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「葵と杏葉」
葵と杏葉・改革編

葵と杏葉改革編 第六話 大塩の乱・其の参

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 韮山代官・江川英龍の元にその『落とし物』が届いたのは二月の終わり、気の早い伊豆の桜がちらほらと咲く頃であった。手付の森川が黒っぽい書簡を手にして江川の元にやってきたのである。

「代官、猟師の大助というものがこちらの書簡を届けにきました。中身も入っておりますので重要なものではないかと」

 森川の手にある書簡を受け取り、江川は眉をひそめた。

「・・・・・・確かにこれは武家の書簡だな。まったくこの頃の飛脚はろくに仕事もせずに追いはぎの真似事ばかりしやがる」

 ここ最近の飛脚達の職務怠慢ぶりは目を覆うものがあった。運んでいるものの中に金目の物があろうものなら封を開け、それを奪ってしまうという事件が後を絶たない。人目の少ない箱根山中は東海道五十三次の中でも特にその手の犯罪が多かった。

「金は仕方がないとしてもせめて手紙だけでも届けてやらね・・・・・・!」

 書簡を開け、書状に目を落とした瞬間、江川は驚きのあまり思わず目を見開く。

「こ、これは!」

 それは大塩が幕閣に送りつける筈だった告白状であった。そこには与力・弓削新左衛門らを仲介者とした武家無尽に関する告発が事細かく書かれていたのである。

「これは・・・・・・『無尽』の告発だ」

 江川は呻くように森川に零す。無尽、または頼母子講と呼ばれるこれは、日本の民間金融手法の一種である。参加者は講等の組織に加盟し、一定又は変動した金品を定期又は不定期に講等に対して払い込み、それに対して利息の額で競合う競りや抽選によって金品の給付を受けるものだ。

「確か家臣も含めて武家の『無尽』は禁じられていますよね。あんな賭事まがいのこと・・・・・・そこいら辺をほっつき歩いている無頼達と変わらないじゃないですか」

「ああ勿論だ。だが・・・・・・現職の老中達も手を染めていたらしい」

 武家及びその家臣が無尽に関与することはその性格的なものから禁じられていた。しかし、財政難で苦しむ諸藩はそんなことを言ってはいられず、自領内や大都市で無尽を行って莫大な利益を得ていたのである。
 大塩は大坂で行われていた不法無尽を捜査した際にこの事実を告発したが、無尽を行っていた大名たちの中には幕閣の要人も多くいた為、彼らはその証拠を隠蔽して捜査を中断させてしまったのである。
 その事に怒りを感じていた大塩は、今回の乱を起こすのと同時にその隠蔽の事実を追及したのだ。大塩が告発した中には、水野忠邦や大久保忠真ら、事件当時の現職老中四名も含まれていた。さすがにこれを表沙汰にするわけにはいかない。

「森川!すぐに幕府に連絡を!それと江戸にいる弥九郎にすぐに大阪に出向けと伝えてくれ!」

「承知!」

 血相を変えた森川はすぐさま江川の前から退出する。そして江川に機転により書状は大塩の望み通りすぐさま幕府に届けられた。だが、その内容は闇から闇へ葬り去られ、大塩討伐へ拍車がかかることになる。



 焼け野原となった大阪の町に各国から続々と偵察の者達が集まっていた。その中に茂義の姿もあった。途中まで船で来たものの、大塩の乱が起こったという知らせを受けて数日間大阪の手前で足止めを喰らっていたのである。
 なので茂義が大阪入りしたのは乱の五日後だった。まだ焦げ臭い匂いが辺りに漂い、人々がその片付けに追われている。

「こりゃひどいな」

 浪速の街に入った茂義はそのあまりの光景に唖然とする。一応許可を得て鉄砲隊二十名を引き連れてきたが、先の騒動の最中に浪速に降り立ってしまったらこの鉄砲隊は役に立たなかったかも知れない。否、むしろ鉄砲を持っている武士ということで標的にされかねない。

「騒動が終わった後で良かった、と思ってしまう自分が惨めだがな」

 大阪の――――――つまり日本国内の騒動でこれである。長崎御番は今のままで大丈夫なのかと、茂義はふと不安になる。

「御館様、この後はいかがいたしましょうか?」

 大阪の街の惨状を見続けている茂義に対し、家臣の一人が茂義に語りかけてきた。

「そうだな。まずは蔵屋敷が無事かどうか確認してから大阪城に出向しよう」

 茂義はゆっくり首を回し、語りかけてきた家臣に答える。

「とにかくここで何が起こったのかはっきりさせたい。お前達は蔵屋敷詰めの者達と共に御用商人達の安否を。さすがに見舞いの品くらいは出さないとまずいだろう。いくら吝嗇な茂真でもそれくらいの出費は許してくれるさ」

