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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第一章

夏虫~新選組異聞~ 第一章・結

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モダンな煉瓦造りのカフェーには静かな時間が流れていた。そう、あの頃とは全く違う、珈琲の香りとジャズが流れる穏やかな時間が・・・・・。そんな静かな時間を打ち破るように沖田老人は話を現実世界へ引き戻した。

「・・・・・とまぁ、これが私たちがまだ壬生浪士組と名乗っていた頃の話になりますかねぇ。若い方には退屈な話だったと思いますが。」

 すっかり夕日に染まった店内で、さすがに喉が渇いたのか、沖田老人は微笑みながら水を飲む。夕日にきらきらと反射しながら老人の喉に流れてゆく水は、まるで今まで聞き入っていた話の数々のように燦いていた。

「上洛した当初は四年もの長きにわたって京都にいることになるとは全く思わなかったのですが、あれよあれよと時が過ぎてしまいましてねぇ。今思えばあれが私の青春だったのでしょう・・・・・中越さん、大丈夫ですか?」

 沖田老人はちょっと心配そうに自分の話に聞き入っていた中越に声をかける。

「・・・・・あ、ああ、済みません。ここは横浜なんですよね。すっかり聞き入ってしまいました。」

 沖田老人に声をかけられ、中越はようやく我に返った。沖田老人の話を聞いている間、まるで自分が幕末の京都にいて一緒に戦っている気分に陥ってしまったのだ。それもそうだろう、新選組の創生期からの隊士で、しかも幹部だった沖田の話に夢中になるなという方が無理な話である。

「ええ、そうですよ。ここは横浜で、元号も大正です・・・・・もうあれから六十年近くも経ってしまったんですよ。」

 沖田老人は遠くを見つめるように目を細めた。確かに、激動の幕末から躍進の明治を経て今は大正と元号も変わっている。しかし決して『六十年近くも』ではないのである。

「いいえ、まだ六十年しか経っていないと言うべきでしょう、沖田さん。それこそ珈琲もアイスクリンも無い時代だったかもしれませんけど、あなたのように当時を生き抜いてきた人が数多くいるんですから。」

 中越の力強い言葉に沖田老人は何ともいえない苦笑いを浮かべた。

「そうですね。だからこそ新聞の記事にして欲しくはないのです。どこで誰が傷つくか解ったもんじゃない。」

 夕日に染まった沖田老人の顔の陰が徐々に濃くなってゆく。顔に刻まれた皺がますます陰を深くしてゆく様は、まるで沖田老人の心の襞を垣間見ているようだと中越は思った。

「確かにそうですね・・・・・勿論今日聞いた話は私の胸一つに納めておきます。」

 取材する者とされる者の約束は絶対である。その事を沖田老人に信じてもらう為、中越は力を込めて約束した。

「ところで・・・・・沖田さんはいつ予定があいていますか?」

 中越は胸ポケットから手帳を取り出すと、沖田の予定を押さえようと身を乗り出す。その必死な様相に沖田老人は思わず吹き出してしまった。

「ははは、このような老人の都合を気遣ってくださるとは・・・・・・少なくともお忙しい新聞記者の中越さんよりは暇をもてあましておりますよ。新聞記者には朝も晩も無いんでしょう?まるで昔やった京都の夜回り様だと気の毒に思っておりました。」

 その口調から、どうやら沖田老人は夜の巡察があまり好きではなかったらしいと推察できたが、その詳細もまだ話してもらっていない。というより、まだ話は始まったばかりなのである。

「でしたら一週間後、またこの喫茶店で話を聞かせていただいても宜しいでしょうか?」

 正直ここまで濃密な話になるとは思っても見なかった。沖田老人は決してしゃべり方が遅いわけではない。むしろ江戸っ子特有のせっかちさが勝り、中越がついて行くことができなくなりそうだったほどだったのだ。それでも半日かけて半年分、しかもまだ新選組の名前を下賜される前の話しか聞くことができなかったのである。

