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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第二章

夏虫~新選組異聞~ 第二章 第二話 その名は、新選組・其の貮

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いつもより赤みを帯びた二十日月が京の空に昇り始めた頃、黒谷の西高麗門の通用門からひとつの陰がするりと中に入り込んだ。勝手知ったる我が家とばかりに僅かな月明かりのみでずんずんと奥へと入ってゆく。そして御影堂に入り込むとそのまま公用方・広沢の部屋の前まで入り、そのまま廊下に膝をついた。

「広沢様、お待たせしました・・・・・。」

 低いながら、よく通る声が広沢に呼びかける。もしこの場に新選組隊士がいたらその耳を疑うであろう。その声は新選組隊士の、ある人物の声そのものであったのだ。

「気にすることはない、これも仕事だ。それにこの時間にやってくると言うことは知らせるべき事があると言うことだろう。中に入れ。」

 広沢は自分を訪ねてきた陰に対して室内に入るよう促した。

「では失礼します。」

 姿を見せていながらその男は気配を全く感じさせず、広沢の前に控える。その存在感の無さこそが彼を間者たらしめているのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、いつもながらその気配の消し方に広沢は内心舌を巻く。

「・・・・・では、報告を聞こうか。」

 広沢はほんの少し目を細めながらその陰を見つめる。だが、その陰は身じろぎもせず広沢の前に控えていた。

「新選組の名を賜ったあとの、奴らの、特に芹沢の反応は如何ばかりだったか・・・・・・・斉藤一。」

 行灯の仄かな灯りに浮かび上がったその顔は、新選組副長助勤・斉藤一のものであった。何故彼がこの場にいるのか---------新選組の幹部達が知ったら驚愕するであろう。

「会津にとってはあまり芳しくありませぬ。芹沢鴨、あの者を野放しにしておけばいずれ会津にとって不都合が起きるでしょう。今夜も水戸の藩士と会合を開いて・・・・・。」

 静かに、だがよく通る斉藤の報告は夜が更けるまで続いた。



 斉藤一の密やかな動きなどつゆ知らず、新選組の名前を賜った芹沢以下隊士達は休む間もなく捜査にかり出された。天誅組の乱に乗じて挙兵を計画している疑いのある攘夷志士・平野国臣の捕縛を命じられたのである。

 平野は福岡藩の足軽であるにも拘わらず、八月十六日付けで学習院出仕に任ぜられた人物である。八月十八日の政変前の学習院は三条実美を中心とする攘夷派公卿の政策決定の場となっていた。それ故に学習院出仕に任じられると言うことは足軽身分の平野としては相当な大抜擢であったが、これは天皇の大和行幸、それに続く挙兵の動きを見越してのものであった。
 だが、三条らの思惑を超え、天誅組は大和国五条天領の代官所を襲撃してしまったのである。これは予定にない挙兵だった。
 この暴挙を止めるため平野は翌十七日、三条から中山忠光、吉村寅太郎らの天誅組の制止を命じられる。その命令に従って国臣は二日後の十九日に大和五条に到着するが、その前日の八月十八日、政局は一変した。会津藩と薩摩藩が結託して八月十八日の政変を起こし、長州藩、そして三条ら攘夷派公卿を追放してしまったのである。
 政変の知らせを聞いた平野は急ぎ京へ戻るが、すでに京の攘夷派は壊滅状態になっていた。平野は未だ大和で戦っている天誅組と呼応すべく画策、但馬国の志士北垣晋太郎と連携して生野天領での挙兵を計画し始めていたのだが、その情報は京都中に捜査網を広げていた会津、そして薩摩の知るところとなり新選組に捕縛命令が出たというわけである。。
 もちろんこの機会を利用しないわけがない。八月十八日の政変で得た評価をさらに確実なものにしようと新選組は意気揚々と潜伏先と目されている山中成太郎宅へ向かっていった。



「誠忠・・・・・・もとい新選組だ!ご用改めを行う、神妙にしろ!」

 山中成太郎宅を急襲した際、思わず誠忠浪士組と名乗りそうになり、沖田は慌てて言い直した。だが相手もその初めて聞く名前にきょとんとしている。それもそうだろう『新選組』という名は今日始めて名乗るのである。双方馴染みのない名前に戸惑っているのは火を見るよりも明らかであった。

