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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第二章

夏虫~新選組異聞~ 第二章 第七話 水戸派粛正・其の参

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雨の逢魔が時に角屋を出た芹沢らが壬生の八木邸に辿り着いたのは、伸ばした指先さえ見えなくなるほど暗くなった頃であった。立ち上がり、歩き始めた途、端酔いが回った平間に肩を貸しながらの道程になってしまったのですっかり遅くなってしまったのだ。
 そんな酔っぱらい達のろくでもない帰還を待ち受けていたのは八木家の穏やかな人たちばかりではなかった。

「芹沢はん、遅かったやないの!待ちくたびれて首が長うなってしもうたわ!」

 八木邸の玄関をくぐるなり四人に降りかかってきたのは、甲高いお梅の怒鳴り声だった。そして怒鳴り続けるお梅の背後には桔梗屋の芸妓・吉栄と輪違屋の天神・糸里が困ったような笑みを浮かべている。吉栄は平山の、糸里は平間のそれぞれの馴染みなのだが、角屋の宴会が夕方には終わることを見越して芹沢が呼んでいたのである。

「糸里はんも吉栄はんもとっくに来てはるで!お喋りしすぎて顎がだるうなってしもうたやないの!」

「まぁまぁお梅ちゃん、ここのお女中はんたちとのお喋りも楽しかったえ。仲間同士やと互いの腹の探り合いになってしもうて好き勝手たわいもない話なんてでけへんもん。」

 自分の情人のしでかした事だけに引っ込みが付かないお梅を吉栄と糸里が宥めるが、お梅の怒りは収まりそうにない。そんなお梅の怒りを鎮めるのはやっぱりこの男しか居いなかった。

「おお、そうか!悪かった、お梅!待たせた詫びだ!今日は存分にかわいがってやるからそれで許せ!」

 酒焼けした声で豪快に笑うと、芹沢は人目も憚らずお梅に抱きつき、もたれかかった。

「いややわ!お酒くさい!」

 そう文句を言いながらもまんざらでもないらしく、もたれかかる芹沢を避けるでもなくお梅は芹沢を支える。

「おいおい、見せつけてくれるじゃねぇか、芹沢さん!」

 じゃれ合っているようにしか見えない二人を冷やかすと土方は肩を貸していた平間を中玄関の隅に横たえた。ここなら湿気に中って風邪をひかなくて済むだろうと一瞬思ってしまった自分に対し、土方は自嘲する。これから殺す相手に対して風邪の心配をするなんてどうかしている。やはり心のどこかでこの命令に対し躊躇があるのだろうと酔いが覚めぬ頭で土方は思った。

「じゃあ部屋で待っててくれ。おまささんに頼んで酒を用意して貰ってくる。」

 粛正のことを悟られぬうちにこの場から離れようと、土方はお梅たちに芹沢らの世話を任せてその場を離れた。



 土方が台所に出向き、八木源之丞の妻・まさに酒を頼んでいたその時、沖田が勝手口からひょこっと顔を覗かせた。どうやら巡察から帰ってきたらしい。

「お帰りなさい、土方さん。まだ酒盛りは続きそうですか?近藤先生があっちで呼んでいるんですけど。」

 まさの目があった為、沖田は言葉を濁したが、今夜決行する粛正の事で土方を呼びに来たことは酔っている土方にも理解できた。

「ああ、どうも飲み足りないらしい。きれいどころを侍らせて飲み直しだとよ。」

 土方は配膳をおまさに頼むと沖田を連れて軒先に出た。激しい雨が二人の肩を濡らすが土方はまったく気にする様子を見せない。

「今回・・・・・近藤さんを外す。」

 雨にかき消されそうなほど小さな声で土方は沖田に対して言った。

「近藤さんが何と言おうと、あの心持ちじゃ粛正どころかこっちが返り討ちに遭っちまう。近藤さんにはあらかじめそう言っておいてくれ。」

 粛正のことを芹沢に漏らしてしまった事、そして今日の宴会でも顔色が悪く、宴会中ずっと『心ここにあらず』といった風情だっただけに粛正どころではないと土方は判断したのである。