「『新選組』にもなっていないところで話を仕舞にされてしまったら気持ち悪くてしょうがありません。本当でしたら明日にでも続きが聞きたいのですが、さすがに仕事をさぼるわけにも参りませんので。」

 名残惜しそうな口調で中越は沖田老人に訴える。それはまるでおとぎ話をねだる子供のようであった。そんな中越に対し、沖田老人は柔らかな笑みを見せる。

「ええ、解りました。では来週の同じ刻限・・・・・・・またこの店でお会い致しましょう。」

 そう言って沖田老人はゆっくりと立ち上がると一つ会釈をし、中越の前から立ち去っていった。



 沖田老人と別れた後、中越はぼんやりしたまま横浜貿易新報の社屋へ戻ると、腑抜けた顔のまま自分の机に着いた。まだ、沖田老人の濃密な話の世界から抜け出せずにいるのだ。

「おい、どうした佑!間抜けな面さらしやがって。」

 そんな中越に対し、先輩である山代が声をかけてきた。すでに三日ほど社屋に寝泊まりしている山代は無精髭を生やし、ワイシャツもよれよれにくたびれている。それを見て中越はつくづく昨日帰宅しておいて良かったと思った。こんな姿では沖田老人に怪しまれ、逃げられてしまっていただろう。

「あ・・・・・山代先輩!実はですね・・・・・・。」

 と言いかけて、中越慌てては口を噤む。沖田老人の話は信頼できる先輩に対しても喋るわけにはいかないのだ。そんな中越に対し、山代は意味深な笑顔を浮かべながら中越の肩を抱いた。

「特ダネでもつかんだのかぁ、佑ちゃん?俺に話せないってどういう事だ、ええ?」

 ドスのきいた声で静かに恫喝されるが、中越は頑として山代の言いなりにはならなかった。

「済みません、先輩!どうしても記事には絶対できない話を聞かされたんですよ。」

 中越は核心に触れないように慎重に山代に言い訳をする。でないといつまでもへばりつかれたままになりかねない。

「老人の昔語りなんですけど・・・・・ご存命の関係者もいらっしゃるので記事にすると色々とその方達に迷惑がかかるかもしれないと念を押された上で、話を聞き出すことができたんです。男同士の約束を反故にすることは・・・・・いいえ、記者と取材相手との約束はどんな事にも勝りますよね?」

 それは中越が新入りだった頃、山代にたたき込まれた事であった。それを持ち出されては山代も何も言い返せない。

「それもそうだな・・・・・しかし、記事にはできねぇかもしれねぇが、きちんと記録だけは取っておけよ、佑。」

 記事にするわけでもないのに記録を取れとはどういう事なのだろうか?山代の言葉に中越は困惑する。

「しかし・・・・・記録を残すことで迷惑を被る人物も・・・・・。」

「誰も公開しろとは言っていない。『機密文書』って言葉もあるだろう。それだよ、それ。書くものすべて人様に見せびらかせ、なんて決まりはどこにもないぜ?」

 山代はまばらに無精髭の生えた顔に笑みを浮かべると中越にくるりと背を向けた。

「今はばらせなくても、いつかその昔語りが必要になる日が来るかもしれねぇじゃねぇか。それが五十年後か百年後かわからねぇが・・・・・。」

 どんな些細なことでも記録しておけばいつかは役に立つ。それは自分自身ではなく何代か後の子孫かもしれないが間違いないのだ。

「おまえさんの気が向いたら五十年後にでもちらっとその話の一端でも教えてくれたらいいさ。さすがに五十年も経てばそのじいさんは生きちゃいねぇだろ?」

 自分の机に着きながら山代は中越の方に振り向く。どうやら山代は中越の掴んだネタを諦めていないらしい。

「・・・・・先輩、五十年後って言ったら先輩は八十を優に超えるでしょう?こんだけ不規則な生活をしている上に長生きするつもりなんですか?」

 新聞記者としての生活だけではない。山代は大酒も飲むし、『市井の噂は悪所に集まる!』と遊郭にも足繁く通っている。どう贔屓目に見ても長生きできるとはとうてい思えない。しかし山代はけろりと中越に対して言ってのけたのだ。

