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「葵と杏葉」
葵と杏葉・改革編

葵と杏葉改革編 第四話 大塩の乱・其の壹

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 斉正が佐賀へ帰国した直後から恐れていた問題が表面化した。前年の冬が異様に寒かったのに続き、年が明け春になってもなかなか気温が上がらず、佐賀藩を始め各国の米の成長が著しく遅れ始めたのである。
 その影響は収穫が見込まれる七月から徐々に現れ始め、秋の終わりを迎える九月には卸値で一石に付き四十匁近く米相場が高騰してしまった。
 勿論小売値はさらに価格が吊り上がり、さすがにその日暮らしをしている者達は食うものに困り始めてしまう。それでなくても食料を求め、地方から江戸に流入してくる窮民たちも大勢いるだけに、江戸の食糧事情はさらに悪化してゆくのだ。
 そんな状況に対し、幕府は日々の生活に困っている窮民に米や銭の支給を七月十二日から始め、市中二十一ヶ所に六千人ほどを収容できる御救小屋を設置したが、救済者は七十万人を越えてしまった。そしてこの救済に当てられたのが他でもない佐賀の上米であった。

「父上の命の”かた”として上納した米が窮民を救済する事になるとは・・・・・・二万石がこれほど多くの命を繋ぐとは思わなかった」

 と、のんきな事を言っているのは勿論斉正だけであり、茂真以下新たな藩幹部たちはこの米を正規の値段で売る事が出来ればと歯ぎしりをする。

「今月は一石につき九十匁を越えて百匁に迫っております。肥前や加賀などの高級米は百二十匁になっているとか・・・・・・来年の夏には絶対に百五十匁で売る事が出来たはずですよ!」

 茂真と共に斉正の前にやってきた中村が悔しそうに文句を言う。百五十匁ならばおおよそ前年の二倍の価格になる。同じ量の米が二倍の金になる機会を幕府に奪われてしまったのだから悔しがるのも無理はない。しかも今年は佐賀も不作に悩まされているのだ。売る事が出来る米などたかが知れている。

「中村の言うとおり借金返済を考えれば米が高く売れるのは非常にありがたいが、それよりも心配なのが領民達だ。我が藩は御救小屋をこれ以上設置しなくて本当に大丈夫なのか?」

 江戸だけでなく他藩でも飢饉のための御救小屋を増やしていると聞いているが、佐賀藩は城下に六カ所程度しか用意していないのだ。斉正が心配するのも無理はない。

「殿、ご安心を。領民に対しては代官を通じて救荒作物の栽培を推奨していますし、稗や粟に関してはまぁまぁ収穫が見込まれるので飢え死にが出る事はないと思われます。加地子料の支払いにやや問題があるでしょうが」

 茂真が面白くなさそうに進言する。こんな状況でも地主達は土地の借用費――――――加地子を搾取するのだ。

「・・・・・・築城の規模を縮小し、年貢の比率を少し落とせば飢え死には出ないでしょう」

 これも同席していた井内が答えた。斉直を騙すために設計した能舞台は元々建築する気は無かったが、それ以外に大溜、外御書院などもまだ建築が終わっていない。今ならば変更する事も可能である。

「だったらまだ作っていない大溜と外御書院の工事は中止してしまおう。それと内装の工事は来年に持ち越しだ。とりあえずあそこまで作っていれば多少工事が遅くなっても問題は無いだろう」

 元々城の再建を焦っていなかった斉正の機転は功を奏した。城再建を焦らなかった事で領民は飢えることなく、無事に一年を越せたのである。だが、よく言えば柔軟、悪く言えば藩主の威厳を損なう、非常識な行動とも取れる暴挙に打って出る事が出来る藩は極めて少ない。
 そしてそれは幕府も同様であった。虚栄を張り、面子にこだわる事を捨てられなかった幕府瓦解の芽は一人の男が計画した反乱によって芽吹く事になる。



