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「葵と杏葉」
葵と杏葉・改革編

葵と杏葉改革編 第一話 前代未聞の大淘汰・其の壹

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 火災の混乱がさめやらぬ中、佐賀城三の丸に入った斉正は、城に詰めている藩士全員を招集した。

「火災で二の丸が焼けたとはいえ大仰すぎないか?」

 不安に顔を曇らせながら、藩士達は大広間に集合する。全員で千二百名を超える城詰めの藩士達である。全員が大広間に入れるはずもなく、隣の控えの間の襖も外され、廊下や庭にも藩士達は溢れ出した。

「殿の、おなぁ~りぃ~!」

 松根付きの従者、井内伝右衛門の声が大広間に響き渡り、皆一斉に頭を下げる。

「この度の火災、誠に遺憾であるがこれを機会に藩政を一新する。大殿への藩政の重要事項の上申を廃止し、重要課題については仕組所で審議する。この取り決めには不満も出るだろうが、非常特別の仕組ゆえ反論は受け付けぬ」

 いつにない斉正の厳しい物言いに、大広間に騒めきが広がってゆく。

「静粛に!これから新人事を発表する。心して聞くように!」

 俄に騒々しくなった大広間に須古領主・鍋島茂真の一喝が響き、あたりはしん、と静まりかえった。

「この度の人事において、須古領主、鍋島安房を請役に任じた。以後、藩の重要事項は鍋島安房を中心に決めてゆく」

 しん、と静まりかえった大広間に斉正の声が広がってゆく。斉正の実兄で、斉正以上に斉直に対して対立姿勢を示している茂真の請役就任は、保守派にとって致命的だ。

「・・・・・・これから人事の発表を行う。まず御側年寄に古賀穀堂、傍頭兼弘道館教導方心遣、牟田口藤右衛門、請役相談役格、井内伝右衛門、相続方相談役格、中村彦之允、奥小姓兼弘道館教授役、永山十兵衛・・・・・・」

 その名が発表されるたび一旦は静まりかえっていた大広間は再び騒めきだした。行政の最高責任者の請役に就いた茂真を除けば、いずれも数十石から二百石程度の家格の者達ばかり、しかも弘道館の修了生ばかりという顔ぶれである。明らかに斉正子飼いの者達で藩中枢を固め、保守派が多い藩上層部を閉め出そうとする人事だ。

「これは・・・・・・この機会に我々保守派を閉め出そうという魂胆なのか?」

 役職からはじき出された上級武士からは怨嗟の声が漏れだしたが、何せ相手は藩主とその実兄である。しかも頼りにしていた前藩主はこの火事が元で長崎から調査員が来たと言うではないか。これは斉直の事実上の失脚を意味している。そして今回の人事による保守派の締め出し――――――今まで斉直におべっかを使っていた保守派の藩士達は自分達の敗北を認めざるを得なかった。

「・・・・・・以上!今後しばらくの間、この八百五十人ほどで藩や城の運営を行ってゆくが、さらなる人員削減もあるからそのつもりでいるように!」

 この人員整理において御側役人数十名、請役所役とを合わせ約四百二十名もの人員削減が行われた。これは全役人の三分の一に当たる大量解雇である。

「さらに参勤交代の人員を百名ほど削減する。もちろん江戸藩邸も例外ではなく、黒門の経費削減も同時に行う!」

 その言葉にさらなる落胆の色が広がった。二年に一度の事だが、参勤に参加するのは藩士にとって名誉なことであり、数少ない江戸見物の機会という楽しみでもある。それが百人も減らされてしまうのだ。
 さらに上級武士たちをおののかせたのは黒門、すなわち将軍の姫君である盛姫の経費も削減対象になるということである。これでは自分たちの不遇に対し文句を言うことさえ許されない。
 もちろんこれは斉正と茂真の策略である。元々斉正に協力的で今までの倹約令も率先して実行し、江戸藩邸の引き締めを行ってくれた盛姫である。今回も江戸において予算減額、江戸での引き締めを黒門を中心に行って貰うつもりでいたし、黒門の協力という事実を利用して佐賀の上級武士を萎縮させようという魂胆もあった。

「勿論姫君様のみに負担を掛けさせるわけにはいかぬので、藩主身辺及び藩財政の予算も半分以下に削減する。その一環として知行、俸禄米を停止し、千石以上の勤役には知行の二割、同じく役職を持たない『休息』の者には知行の一割五分の『相続米』を支給することとする。また、それぞれの石高に応じて相続米の支給割合を定めるからそのつもりでいるように」

 これは大々的な財政再建の資金を生み出すために考え出された仕組みである。与えていた知行地や俸禄米を停止、代わって石高に応じて『相続米』という生活費を渡す給与制とし、役人として勤務する者には加えて職務ごとの役職手当『役米』を支給することにしたのである。

