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「葵と杏葉」
葵と杏葉・藩主編

葵と杏葉藩主編 第二十七話 天保の大飢饉・其の参

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 去年、一昨年と続いた飢饉の気配は天保六年になっても消える気配は無く、今年もまた米不足に嘆く事になりそうであった。四月になっても東北地方を中心に米の出来はいまいちで、去年ほどではないが人々の腹を満たす事は無理だと誰の目にも明らかであった。今年もまた各地で餓死者が出ることだろう。
 一方、市場のほうは幕府のお達しもあり、一応の落ち着きを取り戻してはいたが、日が経つにつれ徐々に米の値段は高騰し始めている。これでは貧乏人が飢え死んでしまうと幕府は救済の為、江戸市中二十一ヶ所に五千八百人収容できる御救小屋を設置したが、地方から江戸へ流れてきた者達もあり、救済者は予想をはるかに超える七十万人にまで膨れ上がってしまった。勿論混乱は江戸だけでなく各地で百姓一揆や打ちこわしが頻発し、後に大塩平八郎の乱のような大規模なものまで起こってしまっている。
 そんな混乱の中、幕府から佐賀と熊本に対してそれぞれ二万石ずつの『御定相場での上米』が命じられたのである。

「この米価高騰の折、幾らなんでも『御定相場』はひどすぎやしませんか?」

 そう言い出したのは中村彦之允であった。そしてそんな中村を上司である松根が嗜める。
 天保六年の前半は幕府の介入の成果もあり、米相場は平均して『一石につき銀七十匁前後』を行ったり来たりしている状況であったが、御定相場は『一石につき金一両、銀換算で六十匁』である。すなわち一石につき十匁も安い値で幕府に米を譲らなくてはならないのだ。借金を抱え、前藩主の贅沢に振り回されている佐賀藩としては一文でも高い値段で米を売りたいのに、これはあんまりである。
 その事を中村は斉正に対し直接主張するが、斉正はただにっこり笑って中村を嗜めた。

「そうは言っても、こちらには父上の抜け荷に対し目を瞑ってもらっている負い目もある。国子殿がわが藩に嫁いでくれたからこそこの程度で済んでるのだ。でなければ転封もありえるのだから」

「確かに・・・・・・そうかもしれません」

 斉正の言葉に中村はしゅん、とうなだれる。

「それに食べるものさえないひもじさは我等も経験済みだ。他国の人々であろうと人の命には代えられないだろう。どちらにしても今年は去年に比べてだいぶ実りが良さそうだから二万石くらい何とかなる。松根、中村と共に手配をしてくれ」

「御意」

 斉正の命令を受けて松根達は早速準備に取り掛かった。

 

 弘前藩であれ幕府であれ、その動きが早いところはまだましである。そうでないところは更なる混乱を招き、領民達を飢え死にさせてしまうという、藩を治めるものとして一番やってはならない失政をしてしまう。そんな藩の一つがこともあろうに斉正の母の実家でもある鳥取藩であった。斉正が幕府への上米の話を受けたその数日後、鳥取藩から米を売ってくれないかという打診があったのである。
 さすがに鳥取藩からの使者という事もあり、佐賀側でも重職者が顔を揃え使者を出迎えた。

「弘前のへのご援助や幕府への上米の噂を聞きやってまいりました。古米だろうが古々米だろうと文句は言いませぬ。ほんの少しでもいいので譲っていただけませぬか」

 江戸での交渉ならいざ知らず、わざわざ家老の子息が使者に立ち深々と頭を下げ援助を請う。本当であれは二つ返事で希望に応えてやりたかった斉正だったが、それは遅きに失した。
 すでに斉直によって一万石の米が弘前藩に渡っており、現存しているのは自分達が食べる分のみである。そしてこれから出来る米のうち二万石は幕府によって買い占められているのだ。その事を告げたが、使者の若者はしぶとく藩内の惨状を切々と斉正に訴える。

「わが藩周辺では四年も前から飢饉が続いておりまして、隣国の但馬・播磨・美作から飢えに耐えかねた人々が鳥取へ多く入り始めるているのです。藩内の町や村にも、行き倒れや捨て子が数多く見られるようになって我々の力だけではどうにもなりませぬ」