「・・・・・何かシマらないですよねぇ。誠忠浪士組、の方が良いと思うんですけどねぇ。」

 周囲に聞こえぬよう沖田は口の中でぶつぶつ呟く。当たり前と言えば当たり前なのだが『新選組』という名前に借り物的な感情がぬぐえないのである。そのうちこの名前にも慣れるかもしれないが、そうなると上洛した当初の気概や積み重ねてきた苦労も忘れてしまいそうな気がしてしまう。そんな沖田の感傷的な思惑など置き去りにされたまま、新選組による乱暴すぎる捜査は始まった。

「おい!こっちにもいないぞ!」

 襖を壊しそうなほどばんばんと開け放ちながら藤堂が叫ぶ。

「おかしい・・・・・昨日ここに入ったっていう情報は嘘だったのか!畜生!」

 二階を探していた野口も抜き身を片手に一階にいる芹沢らに報告する。そんな調子であちらこちらを家捜しをする新選組に対し、さすがに主の山中が苦情をを申し立てた。

「あんさんら一体どこの藩のお方でっか?いくら何でも乱暴過ぎやおへんか!奉行所を通じて訴えますえ!」

 苛立ちを顕わにした山中に対し、こちらも苛立ちを顕わにした土方が言い返す。

「やかましい!会津藩預り誠忠浪士組改め新選組だ!文句があるなら黒谷へ申し出やがれ、こん畜生!」

 その一喝を聞いて山中の顔が突如青ざめた。

「み・・・・・・壬生浪・・・・・・!」

 自分の屋敷を家捜ししているのが悪名高い壬生浪士組---------新選組と名前を変えているが中身は壬生浪士組である---------だと知り、がたがたと震え出す。

「・・・・・やっぱり浪士組の方が通りが良いんですね。」

 山中の反応を見つめながら、人ごとのように沖田はため息を吐き、家捜しに加わった。上洛して半年、壬生浪士組の名は攘夷派志士を中心に京都中に広まっている。陰で『壬生狼』と蔑まれることはあってもそれは同時に自分達が驚異として認識され始めた代償だとむしろ誇りにさえ思っていた。しかし『新選組』という平凡な---------新たに選ばれた組、なんていうどこにでも転がっていそうな、毒気の欠片も無い名前では、相手を名前だけでおののかせることさえ叶わない。

「以前のように名を名乗っただけで相手がおとなしくなってくれるようになるまでどれくらいかかるんでしょうかねぇ。」

 家捜しに加わった沖田が床板を剥がしている永倉に尋ねる。

「半年はかかるんじゃねぇか。そもそも『壬生浪士組』が有名になりすぎてるしよ。」

 その返事を聞いて沖田はほんの少しだけ眉を潜めた。

「『壬生浪士組』はまずいですよ。土方さんのお目玉を食います。」

 あくまでも自分達は『誠忠浪士組』だと言い続けているが、実際は壬生浪士組と呼ばれていることは隊士全員が知っている。局長、副長の矜持に付き合うのもばかばかしいが、致し方がない。むしろ助勤達の方が大人なのかもしれない。

「やっぱり居ないぞ!すでにどこかに逃げている!」

 床下や天井まで探したが平野の姿はおろか、手がかりになるようなものさえ見つけることはできなかった。

「おい、あるじ!おめぇ、どこに平野を逃がしやがった!事と次第によっちゃあ首と胴が離れるぞ!」

 とうとう怒りを爆発させた芹沢が鉄扇を振りかざしながら主の山中の方を振り向く。

「もう・・・・・町人に対してそう言う脅しを・・・・・・。」

 沖田は天を仰ぐが、芹沢は鬼のような形相で山中に詰め寄ってゆく。

「へ、へぇ・・・・・・き、昨日の夜祇園に行ったっきり・・・・・・そろそろ帰ってくるんやないかと・・・・・・。」

「・・・・・間違いなく逃げられたな、こりゃ。」

 永倉がぽつりと呟いた。少なくとも新選組がここに押し入る前であれば平野はすんなり帰ってきたであろう。しかし家宅捜索を始めて半刻・・・・・・花街から帰ってくる頃合いの時刻になってもその様子を見せないと言うことはすでにこの騒ぎを聞きつけ、別の場所に逃げている公算が強い。