 そもそも米相場高騰の原因は、冷害に遭いながらもかろうじて実りかけた稲穂を、八月の風雨が襲いかかった事にあった。なまじ刈り入れ直前だっただけにその衝撃は大きすぎる。しかも風雨被害は全国に広がり、ここ数年の飢饉の中で最大になったのだ。

 そんな状況にさらに追い打ちを掛けるように、九月四日、将軍徳川家斉が来年四月に隠居する事を宣言、世嗣・徳川家慶の将軍相続が決定したのである。
 さすがに将軍家の家督相続ともなれば届け出だけで済ませる事は出来ない。それなりに盛大な儀式を執り行わなければならないのである。五十年ぶりの家督相続でもあり、将軍家の威信をかけた儀式は華やかに、というのが幕府の考えだ。だが、数年来の飢饉が続く中、年貢収入も当てにはならず、儀式に必要な食材を集める事さえ一苦労である。

「まったく・・・・・・よりにもよってこのような大飢饉の最中に派手派手しい儀式をせずとも良いのに。父上は阿呆ではないのか?」

 大奥でその事を御台所の口から聞いた際、思わず盛姫が呟き颯に窘められたが、盛姫の呟きは大多数の人間の本音であった。

「江戸内湾四十四浦に対し、将軍補任大礼用の活鯛五千枚の上納しろというのは狂気の沙汰じゃ。江戸前の鯛を取り尽くすつもりなのか、父上は。これを阿呆と言わずに何と言うのか?呆れ果ててものも言えぬわ」

 そうまくし立てると、盛姫は溜息をついた。海の幸は陸の飢饉とは直接関係無いと思うが、問題はその陸の幸――――――米を始めとする農産物である。

(単に金子がないと言うだけなら問題はないが、無いものを無理矢理領民から奪い取る事になったら、一揆や打ち壊しが増加するのでは?)

 何となく感じる嫌な胸騒ぎを盛姫は表に出さないように努める。御台所も、そして他の者達も儀式の食材に関して不安を言い立てないところを見ると、多分儀式の食材の当てはあるのだろう。そう信じなければ兄・家慶の将軍就任も祝う事が出来ないと盛姫は心の中で呟いた。



 そう確かに儀式の食材、そして費用の当てが幕府にはあった。しかしそれは大阪の民を、そして経済を犠牲にした上に成り立つものだったのである。



 この将軍家の家督相続の為の儀式を一手に任されていたのは、老中・水野忠邦であった。先の仙石騒動で名をあげ、急激に頭角を現したこの男は佐賀の隣にある唐津藩の出で、藩主・水野忠光の次男として生まれた。

 兄が早世した為に水野は文化九年に家督を相続、四年後に奏者番に出世するのだが、この上昇志向が強い男がこの身分に甘んじる理由は無かった。忠邦は奏者番以上の昇格を望んだが、唐津藩が外様大名であり、担っている長崎警備の任務が昇格に障害が生じると知るや、家臣の諫言を押しきって文化十四年九月、実封二十五万三千石の唐津から実封十五万三千石の浜松藩への転封を自ら願い出て実現させたのである。

 その後、将軍・家斉の許で頭角を現し、文政十一年に西の丸老中となって将軍世子・徳川家慶の補佐役を務めた後、天保五年に前任者・水野忠成が病没したのを受けて本丸老中に任ぜられ、現在に至る。



 そんな遣り手の水野であったが、さすがに今回の将軍代替わりの儀式には頭を悩ませた。威厳を保つ程度の儀式であっても資金が足りず、飢饉で年貢収入さえままならない状況――――――そこで水野が目を付けたのが、天下の台所・大坂だったのである。大阪に集まる米を吸収し米相場を吊り上げた後、高値になったのを見計らって米を放出しようと考えたのだ。

 そうと決まれば行動は迅速である。大阪東町奉行に就任していた矢部定謙を早々に江戸に帰し、自分の実弟・跡部良弼を東町奉行として大坂に派遣した。そして東町奉行に就任した跡部は兄の意志を汲み行動を開始したのである。

