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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第二章

夏虫~新選組異聞~ 第二章・序

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大正十年五月の第四金曜日-------------それは沖田老人との約束の日である。中越は他の仕事を早めに済ませると、そそくさと横浜貿易新報本社を飛び出し、ものの5分とかからない煉瓦造りのカフェーへ到着した。

「あら、この前藤堂のおじいちゃんと一緒にいらっしゃった・・・・・・・確か中越さん?でしたよね。今日もおじいちゃんの話し相手なの?」

 中越が店の扉を開くなり、唇の横に黒子のある中年増の女給が笑顔を向ける。

「ええ、まあ・・・・・むしろ私があの方に構っていただいているようなものですけど。」

 中越は思わず沖田老人の本名を口走ってしまいそうになり、内心焦った。目の前にいるこの女給が沖田老人の名を聞いて『新選組の沖田総司』だと気がついたり、それを誰かに零すとは思えなかったが、万が一ということもある。

「ところで・・・・・藤堂さんはまだいらっしゃっていないようですね。」

 中越は店の中をきょろきょろと見回しながら沖田老人の姿を探したが、しかし、店の中には沖田老人どころか店主と女給以外誰もいなかった。

「ええ、たぶん古傷が痛むのでしょう。聞いた話によると、柿の実を取ろうとして木の上から落ちたときの傷が未だに痛むとか・・・・・・。」

 くすくすと笑いながら女給は老人から聞かされたという話を披露する。

「なるほど。古傷ねぇ・・・・・。」

 中越は以前見せてもらった背中の古傷を思い出した。あの大きさだとかなり痛むに違いない。だが、それと同時にふと疑問も中越の心の中に浮かぶ。確か新選組の局中法度において、後ろ傷は切腹だった筈なのに、何故沖田老人は生きながらえているのだろうか。

(戊辰戦争でできた傷なのかな・・・・・。)

 ただ、中越の知る限りでは当時沖田老人は病を患って戦線を離脱していた筈である。

(そもそも労咳じゃなかったのか?どちらにしてもあの歳まで生きているのも不思議だよな。)

 考えれば考えるほど謎は深まるばかりである。

「まぁ、のんびりと本人に事実を聞けばいいか。」

 中越はそう呟くと、先週も座った同じ席に陣取った。そしてほっとした瞬間、中越は自分のズボンの裾がかなり濡れていることに気がつく。

「雨の日はこれだから・・・・・。」

 ただでさえ湿気が多く不快だというのに、臑の半分ほどまで濡れてしまったズボンはますます中越の不快指数を高めてゆく。こんな憂鬱な日こそ美味しい珈琲と沖田老人のわくわくする話を聞くに限る-----------そんな風に気持ちを切り替えた瞬間、店の扉が開く音がして、背の高い、鰹縞の着流しを着た老人が店の中に入ってきた。

「中越さん、遅くなってしまって済みません。」

 それは沖田老人であった。遅れたと言っても中越が女給と二言、三言話して席に着くほどの短い時間であるからほんの2、3分であろう。

「いえいえ、私もほんの少し前に来たばかりですからお気になさらずに。それより背中の古傷は大丈夫ですか?」

 中越は先ほど女給に聞いた話を沖田老人に説明しながら体調を気遣う。

「ははは、お絹さんに聞きましたか?そういえばありましたねぇ、そんな古傷が。しかし今日は関節痛の方がつらいかもしれません。こう冷えてしまいますとねぇ・・・・・お絹さん、今日は何かあったかいものをくれませんか?」

 沖田老人は注文を取りに来た女給に身体が温まるものをと注文する。

「じゃあ今日はジャムの入ったロシアンティーにでもしましょうか。中越さんは?」

「ジャムの入った紅茶は勘弁だな・・・・・・僕は珈琲で。」

 どちらかというと甘いものが苦手な中越は先週と同じ珈琲を注文する。

「じゃあ中越さんは珈琲・・・・・と。今日は美味しいクッキーもあるからお茶請けにサァビスしておくわね。じゃあごゆっくり。」

 愛想の良い笑顔を残し、女給はカウンターの中にいる店主に注文を伝えに二人から離れていった。



 沖田老人が喫茶店に入った直後から雨脚が急に強くなり出した。これではしばらく店から出ることも叶わないし、他の客もそうそうやってこないだろう。外回りの仕事をするにはやっかいな雨だが、沖田老人の話を聞くのにこれほど都合の良い雨もないだろう。

