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「葵と杏葉」
葵と杏葉・改革編

葵と杏葉改革編 第五話 大塩の乱・其の貳

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 大塩平八郎の乱、もしこの乱が成功していれば、直後に起こるモリソン号事件と相まって日本の開国はもっと早かったかも知れない――――――この企てはそれほど大きなものであった。
 しかしその大きさ故に、この計画に恐れを成すものも大塩の配下に少なからずいたのである。大阪両奉行を爆死させるという、前代未聞の武力蜂起に罪悪感を感じた一人が、仲間に知られぬようこっそり大阪東町奉行所に大塩の計画を密告したのは武力蜂起の十日前の事であった。



 大塩が武力蜂起する事、そして幕府の不正を暴き立てる檄文がすでに江戸に向かっている事は大阪東町奉行所からすぐに大阪城へ通達された。それを受けた大阪城代・土井大炊守から大阪に蔵屋敷を持つ各大名に武力蜂起に備えて出兵要請が出された。その中には勿論佐賀藩も入っており、しかも『可能なれば鉄砲も持参せよ』とかなり深刻な内容である。

「雪の殿様、もとい土井大炊守からの出兵要請ですって!」

 請役である茂真からの報告を聞き、普段は穏やかな斉正も思わず大声を上げてしまった。

「この太平の世に自国の一揆や打ち壊しならいざ知らず、天領の打ち壊しに対して出兵要請、しかも鉄砲を持ってこいなんて・・・・・・何かの間違いじゃないんですか、兄上。雪の殿様は冗談がお好きだから・・・・・・」

 平和なこの時代に何を血迷った事を、と斉正は笑い出したが、茂真はまじめな顔で首を横に振り、大阪城代・土井大炊守からの書状を見せる。

「首謀者の大塩は己のつてを駆使し、大砲などの火器を集めているそうです。大阪城代としては大砲でも構わない、というのが本音でしょうけどさすがに天領に我らが大砲を持ち込むのは法度に触れますゆえ」

 最も我が藩には大砲のような贅沢品を買う金もありませんが、と茂真は苦笑いを浮かべる。

「日常の事件、訴訟に忙殺され大砲どころか銃の鍛錬さえままならない奉行所の役人では対抗するのは難しいでしょう。間違いなく我らが求められているのは我らの銃とその腕――――――幸い城の再建が止まっている状況ですので、『再建責任者』殿に大阪に出向いて様子を伺ってきて貰いましょう」

 城再建の責任者――――――すなわち武雄領主・茂義の事である。確かに幕府の密命を受け砲術の訓練を実際に行っているのは茂義であるし、一番の適任であろう。

「しかし、茂義に万が一何かあったら・・・・・・」

 大砲を持つ相手に茂義を鉄砲で立ち向かわせなくてはならないのかと斉正は不安を訴える。

「その時は幕府が倒れるときでしょう。まぁ大炊守の事ですので、大事を取って我らに要請を出しただけだと思いますよ」

 茂真は斉正を安心させようとにっこりと笑うが、実のところ事態はかなり深刻であった。

(武雄の悪運の強さは尋常じゃないから問題ないと思うが・・・・・・この武力蜂起、大阪だけで済めばともかく、この騒動が佐賀に波及する可能性もある)

 その時には領民に対し銃口を向けなければならなくなる。それだけは絶対に避けたい。この件に関しては斉正や自分よりもむしろ茂義の方がうまくやってくれるかも知れないと、茂真は早々に茂義の屋敷へと使いを出した。