「・・・・・やっぱりそうなりましたか。」

 別に驚いた風もなく沖田は答えた。

「まるでハナから解っていました、ってツラしやがって。」

「だって近藤先生芹沢さんのこと一目も二目も置いていたじゃないですか。それに・・・・・ねぇ。」

 やはり芹沢に粛正の件を漏らしてしまったことを匂わせる。幾ら腕が良くても心にためらいがあっては剣で人は殺せない。

「相手に対しての『ためらい傷』は却って相手を苦しめます。殺すのでしたら一撃で仕留めるのが思いやりだすし礼儀でしょう。」

「・・・・・おめぇのそうやって妙に悟ったところが嫌いだよ。」

 ぎろり、と沖田を睨み付け土方は毒づいた。芹沢の暗殺に対し土方とて逡巡がないわけではない。だが沖田にはそんな様子がこれっぽっちも見られないのだ。

(てめぇの命も軽んじるところがあるが、他人の命に対しても重さを感じていないんじゃないのか?)

 と土方に思わせるほどである。もしかしたら表に出さないだけなのかも知れないが、その気配さえ出さない沖田にふと薄気味悪ささえ感じてしまう。

(ただの脳天気ってだけなのか。それとも・・・・・・これが武士の血って奴なのか。)

 人を殺すことに根本的な抵抗をどうしても感じてしまう自分は、どこまでも百姓なのかも知れないと土方は自嘲した。



 酒と供に土方は芹沢達の輪の中に戻ると再び酒盛りを始めた。お梅、桔梗屋吉栄、輪違屋糸里の三人が侍って酌をするだけに八木邸の中とは思えぬ華やかさがその場にはあった。

「もぉ、じゃれつくのはやめておくれやす。」

「酔っぱらいはしつこくてかなわんわぁ。」

 きゃあきゃあとはしゃぐ妓たちに煽られながら芹沢達の酒はどんどんと進んでいく。

(ありがたいというか何というか・・・・・。)

 酒が得意ではない土方としては妓達がどんどん酒を勧めてくれるのはありがたいが、自分達の愛妾達に潰されるという皮肉に男として複雑なものを感じる。

(知らぬは仏、っていうがまさにその通りだな。)

 状況をまったく知らない彼女たちでさえ敵に加担してしまうのだ。もし悪意を持って近づかれてしまったらひとたまりもないだろう。

(妓って奴は油断ならねぇな。)

 苦い酒をちびりちびりと口に含みながら、土方は芹沢達の相手をし続けた。そして一刻ほど飲み続けた頃だろうか、さすがに芹沢も平山も潰れかけた頃土方がお梅に向かって声を掛けた。