「ああ、予定では茶寿(百八歳)か皇寿(百十一歳)まで生きるつもりだが。」

 自分は百歳以上まで生きる---------その妙な自信に中越は呆れ果てた。

「憎まれっ子世にはばかる、って奴ですね?」

「なんか言ったか?」

「いいえ、何にも言っておりません!」

 ふざけた先輩に付き合っている暇はないと中越は話を切り上げ、やり残している仕事に早速取りかかった。



 新聞社の夜は戦場である。朝刊に間に合わせるため記事を書き、印刷に回さなくてはならない。中越も例外ではなく、日常の業務に忙殺される。それでもわずかな隙を見つけては沖田老人から聞き出した話を少しずつ思い出しては書きしたためていった。

「それにしても世の中どう転ぶか解ったもんじゃないよな。」

 沖田老人は数ヶ月で帰ってくるつもりで上洛したが、結局四年もの長きにわたって京都で活動し、新選組一番隊組長として名を残した。
 一方自分は分籍までして新聞記者になったが、自ら望んで就いた職業で名を残すような仕事をしているだろうか。

「まだまだ甘いんだろうな、俺は。」

 締め切りぎりぎりに記事を提出した中越は、自嘲しながらようや沖田老人の話のまとめに本腰を入れ始めた。上洛から始まり、次々に命じられる慣れない仕事の数々、そして意外に思ったのがあの『浅葱の羽織』の評判の悪さであった。

「決して悪い色じゃないと思うけどなぁ・・・・・確かに下染めじゃあ文句も言いたくなるよな。」

 その話を始めとして、当時の若者達が見てくれにかなり気を遣っていたことにも驚いた。勿論そうでない者もいたらしいが・・・・・。

「時代が変わっても、本質的なところは何も変わっていないのかもしれないな。」

 誰かに認めてもらいたいと思う野望も、女性に格好良く見られたいという男心も結局同じなのだ。ただ、今の中越の年齢とほぼ同年代だった近藤や土方が、小さいながらも一つの組織を引っ張っていたことだけは心に引っかかるものを感じてしまう。

「せめて、一生に一つぐらい皆をあっと言わせるような記事を書くことぐらいが関の山かなぁ。」

 あまりにも華やかだった彼らの青春に比べ、自分の不甲斐なさに落ち込む中越であったが、沖田老人の話を聞き続けていくうちに答えが見つかるかもしれないと気を取り直す。

「よし!今度沖田さんに会ったら近藤勇や土方歳三の当時の状況を絶対に聞き出すぞ!」

 気合いを入れ直すと、中越は再びノォトに沖田老人の話をまとめ始めた。



UP.DATE 2010.09.03


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夏虫、ようやく第一章が終了いたしました~っ!
当初の予定では第一章で芹沢暗殺まで行く予定だったんですが、予定は未定で決定ではない、ってことを痛感いたしました。(けがの功名で壬生浪士組時代を一章にまとめることができた、っていうのはありますが・笑)

実はオリジナルを始める以前に新選組を扱った漫画の二次創作をしていたのですが、第一章の部分は必要な部分だけの描写でさらりと流されてしまっていまして、大まかな流れしか理解していなかったんですよね~。書きながら調べていくうちに『へぇ~こんな事があったのか?』とか『資料にはこういう事が書かれているのにあまり取り上げられていないんだな』という部分が意外と多く見つかったのには驚きました。まだまだ史実としての新選組とフィクション(講談)の中での新選組ではフィクションの新選組がメジャーなんですよねぇ。だからこそ新選組を題材に自分の色が出せるのですが(爆)。こんな調子で第二章もちびちびのんびり書いてゆきたいと思います。(しかし、十話もいかないうちに芹沢派の暗殺があるはずなんですよねぇ←あくまでも予定ですので引き延ばす可能性もアリ・爆)


次回は第二章・序章、芹沢派暗殺の日と同じような雨の日の会話から始まりそうです。



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