「この店の他に奴が潜伏しそうな場所に心当たりは!」

 芹沢が山中の襟首を掴み、噛みつかんばかりに顔を近づけ脅かす

「い・・・・いいますから・・・・・・首を・・・・・くる・・・・し・・・・・。」

 ばたばたと手を動かし始めた山中の襟首を掴んでいた手を芹沢は喋れる程度に緩めた。

「ぶ・・・・・豊後屋はんは・・・・・・攘夷志士を贔屓にしてはります。たぶん・・・・・そこやないかと・・・・・。」

 このような目に遭いながら告白している証言に嘘は極めて少ないだろう。それに豊後屋は長州を始めとする攘夷派を支持している事で有名である。

「よく言った。だが嘘だったら承知しねぇからな!覚えておけ!」

 芹沢は捨て台詞と共に勢いよく山中の襟首を離し、山中を床に転がした。その拍子にしたたかに腰を打ち付けた山中は腰を押さえながら床に踞り呻き続ける。

「者ども!壬生に引き返すぞ!」

 床に踞る山中をそのままに、芹沢を先頭に新選組は壬生へと引き返していった。



 豊後屋には数名の隊士を見張りに出し、本隊は一そのまま壬生へと引き上げた。

「大和で挙兵をした者達が京都に入り込んだとなるとしばらくは休みなしで働くことになりそうだな。」

 だらしなくごろんと縁側に寝転びながら、原田が呟く。深まる秋の風に乗り、染まり始めた紅葉がひらひらと舞い落ちる中、その美しさを愛でる余裕は彼らにはないらしい。

「ああ、これじゃあ馴染みの娼妓のところへも行けやしねぇ。」

 隣に座った永倉の愚痴に原田と沖田、そして藤堂は思わず吹き出した。

「へぇ、そんな妓、いつのまに作りやがったんだよ。最近まで『京都は馴染みを作らなくても文句をいわれねぇ。』と嬉々としていやがったのに。」

 原田が半分からかうように永倉に尋ねると、意外と真面目な表情で永倉は言葉を返してきたのである。

「最初はな。だけどよぉ、相性ってもんがあるだろうが。それにその妓が長州の野郎と繋がっていないかどうかっていうもの気にしなきゃいけねぇし。」

 永倉は声を潜めながら原田にぼやいた。仕事柄隊内の機密事項については慎重に扱っているが、何人かの娼妓を抱いた際、さりげなくそれを聞き出そうとする者もいたのである。原田や土方は逆に敵方のことを聞き出せるかもしれないとあえてそういう娼妓を抱いていたが、永倉はそれができず、どうしても『安全な』娼妓に流れてしまう。

「意外と気がちいせぇんだな、新八はよ。それでも男か?」

「何を!おめぇみたいに何でも良いってわけじゃねぇんだよ!」

 原田の冗談半分の侮辱的な言葉に永倉は拳を振り上げたが、原田はそれをひょいっ、と軽々とよける。その様子を見ていた沖田や藤堂、そして周囲にいた隊士達からは大笑いが沸き上がったのだった。



 だが、そんな冗談を交わせたのもたった一日だけだった。豊後屋を見張っていた隊士が平野らしき人物の豊後屋入りを確認し、屯所に知らせてきたのである。

「いいか!今度こそ平野を捕まえるぞ!」

 芹沢の声が屯所中に響き、その場にいた隊士達は有り余る力を爆発させるかの如き雄叫びを上げた。新選組として二番目の出動---------こうやって新選組としての実績を積み上げていくのかと沖田は出動の隊列の中、とりとめもなく思ったのだった。



UP DATE 2010.09.24


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『その名は、新選組』其の貮です。名前が変わって初めての出動ですが、そうそう変更した名前を名乗れませんよねぇ(笑)。いきなり会社が合併して名前が変わっちゃいましたv的な感じなんでしょうか・・・・そんな戸惑いを少しでも感じて戴けたらと思います。

新選組の名前で再びキャリアを積み重ねていこうとする彼らですが、その中に不穏分子が・・・・・斉藤一については諸説ありますが、この話においては会津隠密説を採らせて戴きます。そして斉藤の報告が芹沢の運命にどう関わってゆくのか・・・・これはもう少しお待ち下さいませ(^^)。


次回更新は10/1、再びの出動&新選組として初めての手柄の話になります。
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