「だったら何故もっと早く・・・・・・」

 といおうとして斉正は口をつぐんだ。その頃佐賀はようやく子年の台風から立ち直りかけていた頃である。そんな状況の中、さすがに佐賀に救いの手を求めるわけには行かないだろう。

「一昨年には飢饉だけでなく相次いで大火が発生し、村人の大半が焼け出されもしました。さすがにこれでは年が越せないと十二月に御救米を施したのですが・・・・・・」

 想定していた人数より多くの困窮者が集まってしまい、混乱を避ける為に僅か十日でお救い米の支給を打ち切らざるを得なかったと使者は嘆いた。

「去年は去年で暴風雨のよる洪水は発生するし、青谷海岸に帆立貝が異常発生するし・・・・・・とうとう海にまで被害が及ぶようになってしまったのです。無理は申しませぬ。ごく僅かでもいいのでお譲りいただけますでしょうか」

 深々と頭を下げ、懇願する様子に同情の空気が漂い始めたが、それを断ち切ったのは須古領主・鍋島茂真であった。

「そうですか・・・・・・来年は無理ですが、再来年、もし同じくらいの豊作でしたら鳥取藩にもお譲りできる米が出来るかもしれません。それまで待っていただけますでしょうか。わが藩も幕府からの要請をかろうじて引き受けた所存でして」

 茂真の冷酷な言葉に若い使者はがっくりとうなだれ、失意のまま佐賀城を後にした。多分幕府への上米の噂を聞きつけて最後の頼みの綱とすがるような思いでやってきたのだろう。しかしいささか行動が遅すぎたのである。

 五十年前の飢饉の教訓を生かし、見栄を張ることなく各藩が救いを要請する事になったのは成長の現われなのだが、やはりそこにも機転の早さや要領のよさが顕れてしまう。そして今回の件で露呈したように要領の悪かった鳥取藩はこの後更なる悲劇に襲われる事になってしまった。
 斉正の許を訪れた使者が鳥取に帰った直後の五月二十二日、鳥取藩を襲った暴風雨で洪水が発生し、この年の収穫も惨憺たるものになってしまったのである。

 さらにその次の天保七年は春から天候不順で雨が降り続き、田の水も温まらなかったため、田植えができない状態となってしまった。記録によれば『ひな祭りの時分になっても雪が降り続き、五月になっても田の水に氷が張るような有様』だったと伝えられる。
 この年は土用近くになっても綿入れが手放せないような状態で、この頃になってようやく田植えはしてみたものの稲はろくに成長せず、秋には一粒の米もとれなかった。被害は稲だけに留まらず木にも実がならず、口に入れられるものなら木の芽・草の根など何でも食い尽くしてしまい、しまいには座敷に敷いた荒筵まで叩いて粉にして食べるという状況にまで追い込まれてしまったのである。

 それでもまだ他の藩が豊作ならば助けを求めることが出来たのかも知れないが、悪いことは重なるもので、この年は佐賀など比較的天保の飢饉の影響を受けていない地域においても不作であった為、他藩の援助が全く受けられなかったのである。
 そんな中、人々は城下で施されるかもしれないお救い米に望みを掛け、続々困窮者が流れ込んできたのだが、そこに辿り着く前に蒲生峠を越せずにたくさんの人が行き倒れになっってしまった。河原には弔う人もないそれらの人々の死体が打ち捨てられていたと伝えられる。
 のちに『申年がしん』と名づけられた一連の被害は、飢饉の経験が多い東北各藩のように即座に助けを求める事が出来なかった藩上層部の失策も原因の一つであった。



「母上の実家である鳥取を助けることができないとは・・・・・・」

 使者が佐賀城を去った後、斉正は心から残念そうな表情を浮かべる。すでに城の米は金子に変わり、農村の米も自分達が食べる分以外はすぐに売り払われてしまうだろう。
 米相場は落ち着きを見せているものの、今年の収穫如何では再び高騰することもありえる。そもそも食料が無く、金を山積みにしても食べるものを、というのが正直なところである。池田家という名門ゆえの矜持もあるのだろうが、その動きの遅さにいささかながら不安を感じずにはいられない。

「これからこのような嘆願が増えるでしょう。あまり情けをかけては自分達が飢え死んでしまいます」

 斉正の甘さを兄である茂真が叱責する。自分達はまず佐賀の領民を守る義務があるのである。ひと時の感情のために領民を苦境に陥れる事は、斉直がやっていることと変わらないと茂真は諭した。