「そろそろおひらきとした方がよさそうだな。」

「そうやね・・・・・もうこんなになってしもうて・・・・・。」

 お梅は自分の膝を枕にしている芹沢を見つめながら溜息を吐いた。平山も吉栄に寄りかかり杯を手にしたまま半分寝てしまっているような状況だ。

「平間はんは仕方ないから目ぇ覚めるまであそこやな。糸里はん、かんにんえ。」

 お梅は平山の馴染みである糸里に対し両手を合わせる。

「気にせんといて、お梅ちゃん。」

 糸里はそう言うと隣の部屋にすでに敷いてあった布団から掛け布団だけ持ち出し、平間の傍へ向かう。

「じゃあ俺もそろそろ退散させて貰うぜ。ここにいるだけ野暮だしな。あとはどうぞごゆっくり。」

 冷やかし半分に土方がお梅に声を掛けたその時、不意に芹沢がむくり、と起き上がった。

「何だ、土方。もう引き上げるのか?」

「・・・・・ああ。独り者がここにいるだけ邪魔なだけだろうが。俺は早々に退散して一人膝を抱えて寝るさ。あんたはお梅さんとよろしくやってくれ。」

「おう、そうか!だったら遠慮はしねぇぞ。」

 芹沢はにやりと笑い、お梅をこれ見よがしに引き寄せた。

「もう!節操ないんやから!」

 お梅の方もまんざらでは無さそうだ。そんな二人に背を向けたまま、土方は八木邸を後にした。



 土方が引き上げた後、玄関で倒れて起き上がれないほど泥酔していた平間はその場で糸里と、奥の十畳間では屏風を立てて平山と吉栄、芹沢とお梅が寝る事となった。

「雨の所為かな・・・・・何だか身体が冷えやがる。」

 布団に潜り込んでも何故か芹沢は震えていた。だが、それが寒さの所為でないことは芹沢自身が一番良く知っていた。

(近藤がばらした件・・・・・決行するなら今夜だろう。)

 あの質実剛健を旨とする会津藩が総揚げで宴を開くなんて不自然だし、何よりも公用方の広沢の視線が芹沢の神経に引っかかった。時折自分に向けられる憎しみが籠もった視線に、近藤を睨み付ける威しを含んだ視線----------思い出しただけでも反吐が出そうだ。
 天狗党の時はかろうじて生きながらえたが、今度はそうはいかないだろう。試衛館の連中の腕は芹沢自身が認めている。

(もう少し・・・・・てめぇには意気地があったと思っていたがな。)

 この震えは間違いなくこれから襲い来る死への恐怖から来るものだろう。しかし、今まで自分さえ気がつかなかったこの感情が何故今頃頭をもたげてきたのか理解できなかった。

「大丈夫?うちはそんな寒うないんやけど・・・・・飲み過ぎとちゃうのん?まったく子供と変わらへんのやから。」

 晩秋の雨の日だったが、酒が入っていた所為だろうかお梅にはむしろ暑いくらいだった。それは同衾している二人も同じで、雨にも拘わらず雨戸も開け放っていたのだ。お梅は小言を言いながらも自分の着物を脱ぎ、芹沢に着せかけると、その上から芹沢を抱きしめた。

「新選組筆頭局長が風邪引いた、なんて言うたら物笑いの種や。」

 お梅の身体の温かさがじんわりと芹沢に伝わってくる。その瞬間、芹沢は無意識に押し殺していた恐怖さえ出てきてしまったのは、お梅が傍にいるからだと解った。

(こいつの前だと、俺も形無しだな。)

 ふと垣間見せたお梅の、母のような包容力に包まれて芹沢はまどろみに沈んでいった。



 芹沢がお梅と床を共にしていた頃、前川邸の近藤の部屋では近藤、土方、山南、井上、原田、そして沖田の六人が最終的な打ち合わせをしていた。

「おい、歳!私を粛正の人数に入れないとはどういう事だ。」

 人に聞かれないように声を押し殺してはいるが、明らかにそこには怒りが含まれていた。

「勝っちゃん、芹沢さんに『逃げろ』って言ったのはどこの何奴だっけ?なぁ、総司。」

 土方の一言に近藤の表情が一瞬にして変わる。

「それに万が一俺たちが返り討ちに遭った場合、こちら側の『頭』は必要だ。俺達の為、というより会津の為だけどな。」

 無言のままの近藤を確認すると、土方は畳の上に置いてあった大刀を手に取り立ち上がる。

「原田、総司、そして山南さん。今日の仕事はこの三人だ。」

 土方の言葉と共に三人も大刀を手にする。

「承知!」

「そうこなくっちゃ!」

「じゃあ近藤先生、行って参ります。」

 三人三様のやる気を見せ、立ち上がる。

「じゃあ後は頼んだぜ、近藤さん。」

 土方はそう言い残すと、三人を引き連れ部屋を後にした。



 男達が寝入ったころ、吉栄は小用をたすため厠へと向かった。

「よぉ、吉栄。久しぶりだな。」

 不意に吉栄に声を掛けてきた者がいた。吉栄はちょっとびっくりして声の方を振り返る。

「俺だよ、俺。原田だよ。あんまり不義理をしてたんで忘れちまったかい?」

 それは原田左之助であった。原田は吉栄に近寄ると耳許に唇を寄せる。

「これから血の雨が降る。あんたに怪我はさせたくねぇからこのまま店に帰りな。」

 その言葉にはっとして吉栄は原田の顔をまじまじと見つめた。

「血の雨って・・・・何なん?」

「知らなくてもいいことさ。ほら、傘を貸してやるから。」

 原田は手にしていた傘を吉栄に押しつけた。傘を受け取り落ち着いて周囲を見回すと物陰に何人かの男達が潜んでいる気配だけが感じられる。さすがに手にした紙燭だけでは顔まで判別できない。

