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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第二章

夏虫~新選組異聞~ 第二章 第六話 水戸派粛正・其の貳

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九月十三日----------奇しくも後の月見に当たるこの日、新見錦の通夜が八木邸においてしめやかに行われた。局長芹沢を始め水戸派の者達、そして壬生浪士組創立時からいた者達はさすがに沈痛な面持ちだったが、後から入隊した者にとって屯所に寄りつかなかった新見はあまり馴染みがなく、まるで他人事のような空気が漂っている。

「仮にもてめぇの隊の副長が『切腹』したって言うのに・・・・・あの気の抜け方はどうにかしねぇといけねぇな。」

 焼香を済ませると早々に前川邸に戻り『精進落とし』とばかりに派手な酒盛りをしていた平隊士達に一喝した後、八木邸に戻ってきた土方が沖田にぼやく。

「明日は我が身、だって自覚がちっともなってねぇ。」

「まぁまぁ土方さん。そうかっかしないで。本当ならば今日は十三夜の祝いだったんですから。」

 裏の事情が事情だけに、いつもにも増して神経質になっている土方を、苦笑いを浮かべながら沖田が宥めた。

「彼らにとって新見さんは自分達の上司と言うよりは『芹沢局長の知り合い』程度でしかないんですから。新見さんの死よりも芹沢さんの落ち込み様を心配していますからねぇ、隊士達は。」

 その瞬間、土方の瞳に暗い影が落ちる。

「それが厄介なんだよな・・・・・。」

 新見粛正後、黒谷に報告に出向いた近藤と土方、は公用方の広沢から日を置かずに芹沢らも粛正するように強く命じられた。

『四六時中行動を共にしている芹沢達でなく、花街を転々としている新見を先に殺るとは・・・・・躊躇する気は判らぬでもないが、貴様らには立場というものがあるのを忘れるなよ。』

 威しとも取れる言葉を広沢から叩きつけられ、二人は重い足取りで屯所に帰ってきたのである。

「芹沢鴨という大黒柱が無くなった後、元・百姓の俺らが隊をまとめていくのは極めて難しい・・・・・尤も、会津の狙いはそこなのかもしれねぇが。」

 日常生活、特に酒が入ったときの行動に問題はあれど、筆頭局長としての芹沢鴨の偉大さは誰もが認めるところである。芹沢という求心力が無くなれば、間違いなく新選組は崩壊するだろう。
 今のままの近藤や土方では間違いなく隊を崩壊の危機に追い込み、会津に泣きつきかねない。そうなれば会津の発言力、影響力は今以上に強くなるのだ。五十名を超える武闘集団、しかも藩士を向かわせるには危険な仕事に携わせ、自分達の思い通りになる集団は魅力的なのだ。だが今のまま芹沢が『頭』では会津の思い通りにならない。新選組の戦力をそのままに、完全な会津の手足とする----------それが会津藩の思惑である。

「畜生、舐めやがって・・・・・。」

 悔しげに土方は下唇を噛む。そんな土方の表情を目の当たりにしながら、沖田はむしろ輝く月のように静かで穏やかな笑みを浮かべながら土方の内心を代弁した。

「会津に後悔させるつもりなんでしょう?芹沢さん達の粛正命令を出した事を。」

「ああ。会津の飼い犬になる気なんざ毛頭無いさ。」

 部屋に差し込む十三夜の光とは対照的に、土方の声はますます暗さを増していった。



 土方と沖田が会話をしている隣の部屋に新見の遺体は安置されていた。差し込む月明かりと蝋燭の灯りが新見の亡骸を染め上げてゆく。

「ううう・・・・・新見・・・・・何故切腹なんて・・・・・。」

 男泣きに泣き続ける芹沢の背中を、近藤はただじっと見つめ続けていた。

(この人を死なせたくない----------。)

 確かに酒癖は悪いし、仕事において強引すぎたり乱暴だったりする事もある。だがその本性は情に厚く、己の誠に忠実なだけなのだ。忠誠を誓う相手こそ違うが、その真っ直ぐさに近藤は憧れ畏敬に近い念を抱いている。それは日を追うごとにますます強くなっていた。だが、芹沢を殺したくないという理由はそれだけではない。

(もし芹沢さんがいなくなった時、私は芹沢さんの半分も局長としての責務を全うできないだろう。)

 剣の腕だけなら決して芹沢にひけは取らないと近藤は自負している。だが芹沢と対等に渡り合えるのはそれだけしかないのだ。身分を超越した指導力、引率力は天性のものであり、いくら近藤が努力しても芹沢に敵うとは思えない。