「解っておる。だが・・・・・・気分は悪いな」

 去ってゆく使者の行列を窓のから見つめながら、斉正は大きな溜息を吐いた。



 一方黒門では佐賀からの報告を聞き、怒り心頭の盛姫がいた。

「御定相場で米を寄こせと言うからどういうことかと思うたら・・・・・・これでは泥棒ではないか!」

 斉正自ら盛姫によこした手紙を拡げながら、盛姫は目の前にいる颯に文句をぶつける。

「姫君様、言葉をお慎みくださいませ・・・・・・」

 必死に盛姫の怒りを静めようとする颯だったが、盛姫の怒りは収まりそうに無い。

「泥棒を泥棒と言って何が悪い!一石につき十匁も安い値なのじゃぞ!佐賀の領民が汗水たらして作り、納めた年貢を二束三文で寄こせなど・・・・・一体幕府は何を考えておるのじゃ!」

 普通の姫と違い、盛姫は佐賀の産業の事情を斉正の手紙により大まかではあるが把握している。子年の大風から立ち直り、今でも干拓を続け耕作面積を少しずつ広げている苦労を最初から知っているだけに、あっさりとその血と汗の結晶である年貢を安い価格でよこせというのが許せないのだ。

「姫君様、お鎮まりくださいませ。そもそもわが藩だけでなく比較的豊作になりそうな熊本もですし・・・・・・」

「確か熊本は長崎御番の件で弱みを握られておったな。『見逃してやるから米を寄こせ』と強請ったに違いなかろう。人の弱みに付け込みおって・・・・・・やり方が汚すぎる!」

 おおらかな盛姫には珍しく、嫌味を含んだ物言いに颯は何も言えなくなる。

「姫君様・・・・・・」

 颯は半べそをかいていた。こんなときに嗜めるはずの、否、むしろ盛姫より荒れて盛姫に窘められる風吹は大奥に呼ばれてこの場にはいない。あれこそが盛姫を嗜める最良の方法なのだと今更ながらに颯は思うが、同じ真似は颯には出来ない。

「風吹様がこの場にいてくださったら・・・・・・私如きでは姫君様の怒りを収められませぬ」

 その時である、外からがやがやと誰かが帰って来た音がしたのである。

「風吹様!」

 颯の顔が途端に明るくなった。確かに帰って来たのは風吹であった。だがその帰りは颯の受難の始まりであったのである。早速盛姫の前に参上した風吹は、なんとも神妙な面持ちで大奥で告げられた事を報告した。

「姫君様。若殿への権力移譲の日取りが決定いたしました。五月十一日、その日に幕府の間者によって佐賀城二の丸に火をつけることになるでしょう。若殿にはその日、どこぞの神社にでも出向いてもらうか、長崎に出張をしていただくことになりそうです。そしてこれは事後の事なのですが・・・・・・私は目付けとしてしばし佐賀に下る事になってしまいまして・・・・・・」

 そう言って風吹は俯いてしまった。その様子はいつもはきはきとものを言い放つ風吹らしくも無い。

「それはどういう意味じゃ?」

 様子のおかしい風吹を訝しく思いながらも、盛姫は風吹に尋ねる。城を焼き、借金を負わせるに当たってその金が適正に使われているかどうか確かめる為に目付けが佐賀に入るのは別段おかしい事ではない。そもそもその目付け役を佐賀に入り込ませ斉直の権力を封じる事が今回の目的である。しかし、女性でありなおかつ盛姫付の女官である風吹が何故出向く事になったのであろうか。

「あの・・・・・・その」

 いつもは刃の如くずばずばとものを言い放つ風吹とは思えぬ歯切れの悪さである。しかも心なしか顔が紅潮している。

「武雄の・・・・・・動向も探れと・・・・・・」

 それだけ言うと風吹はさらに顔を赤らめて黙りこくってしまった。つまり『女性ならでは』の間諜を風吹は命じられたのである。

「ほぉ・・・・・・そなたたちの関係が幕府にまで知れていたとは」

「違います!あの餅ノ木のおしゃべりがっ!」

 風吹は柳眉を吊り上げて一気にまくし立てた。

「幕府の意向で砲術を導入している武雄ですけど、余計な事をしているんじゃないかという噂が立っているんです!それを探るのだったら女子のほうが潜伏しやすいだろうと・・・・・・!」

