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「葵と杏葉」
葵と杏葉・藩主編

葵と杏葉藩主編 第三十話 佐賀城燃ゆ・其の参

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 長崎奉行所の与力、そして間宮林蔵との打ち合わせを終えた斉正は、急遽佐賀城にやってきた須古領主・茂真と松根、さらに改革派を中心とした家臣数十人を引き連れて二の丸が燃えた跡地へ検分に向かった。
 二の丸のあった場所に斉正らが近づくと何ともいえない、独特の臭気――――――不快な焦臭が漂い、斉正は思わず口許を押さえてしまう。

「殿、大丈夫ですか?」

 斉正の様子に兄の茂真が心配し、庇うように斉正の背に手を当てた。その手には小刻みな震えが伝わってくる。

「あ・・・・・・兄上、情けない姿を晒しまして申し訳ありません。臭いに少々酔ってしまって・・・・・・大丈夫です・・・・・・から」

 斉正はそう返したが、顔は青ざめ、決して大丈夫そうには見えなかった。

「確かにこれだけ激しく燃えてしまえば致し方ないでしょう」

 茂真も眉をひそめ、燃え跡を見つめる。焼け野原と化した二の丸跡に、かろうじて残った門の鯱も物悲しい。幕府側との打ち合わせの上起こった火災であり、あらかじめ解っていた事だったが、いざその惨状を目の当たりにするとまた違った感情がわき上がってくるものである。

「・・・・・・それよりも、これからが大変になりますね。事情が事情なだけに、僅かばかりなら幕府へ借金を申し込むことも可能かもしれませんが」

 茂真の提言に、青ざめた顔色のまま斉正が首を横に振る。

「兄上、それは考えないことにしましょう。幕府には支藩がらみの借金を含めすでに三万両もの借金をしております。せいぜい借り入れは一万両程度としても・・・・・・」

 城を再建する金子を集める見通しは全く立たなかったし、この火災をうまく利用する才覚が自分にあるとも斉正には思えなかった。そもそも自分はあの傲慢な父・斉直をうまく押さえ、再建資金を集めた上で改革を断行することができるのか・・・・・・斉正が顔を曇らせたその時である。

「これは我々にとってまたとない機会だ!この火事を契機として一気に巻き返しを図るぞ!」

 どこからか場を煽る、中年と思われる男の声が発せられたのである。

「おい!誰だ!不遜なことを言い出す奴は・・・・・・!」

 茂真が慌ててその声の主を叱咤しようとしたが、茂真の声をかき消すようにもう一つ、今度はかなり若い男の声が茂真の声に被さったのだ。

「その通りだ!むしろこれを千載一遇の機会と捉えるべきだ!城と共に人心、そして藩の全てを立て直すんだ!殿の下、俺たちはどんな事だって耐えて見せようぞ!」

 その声にさらにあちこちから呼応するように騒ぎがますます大きくなってしまい、茂真一人では収まりが付かなくなってしまう。

「殿・・・・・・言い出しっぺは聞き慣れない声の御仁でしたな」

 茂真は苦々しげに呟いた。そう、最初の声を上げたのは誰であろう間宮林蔵だったのである。こうやって大衆に紛れ込み、扇動することも仕事の一つなのだろう。その間合いといい、隙の突き方といいまさに絶妙だった。

「それに呼応したのは中村だけどな。あれもこの騒動を面白がっているとしか思えない」

 苛立ちを見せる茂真を宥めるように斉正は笑った。確かに藩内の空気を幕府隠密に操作されてしまう恐ろしさはあるが、うまく彼らを利用すれば自分達の改革を進めるために役立つ。

「私達がこの事を把握していれば問題ないでしょう。少なくとも幕府に踊らされないようにすることは可能ですよ。ところで話は変わりますが・・・・・・」

 斉正は周囲に聞こえないように声を潜める。

「城を再建するにはどれくらいの金子が必要だと思われますか?」

「・・・・・・少なくとも十万両は下らないでしょうね。豪奢を極めれば天井知らずですけど」

 あの父上のように、と付け足し茂真は苦笑いを浮かべる。

「勿論装飾は最低限です。私個人としては二の丸ではなく、以前からそのままになっている本丸を再建し、三の丸から少し距離を置いた方が良いかと・・・・・・」

 燃えてしまった二の丸と斉直のいる三の丸はあまりにも近い上に、二の丸の作り自体開放的で入り込みやすかった。斉直の干渉を少しでも防ごうと、斉正は以前の火災で燃えたままそのままになっている本丸の再建を提案したのである。そしてその意見に対し茂真にも否やは無かった。