「芹沢さん・・・・・。」

 二人以外の人間が新見の遺体が安置されている部屋から出て行った時、二人だけの沈黙に耐えられず近藤は思わず芹沢に声を掛けてしまった。

「・・・・・何だ、近藤?」

 泣きはらし、腫れぼったくなった目で芹沢は近藤を睨む。その強い視線に負けたのか、それとも己の内に高まった想いがあふれ出したのか、近藤は接待に言ってはならないことを口走ってしまったのである。

「芹沢さん・・・・・頼む、何も聞かずに京都から逃げてくれ!」

 近藤は叫ぶなり土下座をし、その場に額をすりつけた。



「・・・・・逃げてくれ!」

 悲壮なまでの近藤の声は、隣の部屋にいた土方と沖田の耳にも届いた。幸い隊士達は前川邸で通夜の精進落としの宴に明け暮れていたし、八木家の者はすでに眠りについている。

「な・・・・馬鹿な!」

 土方は慌てて襖を開けようとするが、それを沖田が止める。

「近藤先生はまだ理由は言っていませんよ・・・・・もう少しだけ様子を見ましょう。」

 沖田の冷静すぎる言葉に土方は襖に掛けた手を下ろした。襖に邪魔されてはっきりと聞こえないものの、中からはぼそぼそと近藤の声が聞こえてくる。

「これ以上は言えない・・・・・だけど、このまま京都にいたら芹沢さん、あんたも新見さんのように・・・・・・。」

 殺される----------その一言をかろうじて近藤は飲み込んだ。

「・・・・・・だから、頼む!京都から逃げてくれ!」

 必死に芹沢を説得する近藤を涙で腫れた目で黙って見つめていた芹沢は、何を思ったのか突如笑い出す。その笑い声はあまりにもあっけらかんと明るく、通夜の場にはあまりにも不釣り合いなものであった。

「何を言い出すかと思えば!本当におめぇは本当に冗談がへたくそだな、近藤よ!」

 芹沢はばんばんと近藤の肩を叩きながら豪快に笑い続ける。まるで酒の席での戯言に対するようなその扱いに、近藤は思わずむっとして声を荒げた。

「せ・・・・芹沢さん!これは冗談なんかじゃ・・・・・!」

「『冗談』だよ!これは・・・・・局長命令だ。『冗談』だって事にしておけ。」

 笑いを不意に止めた芹沢の言葉が静かに、しかしどこまでも重く近藤の心に染み込んでゆく。

「百姓の出だからなのか、それとも持って生まれた性質なのか・・・・・どうもおめぇは甘くていけねぇ。」

 まるでできの悪い教え子に教えを諭すような芹沢の言葉に、近藤は思わず頭を上げた。

「せり・・・ざわ、さん?」

「おめぇにゃ武士とはどういうもんなのか・・・・・たたき込まなきゃならねぇな。」

 蝋燭の炎に照らされたその顔は嬉しげな笑みさえ浮かんでいる。

「てめぇで腹を切るのも、巡察で不逞浪士に殺られるのも同じだろうが。命を狙われているからって尻尾を巻いて逃げるなんてみっともねぇザマを見せるくらいなら文字通り死んだ方がましだ。それが俺の矜持だし・・・・・『誠』だ。」

 一気にまくし立てると、芹沢はゆっくりと立ち上がった。

「ちょっと厠に行ってくらぁ。その間、新見の傍にいてやってくれ。」

 何かが吹っ切れたような、はち切れんばかりの笑顔を残し、そのまま芹沢は部屋から出て行った。



 隣の部屋で二人の話に聞き耳を立てていた土方と沖田は、芹沢が部屋から出て行く気配に詰めていた息を吐き出す。

「・・・・・芹沢さんの方が一枚も二枚も上手ですねぇ。」

 肩をすくめて沖田が土方に語りかけた。その顔には今にも泣き出しそうな、何とも悲しげな笑みが浮かんでいる。

「ああ、悔しいけどな・・・・・だからこそ上洛直後に俺たちをまとめ上げる事が出来たんだろうし、俺たちもそれを信じてついて行けたんだ。だがよ・・・・・。」

 土方は月の光から逃れるように、闇の中へと身体を沈め沖田に背を向けた。

「親の後をいつまでも付いていくガキのまんまじゃいられねぇんだよ、俺たちは。でなけりゃ・・・・・。」

 明らかに湿った声が闇の中から聞こえてくる----------土方のそんな声を沖田は初めて聞いた。

「・・・・・芹沢さんだって死ぬに死ねないだろうが。あの人がここまで育てた新選組、否、誠忠浪士組を守りきれるほどの『武士(おとこ))』になれなきゃ、俺たちはここにいる意味さえ失っちまう。」

