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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第二章

夏虫~新選組異聞~ 第二章 第九話 局中法度・其の壹

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一昨日の雨が嘘のようにからっと晴れ上がった文久三年九月二十日、新選組筆頭局長芹沢鴨と副長助勤平山五郎の葬儀がしめやかに行われた。
 二人と共に寝ていた平間重助は行方知れずであったが、誰もその事を詮索しなかった。否、詮索できなかったと言う方が正しいだろう。平間が隊から逃げ出した事実は、とりもなおさず隊内にいては命が危ない----------すなわち芹沢らを殺した犯人が隊内に存在する事を暗に物語っていた。でなければ隊に残り芹沢の敵討ちをと考える方が妥当であろう。
 ちなみに平間はこの逐電後、一旦水戸に帰郷し芹沢家に事の顛末を伝えると、再び消息を絶ったと伝えられる。

「芹沢さんの葬儀にふさわしい、浅葱色の空ですねぇ、近藤先生。」

 爽やかな風を心地よさげに受けながら沖田は空を見上げた。

「ああ・・・・・まったくだ。あの人の様にどこまでも大きな、美しい空だ。」

 清々しい表情の沖田とは対照的に、涙で目を真っ赤に腫らした近藤が沖田の言葉に答える。そんな近藤の目の前にはまだ蓋が完全に閉められていない棺桶が二つほどあった。勿論芹沢と平山のものである。
 会津藩や奉行所の役人、そして二人の昔からの知人などが埋葬前に一度でも顔を拝みたいと申し出る事を考慮してそのままにしてあったのだが、案の定次から次へと弔問客はやってきて芹沢の顔を覗き込み、棺桶の蓋どころか顔に掛けてあった打ち覆いさえ一晩中外しっぱなしであった。

「本当に、いい顔をしていらっしゃいますよね、芹沢局長は。」

 打ち覆いを外された芹沢の顔を覗き込み、沖田はしみじみと呟く。紋付袴姿で棺に収められている二人は首を斬られているので、首がずれないよう座棺ではなく寝棺に収められ、傷は白木綿で巻いて隠していた。
 驚愕と苦悶の表情のまま死んでいった平山とは対照的に、芹沢の死に顔はどこまでも穏やかであった。それが余計に哀れを誘い、平隊士達の中にも芹沢の棺からなかなか離れようとしなかった者も少なくない。

「ねぇ近藤さん、これも収めましょうよ。別にかさばるものでもないし、いいでしょう?」

 そう言いながら藤堂が何かを手に部屋に入ってきた。それは色褪せた浅葱の隊服であった。金の無い時に作った隊服は色止めさえ施されていなかったのだろう。今や浅葱というよりは淡い水色に変化してしまっている。その色はまるで今日の秋空をそのまま切り取った様でもあった。

「・・・・・ああ、そうだな。」

 言葉少なに藤堂に応えると、近藤は浅葱の羽織を受け取り、そのまま芹沢の棺に入れた。

「誠忠浪士組の残り香が・・・・・・こうやってまた一つ無くなっていくんだな。」

 後ろを振り返っている場合ではないが、つい感傷的になってしまう。これでは芹沢も浮かばれないと近藤が首を横に振ったその時であった。

「近藤さん、そろそろ葬儀を始めよう。だいぶ弔問客も集まってきている。」

 葬儀の準備に奔走していた土方が近藤を呼びに来たのである。

「もう・・・・・そんな時間なのか。じゃあ行くとするか。」

 近藤は唇を噛みしめながら面を上げ、せめて芹沢を立派に送り出そうと襟を正した。



 真っ白な裃を着けた侍達が壬生寺を埋める。芹沢と平山の葬儀は壬生寺に於いて盛大に執り行われた。事件は表向き長州藩の仕業とされ、近藤の涙ながらの弔辞の後、二人はそのまま壬生寺の墓地に埋葬された。この日の内に近藤は事件の一連の経緯を記した手紙を郷里多摩の佐藤彦五郎へ送っている。
 このように盛大に行われた芹沢と平山の葬儀の裏で、ただ一人ろくな葬儀もされず、捨て置かれた亡骸が一つあった。芹沢の愛妾・お梅である。

