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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第二章

夏虫~新選組異聞~ 第二章 第八話 水戸派粛正・其の肆

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さらに激しさを増した雨音にお梅の悲鳴が被さる。

「あ・・・・・あんた・・・・・ひじか・・・・・!」

 お梅が見たもの、それは行灯のぼんやりした灯りに半分だけ浮かんでいる土方歳三の、鬼気迫る秀麗な顔であった。だが次の瞬間、きらりと光る何かがお梅の視界の端に飛び込んでくる。

(刀----------!)

 そうお梅が感づいたまさにその瞬間であった。

ザシュ!

 濡れ雑巾を叩き付けるような嫌な音と共に、濃い血の臭いがむわっ、と部屋中に広がる。土方が動き出す前に沖田が刀を閃かせ、お梅の首を斬ったのだ。お梅の視界に飛び込んできたのは沖田の刀に反射した行灯の光であった。
 行灯の灯の中、驚愕の表情のまま斬られたお梅の首は、苛立たしいほどゆっくりと落ち、床に転がる。首の皮一枚だけを残して斬る、いわゆる介錯斬りをこの状況の中やってのける沖田の腕に、思わず原田は小さく口笛を吹いてしまい、土方に睨まれた。

(悪いな、お梅さんよ・・・・。だが、顔を見られちまったら生かしておくわけにはいかねえんだ。)

 心の中でお梅に詫びながら、土方は間髪置かず芹沢に襲いかかる。そしてそれに沖田、原田が続き山南は足場を確保するために倒れた屏風を蹴り飛ばし部屋の隅に押しやった。
 男四人の乱暴な足音にお梅の悲鳴----------これらの騒ぎにもまだ起きようとしない芹沢に対し、沖田と原田が布団の盛り上がりに剣を突き立てようと刀を勢いよく振り下ろす。

ガキン!

 その瞬間、耳をつんざく金属音が部屋に響き渡り原田の刀がはじき飛ばされた。刀は梁に当り深い傷を刻み付ける。さらに続けざまに布団の中から脇差しらしきものが沖田の顔めがけて突き出てきた。間一髪沖田はそれを避けるが、鼻の下から頬にかけて痛みが走る。どうやら皮一枚斬られてしまったらしい。じんじんする痛みと共に生暖かいぬるつきを沖田は頬に感じた。

「・・・・・寝入っているときの暗殺ってぇもんは、もう少し手際よくやるもんだ。どたばたと五月蠅ぇったらありゃしねぇ。どうせなら眠ったままあの世に送りやがれ、糞ったれが!」

 そう毒づきながら芹沢はゆっくりと上体を起こすと、いきなり掛布団を暗殺者達に投げつけた。

「わっ!」

 布団をまともに受けてしまった沖田と原田が声を上げ怯むが、その横を土方がすり抜け芹沢に斬りかかる。

ガキン!

 先ほどと同じ、否、さらに大きな音が部屋に響き、土方の刀が根本から歪んでしまった。芹沢の左手にある鉄扇が土方の刀に力任せに叩き付けられたのである。利手でないのに大刀までねじ曲げてしまうこの威力は芹沢ならではだ。
 だが、土方も怯んでばかりは居られない。すかさず大刀を捨て脇差を引き抜くと、今度は芹沢の喉元めがけて脇差しを突き入れる。

「!!」

 上体を起こしただけの芹沢では絶対にこの突きから逃げられない----------その筈なのに土方の脇差は空を切ったのである。

「遅い!そんななまくら刀で俺を斬ろうなんざ百年早い!くそたわけが!」

 声の方を見上げるとすでに芹沢が仁王立ちになっていた。土方の剣を転がりながら躱し、その勢いで立ち上がったのだ。寝間着も身につけぬ、下帯ひとつの姿の芹沢はそのまま庭先へと飛び出してゆく。