「・・・・・・風吹、しばらくの間大阪に出向く事になった。明日には佐賀を発つ」

 茂真からの連絡を受けた茂義は深刻な表情で離れにいる風吹の許へやってきた。

「また急な・・・・・・大阪というならば蔵屋敷で何か問題でも?」

 風吹が尋ねるが、茂義はなかなか重い口を開こうとしない。

「はっきり仰ってくださいませ!まったくうじうじと女々しいったら!」

 棘のある風吹の一言に茂義は怒りを露わにし、風吹に詰め寄った。

「やかましい!ったくちょっと気を遣おうと思えばこれだ・・・・・・おまえ、大塩平八郎という男を知っているか?」

「あの『民政の大塩』のことでございますか?上方に不浄役人の出ながら素晴らしい陽明学者がいるとは風の便りに・・・・・・」

 おぼろげな記憶をたぐり寄せながら風吹は茂義の問いに答える。

「その大塩が幕府に対し謀反を起こそうとしている。しかも大塩が出した檄文には、老中を始めとする幕府の要人の不正が書かれていると言うらしい」

 茂義の言葉に風吹の表情も強張った。

「幕臣でありながら何という・・・・・・恐ろしい」

 百姓や町人の一揆や打ち壊しは珍しくないが、武士の、しかも幕臣の反乱など考えた事もなかった風吹は愕然とする。

「大阪城代の命令もあるし、現場の状況も偵察しておきたい。万が一を考えて鉄砲隊を二十名ほど連れて大阪に行ってくる。無駄足になってくれれば御の字だが」

 できれば決起予定の二月十九日に間に合わせたいのだが、すでにその日は五日後に迫っている。一日で鎮圧できる暴動ならともかく、騒動が大きくなった場合を考えれば鉄砲隊二十名も極めて心許ない。しかし茂義一人に対し従者として連れて行けるのはこの人数が限度なのだ。

「多分土井大炊守殿の手助けをする必要は無いだろうが、暴徒から蔵屋敷だけは守らねばならない。佐賀の領民が苦労して収めた年貢を奪われて堪るか!」

「鉄砲隊などと・・・・・・若殿や、いいえそもそも大阪城代の許可は取ってあるのですか?」

「勿論得ている。しかし・・・・・・さすがに四年間修行しているから部隊としても何とかなると思うが、実戦を経験していない分機能するかどうかが・・・・・・」

 急にむにゃむにゃと歯切れの悪くなった茂義に対して風吹が怒鳴りつける。

「役立たず!そんな事で若殿や大樹公をお守りできるとでも思っているのですか!ああ、情けなや、驚異になるどころかものの役にも立たない鉄砲隊など!」

「使えないとは言っていないだろうが!ただ実戦を経験していないと言っているだけだ!」

 風吹と茂義の間で非常に間の抜けたやりとりが展開されていたが、これは要請を受けたどの藩でも同じことが言えた。太平の世になって久しく、生まれてからこのかた稽古以外で刀を抜いた事が無い武士が殆どであったし、江戸府内では『切腹の作法を知っている人間が居ない』と大騒ぎになり、他藩に切腹の作法を教えて貰ったという笑うに笑えない話があったばかりである。そんな中、あらかじめ幕府の密命により鉄砲を購入、訓練をさせていた佐賀・武雄はまだましな方だったのである。
 それでも各藩の蔵屋敷に詰めている藩士達は武器を整え、来るべき二月十九日の武力蜂起に備え準備を整えていった。



 内通者が出てしまった事で大塩の計画は狂い始めた。関所の取り締まりが急激に厳しくなり、鉄砲の産地、国友村からの武器運搬が滞り始めた。さらに大塩の周りにも奉行所の同心達がうろつき始めたのである。さすがに元与力の大塩の屋敷に踏み込む事こそしなかったが、門弟達の幾人かが事情聴取をされ始めていた。そして極めつけが西町奉行堀利堅の新任挨拶が中止になったのである。