 これにより藩士の収入を固定、余剰に取れた年貢米を本藩に吸収することができるようになった。そして飢饉であっても藩士達の収入は保証されることになるので藩士達にとっても決して悪い話ではない。これが理解されるには一年後の飢饉を待たねばならないが、その飢饉によって意外と早くこの仕組みに対しての理解が得られることになる。

「なお『役米』に関しては執政は三百石、大目付三十石――――――杵島郡代官四百五十石、佐賀郡代官三百石・・・・・・」

 役米発表に関してさらに驚愕の声が上がる。藩の執政と同等、またはそれ以上の代官の役米に上層部だけでなく中級、下級藩士からもざわめきが起こったのだ。代官職は主に弘道館の修了者から登用される――――――つまり中級、下級藩士に役米が付きやすいのである。

「なんと・・・・・・それでは地位の低いものにとって有利すぎるではないか」

 そんな落胆の声の一方、大広間の後ろの方――――――中級、下級藩士達からは歓迎の声が上がった。

「井内殿や中村殿のように俺たちも出世の可能性があるって事だ!これは会心の改革だ!」

 はしゃぐ若侍達を大人達が叱り飛ばすという光景も見られたが、大広間の前と後ろでは対照的すぎる光景が広がったのである。

「請役殿!恐れながら申し上げます!いくら何でも先祖代々の知行や俸禄にまで干渉するということは酷すぎませぬか!」

 さすがに我慢ならなかったのか、上級藩士の一人が立ち上がり茂真に異議を申し立てたが、茂真は涼しい顔でこう言い放つ。

「ここ数年、他国にて起こっている飢饉を考えれば『相続米』の方がむしろ良いかもしれぬぞ。知行であれば飢饉になれば収入はないが、相続米は飢饉であっても支払いを保証される。また、武雄、諫早、須古の旧竜造寺三家は相談の上、佐賀城再建の為に知行米全部を献納する。そなた達だけに痛みを味わって貰うわけではない。何なら私のように知行を全部献納するか?」

 茂真の言葉に異議を申し立てた藩士は口ごもり、再び座り込んでしまった。不満は大いにある。しかし、藩主や妻の将軍家の姫自らが倹約を率先し、請役の茂真やその背後にいる旧龍造寺家が改革の旗手となっている手前、その不満をいつまでも言い続けることは不可能だ。
 そんな保守派の不満が水面下で渦巻く中、茂真の口から次々と改革方針が飛び出していく。

「代官の役米が高額なのにはそれなりの理由がある。佐賀藩領は約十万石の本藩直轄地のほか、三つの支藩と親類、親類同格と呼ばれる大身の領地が入り乱れて複雑な構造なのは皆も知っておろう。それを解消し農村支配機構の一元化するために、権限を代官に一本化し代官所を五カ所から八カ所に増設する。それにより税収の無駄を省き、農村支配を強化するので代官の仕事は今までと比べものにならないほど大変になる。それがこの役米の理由だ」

 藩上層部と代官所の直結――――――これは火災の前徹夜で話し合ったあげくの苦肉の策であった。他国の状況を鑑みれば、佐賀藩もいつ飢饉に襲われてもおかしくない。度重なる飢饉で疲弊した農村を見れば年貢米の増収も見込めず、陶器などに課す雑税もすでに限度の昨今、この方法しか増収は見込めないのは事実である。

「そして、これからの重要課題については三の丸に置く仕組所で審議することにした。これは請役を中心に相談役、年寄、大目付などで構成し、人事や藩内外情勢、予算を合議制で決定する。」

 最後の件に関しては斉正の保守派への気配りも垣間見られた。対立する意見を持つ者であってもとことん議論し、双方が納得した上で決断を下せば藩論が割れる事はないと斉正はそう考えたのだ。これにより保守派の不満を吐き出させ、内部分裂を避けようと考えたのである。
 この斉正の考えは功を奏し、仕組所は天保期から維新までの激動期を藩論決定機関として機能し続けている。
 以上政変まがいの権力委譲は藩士達の戸惑いの中、驚異的な早さで進められていくことになった。古賀穀堂はこの事件、特に人員削減の件に関して日記に『四、五百人の人員整理。極めて快事』と記している。



 佐賀の一連の取り決めおよび黒門への改めての嘆願が書かれた斉正からの手紙を読みながら、盛姫は不敵な笑みを浮かべた。

「そうか、茂義は城普請頭人になったか・・・・・・なかなか面白いことになりそうじゃの」

 斉直と衝突し請役を退いていた茂義は五月二十日付で『城普請頭人』に任命され、本丸再建の責任者となった。そして風吹も正式に武雄の藩邸に入ったこともそこには書かれていた。

