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「葵と杏葉」
葵と杏葉・改革編

葵と杏葉改革編 第八話 算盤大名の腕前・其の貳

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 茂真が斉正の特命を受けて大阪を訪れたのは、大塩平八郎の乱が平定され、その混乱がようやく一段落した五月初頭の事だった。

「いいか、これからが正念場だ。行くぞ、万兵衛!」

「承知!」

 茂真は担当の一人である成松万兵衛に一声掛け気合いを入れると、蔵屋敷で一息吐く間も惜しんで大阪新町にある両替商・三井へと出向いた。



 三井は伊勢出身の豪商で、公金為替も扱う幕府御用商人でもある。大店ながら地道な商売を推奨し、三井十一家代々の当主の中でも特に有名な三代目高房は、豪商達の興隆・衰亡を記した『町人考見録』の中で大名貸などの派手な取引を禁じている事で有名である。しかし、この不景気の時代そうも言っていられないのが商売人の悲しさであった。
 元々佐賀藩は別の両替商と取引していたのだが、その店が倒産し、その取引先が持っていた大名貸債権を引き受けさせられているのである。さらに今回の打ち壊しによる店舗焼失とさんざんな目に遭っていたのだが、そんなところに追い打ちをかけるのが招かざる客――――――借金の返済を踏み倒そうとする各藩の使者であった。



 新町に大急ぎで建てた仮店舗に佐賀藩請役が直々にやってきたということで、新町家の主及び筆頭番頭がその対応に当たった。

「この度の災難、誠に愁傷であった」

 自分より遙かに年上の新町家の主と筆頭番頭を前に怯んではいけないと、精一杯取り繕いながら茂真は手土産の羊羹を差し出した。砂糖を多く含み保存が利く羊羹は、当時贈答用としても大変珍重されていたが、高価な砂糖を多く含む分値段も張る。それを手土産に、ということは『それなりの話』を持ち込んできた事を意味していた。

「へぇ、おおきに。お気遣い、誠にありがとうございます」

 しわんぼうで有名な佐賀藩が持ってくる手土産にしてはあまりに高価な品物に、一瞬探るような視線を投げかけながらも、うわべだけは愛想良く筆頭番頭はその羊羹を成松から受け取る。

「今日拙者ががこちらに来たのには理由がある。こちらだ」

 そう言って茂真は成松を促し、持ってきた全ての借用書を相手に渡した。主がそれを受け取り筆頭番頭が早速中身を確かめる。

「見て貰えばすぐに解るかと思うが・・・・・・大殿の代に借り入れた際の借用書が二年前の火災で燃えてしまったらしく見つからぬ」

 信じて貰えぬのを覚悟して、茂真は斉直の分の借用書がない事を明かした。

「ほぉ・・・・・先代はんのだけ、でっか」

 主はじっと茂真を見つめ、その言葉の真意を測ろうとするが、茂真が嘘を吐いている様子は見あたらなかった。だがそうやって商人達を騙す武士も少なくない。

「何代も前の借用書もこちらには揃ってはるというのに・・・・・・そんな都合の良い話を信じろ、と言わはるんですか」

 棘のある筆頭番頭の言葉に、茂真はむっとした表情を浮かべたが、ここで腹を立てて話を壊してはならぬと、ぐっと辛抱する。

「嘘を吐くならこれらの借用書も持っては来ない。先の佐賀藩の火事かもしれぬし、子年の大風の時かも知れぬ。大殿の配下が捨ててしまったかも知れぬが、先代の分の借用書だけは我々の手許には無い。信じて貰えぬかもしれぬが、これが我らの誠意だ」

 確かに嘘を吐くのなら遙か昔の借用書も燃えてしまった事にすれば済む事であるし、佐賀ならばそれが許される状況にある。

「・・・・・・そう言う事でございますか」

 慣れない交渉事の席に着き、必死に説明を続ける茂真の言葉尻に商人は真実を見つけたらしい。

「若殿様も大殿様の扱いには苦労しはっているとお聞きしておりますさかい」

 主とは逆に筆頭番頭は嫌みを含んだ言葉を茂真と成松に投げかけるが、ここでも二人は怒鳴りつけたいのを必死に堪える。

「こちらとしては、大阪にしっかりした借用書があるからと安心しきっていたのだが、それが仇になるとはな・・・・・・一軒一軒、どこでどれだけ借り入れたかはっきりしないものを返済する事は出来かねる」

 ようやく本題に斬り込んできた茂真に対し、主と筆頭番頭は身構えた。ここからが本当の勝負になる。出来る限り三井の利益は確保しなくてはならないと二人の目に殺気に近い光が灯る。

「で、どうしろと言わはるんですか」

 探るような目で筆頭番頭は茂真を睨み続けた。あまりに非道い話なら相手が武士でも断らねばならない。実力行使に出られる恐怖はあるが、ここは三井の筆頭番頭の名にかけて引くわけにはいかないのだ。だが、それに対し茂真はむしろ穏やかに佐賀の言い分を口に出した。