「先生!これは確実に気づかれております!跡部を爆死させる事は無理です!」

 新任挨拶中止の情報を聞きつけてきた門弟が、大塩の前に転がり込んできた。

「もはやこれまでか・・・・・・皆に伝えろ!明日の朝、この屋敷を爆破し火をかける!そしてそのまま東町奉行所に向かう!」

「承知!」

 大塩の命令を受けた弟子は大塩の言葉を伝達する為、即座にその場を飛び出していく。武力蜂起は充分な準備が出来ないまま決起の日を迎える事になってしまった。



 天保八年二月十九日未明、春風というにはあまりにも強すぎる風が吹く未明の事であった。突如天満方角に轟いた砲声に浪速の民の眠りは破られたのである。

「な・・・・・・何や?何が起こっとんねん!」

 寝ぼけ眼で家を飛び出した町人は天満の方向を見て唖然とする。ぼんやりと白み始めた空を紅蓮の炎が染め上げ、春の強風に煽られているのだ。

「あ、あかん!この風やったらすぐに火が回ってまう!はよ逃げな!」

 それは大塩平八郎が自宅に火を放ち、決起の砲撃をおこなった為に起こった火災であった。後に『大塩焼け』と呼ばれるこの火災は、春の風に煽られ瞬く間に大阪の町に広がってゆく。そしてその炎を背に大塩平八郎らその一党は大阪東町奉行所へ向かって進軍し始めたのである。

「大塩先生が救民のために決起したぞ!我こそはと思う者は味方に付け!身分は問わぬ!」

「跡部の好き放題やらせていたら大阪は死んでしまうぞ!跡部を退治するんだ!」

「豪商達も金儲けのために跡部の尻馬にのかって米相場を吊り上げた下手人だ!天誅を下せ!」

 着込みの野袴に白木綿の鉢巻を巻いた総大将・大塩を先頭に、『天照皇太神宮』『湯武両聖王』『八幡大菩薩』『東照大権現』などと書かれた旗を手にした弟子達が後に続く。
 さらに『救民』と大きく染め上げられた幟を手にした弟子達が民衆を煽るように声を張り上げ、川崎東照宮に一旦集合したのである。そこにはすでに隠してあった大砲二門が鎮座している。

「いいか!相手は大阪町奉行だ!いくら大砲を持っているからと言って油断するんじゃないぞ!これは命がけの戦いだと言う事を忘れるな!」

「おう!」

 大塩の檄に集まった門弟や食糧難に喘いでいる近隣の百姓、そして虐げられている被差別民らが応える。その姿はまちまちで、陣羽織を着ている者、はっぴ姿の者、火事頭巾を被っている者など多彩だ。それぞれ槍や刀や長刀、中には武器が手に入らなかったのか、鍋や釜など家にある武器になりそうな物をとりあえず手にしている者も何人かいた。
 そしてある程度の人数が集まった後、大塩軍は東町奉行所に向かって南下を始めた。騒ぎを聞きつけて集まってきた町人達をも吸収し、その規模をどんどん大きくなってゆく。
 淀川に架かる天満橋筋を南下して天満橋までやってきた軍団はここで橋を渡らず、西に進路を変え天神橋を目指した。だが天神橋はすでに幕府によって落とされており、渡る事は不可能になっていたのだ。ざわざわとざわめく集団に対し大塩は良く通る声で皆に命じる。

「渡れないものは仕方がない、難波橋まで下るぞ!」

「おうっ!」

 大塩軍はそのまま淀川沿いを西へ向かい難波橋を南下、北船場のさしかかろうとした昼頃には途中で加わった町人達を含め総勢三百人の大部隊になっていた。

「跡部の尻馬に乗っかった奴らの家や!ここもやったれ!」

「そうや!ここにある米と金はわてらから奪い取ったもんなんやから構わへん!」

 北浜・北船場に入った軍団は、鴻池屋などの豪商の家に次々と火矢を放ち、さらに棒きれやその他の武器で襲撃して回っていく。集団は暴徒化し、首謀者である大塩も制御出来なくなりつつあった。



 その頃大阪城では出陣準備が整った幕府軍が今か今かと待ち構えていた。その中には佐賀藩蔵屋敷から出張ってきた藩兵達もいる。

「城代様!大塩一党は現在北舟場にて襲撃をしております!こちらにやってくるのは時間の問題でしょう!」

 諜報の報告を聞き、土井はうむ、と頷き采配を高く掲げる。

「出陣!幕府の威信を逆賊に見せつけるぞ!