 茂義は斉正を懸命に補佐して倹約に励んでいる若い請役を茶化しながら高らかに笑い出した。



 茂義が堂島川に架かる難波橋の近くまで出向くと、無傷の佐賀藩の蔵屋敷が見えてきた。その真っ白い土蔵の壁を見て茂義はほっと一息吐く。

「不謹慎を承知で言うが、これだけあれば何とか今年の収穫まで持つかな。」

 蔵屋敷詰めの藩士の安全を確認した後、それだけ言い残すと茂義は大阪城へ出向いた。しかし、そこには大阪城代は勿論、半数以上の役人達がおらず、茂義と同じような境遇の者達が手持ち不沙汰で大阪城代の帰還を待っていたのである。

「一体どんな状況になっておるのですか?」

 茂義はとりあえず何か知っている者はいないかと隣の者に聞いたが、その男も全く知らないと答えた。その後何人かに同じ質問をしたが答えはどれも芳しいものではなかった。

「しばらく通うことになるかな」

 ここで待っていても何も得られ無さそうだと観念し、茂義は一旦蔵屋敷へと帰還する。そして御用商人の様子を見てくるようにと命じておいた家臣達の報告を聞く。

「おい、岡田。御用商人達の方はどうだった?皆、無事だったろうな?」

 茂義の問いに担当の者は何とも気の毒そうな表情を浮かべた。

「もうひどいったらありゃしませんよ。店は全焼、かろうじて店員に死者やけが人は出ませんでしたけど、井戸に投げ込むことが出来た大福帳以外全部灰になってました。もちろん我らの借用書も。」

 歴代の藩の借金を記していた借用書までは持ち出すことが出来ず、灰になってしまったというのである。

「もし借金の額が判る書類があれば見せて戴きたいとほぼあきらめ顔で言われてしまいました。他藩からは『燃えた借用書の分は知らん!』と言われているそうで・・・・・・」

「なるほどな・・・・・・」

 それを聞いた茂義はにやり、と笑う。

「あわよくば半分くらい借金を帳消しにして貰うことができるかも知れない。あとはあの吝嗇の腕次第か」

 借用書に関して佐賀城や江戸藩邸にどのくらい残っているのか判らないが、それらも半分くらい『二の丸の火災の際に燃えてしまった』事にすれば納得して貰えるのではないか・・・・・・茂義はそう考えたのである。
 極めて小狡い考えではあるが、この茂義の考えは意外なことに斉正や茂真の賛同を得て、後にこの兄弟の手で具体的に行動に移されていくことになる。



 茂義の大阪城通いは数日に及んだ。その間、大塩の乱の状況確認のため地方からやってくる者達がどんどん増えてゆく。

「大塩はまだ捕まらないのか」

 誰かが話し始めると次々と知っている情報を皆が交換し始める。そうでもしなければ何も情報が集まらないのである。

「土井殿や大阪町奉行所が四方八方手を尽くしているにも拘わらず、いつも後手に回っているそうだ」

「大阪の町人達に人気があったそうじゃないか、大塩は。しかもこれだけ派手に跡部殿や豪商に刃向かったとなれば・・・・・・それこそ歌舞伎のようだ」

 そんな中、茂義の隣にいた男が小さな声で茂義に語りかけてきた。

「それだけならまだかわいいものですけどね。問題は大塩の書いた檄文ですよ。あれがどうなっているかご存じですか?」

「いや」

 何かを知っていそうなその男の話に、茂義は思わず耳を傾ける。

「取り締まりの目をかいくぐって写しが広まっているのですよ。私も道中何度も『大塩の檄文』なるものを拝見しました」

 茂義とそう年の変わらない男が口を開いた。ほお骨が高く、すらりとした体躯ながらその動きには一分の隙もなく、まるで剣術家のようであった。

「失礼ですが貴殿の名は?」

 ただ者ではない――――――そう感じた茂義は目の前に居る男の名前を尋ねる。

「韮山代官江戸詰書役、斉藤弥九郎と申します」

 その名前を来た瞬間、茂義はどこかでその名を聞いたような気がして一瞬考え込んだ。

「斉藤弥九郎・・・・・・どこかで・・・・・・ああ!練兵館の『力の斉藤』!」

 気がついた瞬間、茂義は驚きの声を上げてしまった。後に幕末江戸三大道場のひとつに数えられる練兵館の道場主、それが目の前にいる斉藤であった。

「お恥ずかしい・・・・・・ご存じでしたか」

 男は照れくさそうに頭を掻いた。

「普段竹刀や木刀を振り回している身としては、どうもこのような場所は苦手で」

「それはこちらも同様です」

 二人は顔を見合わせて笑い出した。

「しかし・・・・・・檄文が広まっているとなると厄介ですね」

「ええ。それでなくても大塩は未だ捕まらず・・・・・・再び決起されてしまったら、それこそ藩の蔵屋敷も今度は無事では居られないでしょう。あと、これは内緒なんですけどね」