 大坂市中や近在の米の値段が暴騰するのを尻目に、『将軍交代の準備』という名目で豪商の北風家から米を購入し、その買い占めた米を江戸へ廻送し始めた。その動きを読み取った利に聡い市中の豪商たちも、跡部に乗じてで米の値段を吊り上げにかかり始めたのである。二ヶ月の間に四十匁という異常な米相場の高騰のもう一つの理由がこれである。天災だけでなく、人為的な要因が加わってしまってはどうする事も出来ない。

「一体この米相場の暴騰は何なのだ!」

 たまたま佐賀城本丸再建計画練り直しのため斉正を訪ねていた茂義が、米相場の高騰を知り声を荒らげる。

「佐賀米で百十匁だと!この状況では加賀や肥後の米は百五十匁を越えているだろう。いくら飢饉だからってここまで相場が高騰するのは異常すぎる」

 確かに飢饉ではあるが、ここまで急激な上昇があれば幕府が規制に乗り出すはずだ。しかし、幕府がこの件に関して動き出す様子がない。

「あくまでも噂の域を出ませんが、大阪奉行が一枚かんでいるらしいですよ。『将軍交代準備』と称して米を買いあさっているとか・・・・・・これは間違いなく相場を操作しているんでしょうね」

 あくまでも予想の域を出ませんが、と前置きした上で茂真が持論を唱える。

「さんざん値をつり上げておいて一気に売り払う、てところか」

 たぶん茂真の予想は当たっているのだろう。一石に付き十匁相場が上がったとしても一万石で十万匁の利益が見込まれる。

「でなければ儀式に必要な費用は賄えないでしょう。我が藩としてもこの茶番に巻き込まれるわけにはいきませんので、早々に販売できる米は売り払うつもりです」

「勿論大阪・・・・・・か?」

 茂義は身を乗り出し、声を潜める。

「当たり前です。いくらこの七月に江戸への白米廻送が自由になったからと言っても、大阪の方が高く買い取ってくれますからね。それに大阪で放出すれば少しは大阪の民の口に米が入るかもしれませんよ。まぁ、焼け石に水、というより水滴と言った方が良いでしょうけど」

 大阪の民、と言った茂真の言葉に影が差す。この米相場高騰を受けて、大阪は極めてひどい状況に陥っているという噂が入ってきているのである。

「・・・・・・返す返すも幕府に上納した二万石が惜しいな」

「そう言うな、茂義。あれはあれで江戸窮民の命を繋いだのだから」

 斉正は茂義を押しとどめる。

「どうせなら大阪の窮民に恵んでやりたかったものだが・・・・・・大阪はお救い小屋さえ無いと聞く。大規模な打ち壊しなどに発展しなければいいのだが」

 多分大丈夫だろうが、と斉正は周囲を心配させまいと楽観的に言ったが、得てして悪い予感というものは当たるものだ。後に佐賀藩も大阪に軍を派遣する事になる騒動が勃発したのはこの三ヶ月後のことであった。



 飢饉だけでなく、経済恐慌に陥っていた大阪において一人気炎を上げていたのは、大阪東町奉行の元与力・大塩平八郎という男である。

 『民政の平八郎』の二つ名を持つ大塩は陽明学者としても極めて有名な人物であり、その噂を聞きつけた老中・大久保忠真が『江戸へ来て政見について意見を聞かせてくれ』とまで望んだ人物である。それが実現すれば間宮林蔵や川路聖謨のように彼もまた幕府に協力した有能な人物として名を残していたかもしれない。
 しかし大塩の生真面目すぎる性格が嫌われたのか、それとも別の理由があるのか、この話はいつの間にか立ち消えになってしまった。後に大塩が書いたと言われる檄文に大久保が無尽に手を出していたと水野忠邦らと共に名指しで指摘していたから、もしかしたら潔癖な大塩からこの申し出を断ったのかもしれない