「追え!」

 土方は三人に指示を出しながら臍を噛んだ。どうやら芹沢が下帯姿なのは四人相手に戦う為の作戦なのだと今更ながら気がついたのだ。

(この激しい雨じゃ・・・・・下帯一丁の方が有利だ。早くけりをつけねぇと。)

 きっと平山やお梅を片付けている間に素早く作戦を立て、少しでも有利に戦うべく着物を脱いだに違いない。案の定芹沢を追いかけ飛び出した瞬間から着物に雨が染み込み、どんどん重たくなっている。寒さも追い打ちをかけ、普段は軽すぎると感じる脇差さえもまともに振るう事が難しくなっている。芹沢はそこまで見越していたのだ。
 人数で勝っていても、この状態では時間が経つほど不利になる。しかも相手は百戦錬磨の芹沢だ。四人とも殺される可能性もこれでは否定できない。
 芹沢は右手に脇差、左手に鉄扇という二刀流の構えで四人を相手にしているが、疲れた様子をまったく見せない。むしろ鎖から解き放たれた獣のように生き生きと四人を相手に戦っていると言っていいかもしれない。そう理解した瞬間、土方の中で何かが蠢きだした。

「・・・・・おもしれぇじゃねぇか、芹沢鴨!」

 会津からの命令とは言え、芹沢という手練れを相手に本気で戦う事が出来るのだ。芹沢鴨という名の獣を前にして土方の中に眠っていた『鬼』がまさに目覚めた瞬間であった。
 土方は雨を吸って重たくなった着物の袖を抜き諸肌脱ぎになると、脇差を振りかざして芹沢に向かって突進する。

「土方さん!」

 あまりに無謀な土方の攻撃に、沖田は思わず声を上げてしまった。八木家の者達にばれてしまうかも、という心配が頭を掠めたが、それ以上に土方の無謀な突進を止めなくてはという焦りの方が勝った。だが、沖田の思惑とは逆に土方は芹沢と対峙する。

「てめえら!俺が殺られるまで一切の手出しは許さねぇ!そこで指咥えて見物でもしてやがれ!」

 他の三人が答える前に、芹沢と土方の脇差同士が耳障りな金属音を響かせた。

「ああなっちまったらもう見境がないからなぁ、土方さんは。」

 呆れたように原田が呟く。この時、一番土方の状況を冷静に判断していたのは原田だったかも知れない。焦る沖田や山南を尻目に手にしていた脇差を下ろしてしまったのである。そんな原田を見て沖田はますます焦りを露わにする。

「そんな悠長な事を言っている場合じゃないですよ。土方さんが芹沢さんに刺された瞬間に一気に攻め込みますからね!」

 沖田が苛立ちを露わに叫んだまさにその時、一筋の光が芹沢と土方を照らし出したのである。そちらの方向に二人が振り返ると山南が龕灯を手に濡れ縁に立っていたのである。これならば周囲を筒に包まれているだけに雨に濡れてもそう簡単に火が消える事はない。

「山南さん!龕灯持ってきていたんですか!」

 沖田の問いかけに山南は首を横に振り、そこに架かっていたのを拝借したと雨にかき消されそうな小さな声で答えた。三人がそんなやりとりをしている最中、龕灯の光の侵入によって戦いが動いたのである。
 山南が手にしている龕灯の灯りが、一瞬芹沢の目に光が入り、眩しげに目を細めてしまったのだ。

「覚悟!」

 その瞬間を見逃さず土方が斬り込んだのだが、芹沢は目を細めたままその攻撃をひらりと躱してしまった。

「笑止!龕灯ごときの光で目を潰されていては今まで生きちゃいねぇ!」

 雷鳴のような芹沢の声が雨の中に響くとすかさず芹沢の脇差が土方を襲う。それを避けようと身体を仰け反らせた土方は泥に足を取られ尻餅を突いてしまう。

「土方さん!」

 沖田の悲壮な叫びが雨に消える。

「土方!これで仕舞だ!」

 止めをささんと芹沢の脇差が土方に振り下ろされたまさにその時だった。土方の手が泥を掴み、芹沢の顔めがけて投げつけたのだ。

「うおっ!」

 泥が目に入り、さすがの芹沢も動きが止まる。その瞬間----------土方の脇差しが芹沢の分厚い身体を貫いたのだ。雨とは違う、生暖かいものが土方の身体に、そして顔に降り注ぎ、脇差を伝ってさらに濃密な芹沢の生命が土方の手を濡らしてゆく。