「そうですね。本丸再建は私もやぶさかではないと申しておきましょう・・・・・・しかし二の丸にしても本丸にしても十万両前後は見積もっておいた方が良いかもしれません」

 騒ぎが続く中、茂真の言葉に斉正は頷いた。



 二の丸の検分を終えたその足で、斉正は斉直がいる別荘へと足を伸ばし謁見を申し出た。やはり心細かったのか、斉直は斉正の申し出をすぐに受け入れたが、斉正の口から出たのは斉直の想像を絶するものであった。

「非常事態故、今までのやり方を変えさせていただきます」

 長崎奉行与力や間宮林蔵らを背後に控えさせ、斉正は父・斉直に言い放つ。まさか息子の斉正が自分に逆らうとは思っていなかった斉直は唖然とする。

「な、何を世迷い言を言い出すのじゃ!」

 父の威厳を見せようと居丈高に言い放つが、斉正は臆することなく斉直を見つめ父の言葉に冷静に反論する。

「世迷い言ではございませぬ。そもそも私の留守中に起きた失火、どう説明していただけるのでしょうか」

「・・・・・・」

 痛いところを突かれ斉直はむっとした表情のままそっぽを向くが、斉正の言葉はまだ続く。

「それだけではございませぬ。父上、何故抜け荷などに手を出されたのですか!数々の証拠を幕府側が見つけ出しました」

 斉正に促され、長崎奉行の与力が証拠の数々を見せつけた。その証拠の数々に斉直の取り巻き達が騒めきたつ。さすがに斉直も無視を決め込むことができず、苛立ちも顕わにわめき立てた。

「う、嘘じゃ!で・・・・・・でっち上げに決まっておろう!」

 だが、斉正側は勿論、斉直の取り巻き達でさえも誰も斉直の言葉を真に受けるものはいない。

「残念ながら・・・・・・これが江戸に送れば間違いなくご隠居殿の首が胴から離れまするぞ。ここ最近幕府の方針として抜け荷に対しては厳しい処断を下す傾向にあるます。これは隠居をした大名とて例外はございませぬ。それとも享楽を極める為ならお命は惜しくないと?」

 間宮の言葉に斉直はわなわなと震え、その矛先は八つ当たりしやすい息子の斉正に向けられた。

「おのれ・・・・・・父の恩を蔑ろにし、己の妻の威を借るか!」

 だが、その言葉は負け犬の遠吠えでしかなかった。斉正はそんな父親を悲しげに見つめながら、静かに言葉を返す。

「そう思って下さって結構です。ですが、父上の意見を聞いていたのでは佐賀は壊滅してしまうのです。豊作が続き華やかな時代ならともかく、毎年の飢饉に怯え、借金だらけの佐賀にはそれにふさわしいやり方があるのです。申し訳ございませんが、これからは私どもが決議したことを事後承諾という形で承認していただきます」

 父に対し、このような物言いをするのは初めてであった。内側から沸き上がる父に対する怒りと悲しみを押さえながら、斉正は父との決別を宣言した。



 ある意味政変に近い権力委譲を報告した斉正の手紙が、仕立ての早飛脚で盛姫の許に届いたのは、父子の決別の日から七日後であった。そしてその手紙には間宮と長崎奉行所からの報告書も添付されていて、盛姫にも詳細がより解るような配慮がなされていた。

「隠居を切るとは・・・・・・相当の覚悟で挑んだのじゃな」

 父に対して気を遣いすぎるほど気を遣う斉正が斉直に造反したことに、盛姫は感慨深いものを覚えた。とうとう本気で改革を断行する気になった斉正から、盛姫に対してもいくつかの嘆願が申し渡されていた。本来なら身分の高い妻に対して許されるものではないそれらの嘆願であったが、勿論盛姫は全て飲むつもりでいた。

「それにしても十万両、か。貞丸は幕府からの借財は諦めているようじゃが・・・・・・」

 元々幕府からしている借金を考えれば一万両が限度だろうと斉正の手紙には書かれていた。だが今の佐賀の財政状況では一万両ごときの借財では焼け石に水でしかないことは盛姫にも解る。