「この二人に関しては問題なさそうじゃが・・・・・・むしろ問題は本藩の財政か」

 火事の際、江戸藩邸を含めた人員削減をするので、できれば黒門の使用人の人数も減らして欲しいと連絡を受けていた盛姫である。それに従って数名の使用人を大奥へ戻しはしたが、佐賀でここまで大きな人員削減を行うとは思っても見なかった。三分の一の人員を失った役所業務はきりきり舞いだということは予測できたが、それ以上に大変な目に遭っていたのは松根である。
 藩主の身辺には本来、衣装や道具類、料理などの分野ごとに専門家、熟練者を数人ずつ当てるのだが、斉正はその人員も次々に削減してしまったというのだ。

「これくらいなら何とかなるでしょう」

 と松根が思わず口を滑らせてしまったのもいけなかった。元々松根は文学や有職故実に通じ、書画や刀剣にも造詣が深い。それを良いことに斉正は松根にそのほとんどの役割を任せてしまったのである。それでも松根はその仕事を粛々とこなし、一日でもそばを離れると斉正が不自由を訴えるほどになったという。

「黒門の予算はあとどれくらい減らせるものなのか・・・・・・貞丸が江戸に来た際、勘定方に見て貰わねばならぬな。どうしても自分のことは甘くなってしまう」

「いえ、そのようなことは無いと思いますが・・・・・・」

 言いにくそうに颯が進言する。斉正からの手紙があってから、衣料費削減と称して木綿で洗濯のきく普段着を洗濯するようになっていた。人を頼んでしまえば楽なのだが――――――着物代を考えれば安いものだろうと盛姫は気にしていなかったが――――――徳川家の姫君が木綿を身につけ、それを何度も洗っているとばれたら体裁が悪いと周囲の者や、表に勤めている藩士の女房らが交互に盛姫の着物を洗うことになったのである。

「ただ手が荒れると・・・・・・」

「だから外の洗濯女とやらに頼めば良いではないか」

 盛姫は溜息を吐くが、颯は強情に首を横に振った。

「私自身もそうですが、藩士達はもっと深刻でございます。国許では四百二十人もの役人が解雇されたとか・・・・・・明日は我が身と戦々恐々とし、姫君様の洗濯物でも・・・・・・と思うのが人情でございましょう」

「・・・・・・確かに藩士ひと家族を雇うよりは、洗濯女に洗濯を任せてしまった方が倹約はできそうじゃがの」

「姫君様!」

「冗談じゃ。妾とて表の人事にまで口出しはできぬ」

 そう言って盛姫は自分の着物の綻びの修繕あとに目を落とした。これは裁縫が得意な颯自らの手によるものだ。もし風吹であったらこのような女性らしい気配りを、といっても難しかっただろう。風吹はもっと大きな、男性的な仕事にその能力を発揮するのだ。

「風吹の佐賀行きは、神仏の思し召しだったのじゃろうな」

「姫君様?」

 盛姫の呟きの意味を理解できず、颯は小首を傾げる。

「今の黒門ではあれの能力を腐らせてしまう。きっと佐賀において風吹の能力が必要になるのじゃろう」

 盛姫は目を上げるとにっこりと颯に向かって微笑んだ。

「江戸でさえこのような動きがあるのじゃ。佐賀ではもっと大々的な、人間くさい動きがあるやもしれぬ。貞丸や風吹の知らせが待ち遠しいの」

 不謹慎な笑いを零す盛姫に対し、さすがに颯も窘めた。しかしこの盛姫の言葉は、想像以上の現実となって佐賀に現れることになる。



UP DATE  2010.09.22 

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今回から改革編に突入しました。そしていきなり怒濤の改革ラッシュ(爆)。これを表面上だけでも理解?するのに1ヶ月以上かかりましたからねぇ・・・・つ~か、ちゃんと理解しているんだろうか、自分(爆)。
とにかくぐだぐだと状況説明をしておりますが、『改革派が藩上層部を占領』&『知行米から給料制(しかも15~20%)に変更』くらいを理解して戴ければと・・・・・このあとにも均田制だとか加地子猶予だとか反射炉建設だとか外国との貿易だとか色々取り扱わなきゃならない懸案が(爆)。できるだけかみ砕いて『小説』にしたいと思っていますができなかったゴメンナサイ(今の内に謝っておきます・苦笑)

佐賀藩は改革に成功した数少ない藩ですが、その理由としてうまく反対派を押さえたことと、妻・盛姫の協力があったことが成功の鍵なんじゃないかな~と思います。他藩でも改革に挑戦していますが、『ヨメの贅沢』によって挫折している藩が多いんですよね~。どうも世の旦那さんというか男性は女性に甘いようで・・・・・現代もあまり変わらないか(おいっ)。そんな中、経費削減に協力した黒門は非常に珍しい存在なのかもしれません。


次回更新は9/29、城の再建開始なのですが意外な手助けが登場します。
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