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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第一章

夏虫~新選組異聞~ 第一章 第二十八話 炎と政変・其の肆

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後に八月十八日の政変、または文久の政変と呼ばれる一連の騒動が起こったのは十八日の未明の事であった。
 横暴を極める尊攘派の振る舞いを快く思っていなかった薩摩藩や会津藩、そして孝明天皇や公武合体派の公家が一夜にして尊攘派を一掃し、政治の中枢から追放した事件であるが、その一方この事件は壬生浪士組にとっても転機となる大事件でもあった。


 話は一旦八月十三日まで遡る。この日攘夷派公卿によって出された攘夷親征に対し、薩摩と会津は万が一を考え偽勅であるか否かを中川宮を通して天皇に確認したところ、それが三条実美や長州による偽勅であることが判明した。偽勅を捏造された孝明天皇は激怒し、すぐさま兵力を持って処理するようにと薩摩と会津に文字通りの『勅命』が下されたのである。

 その勅命を受けた薩摩と会津は十八日未明、攘夷派公家及び長州藩関係者を御所に入れないよう禁裏の御所九門を薩摩藩と会津藩を主力とする諸藩の兵力で封鎖した。

「もはや何人たりとも我々を避けて御所に入ることは出来ないであろう。例え長州の武力をもってしてもな。あとは中川宮様をお迎えするだけ・・・・・・!」

 蛤御門を警備していた会津の責任者の一人が呟いたその時である。烏丸通の南から『誠』と『忠』の提灯が朝もやの中浮かびあがったのだ。しかもその提灯の数は二、三十はあろうか、かなりの数の提灯が蛤御門の方に向かってやってくるのである。

「な・・・・・何なんだ、あの提灯は?攘夷派の奴等か!」

 会津から上洛したてのその幹部は面食らった。それもそうだろう、未明の薄暗がりの中、予備知識も無い中徒党を組んで御所に向かってくる集団を見たら不審者と誰もが思うだろう。

「わ・・・・・解りませぬ!とりあえず軍事奉行か公用方に知らせてまいります!」

 これもまた会津から上洛したての藩士がこけつまつろびつ仮本陣のある御所建礼門前の凝華洞へと走っていく。そうこうしているうちに『誠』と『忠』の提灯が警護をしている会津藩兵の前にやってきたのである。

「我等誠忠浪士組、御所内の警備に参上せり!」

 暁光に染まる頬を紅潮させた壬生浪士組局長・近藤勇の声が蛤御門に朗々と響く。だが、その場にいた会津藩兵は皆きょとんとするばかりであった。それもそうだろう、彼らは壬生浪士組の事を全く聞かされていなかったのだ。その存在すら知らない者に『御所内の警備に参上した。』と言われてもただ怪しがるだけである。

「ねぇ、土方さん。どうやらおのぼりさん達は私達の事を知らされていないようですよ。」

 自分たちも『おのぼりさん』である事を棚に上げ、沖田は言いたい放題を土方に囁く。

「あまりにも俺等の素行が悪いんで、広沢の奴だんまりを決め込みやがったな。しかも警備の陣営が整った後に到着させるように仕向けやがって・・・・・やり方が汚ねぇったらありゃしねぇ。」

 白鉢巻きにたすき掛け、股立ちを取っただけという軽装の沖田と違い、甲冑を着込んだ土方が悪態をつく。
 実際、土方の読みは当たっていた。先の大和屋焼き討ち事件の件が問題となり『そういった乱暴狼藉を働くものをこのような場に越させても大丈夫なのか?』という慎重論が会津藩の中で相次いでいたのである。その意見に押されるような形で『壬生浪士組の出動はある程度落ち着いてから』ということになり、藩兵たちが警護に就いた後、壬生浪士組は御所に到着することになったのである。

「そりゃそうでしょうね。藩士の規律には厳しい会津ですもの。こんな柄の悪い無頼者とはできるだけお近づきにはなりたくないでしょうけど・・・・・・土方さん、重いんでしょう、その甲冑。いい加減見栄を張るのはやめて脱いだらいかがです?」

 土方が身につけている甲冑は、見てくれで小馬鹿にされないようにと芹沢、近藤、そして土方のみが着込んだものである。

「うるせぇ!俺は見栄を張っているんじゃねぇ!切っているんだと何度言ったら解るんだ!」

 額に汗を滲ませながら沖田を怒鳴る土方は、どう贔屓目に見ても見栄を切っているとは言いがたい。

「・・・・・それを見栄っ張りって言うんですけどねぇ。」

 実際甲冑を着込んでいるのは隊内の見栄っ張り三人と言っても過言ではないだろう。一応山南が『皆さんには甲冑があるのに私には無いんですね。』と口に出したが、どう贔屓目に見ても動きが鈍くなるだけの甲冑を着込む気が無いのは明らかであった。それほどその甲冑は重く、いざというとき動きを鈍くするものだったのである。
 二人がそんな会話をしている中、近藤と山南、そして会津の責任者達の押し問答が続いている。普段であれば真っ先にこういった場面に飛び出していきそうな土方であったが、気になることがあるのか辺りの様子を伺いながら一向に近藤たちの援軍を買って出ようとはしない。