「本当に今年の上米が恨めしい・・・・・・少しは値を上げて貰わねばやっていられぬわ」

 険しさを増す盛姫の表情に、颯ははらはらする。、

「上米の二万両と併せて半分の五万両くらいは欲しいところじゃ。・・・・・・四、五万両くらい幕府なら何とかなるじゃろう。そもそもこれは幕府から言い出したことじゃ。颯、明日大奥へ出向くゆえ先触れを」

 盛姫は手にした手紙を丁寧にたたみ、颯に大奥へ知らせを出すように告げた。



 盛姫が借財の口利きのため大奥に出向いたのは、次の日の昼過ぎであった。

「よ、四万両!それはいくら何でも無理でございます!」

 いきなりの借金を申し込む盛姫の言葉に、老女は腰を抜かさんばかりに驚く。

「妾が頭を下げても無理か?」

 盛姫は訴えるような瞳でじっと老女を見つめながら探るように尋ねる。

「いえ、そう言うわけでは・・・・・・」

 しどろもどろになりながら老女はどう盛姫の申し出を断ろうか思案する。そんな老女に助け船を出したのは他でもない御台所であった。

「盛姫、おやめなさい。老女も困惑しておるじゃろうが」

 あまりにしつこく借金を催促する盛姫に対し、御台所が見るに見かねてたしなめた。

「御台の母上様、こればかりは引くことはできませぬ。三十六万石の大名でありながら、住む城もないとはあまりにも情けのうございます」

 そう言いながらよよ、と目頭のあたりを押さえる。勿論涙など流しはしない。その時ようやく表から老中と勘定方の役人がやってきて算盤を弾き始めた。

「何とか頑張って二万両なら・・・・・・」

 勘定方となにやら相談していた老女は重たい口を開く。

「・・・・・・仕方がないのう。それで手を打とうか」

 元々一万両の借金ができればいいと思っていただけに、その二倍の借金を引き出せたのである。ここで手を打った方が良いだろうと盛姫も無理を言わずそこで手を引いた。これにより上米分二万両と借金二万両の併せて四万両分が確保ができた事になる。盛姫はようやくほっとした表情を浮かべた。

「それと御台の母上様にもお願いがございます。妾付きの女官、五名ほどを引き取っていただけませぬでしょうか。幕府から借財をする身ゆえ、それなりの事をせねば示しが付きませぬ。」

 実はこの事も斉正の懇願の中に入っていた。黒門の人員削減――――――本来なら切り込むことが許されない範疇であるが、斉正と盛姫の信頼関係がなせる懇願であるといえるだろう。

「・・・・・・そこまで気を遣わなくとも良いぞ。幕府からの借金などどの藩もやっておる」

 御台所は苦笑いを浮かべたが、盛姫は真剣な表情で首を横に振った。

「いいえ。これは佐賀の方針にございます。今度藩主自ら身の回りの予算を半分以下にするとのこと・・・・・・妻である妾もそれに倣いとうございます。非常事態故、身分がどうのこうのと言っているわけにも参りませぬ故」

 どうやら佐賀の財政は御台所が思う以上に切迫しているらしい。盛姫自身が身につけている着物もかなり古いものだ。それでも良人に対する文句一つも言わずに斉正に尽くそうとする姿に御台所は心打たれた。

「解った。ならば後日暇を出す者達をこちらに寄越すように。苦労はいつかは報われるものじゃ。しばしの辛抱じゃぞ」

 御台所の言葉に盛姫は深々と頭を下げたのだった。



 徳川の姫が自分付きの女官を大奥に戻すというのは極めて異例である。さすがに首にする訳にもいかず、実家に援助を頼んだ形を取った。
 だが、黒門の人員削減はまだ序の口である。佐賀において、歴史に残る大改革が始まったのはこの直後であり、斉正も盛姫も、否、佐賀藩に関わる全ての者たちが今までにない苦労を味わうことになる。



UP DATE 2010.09.15

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ようやく藩主編最終話となりました(^^)。父親のわがままに苦労していましたがようやく父親と決別、独自の改革路線を次回から歩み始めることになります。
今までも貧乏でしたけどさらに倹約生活&藩のシステムの再構築がガンガンなされていくので私もさらに勉強しなくては(^^;そして改革編中盤では再び側室問題なんかも浮上しちゃったりしますのでそちらでも読ませるようにしたいものです。

次回は9/22、23:00~に改革編第一話を開始しますねv
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