 その時、佐賀藩に縁のあるものとして同席していた直孝が『あそこの藩主殿を建具ごと投げ飛ばしたり刀を突きつけたりする剛の者がそちらにおりますが』とにやにやと笑いながら風吹を推薦したのだという。そして噂を聞いていた関係者によって『佐賀の事情にも通じ、なおかつそう簡単に武雄になびかぬ者』として風吹が選ばれたというのである。

「・・・・・・だったらもう少し物腰柔らかで諜報に向いている女子は幾らでもおるのにのう」

 笑いを堪えきれず、盛姫は笑い転げる。それは周囲の他の女官達も同様であった。

「姫君様!」

 風吹がきりきりまいする姿を楽しんでいるとしか思えない盛姫の発言に、風吹はいきり立つ。

「冗談じゃ。でもこれで堂々と茂義の許へ行けるではないか。」

 盛姫として一番心配していた事が思わぬ形で解決しそうな事に、盛姫は嬉しげな笑みを浮かべる。だが風吹としては下心ゆえに佐賀へ下りると思われてはならぬとますますむきになる。

「それ程長くは居りませぬ!せいぜい一年か長くて二年、城の再建がかなうまでです!勘違いなさらないでくださいませ!」

 しかし、むきになればなるほどますます下心が疑われる事に風吹は気がついていなかった。そんな風吹を楽しげに見つめながら盛姫はもっと長く佐賀に居てもいいのだぞ、と風吹に告げる。

「心配せずともこちらには颯もおる。それに風吹が目付けになってくれれば佐賀の事情も鑑みてくれるじゃろ?」

 笑顔を見せる盛姫に対し、風吹はまだ納得がいっていないようである。

「しかし・・・・・・」

「お前はいつから妾の傍に仕えておる?侍女に頼らずとも大丈夫じゃ」

「だからこそ心配なのでございます。私の目の届かないところで何をしでかしてくれるやら」

 その瞬間、女官達の中から失笑が漏れた。やはり互いを一番よく知っているのが盛姫と風吹なのである。

「・・・・・・言うてくれるの」

「ええ、幼い頃より仕えておりますので姫君様のことはよ~く存じ上げております」

「だったらなおさらじゃ。そなたを佐賀に向かわせるのはそなたの為ではない。わが良人を守りたいが為じゃ。もし佐賀に不利をなすようであるならば即座に呼び戻すゆえそう覚悟せよ。これは妾からの命令じゃ・・・・・・佐賀へ下れ。どうしてもつらくなったら帰ってきても構わぬがの」

「・・・・・・かたじけのうございます。では盛姫君様の命に従い、職務を全うしてまいります」

 盛姫の優しさをしみじみと感じながら、風吹は深々と頭を下げた。



UP DATE 2010.08.25

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天保の大飢饉・其の参です。今回は鳥取藩での被害『申年がしん』を取り上げてみました。東北地方と並んでかなり被害を受けてしまったらしいんですよね~鳥取藩。しかも何故か親戚でもある佐賀藩や薩摩藩に助けを求めたような感じが無くって(私の調査不足である可能性が大ですが・爆)十万人規模の被害を出しているんですよ。
なので、『助けを求めたんだけど一歩遅かった。』という設定で話を作らせていただきました。天明の大飢饉の教訓を生かして動き回っていた東北の藩に比べ、経験が少なかった所為なのでしょうか何となくもろさを感じてしまって。今も昔も経験から勉強して危機管理を徹底するって重要なんだな~と書きながら思ってしまいました。

そしてようやく!ようやく風吹を佐賀に下らせる事が出来そうです。つまりようやく意地っ張りCPが結ばれる舞台が整ったという事でvただ、あの二人の事ですからねぇ・・・・・しかも佐賀には鉄砲も大砲もありますし(え゛)。痴話げんかもたぶんパワーUPすると思いますが温かく見守ってやってくださいませv


次回は9/1、とうとう佐賀城炎上&藩主編最後の話の第一話目です。(というかもうここまで来ちゃったんですね・・・・・自分でもびっくりです。)
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