「ほ・・・・・ほな、おおきに。」

 吉栄はそのまま原田の横を走り抜け、裏口から八木邸を抜け出した。

「・・・・・そろそろ始めるか。」

 原田の傍に頬被りをした土方、山南、そして沖田が近づいてきた。

「・・・・ですね。さすがにもう寝入っているでしょう。」

 四人は刀を抜くと、土足のまま濡れ縁に足をかけ、芹沢らが寝入っている奥の間に向かって走り出した。



 激しい雨音に紛れながらもはっきりと聞こえる複数の足音が奥の間に辿り着いたと思った刹那、雨音をかき消す悲鳴が平山が八木邸に響き渡った。そして次の瞬間、明らかに血の臭いと判る生臭い臭気が湿気た部屋に広がる。

「な・・・・・何なん!」

 平山の悲鳴に最初に気がついたのはお梅であった。そして次の瞬間、平山達と自分達を隔てていた屏風が大きな音と共に倒れ、その向こう側に仁王立ちに立ち尽くす四つの影がお梅の目に飛び込んできたのである。

「あ・・・・・あんた・・・・・ひじか・・・・・!」

 そのうちの一人の顔を見てお梅は驚愕し声を上げてしまう。それが----------お梅の最期の言葉であった。



UP DATE 2010.10.29


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とうとう始まってしまいました、水戸派粛正----------大本命の大立ち回りは次回に持ち越しです(おいっ)。躊躇いながらも避けられない運命に突き進んでいく試衛館派の苦悩が少しは表現できたかな?とは思うんですけどいかがでしょうか(^^;
試衛館派も躊躇っておりますが、書いてる本人も芹沢粛正本番を書くのはかなり躊躇いがあるみたいで、本当は今回芹沢さんと試衛館派四人を対決させるつもりだったんですよ。それがこんなに長引いてしまうとは思いませんでした。さすがに次回は対決シーンありますのでもう一週間だけお待ちくださいませ><

次回更新は11/5、本当に芹沢鴨VS試衛館派の決闘です。
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Y様、初めましてm(_ _)m 

こんにちは、『暁光碧烏』にお越しいただきありがとうございます(^^)

おお~『風』の方からいらしてくださったのですねv
以前は縁があって『風』の二次を書かせて戴いておりましたが
現在は二次関係のサイトは管理上の事情から閉鎖しております。
ご期待に添えませんで申し訳ございません(><)
もしかしたら老舗サイト様の頂き物コーナーに『うみのすけ』名義の
昔の遺品が残っているかも知れませんが・・・・・。

ちなみに『夏虫』は二次の時書いておりました『願』という作品をベースに
二次では出来なかったことに挑戦しながら執筆しております。
それ故にどうしても一般的な新選組蔵とかけ離れてしまいがちなのですが
元々が『風』の二次として書いた話がベースになっておりますので
どこかしらにその匂いが残っているのかも知れませんね(笑)。

あとがきまで気にとめてくださいました『夏虫』
以後も贔屓にして戴けましたら幸いです。

では、乱文失礼いたしますm(_ _)m
改めて辺境へのご訪問、ありがとうございました。

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Y様、わざわざのご訪問ありがとうございます(^^) 

こちらこそご丁寧にありがとうございますねm(_ _)m
ちょっと事情がありましてオリジナルと二次とではHNを変えて活動をしております。
昔はキリ番だとか○打記念のフリー作品をよく書いていましたので
サイトマスター様達のご厚意で作品が残っていたんですね。
ありがたいことです(^^)

宜しかったら二次巡りの合間にでもいらしてくださいませねvではでは。
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