「そこでだ・・・・・・そこにある借金元本全てに半端な分一千六百貫を足して合計銀八千貫、五年で返済する事で認めてはくれぬか。残り元本は献金、そして利子は打切ということで勘弁して欲しいのだが」

 想いもしなかった茂真の提案に、主と筆頭番頭は顔を見合わせ目を丸くする。

「五年・・・・・・でっか?そんな短い期間で・・・・・・ほんまに大丈夫なんどすか?」

「この度の打ち壊しでまとまった金が要るのではないのか?そこで江戸、長崎の商人への返済を暫く止め、大阪の返済に充てるようにと若殿のお達しだ」

 二人は迷った。ざっと換算してもそれは貸した金の四半分にしかならない。だが、それが五年という短期で返ってくるとなると話は別である。店の再建のため、出来るだけ早くまとまった金が欲しいのは事実である。

「・・・・・・痛いところをついてきはりますなぁ、佐賀のお方は」

 話を呑んだ、とは決して言わないが、その一言に茂真は勝利を確信した。

「災難に遭ったのはお互い様だ。災難に遭った者にしか判らぬ事情というものがあるのは確かだろう。ま、どうしてもというのであれば仕方がない。我らとしては粛々と今まで通り年間僅かな返済を続けると言う事でも構わぬが・・・・・・では、帰るとするか、成松」

 茂真は含み笑いを浮かべながらゆっくりと立ち上がろうとする。

「お・・・・・・お侍様!お待ちくだはれ!」

 主が立ち上がろうとする茂真を慌てて止める。

「・・・・・・その話、呑みまひょ」

 四分の三の元本が返ってこないのは痛いが、それ以上に早期返済は魅力的であった。

「・・・・・・そなたならそう言ってくれると確信しておった」

 茂真は勝ち誇った笑みを浮かべ、成松に命じて隠し持っていた包みを主と筆頭番頭の目の前に差し出す。

「これは取りあえずの手付け金だ。九月の収穫期になったら、今年の支払いを出来るだけ早くするから今暫く待て」

 それは三百貫ほどはあろうかと思われる銀の塊であった。

「五月にこれだけの銀を・・・・・・」

 思わぬ返済に二人は驚愕する。

「若殿の御意思だ。困っている者、必要な者に対して先に支払いをせよと言ったのも若殿であるし・・・・・・」

 その言葉には『何もそこまでしなくても』という茂真の真意が含まれていた。

「・・・・・・大阪商人顔負けの金の使い方をしはりますなぁ、今度の殿様は。申し訳ありまへんが、うちらがそちらはんに金を貸す事は二度と御免被ります。こんな手強い殿様、相手にしてたらうちらかて敵いまへん」

 佐賀の手腕に冗談とも本気とも付かない言葉を主は吐き出した。



 茂真の大阪行脚は数日間に渡って続いた。さすがに渋い顔をする商人達もいたが、『五年で借金の四半分を全部返済』という短さの魅力に勝てなかったと見え、全ての店で承諾を取り付ける事が出来た。この支払いによって佐賀の目安方は暫く苦境が続くだろうが、大阪での借金が四半分-――――――四分の一になった事を考えれば安いものである。

 また、焼け出された商人達の痛いところを見事に付いてくる佐賀の手法に、いつしか斉正は『算盤大名』と大阪商人達の間で揶揄されるようになった。
 利子をまったく支払わず、しかも元本の四分の三を踏み倒していながら、喉から出るほど欲しいまとまった金を、しかも短期間にまとめて投入するという商人顔負けの手腕に対し感心半分、悔しさ半分のあだ名である。

「今の殿様の間は佐賀藩を相手にするのは極力控えた方が良い。騙すつもりが騙される」

 以後佐賀藩が大阪商人から新たな借金をする事はなかったが、佐賀藩に対し大阪商人達が警戒を強めたのは言うまでもない。



 大阪での借金交渉は上々の運びとなった。だがこれはあくまでも大阪だけの話である。借金をしているのは大阪だけでなく江戸、長崎、そして地元佐賀の商人と多岐に渡っているのだ。それを一つずつ片付けていく茂真の戦いは始まったばかりであった。
 特に長崎に置いては井内、中村など二十代前半の若い藩士が中心となって交渉に当たっていたので、交渉が難航していた。だが、その流れを変えたのは浦賀、そして薩摩沿岸に現れたアメリカ船・モリソン号であった。浦賀においても薩摩においても砲撃騒動になり、いつ長崎にモリソン号がやってくるかと長崎が騒然となったのである。

「長崎を守っているのはどこであろうな?」

 虎の威ならぬモリソン号の威を借りて若い彼らはようやく長崎商人から七十年から百年の利留永年賦を取り付けたのである。そして一部の商人からは『長崎警備の為の献金』名目で元本の支払いも免除させたのだが、そう簡単にいかないのが交渉事である。