 斉藤はあたりをきょろきょろと見回しながら茂義に耳打ちをする。どうも見た目によらず、この斉藤という男はお喋り好きのようである。

「幕府から朝廷に対して大塩追跡の状況を知らせた文書が、箱根山中強盗の被害に遭ってしまって、京都所司代が関白鷹司政通様から抗議を受けたそうですよ。武家伝奏の徳大寺実堅殿が申しておりました」

 この時点よりほんの少し前の二月二十五日、京都が大坂に近いという事で京都所司代松平信順から光格上皇および仁孝天皇に対して事件の報告が行われていた。それ以後大塩の死亡までたびたび捜索の状況が幕府から朝廷に報告されていたのだが、この強盗事件はその最中での事件であった。
 これ事件以後、朝廷の発言力が強くなってゆく。その例として朝廷かは諸社に対して豊作祈願の祈祷が命じられ際、朝廷の命によりそれらの費用を幕府が捻出した事が上げられよう。尊号一件などで大政委任を盾に朝廷に対して強硬な姿勢を示していた幕府が朝廷の命令をそのまま認めたことに、幕末期に向かい朝廷の権威が上昇していく兆しがこの事件において芽吹いたのである。

「良くそんな情報を掴めたな」

「武家伝奏殿もこちらがお好きですから。ちょっとばかり宴を用意したら、かなりすんなりと喋ってくださいましたよ」

 斉藤はそう言って杯を空ける仕草をした。その時であった。

「大塩が靱油掛町の美吉屋五郎兵衛の店に匿われているのが発見されたぞ!今、土井殿の軍が取り囲んでいるそうだ!」

「何!それは本当か!」

 その場にいた者達は固唾を呑んだ。



 自分の書いた告発文が幕府に握りつぶされた事を知った大塩は、失意のまま大坂に舞い戻り、靱油掛町にある美吉屋五郎兵衛の店に匿われた。しかし大塩にかかった懸賞金に目がくらんだ奉公人によって大坂城に通報されたのである。

「もはやこれまで・・・・・・!」

 土井大炊守が率いる探索方に包囲された大塩平八郎は、幕府軍に捕まるのを潔しとせず火薬を使って自決した。遺体は火薬の爆発により顔の判別も不可能な状態であったと伝わる。
 このように大塩の挙兵は失敗に終わったものの、幕府の役人だった大塩が反乱を起こした事は幕府及び幕政に不満を持つ者達に大きな影響を与えた。 大塩の乱以後、全国で同様の乱が頻発し、その首謀者達は『大塩門弟』『大塩残党』などと称したのである。

 また、顔さえ判らぬ最期の状況から『大塩はまだ生きている』だとか『海外に逃亡した』という風説が流れ、身の危険を案じた大坂町奉行が市中巡察を中止する事態に追い込まれた。さらにこの数ヶ月後、アメリカ合衆国のモリソン号が江戸湾に侵入た事と絡めて『大塩と黒船が江戸を襲撃する』という説まで流れたのである。

 これらの噂は全て大塩一党の磔刑を行っていなかったことに起因していた。幕府としては大塩が元・大阪奉行の与力であった事と、遺体の惨状を鑑みた上での処置であったろうが、そのため余計に生存説が拡大してしまったのである。
 仕方なく幕府は一年後に磔を行うが、それは塩漬けにされて人相も明らかでないという遺体ばかり十数体が磔にされるという異様な風景であった。
 当然大塩本人の遺体の真贋判断など不可能で、この事がさらに生存説に拍車をかけることとなってしまったと言う皮肉を生んだ。



 日本全国が飢饉と大塩の乱の余波による政情不安におびえる中、佐賀藩だけは未来の勝利に向かって着実に行動を始めていた。そしてその第一歩として行われたのが大阪での借金返済交渉である。佐賀に帰還した茂義の報告を受けた斉正と茂真はすぐに行動を起こすことになる。



UP DATE 2010.10.20

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大塩の乱、其の参です。本当はこういう展開にする予定は全くなかったのですが・・・・・何故か大阪商人の災難に便乗して借金を踏み倒すという展開に(苦笑)。これは大塩の乱を書く前にはまったく思いも付かなかったのですが、大塩平八郎によって大阪の、しかも豪商が被害にあったという史実を読みまして『借用書も焼けちゃったかも知れないな~。』とふと思っちゃったんですよ・・・・・。しかも2年前に佐賀城も火事になっておりますし『そっちの借用書がないからいくら返したらいいのか判らない。』とごり押ししちゃえば何とかなるかもvということでこんな展開になりました。史実は絶対にこんな小狡いことはしていないと思いますので借金の踏み倒し方法は信じないでくださいませね~v
大塩の乱の後、斉藤弥九郎を始め状況の偵察に色んなひとが大阪にやってきたみたいです。大阪城で弥九郎と茂義が出会ったのはご愛敬でv結構気が合うと思うんですよね~。


次回更新は11/3(あ、休日だ。でも頑張りますv)、茂真Vs大阪商人との借金交渉バトルが始まりますv
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