「土方さん、近藤先生を助けなくても・・・・・・!」

 その時である、朝日を反射してぎらりと光るものが近藤たち、否、壬生浪士組に対して向けられたのである。

「誠忠浪士組とやら、お前達が何ものか知らぬが、ここで不審者を通すわけにはいかない。諦めてここから引き返すように!」

 それはみごとに磨がれた槍の穂先であった。会津藩兵によって槍衾が作られ、壬生浪士組を拒絶したのである。

「ちょっと、あれは幾らなんでもないんじゃなないですか!」

 刀の柄に手を掛け、飛び出そうとした沖田の首根っこを土方が摑む。何をするのかと土方を睨みつける沖田に対し、土方は前方を顎で指し示した。

「ようやく主役のお出ましだ。芝居小屋でも滅多に見られねぇ代物だぞ。目ん玉ひん剥いてよ~く拝みやがれ。」

 土方の指し示す方向を見て沖田は愕然とした。

「せ・・・・・芹沢さん!!」

 そこには近藤と山南を背後に庇い、鉄扇を右手にした芹沢が居たのである。

「会津中将御預かり誠忠浪士組である!公用方よりの急達により御花畑までまかりとおる!どかぬかっ!」

 と近藤以上の大音響で怒鳴るなり、槍の穂先を鉄扇で叩いたのである。その剛力に耐え切れず、叩かれた藩兵は思わず地面に転がった。

「御花畑だと・・・・・建礼門前の凝華洞が会津藩の仮本陣と知った上での暴言か!」

 芹沢が言った『御花畑』とは建礼門前の凝華洞を差す。そこは会津藩の仮本陣であり、松平容保が指揮を執る場所でもあるのだ。よりによってそこに向かおうとする者を黙って通すわけにも行かない。

「貴様!こちらが下手に出ればいい気になりおって!」

 責任者は怒りに打ち震え、台等を抜き放つ。それに続き藩兵達も槍の穂先を芹沢に向けた。

「会津の下手というのは槍の穂先を人様にたいして向けることと見える。これだから浅葱裏は困る!」

 嫌味たっぷりに言い放つ芹沢の挑発に、思わず沖田が土方に囁く。

「・・・・・私達は浅葱表ですけどねぇ。」

「それを言うんじゃねぇ。目くそ鼻くそがばれるじゃねぇか。」

 そんな冗談を言っている二人の目の前で、事態はどんどん険悪になってゆく。土方や沖田を始め、隊士達も芹沢に危害が及んだ瞬間、すぐに攻撃できるように全員が刀の柄に手をかけている。その時である。

「こら、止めぬか!そやつらは会津藩預り、壬生浪士組だ!敵ではない!」

 ようやく知らせを受けた会津藩の軍事奉行や公用方が駆けつけたのである。

「やっと来てくれましたね・・・・・忙しいのは解りますけもう少し連絡を密にしてくれればいいのに。」

 沖田の呟きは最もだが、終わってしまったものはしょうがない。軍事奉行や公用方の説明により事態はようやく収拾、壬生浪士組は建礼門と仙洞御所の守備に就く事になった。



 些細なごたごたはあったものの、ようやく警備体制が落ち着いた頃、公武合体派の中川宮朝彦親王や近衛忠熙・近衛忠房父子らが続々と参内してきた。その、緊迫した中にも漂う凛とした公卿達の雅な風情に無骨な浪士組たちもため息を吐く。

「あの様なやんごとなき方々が血なまぐさい政治の話をなさるとは想像できないな。」

 と山南が呟くようにその姿は現実離れしていた。だが、一歩御所内の会議場に入ればその空気は一変する。切羽詰った緊迫感の中公武合体派の公卿により開催された朝議により、尊攘派公家や長州藩主毛利敬親・定広父子の処罰等が決議、すぐさま勅定が発せられたのである。
 その内容は、まず大和行幸の延期、長州系公卿の禁足、合わせて長州藩の堺町御門の守備を解き交代に薩摩藩が警備する事とするというものであった。

「会議が終了した!薩摩藩、会津藩、合図の大砲を撃て!」

 会議が終わった瞬間、伝令が藩兵達の元に指示を伝える。その指示を待っていたかのように御所の中から威勢の良い大砲の音が響き渡った。 

「御所から大砲の音がしたぞ!」

 大砲の音を聞きつけた長州藩の関係者がすぐさま堺町御門にやってきた。しかしそこで見たものは信じられない光景だったのだ。

「何故・・・・・淀藩が堺町御門の警備に・・・・・・!