「おう!」

 こちらもある意味寄せ集めであったが、さすがに武士である。長槍、刀、中には鉄砲を手にして整然と土井に従ってゆく。普段刀さえ抜いた事が無い者達とは到底思えなかった。
 そんな幕府軍と大塩軍が激突したのは大塩軍が高麗橋を渡った直後であった。

「砲撃開始!」

 土井の掛声と共に幕府軍の大砲が火を噴き周囲が轟音に包まれる。そして土井の采配が振られた瞬間、幕府軍の兵士と援軍の藩兵が一気に大塩軍に襲いかかった。

「あいつらに負けたらあかん!行くで!!」

 大塩軍も負けてはいない。刀や槍を抜き向かってくる幕府軍に果敢にも向かってゆく。そのまま両軍は入り乱れ壮絶な戦闘状態に入った。
 最初こそ互角の戦いだったが相手は武士であり、こちらは大塩とその門弟以外殆どが百姓や町民である。どんどんと劣勢になり、一人欠け、二人欠けと大塩軍は崩れ始める。

「あかんな・・・・・武器も、統制もあっちが上や」

 どんどんと広がってゆく火災の中、大塩の軍はその炎――――――『大塩焼け』ほどの勢いはすでに無い。そしてさらに追い打ちを掛けるように大塩軍に悲劇が襲ったのである。

「先生!田中と岩瀬が・・・・・・幕府軍の砲撃にやられて・・・・・・これ以上はもうあきまへん!焙烙玉も底をつきかけてます!」

 それは大砲による二度目の砲撃戦のことであった。とうとう大塩軍に死者がでたのである。

「判った・・・・・・皆!散れ!これ以上の攻撃は無理や!」

 すでに日は西に傾きかけていた。暮れなずむ大阪の町の中、大塩軍は人混みと忍び寄る闇に紛れ、散り散りに解散してゆく。大阪の町を焼き尽くし、争乱の渦に巻き込んだ大塩平八郎の乱の第一章はここに幕を閉じた。



 確かに大塩の乱は一旦終息を見せた。だがこの乱そのものはまだ解決を見ていなかった。幕府軍は首謀者の大塩を捕まえる事ができず以後四十日近く探索に当たる事になってしまったのである。
 幕府は威信をかけて大塩の探索を始めたが、その行方は杳として知れなかった。何と大塩は養子の格之助と共におよそ四十日余り、知人や武力蜂起に賛同した人々の助けを借りて大坂近郊各所に潜伏していたのである。

「せめて先に江戸に送った告発文が幕府に届けば少しは・・・・・・」

 大塩は最後の期待したのである。だが告発文はある事情により韮山代官・江川英龍の手によって大塩の期待とは違った形で幕府に届く事になる。


UP DATE 2010.10.20

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大塩の乱、本番でございます。私の文章だとそのすごさがいまいちよく判らないかも知れませんが(^^;)大砲まで飛び出し、大阪の町を火の海にしたかなり大きな乱だったようです。確かにこれは教科書に載りますね(笑)。
しかも大阪城代の兵だけでなく、蔵屋敷のある各藩からの援軍までこの乱の平定に参加していたとは今回調べるまで存じませんでした。歴史の授業はきちんと聞いていたつもりだったんですけどねぇ(理系のくせに)・・・・・やっぱり年表に残るほどの事件は奥が深いです。確かに現代の事件でも『これは歴史に残るだろうな~。』という事件はニュースの特集やワイドショーでたくさん取り上げても『新事実がっ!』的な見だして新たなネタが出てきますしね。

こんな中、次回は茂義や斉藤弥九郎の大阪入り、そして大塩の自決を取り上げたいと思うのですが、うまく取り入れられるかなぁ。これからの連載でも『授業で数行、実は大事件』というネタがじゃんじゃん出てきますので、そちらにあまり囚われすぎないように気をつけつつ、うまく話に絡めてゆきたいと思います。


では次回10/27の更新をお待ちくださいませねv
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