯所に待機していろとの命令が下ったのである。巡察に出るのは一度に五、六人。あとはむさ苦しい屯所でいつ来るかもしれない会津の使者を待つ日々が数日続いた。

「なってこった。ようやく涼しくなり始めて巡察にはいい季節だって言うのによぉ。」

 いつ来るとも判らない呼び出しに備え、神経をとがらせ続けるのも楽ではない。屯所待機三日目にして原田や永倉、沖田ら頭より身体が先に動く若い連中から文句が出るのも無理はない。

「そうそう、仕出し屋や長屋から美味しそうな匂いが漂ってくるんですよ。炊き上がった栗飯の香りなんか嗅ぐと・・・・・・。」

 そう言った瞬間に沖田の腹の虫が鳴り、皆が笑い転げる。

「おめぇは食い意地ばかりだな、総司!この時期は女たちも暑さを気にせず着飾るから三割増しぐらいいい女が増えるじゃねぇか。さすがに地女に手を出す気はねぇが。」

 沖田を小馬鹿にする原田に対し、沖田も負けじと言い返す。

「大食いの原田さんにそんな事言われたくはありませんね。そもそも通りすがりの女性に色目を使うなんてみっともない真似できるわけ無いでしょう。私達は武士なんですよ?」

 この二人のように待ちくたびれてしょうもない口げんかをする者はまだしも、中には刀を振りかざし柱に傷をつけてしまうものまで現れはじめた。これから起こるであろう戦いを前に、皆気持ちが高揚し、興奮状態に陥っているのだ。その興奮をぶつける場所もなく、屯所の雰囲気はますます殺伐としてゆく。

「いい加減いつまで待たせやがる。これじゃあいざ戦いが始まるって時に皆使い物にならねぇぞ!」

 こういう場面において、意外と忍耐強い土方や山南まで文句を言い出す始末である。そんな息苦しさを打ち破り、壬生浪士組が呼び出されたのはまさにそのときであった。

「壬生浪士組!直ちに御所へ参られよ!長州を都から落とすぞ!」

 真夜中、彼らを呼びに来た会津の役人の声に一斉に鬨の声が上がる。居待月輝く文久三年八月十八日、世に言う八月十八日の政変のはじまりであった。



UP.DATE 2010.08.20


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『炎と政変』其の参です。お盆休み明けのリハビリがてらということもありますが、色々な諸事情ゆえ(PC完全KOとか自分も夏ばてから夏風邪に移行したとか)微妙に短めです。しかも政変そのものではなく、その前座・天誅組の変がメインだし(笑)。勘弁してやってくださいませv

そのお詫びといっては何ですが、予告がてらのびみょ~な複線をはらせていただきましたがお気づきになりましたでしょうか(笑)。原田と沖田の会話ですが、こんな事をいっている奴等がどういうことをしでかすか(爆)。後の話の展開をお楽しみくださいませ(^^)


次週は八月十八日の政変、メインです。皆活躍する・・・・・と思いますよ(^^;
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