「いや、淀だけじゃない!薩摩に会津・・・・・・一体御所で何があったんだ!」

 長州藩が恐慌に陥る中、攘夷派公家も同様の混乱に陥っていた。

「何故我等が御所に入ることを許されないのじゃ?早うそこを通せ!」

 大砲の音を聞きつけた三条実美らが交渉するものの、彼らも御所に一歩たりとも近づけない。仕方なく長州系公卿は事情を質すために鷹司関白邸へ集 まったが、これが禁足を命じた勅定を無視したと捉えられ、却って相手に付け入る口実を与えてしう事となってしまった。鷹司関白邸に集結した公卿七名は勅定違反として参事、国事、寄人罷免の上、京都 からの退去を命じられてしまったのである。

 一方長州藩は薩摩・会津藩と丸太町通を挟んで一触即発の睨み合いを続けていた。一夜にして賊軍まがいの扱いを受けるようになり、矜持を打ち砕かれた長州藩士たちは激突も辞さない意気込みでいたが、それを止めたのは壬生浪士組が必死になって探していた桂小五郎ら藩首脳部であった。

「今戦って禁裏に発砲する事になってしまってはそれこそ本当の賊軍になってしまう。ここはひとまず長州に下がって体制を整えるべきだろう。皆、悔しいと思うがここは辛抱してくれ。」

 そして桂のこの判断の直後、長州藩に御所からの勅使がやってきて『長州藩は撤兵せよ』との勅命が伝えられる。

「今は辛抱のときだ。きっといつかは日の目を見る!」

 そう捨て台詞を残し、長州藩は尊攘急進派の公卿三条実美・三条西季知・四条隆謌・東久世道禧・壬生基修・錦小路頼徳・沢宣嘉の七卿を伴って東山妙法院へ退去し、やがて長州へと落ち延びて行くことになる。



 一方建礼門と仙洞御所の守備に就いていた壬生浪士組は、初っ端の騒動からは想像できないほど規律を守り、与えられた仕事を粛々とこなしていた。これは水戸学を嗜んでいる芹沢が、『御所の警備に就ける名誉を何と思っているか!』と、いつもにも増して隊士を厳しく叱り飛ばしていたからに他ならない。普段行儀が良いといわれる試衛館派の面々でさえも形無しである。

「やっぱり水戸にとって禁裏様というのは大事な存在なのですね。」

 近藤が思わず芹沢に声をかけるほどその態度は真剣そのものであった。そしてその生真面目な仕事ぶりは会津藩幹部にも高く評価され、後に会津からとてつもない褒美をもらう事になる。だが、今現在の彼らにそのような下心は一切無く、ただひたすら建礼門と仙洞御所を警護していた。その時である。

「長州の兵が去っていくぞ!俺達は勝ったんだ!」

 丸田町通り方面から歓声が上がる。それを聞いた壬生浪士組の隊士達もはしゃぎ、どさくさに紛れて丸田町通りの方へ向かおうとして芹沢や平間に怒鳴られる隊士達も出る騒ぎとなった。

「やっと・・・・・ひとつ、大仕事が終わったんですね。」

 隊士達がはしゃぐ姿を眺めつつ、沖田は感慨に耽り、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。



UP.DATE 2010.08.27


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炎と政変・其の肆・・・・・ようやく八月十八日の政変そのものに辿りつきましたv

そして今回も色々と脚色が(爆)。ぐぐってみたら本当は壬生浪士組が御所に到着したのは昼頃だったらしいですね。前の話から直しちゃっても良かったんですが、白々と明けはじめた闇の中から『誠』と『忠』の提灯が御所めがけてやってくるというシーンも捨てがたくって(笑)。しかもこの状況での昼間の出陣はあまりにもおまぬけじゃないですか。なのでビジュアル的にもシチュエーション的にもドラマになる『ほんのちょっとだけ遅刻』という状況にさせていただきました。

ようやく日の目を見た壬生浪士組ですが、第二章では水戸派の粛清が始まってしまうんですよね・・・・・史実においての時間でもこの政変から丁度一ヵ月後の事になりますし、このときの輝きはまるで朝露のような儚い輝きだったのかもしれません。


次回は第一章完結、再び大正時代の喫茶店に戻ります。あくまでもこの話は『じじいの昔語り方式』を取っておりますので(爆)。なので第二章の序章も沖田老人と若き新聞記者・中越祐とのやり取りになります。幕末シーンがお好きな方、ご了承くださいませねv
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