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「葵と杏葉」
葵と杏葉・改革編

葵と杏葉改革編 第七話 算盤大名の腕前・其の壹

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 大阪から茂義名義の仕立便がやってきたのは、天保八年三月初めであった。大塩平八郎が幕府軍の目をかいくぐり、逃げ出したとの一報が入った直後の書状だけに、斉正を中心とした上層部に緊張が走る。

「大阪の街を焼き尽くすほどの騒動だったらしいから、やはり蔵屋敷に被害が出たのだろうか」

「それでしたら蔵屋敷からの第一報にその旨が書いてあるでしょう。何か別の動きがあったのかも知れません」

 茂義からの書状を前にああでもない、こうでもないと議論をするが、書状を開けてみない事には何も始まらない。緊張の面持ちで斉正は自分に宛てられた茂義の書状を開き、中身を確かめる。

「・・・・・・?」

 手にした書状を読み進めていく内に、斉正の表情が無理に笑いを抑えたような不自然なものになってゆく。どうやら佐賀藩にとって深刻な状況になってしまったという知らせでは無さそうだが、書状の中身が判らない周囲の者にとって気になって仕方がない。

「殿、茂義殿からの知らせに何が書いてあるのですか?」

 斉正の不可思議な表情に焦れた松根が、我慢しきれずに尋ねる。その声に斉正ははっ、と気がついたように顔を上げ、周囲の面々の顔を見回した。

「いや、これは喜んで良いのか悪いのか・・・・・・私たちが借金をしている大阪の商人達にとっては弱り目に祟り目といったところだが、我々にとっては千載一遇、もとい棚から・・・・・・じゃない!人の不幸をこんな風に思っては・・・・・・しかしなぁ」

「殿!その書状を拝見させて戴きます!」

 ぶつぶつと口ごもり、要領を得ない斉正に業を煮やした請役の茂真が、斉正から書状を奪い取る。そして一通り読み終わった後、斉正を見据えてとんでもない言葉を口にした。

「殿!これは天恵以外何ものでもございませぬ。大阪商人側の借金証文が全焼し、しかもこちらの証文を写させて欲しいなんて・・・・・・話の運び方次第では借金の一部を『打切』にする事ができるかもしれないじゃないですか!」

 晴れやかな顔の茂真や事情を知り、はしゃぐ松根や井内、中村らに対し、斉正は罪悪感を丸出しにした表情を浮かべる。

「しかし借りたものを返さないのは如何なものだろうか。せめて『利留永年賦』にして貰うくらいならまだしも・・・・・・」

 ちなみに『打切』とは元金のごく一部だけを支払い、残額を献金させる方法であり、『利留永年賦』とは利息を全額免除の上、元金を最長百ヵ年賦で少しずつ返済する方法である。どちらも決して褒められた返済方法ではないが、赤字で首が回らなくなった藩が時折使う非常手段である。ただ、一度この方法を使うと藩としての信用を失い金を貸してくれる商人がいなくなるという欠点もある。
 実権を失ったとはいえ、まだまだ壮健な斉直という金食い虫が佐賀にはいる。借金をせざるを得ない状況にある今、平常時であれば藩として『打切』や『利留永年賦』を行おうとは思わないだろう。
 だが、今回佐賀藩が借金をした大阪の金融業者達はこぞって焼き討ちに遭い、借用証書も燃え尽きてしまった状況なのである。災難にあった金融業者には申し訳ないが、これは千載一遇のまたとない機会なのだ。茂真を中心に家臣達はこぞって『打切』をするべきだと声を上げ始めた。

「殿!そんな悠長な事を言っていては先代が増やし続けた膨大な借金は返せませぬ!」

「確かに『打切』は商人達の評判は悪いですが、これを逃したら二度とこのような機会はやってきません!是非ご決断を!」

「何でしたら最初に『店を建て直すための資金に』と少し多めに借金の一部を返済するというのはどうでしょう?それなら大阪の商人達も我らの条件を呑んでくれるんじゃないでしょうか!」

 勢い込む若い家臣達に、斉正は唸り声を上げて悩み込む。

「確かに再建資金と引き替えに、というのは悪い話ではないかも知れないが・・・・・・」

 それでも『打切』という借金踏み倒しに対して斉正の罪悪感は消えない。そんな斉正に対して茂義が最後の一押しとばかりに斉正を促した。

「あちらだって店を建て直す資金は喉から手が出るくらい欲しいでしょう。我々自身のことを顧みてくださいませ。それに全てを踏み倒すわけでは無いのですから」

 確かに幕府――――――すなわち妻の実家から資金を借りるという真似まで斉正は行っているのである。そういわれては何も言えない。

「とにかく大阪から借りた借金の証文を全部かき集め、それを検討した上でこれからの指針を決めましょう。とにかく大阪に余裕が出る前に、一日でも早く行動に移さなくては」

 茂義からの報告ではすでに大阪近隣の藩からここぞとばかりに踏み倒しを行い始めているという。遅くなればなるほど大阪商人達は力を持ち直し、『打切』交渉は難航する事は見えている。そうなる前にと茂真は立ち上がり、早速行動に移った。