「それにしても今日は冷えますね。五月の雨だというのに・・・・・・。」

 自らの二の腕をさすりながら、沖田老人は窓の外を眺め遠い目をする。

「そういえば季節こそ違えあの日もこんな風に寒い、雨の日でしたっけ。」

 さりげない一言だったが、その一言によって喫茶店内の空気ががらりと変わった。大正の退廃的な空気から激動の幕末の匂いが漂う空気へと--------------。

「あの日とは、まさか・・・・・せり・・・・・・・。」

 中越は言いかけた言葉を飲み込む。他の客がいないと言っても店主や女給の耳があるのだ。そう簡単にあの事件のことを口に出してはと中越は口を噤んだのだ。だがそんな中越の気遣いは次の瞬間無駄になる。

「ええ、芹沢局長達が亡くなった日です。中越さん、そんなに気を遣わなくても大丈夫ですよ。あの二人は何度も私のほら話を聞かされていますから。」

 沖田老人は悪びれもせずに笑顔さえ浮かべながら言う。どうやら気心の知れた相手には自分の過去を話している沖田老人だが、相手は『老人のほら話』としか受け取っていないらしい。それはそれで騒ぎ立てられるよりはむしろありがたいのだろう。

「というと、沖田さん。やはりあの事件は、内輪もめの・・・・・。」

 そう言いかけた中越に対し、沖田老人は苦笑を浮かべながら首を横に振った。

「内輪もめなんかこれっぽっちもありませんでしたよ。お酒が入るとたまに近藤先生と芹沢局長が互いの主君---------------これが会津公じゃなく大樹公や水戸公だったりするんですからある意味問題ではありましたけどね--------------について喧々諤々の論争をすることはありましたけど、その思いをきちんと理解していたのはお互いだったんじゃないでしょうかねぇ。水戸派の粛正は会津からの命令でしたから、弱い立場の私達は逆らうことができませんでした。」

 水戸派の粛正は本当に不本意な仕事だったらしく、辛さに耐えるような不自然な笑みを浮かべ、沖田老人は肩をすくめる。

「本当に・・・・・あの後が本当に大変だったんですよ。なんだかんだ言って私たち隊士を守ってくれていたのは芹沢局長でしたし、あの人が無頼の輩を一つにまとめていたんです。その人を自らの手で殺めた罰だったんでしょうね。」

 自分達の罪の重さを思い出したのか、沖田老人がふぅ、っと大きなため息をついた瞬間女給が珈琲とロシアンティー、そして飾り気のない素朴なクッキーを持ってやってきた。

「これ、試作品なの。もし二人の評判が良かったら今度店のメニュウにするつもりだから心して食べてね。」

 女給の何気ない一言は一気に重くなった二人の間の空気を和らげてくれた。中越は首をぐるりと回した後、芳醇な香りを漂わせる珈琲に口をつける。

「・・・・・水戸派と試衛館派は対立していたとばかり思っていましたが。」

 一口珈琲を飲んだ後、中越は沖田老人に素朴な疑問を投げかけた。世間では芹沢率いる水戸派と近藤率いる試衛館派が対立していたという説がまかり通っているだけに沖田老人の話はにわかに信じられない。

「それは大いなる誤解ですよ。確かにお酒が入ると手に負えない人でしたが、私達は誰一人芹沢さんを憎いとは思っていませんでした。むしろ芹沢さんが大好きだったと言っても良いでしょう。」

 そう言って沖田老人も冷え切った身体を温めるかのように紅茶を一口飲んだ。

「芹沢さんが亡くなったあと、求心力を失いかけた新選組をまとめるのに近藤先生や土方さんがどれほど苦労したか・・・・・講談で有名な局中法度も、『鬼の副長』が誕生したのも、そして『誠』の旗印も、全て芹沢局長を始めとする水戸派を失った私達が組織を維持するために必要としたものなのです。」