「・・・・・や・・・・・るじゃねぇか。土方・・・・・よ・・・・・。」

 龕灯の灯りの中、芹沢はにやりと笑ってゆっくりと崩れ落ちた。

「武士(おとこ)同士の戦いに土塊を投げつけるたぁ・・・・・おめぇは・・・・・どうあがいても・・・・・土塊が似合う百姓にしかなれねぇぞ。」

 土方にのしかかるように倒れ込んだ芹沢は、命の限り土方に向かって喋り続ける。

「ああ・・・・・どうあがいたってあんたのような武士にゃなれねぇ。」

「だがよ・・・・・死に急ぐ・・・・・武士にゃ・・・・・できねぇ・・・・ことが・・・・おめぇには・・・・・できる・・・・・。」

 先ほどの雷鳴のような大声が嘘のように、芹沢の声がだんだんと弱く、か細くなってゆく。芹沢の命が消えかかるこの瞬間に自分の頬に流れる水滴が雨なのか、それとも涙なのか土方には判らない。

「・・・・・浪士・・・組・・・・・たのん・・・・・だ・・・・ぞ・・・・・。」

 その言葉を放った瞬間、土方にのしかかっていた芹沢の身体から力が抜け、ただでさえ重たい身体がさらに重たく感じられた。

「芹沢さん・・・・・・・?おい、芹沢さん!」

 自分が手を下したにも拘わらず、土方は芹沢の亡骸に向かって呼び続ける。そんな土方の方に沖田の手が乗っかった。

「土方さん、ここに長居をする事はできません。芹沢さんは・・・・・。」

 煩いほどの雨音の中、決して大きくない沖田の声がやけに土方の耳に障る。

「・・・・・芹沢さんは亡くなったんです土方さん、あなたに今後を託して。だからこそ早くここを離れましょう。新選組を存続させるためにも。さあ、早く!」

 沖田は呆然としている土方の腕を掴んで無理矢理立たせると、雨と闇に紛れて前川邸へ戻っていった。



 八木邸から芹沢達が殺されたという知らせが届いたのは四人が前川邸へ戻ってすぐの事であった。巡察から帰ってきたばかりの井上と藤堂、そして『暗殺には役に立たぬ』と留守居を強要されていた近藤がその対応に当たった。偶然とは言え近藤を待たせておいて正解であった。何故なら暗殺に携わった四名は、血と泥で汚れ人前に出られる状態ではなかったからである。
 前川邸に作り付けの風呂は無く、湯屋もとっくに閉まっているので四人は台所の土間に盥を置き、それに湯を張って身体を清めていた。

「ねぇ、土方さん。今度屯所に風呂を作りませんか?血で汚れるから迷惑になるとかなんとか理由を付ければきっと許可がおりますよ。」

 盥に張った湯で身体を拭きながら沖田がぼやく。確かに男四人、土間で盥の湯を奪い合う光景は見ていて情けないものがある。

「文句を言うな!井戸があるだけまだましだろうが!血の汚れなんぞ井戸水で落としてから湯屋にいけばいいんだよ!」

 庭で尻餅を突いてしまった上に芹沢の返り血をまともに浴びてしまった土方は湯で身体を拭く前に冷たくなりつつある井戸水を何杯か被る羽目に陥っていた。それだけに沖田の甘っちょろい発言が気に入らないらしい。