 十三夜の月の光に虫の声が重なる。それはこれから起こる悲劇への前奏の如く悲しく、壬生の夜に流れ続けていた。



 新見の暗殺から五日後、島原の角屋において芸妓総揚げの宴会が広沢の主催で開かれた。少し前に角屋で芹沢絡みの騒動があったのだが、それの和解の為の宴会という建前だったが、明らかに芹沢達を酔い潰し暗殺をしやすくする為の算段である。
 近藤や土方の心情の如くしとしとと降り続く雨の中、留守居の山南と巡察の当番に当たっている沖田と原田以外の幹部達は全て角屋へと出向いた。

「今日は無礼講だ!さぁ、どんどん呑んでくれ!」

 あちらこちらの揚屋から呼んだきれいどころが侍る中、広沢が進めるままに芹沢ら水戸派の連中やこれから起こる暗殺計画の事を知らない者達はどんどん酒を呑んでいる。

「ほら、近藤や土方も呑め!野口!おめぇは若いんだからもっと呑まねぇか!」

 広沢に勧められるまま、近藤や土方らも酒を呑むが、いくら呑んでもちっとも酔うことが出来なかった。

(こんなにまずくて酔えない酒なんて・・・・・二度とこんな酒を呑みたくはねぇな。)

 元々土方はそれほど酒が得意ではないのだが、芹沢を油断させる為には自分も呑まなくてはならない。しだれかかる妓達の媚びを適当に受け流しながら酔えない酒を飲み続ける----------そうこうしているうちに角屋が終いになる時間がようやくやってきた。

「う~ん、まだ飲み足りねぇな。おい土方!屯所で飲み直すぞ!付き合え!」

 機嫌良く芹沢は立ち上がった。それこそ浴びるように呑んでいるのに足許が全くふらついていない。この男を相手に今夜暗殺を決行しなくてはならない----------ぞくり、と土方の背筋に寒いものが走り抜ける。その時である。

「野口君、おい、しっかりしろ、野口君!芹沢さん、ちょっと待ってくれないか?野口君が潰れてしまって起きないんだ。」

 近藤の声に芹沢と土方が振り向くと、酔いつぶれた野口を近藤と娼妓の一人が介抱していた。許容よりだいぶ多く呑んでしまったのか、近藤が頬を叩いても野口は起きる気配もなくただ唸り声を上げているだけである。

「近藤、潰れた奴はほっとけ!おう、主人、悪いが今晩こいつをここに泊めてくれねぇか?この雨じゃ担いで屯所に連れて行くこともでやしねぇ。」

 芹沢は挨拶に来た角屋の主人に気安げに頼み込む。角屋の主人は一瞬困った表情を浮かべたが、野口の状況を見て『これならば暴れて店の物を破壊されることはない。』と思ったのか芹沢の申し出を快諾した。

(なるほど・・・・・そう言うことか。)

 芹沢は特に野口に対して集中的に杯を勧めていた。酔い潰し、ここに泊めていけば少なくとも助かる可能性が出てくる----------そう思ったに違いない。

(あんたのその優しさに免じて野口の命だけは救って貰うように会津に頼んでみるよ、芹沢さん。)

 胸にこみ上げる酒の臭いと、それとは別の苦々しいものを感じながら土方はふらつく脚で立ち上がり芹沢と共に角屋を後にした。



UP DATE 2010.10.22


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あはは、近藤さん結局芹沢さんにばらしちゃいました(爆)。暗殺云々とは直接言っておりませんがまぁばらしちゃったも同然でしょう。しかし拙宅の芹沢鴨は逃げたりしませんv最後の最後まで『武士』であり続け、壮絶な最期を遂げることになります。
むしろつらいのは試衛館側でしょう。(拙宅では)ともに協力して新選組をここまで大きくした功労者を自らの手で殺さなければならないのですから・・・・・その報いは勿論芹沢暗殺後に近藤らに返ってくることに(><)それはもう少し後の話になりますが、水戸派粛正の苦しみと共にその苦しみも乗り越えなきゃなりませんので、彼らには頑張って貰いましょう。

う~ん、この近辺はあとがきも書くのがツライものがあるなぁ・・・・・。


次回更新は10/29、とうとう芹沢暗殺に突入します。
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