 沖田老人の言葉に中越は驚愕する。それは『浅葱の羽織』以外の新選組の全てと言っても過言ではない。それほど芹沢亡き後の組織の維持が大変だったとは全く考えもしなかった中越は目を白黒させる。

「てっきり・・・・・目の上のたんこぶがいなくなって清々していたとばかり思っていましたが。」

 百姓の倅でありながら浪士組に参加、さらには対立する相手を粛正して新選組の局長に上り詰めたという輝かしい来歴しか中越には見えていなかった。だがよくよく考えてみれば百姓の倅の分際で元・武士だった者達も率いていかなければならなかったのだから、目に見えない部分で相当苦労したに違いない。

「そう思えたらどれほど気が楽だったか・・・・・・特に近藤先生は意外と細やかな方でしたんでね、芹沢局長の豪放磊落な部分にだいぶ助けられていたんですよ。あまりに頼りすぎていたんで、その支えを失った後が大変でして・・・・・・芹沢局長亡き後に、心労から来る胃痛で倒れた事も一度や二度ではありません。」

 自分の師匠の情けない話であるにも拘わらず、否、だからこそ沖田老人はさも愉快そうに話し、からからと笑った。

「・・・・・どうやら世の中には間違った話が蔓延しているみたいですね。近藤勇も土方歳三も人々が思うほど優秀な人物ではありませんでしたり、冷酷でもありませんでしたよ。ごくごく普通の・・・・・といっては申し訳無いですね。普通の人よりは少しばかり人より努力を積み重ねた男ではありましたけど。」

 沖田老人のあまりの言いように、中越はまるで自分が贔屓にしている役者がこき下ろされたようにむっとした表情を浮かべた。

「そんな人物が歴史に名前を残しますかね、沖田さん。自分なんかと比べると、同じ年齢くらいだって言うのに彼らは素晴らしい仕事をしていますよ?もし私が同じ立場だったらあそこまでの仕事は到底できません。」

 剥きになる中越を、優しげに見つめながら沖田老人は深い笑みを浮かべる。

「ちっとも卑下なんかじゃありませんよ。むしろ私から見たら中越さんの方がご自身を卑下なさっているように見受けられますが。」

 ジャムを入れた紅茶をスプーンでかき混ぜながら沖田老人は言葉を続ける。

「人間、のっぴきならない状況に放り込まれれば実力以上の仕事でも何とかこなしてしまうものですよ。中越さんだって毎日毎日事件を追いかけては決められた時間までに記事を仕上げるじゃないですか。私なんかから見たらよくあの激務に耐えられると感心しますよ。」

 仕事の大変さはどの仕事でも同じ、仕事に貴賤なぞありませんよと沖田老人は笑った。

「そうですね・・・・・今回の話はちょうど二人の苦労話も入りますので、そこのあたりも少し詳しく話しましょうか。もしかしたら中越さんのこれからの生き方の参考になるかもしれませんしね。」

 ますます激しくなる雨の音の中、幕末の緊迫した空気を漂わせながら沖田老人は口を開いた。



UP.DATE 2010.09.10


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夏虫~新選組異聞~もようやく第二章・芹沢暗殺編または『新選組』創生期編に突入です。

この章では主に芹沢鴨の暗殺、そしてその後の近藤、土方を始めとする試衛館派の苦労が中心となります。何だかんだ言っても芹沢さんはかなり強烈なリーダーシップがあったと思うんですよ。その後を引き継ぐとなるとやっぱり大変ですよね~。百姓の倅達がどうやって自分達より身分が上の者達をまとめ、率いていくシステムを作っていくのかそこいらへんを中心に展開していけたらな~と思います。

それにしても沖田は主役の筈なのに相変わらず影が薄い・・・・・池田屋まではせいぜい狂言回しなのかなぁ。(池田屋以後は彼の恋愛も絡めることができるので少しは主役らしくなるんですが、しばらくは無理ですねぇ。)


次回更新は9/17、新選組の名前をようやく貰うことになります。
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