 清廉潔白、そして民衆の生活を思いやる大塩が現状の大阪を黙って見過ごす事など出来なかった。米の小売値は、六~七倍に跳ね上がり、一部の裕福な商人以外は食うや食わずの生活を強要された。
 物乞いで食いつなごうとしても飢饉で皆食べるものに事欠く状態である。誰も食べ物を恵んでやる事が出来ず、大阪市中だけで餓死者が五千人に達してしまった。
 それでも僅かな米をやっとの思いで手に入れても、それさえも奉行所の同心達が闇米だ、規則違反だ捕まえては牢屋に送り込むという地獄さながらの状況が大阪市中で繰り広げられた。

 冬が深まるにつれさすがに跡部もこれはまずいと思ったのだろう。形ばかりの御救小屋を建てて窮民を救済したが、それさえも『鳩の餌』と揶揄される程度でしかない。
 だが、これが『天下の台所』の中心部である大阪市街の話、まだましな方なのである。大坂近在の村々はどこからも米が入らず、しかも救済の手も届くことなくもっと悲惨な状況だったと伝えられている。

「せめて庶民の腹の足しになってくれれば・・・・・・」

 そんな状況を嘆いた大塩は仕方なく自らの蔵書数万冊を全て売却し、得た資金を持って救済に当たったが、これをも奉行所は大塩の売名行為とみなし、警戒を強めたのである。

「こんな奉行が大阪にのさばっていたら、大阪は廃れるどころか死の町になってしまう!」

 さすがに業を煮やした大塩は武装蜂起をすることを決断した。武器を揃えるために家財を売却し、妻に累が及ばぬよう離縁した上で大砲などの火器や焙烙玉を整えた。
 勿論個人では戦えないので『一揆の際の制圧の為』として自らの私塾の師弟に軍事訓練を施した。さらに『豪商らに対して天誅を加えるべし』と自らの門下生と近郷の農民に檄文を回し、金一朱と交換できる施行札を大坂市中と近在の村に配布、以下に引用した決起の檄文で参加を呼びかけのである。


『天より被下候 村々小前のものに至迄へ  四海こんきういたし候ハゝ天禄ながくたゝん、小人に 国家をおさめしめば災害并至と、昔の聖人深く 天下後世、人の君人の臣たる者を御誡被置候ゆヘ、 東照神君ニも、鰥寡孤独ニおひて尤あはれみを加ふへくハ是仁政之基と被仰置候――――――』


 その一方で大坂町奉行所の不正、役人の汚職などを訴える手紙を書き上げ、これを江戸の幕閣に送っていた。

「せめてどちらかだけでも思惑通りになれば――――――」

 軍事蜂起が成功するかは判らない。江戸の幕閣に出した手紙も取り上げて貰えるか甚だ怪しい。しかし動き出してしまったものを止める事はもう出来なかった。
 決起の日を新任の西町奉行堀利堅が東町奉行の跡部に挨拶に来る二月十九日と決め、同日に両者を爆薬で襲撃、爆死させる計画を大塩は立てた。


 これが幕府役人による前代未聞の争乱、『大塩平八郎の乱』の始まりである。



UP DATE 2010.10.13


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UP時間ぎりぎり1時間前に書き上げました、『大塩の乱・其の壹』・・・・・タイトルも予定と変更です(^^;
このタイトル変更に現れているように私、『大塩平八郎の乱』を舐めておりました。だって学校の授業でも大して説明してくれないしぃ~、確かに幕臣が打ち壊しを計画するのはどうかと思いますけどこれが幕末への流れを作ってしまった事件だとはちっとも思わなかったんですもの~。そんなもの、学校の授業で5分しかやっていない(ノートに2,3行くらいしか書いてない)のに判るはずないじゃないですか(笑)。

まぁ、自分の勉強もかねて大塩の乱はちょっと腰を据えて扱ってゆきます。佐賀藩にも出動命令(実際出動したかどうか不明)が出ていたようですし、先日登場した江川英龍や『雪華の君』で登場した土井利位も大活躍しますので(特に土井利位は大阪城代として大塩平八郎と真っ向から戦います)ちょっと本筋から離れるけど必要かな、と。火器も登場する戦闘シーンがありますが宜しかったらお付き合いのほどよろしくお願いいたします。


次回更新は10/20、大塩の乱、戦闘本番になります。
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