 斉正達との談義から四半刻後、茂真は三の丸目安方(藩の財政支出担当)の詰所にて過去の証文を捜していた。ここには歴代の会計簿や借金証文などが収められており、大阪や江戸、長崎の商人からの借金証文の控えもここに眠っているはずなのである。
 だが、見つかったのは初代から八代目まで、そして十代目である斉正が二年前の火災の際やむを得ずすることになった借金の証文だけだった。何故か九代目、すなわち斉直の代の証文だけがどこを捜しても見つからないのだ。

「おかしいな。いくら何でもあの放蕩親父の借金証文が無いということはないだろう。先代だけで三十万貫の借金があるはずなのに・・・・・・」

 斉直が佐賀藩を治めていた二十五年間、年間八千貫の収入に対し二万貫の借財をしていた。年貢の殆どが借金返済に充てられていたのでその差額約一万二千貫がそのまま借金として積み重なってるはずのだ。それなのにその記録がない――――――一体どういう事なのだろうか。

「請役殿、これは一体?」

 一緒に借用書を捜していた井内が茂真に尋ねる。

「大殿のいる別荘に出向く。もしかしたらあちらにあるかもしれない。井内、おまえはもう少しこちらを捜してくれ」

「承知しました。ではお気を付けて」

 茂真はそう言い残すと詰所を出て、斉直の別荘へと向かった。



 茂真は父・斉直の別荘へ出向いた。どうせ斉直本人に聞いても解りはしないだろう。直接担当者に聞くしか方法はないと役人達が使用する通用門から入り込み、斉直付きの蔵方役人を呼び出した。

「請役殿、なにもこんな所からお出でにならずとも・・・・・・」

 蔵方の役人は額に汗を滲ませながら茂真に許にやってきた。何か斉直絡みのまずい事でも起こったのか、とその表情は強張っている。

「大殿に私がここに出向いたことを知られるのは後々面倒なことになる。自分で何も出来ないくせに口だけは出してくるお方だからな。それに・・・・・・今日は絹物を持ってきておらぬ」

 斉直の見栄っ張りな性格にはさんざん煮え湯を飲まされているだけに茂真は憎々しげに呟くと、するり、と奥へと入ってゆく。
 別荘に籠もるようになっても豪奢な生活はなかなか止めることが出来ず、それがなかなか借金を減らせない要因の一つになっている。二年前の人員削減でだいぶましになってきているものの、絶対に無くなりはしないのだ。その額がどれくらいか把握しないことには計画も立てられない。茂真は蔵方の役人の制止を無視して別荘の奥へと向かう。

「う、請役殿!一体何をなさるおつもりなのですか!」

「しっ、ここに私が入ることは極秘だ」

 思わず声を上げそうになった役人を制し、茂真は尋ねる。

「単刀直入に聞く。大殿殿がしている借金の借用書はどこに保管してある?」

 その問いに役人は真っ青になりがたがた震え出した。これは何かあると確信した茂真は役人の胸座を掴むと、凄味を効かせた声で威しをかける。

「嘘を申せばどうなるか判っておろうな?ここ最近の厳しい倹約生活で鬱憤が堪っている若侍はごまんといる。多すぎて介錯のなり手を選ぶのも難儀するやもしれぬ」

 質の悪すぎる冗談だが、普段、公の場において理知的な発言しかしない茂真が言うだけに効果は絶大であった。

「お、お許しくださいませ!こ、ここには・・・・・・!」

「ここにないならどこにあるんだ?」

 声を荒らげないだけに余計に怖さを感じる茂真の問いに、役人はただ知っている事をそのまま答えるしかできない。

「あの、その・・・・・・商人達の手許に・・・・・・」

「・・・・・・つまり借用書はこちらには一通もない、と?」

「はい。大殿様が『そんなものは気分が悪くなるから捨ててしまえ』と申されまして・・・・・相手方も同じものを持っておりますので、問題はないだろうと・・・・・・」

「何だと!」

 思わぬ事態に茂真は役人の襟元を掴んでいた手を離してしまった。幾ら借りたかはっきり判っていればいくらでも作戦が立てられるし、交渉のしようがある。しかし、特に多額の借金をしている斉直の借用書が無いとなると確実に疑われるだろう。