「三善屋は散々ごねた挙げ句、七割返済、七十年賦だ。奴ら、人の足元を見やがってなかなか元本を負けようとはせぬ。夷狄が押し寄せてきても助けてなどやらぬぞ、絶対!」

 怒りを露わにする中村に対し、井内はくすくすと笑いながら茶を差し出した。

「やっぱり返済額はそう簡単には減らして貰えぬな。特に借金額が多い店はこれを認めたら店が潰れかねない所も少なくないし」

 井内の言葉に中村も徐々に怒りを収め、頷く。

「七十年賦だからなぁ。ああ、いっそ大殿の分の費用の半分でも借金返済に充てる事が出来ればどんなに楽か」

「それを言うな。空しくなるだけだ」

 人員を削減し、本来藩財政から賄わなくてはならない江戸藩邸の費用さえ藩主私用の経費から賄い、削減に努めているのに斉直の浪費は相変わらずであった。さすがに藩政に口出しできなくなってはいたが、それ故に『気晴らし』を求めるのかも知れない。
 さらにこの頃は同情を引こうと、やれ脚が痛いだとか頭が痛いだとか事あるごとに文句を言う。傍から見たらつやつやと顔色も良く、どこが悪いのだろうと訝しむ声さえ聞こえる。

「まぁ、あと十年はご壮健だろうな」

 憎まれっ子、世に憚るとはよく言ったものだと井内と中村は溜息を吐いた。



 そんな苦労の末の交渉も着実にまとめてゆき、残りは江戸の商人相手の交渉のみになった。

「でしたら今年の参勤の時に一緒に江戸へ上がりましょう、兄上」

 斉正の提案に、茂真は少し困ったような表情を浮かべた。できれば斉正が参勤で江戸に上がる前に厄介事を片付けようと思っていたのである。それに参勤と一緒に行動するとなると動きが鈍くなる事も懸念された。

「幾ら人数が減っても三百人はくだらないですよね。私だけでも先に江戸に出向いて交渉した方が・・・・・・」

「それは兄上が一度も参勤をした事がないから言えるのです。他藩の参勤ならいざ知らず、佐賀の参勤の速度は信じられないくらい速いですよ。しかも駕籠の扱いが乱暴ですし・・・・・・それにまだ大塩残党が各地で打ち壊しをしている状況です。できるだけまとまって江戸に行った方が安全です」

 斉正の説得に茂真の心も揺れ動く。大塩の乱が平定されて半年経った今も全国各地で打ち壊しが横行している。今までにない位、道中の治安は悪くなっているだけに、できるだけ大人数で旅をした方が安全だ。

「今回は打ち壊し対策して浪速まで御座船を出しますし、兄上が別行動で江戸に上がるよりは経費も安く上がると思いますよ」

 さすがに大名行列を襲撃するものはいないだろうが、斉正は万が一を考えて今回は海路を選択していた。それに乗る人間が一人増えたところで経費は殆ど変わらない。尤も斉正には別の思惑もあったのだが・・・・・・。

「道中の半分とは言え、あの揺れから解放されるんですから」

 駕籠の揺れから解放され、大好きな船に乗る事が出来る大義名分にはしゃぐ弟を横目に茂真は苦笑いを浮かべた。

「確かに佐賀や薩摩に対して酷い戯れ唄が流行っているようですが」

 斉正がそれほど駕籠を厭がる理由が理解できず茂真は尋ねる。それに対して斉正は心外だと言わんばかりに茂真に言い返した。

「あの唄は語呂にあわせて実際よりも甘い物になってますよ。本当に酷いんですから、佐賀の参勤は・・・・・・まぁ一度経験してみてください。大名にならなくて良かったと心の底から思えますよ、兄上」

 意味深な斉正の言葉の本当の意味を、茂真は後に嫌と言うほど思い知らされる事になる。



UP DATE 2010.11.10

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『算盤大名の腕前・其の貳』です。う~ん、動きのある戦いを表現するのは難しいと解っておりましたが、静かな戦いというものも難しいんですね(^^;
ぎゃんぎゃん騒ぐ茂義VS風吹のような明るい喧嘩ならばまだしも、陰に籠もった借金交渉の描写がこれほど大変だとは・・・・・まだまだ修行が足りないようです。しかし、これから他藩との政治的な交渉とか増える筈なんですよねぇ(苦笑)。できるかぎり解りやすく、面白く表現できるか、これからちびちびと頑張らないといけません(^^)

そして今回三井十一家の内、新町家を登場させましたが、正直どの家が大阪に店を構えていたのか判らず、『大阪新町』があるということで新町家を登場させました。もし『大阪の三井』が何家だったかご存じの方がいらっしゃいましたら教えてやってくださいませm(_ _)m←ネットの限界を痛感><



大阪、長崎と何とか借金交渉を終わらせたチーム茂真、残りは後江戸のみです。こちらの方は今までの経験もありますので今までよりはましだと思うのですが・・・・・もしかしたら他藩の踏み倒し、もとい借金交渉の様子も垣間見えるようにしたいかな、と目論んでおります。


では次回更新は11/17、江戸に上がる茂真と盛姫が初めて対面します。(そして斉正&盛姫のいちゃいちゃぶりを見せつけられるんだろうなぁ・・・・・。)

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