「でもこんな夜遅くじゃ無理ですよ。これから冬になりますし、巡察のあとのお風呂は気持ちいいでしょうねぇ、原田さん。」

 沖田は誰かに同意を得ようと原田に話を振った。

「何で俺に水を向けるんだよ!俺はおめぇみたいに贅沢はいわねぇぜ。巡察が終わったらそのまま島原に行って馴染みにあっためてもらうからさ。」

 だが、その原田に発言に茶々を入れたのは意外にも山南であった。

「左之、見栄を張らないほうが良いんじゃないのかい。だいぶあっちこっちで振られているという話を小耳に挟むよ。」

 山南の思わぬ発言に言われた原田までが笑い出してしまう。そんな馬鹿話に興じながら----------というかむしろ馬鹿話でもしなければやっていられない----------四人は騒ぎながらも汚れを落とし、着替えを済ませた。そして水戸派粛正の報告をしに局長室に出向くと、すでに八木邸から戻ってきた近藤が待っていた。

「・・・・・芹沢さんは、満足そうな笑みを浮かべていたよ。まるで刺客にやられたとは思えないほど穏やかな。」

 ぐずん、と鼻を鳴らしながら近藤は四人に告げる。

「だろうな。下手すりゃ四人が四人とも殺られていたっておかしかねぇ。」

 口の端に微かな笑みを浮かべ、土方は近藤の顔をじっと見つめた。

「・・・・・芹沢さんからの遺言だ。『浪士組を頼んだぞ』と。」

 その瞬間、近藤の目から涙があふれ出て、肩を振るわせた。そんな近藤をただじっと見つける土方であったが、芹沢から言われたもう一言だけは近藤には言えなかった。

(武士に憧れ、武士を目指している勝ちゃんには言えねぇよな。『どうあがいても土塊が似合う百姓』だとか『死に急ぐ武士にゃできねぇことができる』なんてぇ台詞は・・・・・。)

 きっと芹沢は自分がしたくても出来なかった事----------自分が作り上げた新選組、否、誠忠浪士組を守り、育てて欲しかったに違いない。

(あんたの言葉は俺一人の胸にしまっておく。だが・・・・・あんたが命と引き替えに遺した約束だ。どんな目に遭っても・・・・・例え地べたを這いずるような事になってもあんたの最期の頼みは絶対に守る!)

 泣き続ける近藤を見つめながら土方は一人、心の中で密かに決意を固めた。そしてその男の約束は、土方が命を落とすその瞬間まで守られる事になる。


 新選組筆頭局長・芹沢鴨、享年三十六歳。それはまさに烈火の如き激しく燃えた男の最期であった。



UP DATE 2010.11.05


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とうとう芹沢局長粛正されてしまいました・・・・・(T T)。やっぱり書く方としても辛いものがありました。書いている内に芹沢局長に愛着も沸いてきていましたからねぇ。それでも大きな山を一つ越えた安堵感もあり、何とも言えない複雑な気分を味わっております。
どちらにしても大変なのは試衛館派も私も同じ、芹沢鴨亡き後の事後処理が次回から始まりますので気合い入れ直して頑張りたいと思います(だけどただいまふぬけ中・爆)


そして今回ちょっと話に出させてもらったお風呂の件、拙宅の話では前川邸にお風呂は無い事にしちゃいました。新選組とお風呂のエピソードって松本良順が土方に進言してすぐに準備させた、っていうのが有名じゃないですか。広々した西本願寺屯所にお風呂が無かった、ってことを考えると前川邸にお風呂は無理だったろうな・・・・・と。まぁ男所帯ですから多少(?)小汚くても文句は言われなかったでしょうし、近くに湯屋の一つや二つはあったでしょうから不便は感じなかったんじゃないでしょうか。自宅にお風呂なんてそれこそ大名や旗本レベルの贅沢(有名商家でさえお風呂は湯屋に出向いてました。)でしたから、土方あたりは新選組屯所にそんな贅沢は・・・・・と思っていたに違いありません。(ただし、沖田ら実働部隊の一部は切実に欲しがっていた、という設定で・爆)


次回更新予定は11/12、芹沢の葬儀を中心にしつつ、試衛館派の苦労話が始まりそうです。
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