「まずいな・・・・・・証拠がなければふっかけられても何も言えぬ」

 混乱する頭では何も考えられない。一旦考えを整理しようと茂真は失意のまま三の丸へ戻っていった。



 『斉直の借用書だけ無い』と、がっくりと肩を落として帰ってきた茂真に対し、斉正は兄の苦労を労う。茂真のこれほど落ち込んでいる姿を見たのは初めてであったのだ。

「兄上、無いものは仕様がありませぬ。それこそ茂義の提案のように『火事で燃えてしまった』ことにしてしまってはどうでしょう?その代わり・・・・・・」

 斉正は無邪気な笑みを浮かべながらとんでもない案を茂真に提示する。

「大阪に関しては、父上の借金を免除して貰う代わりに元本だけを五年で返すというのは」

「五年!そんな短期間にですか!」

 茂真は勿論、同席していた松根や井内、そして中村までも目を丸くする。それこそこれから何十年もかけて借金を返済するものだと思っていただけに、そのあまりに短すぎる期間に皆驚きを隠せない。

「勿論五年間というのは大阪だけですよ。本来大阪を始め江戸、長崎と均等に返済しているのを見直して大阪に資金を集中させるのです。打ち壊しで店舗や運用資金にだって困っている事でしょうし・・・・・・少しでもあちらにも利益になる事がないと、父上の借用書だけ無くなりました、なんて信用して貰えませんよ」

 あまりにも突拍子もない斉正の提案に、いち早く賛同したのは井内であった。

「でしたら借用書が残っている分全てと、それに銀一万貫か二万貫を上乗せするくらいの返済額の提示がよろしいかと。大まかな換算ですけど、前借金の四半分に相当する額になると思われます」

 その意見に乗っかる形で中村も賛成を表明する。

「残っている借用書に関しては全額返済するのですから心証はそれほど悪くないですよ。さらに『早期に』というおまけが付くんですから。ただ・・・・・・交渉する人間次第ですけどね」

 自分には無理だと中村は頭を掻き、皆も笑い出した。

「とにかく、打ち壊しで打撃を受けている事も鑑みて、大阪への返済は早めにしましょう、兄上。江戸や長崎の借金はもっと長い返済期間にして貰って・・・・・・大阪の次に国子殿がいる江戸、その次に地元の長崎や佐賀の商人の順がいいんじゃないかと思うのですが、どうでしょう?」

 斉正の提案に茂義は腕組みをしながら考え込む。今までの常識から考えると『五年で返済』というのはあまりにも突拍子もない話だが、資金を集中させれば出来ない話ではないし、一カ所だけでも借金をしている場所が片付くのは精神的にも楽になる。
 ただ、あまりにも非常識な面があるだけに相手の大阪商人達に受け入れて貰えるか、それだけが不安材料であった。しかし、それでもやらなければいつまでも借金に喘ぎ続ける事になるのだ。

「試してみる価値はあるのかも知れないですね・・・・・・では、私が責任者になってやってみましょう」

 配下に任すにはあまりにも大きすぎる話である。交渉には茂真自ら大阪に出向く事とし、極めて危うい借金返済計画は実行される事になった。



UP DATE 2010.11.03

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ぎりぎりになってタイトルが決まった『算盤大名の腕前・其の壹』です。
実はこの話、前話の『大塩の乱』を書いている最中に思いついた話なんです。元々借金返済の整理に動き出したのは火事から二年後に当たる天保八年だということは年表で知っていたのですが、その同じ年に大塩の乱があったという事とはまったく結びついていなかったんですよ(笑)。しかもその被害が一番ひどかったのが豪商だったという事も書いているときの資料調べで知りまして・・・・・行き当たりばったりで書いている事がまるわかりです(^^;
でも、この年に債務整理に動き出したというのはあながち大塩の乱と無関係には思えないんですよね~。もし動き出すなら人員削減をした佐賀城の火事の直後か、せめて次の年に動き出すと思うんです。実際の所は手許の資料では判りませんが、『もし私だったら大阪の商人がダメージを受けている内に交渉するだろうな(鬼)』と思ってこんな話にしてみましたv
そして相変わらずのろくでなし隠居・斉直(爆)。拙宅のこの人なら『借りた金は自分のもの』とばかりに借用書は片っ端から捨ててしまうだろうと、久しぶりに登場して貰いました。でないと天保10年にはお亡くなりになってしまいますのでねぇ・・・・・最後の大迷惑になる可能性大です(さすがにこれ以上やらかす事はないだろうと思いたい・・・・・。)


次回更新は11/10、よりによって一番大きな借金をした人の借用書がない中、果たして茂真の交渉は成功するのでしょうか?次回をお待ちくださいませv
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