「芹沢さんと一緒に埋葬してやってもいいんじゃねぇか?あれだけ想い合っていたんだから二世も共に、って芹沢さんも絶対に思うぜ。」

 土方を始め、数人の幹部が----------特に暗殺に加担した四人を中心に申し出たのだが、近藤が強硬に反対したのである。

「仮にも新選組の筆頭局長の芹沢さんとあんな売女を合葬する事はこれから新選組を担っていくものとして許すわけにはいかない!」

 それは近藤本人さえ気がつかない、芹沢への嫉妬だったのかも知れない。新選組の筆頭局長として立派な最期を遂げ、なおかつ本気で愛し、愛された女と共にあの世に旅立つ----------男としてこれほど理想的な最期があるだろうか。越えたくても越えられない芹沢に対する尊敬と嫉妬がお梅との合葬拒否という、極めて歪んだ形になって現れたのである。
 近藤の発言によりお梅の死体は八木家に三、四日置かれたが長く放置もできない。お梅の元・旦那の菱屋と交渉しても『暇を出した』と取り合って貰えず、最終的に西陣のお梅の里へ引き取らせたとも、無縁仏として葬ったともいわれる。



 試衛館派を中心とした新体制が始まったが、やはり元・百姓だった近藤が局長ということで幹部を軽んじる隊士も近々出てくると予想された。それをあらかじめ防ごうと土方が提案したのが『局中法度』だった。これは会津藩預となった浪士組時代当初に近藤ら試衛館派から芹沢ら水戸派に提示されたものであったが、芹沢の指導力の前に殆どお飾り状態になっていたものである。

「天然理心流入門の際に誓約する『神文帳』と似たようなもんだけどよ、実際の法として運用するのも悪くはねぇと思うんだよ。」

 そう言って差し出したのは芹沢らに提案していたものにさらに手を加えたものであった。



一、士道ニ背キ間敷事
一、局ヲ脱スルヲ不許
一、勝手ニ金策致不可
一、勝手ニ訴訟取扱不可
一、私ノ闘争ヲ不許
右条々相背候者切腹申付ベク候也



 元々が『神文帳』----------神との誓約書なので第一条『士道ニ背キ間敷事』などのように、内容が抽象的であるのは否めないが、それだけに局長や副長の一存でどのようにも解釈が可能である。これからどのような問題が起こるか予測が出来ない今、この曖昧さが必要なのである。

「全て切腹・・・・・ときたか。厳しすぎやしないか?」

 最後の『切腹』の一言に対し近藤が難色を示したが、土方は眉一つ動かさず近藤の言葉を一蹴した。

「無頼どもに情けをかけても仇で返されるだけだ。それに・・・・・。」

 暫くの沈黙が二人の間に流れてゆく。

「・・・・・手前仕置きは許されちゃいねぇだろう、俺達は。本当ならば隊を乱すものを片っ端からとっつかまえて首を刎ねちまいたいくらいだが。」

 手前仕置きとは隊内の犯罪者を自分達だけの判断で処罰することである。これは幕府及び大名にしか許されない権利であり、新選組のような小集団は会津藩や奉行所の許可を得なければ隊内の人間であっても勝手に処罰する事は許されないのだ。唯一許されるのは武士の権利である『切腹』のみ----------これは自分の意思でするものなので法に触れる事はない。

「歳!」

 法の裏をかいた土方のやり方に対し近藤は声を荒らげるが、土方はさらに強く言い返す。

「近藤さん、俺達はどんなにあがいても『元・百姓』でしかないんだよ!百姓が武士を統率し、規律を守らせるためには----------力しか方法はねぇ。」

「・・・・・・。」

 核心を突かれ、近藤も黙りこくってしまった。

「こんな事で新選組を潰す事になっちまったら芹沢さんだって浮かばれねぇ。ま、あんたは局長らしく『でん』、と構えていてくれりゃいいさ。汚れ役は俺が引き受ける。」

「おい、それじゃあ・・・・・!」

 割に合わないだろう----------近藤が言いかけたが、土方の表情を見て言葉を呑む。その顔は近藤が知っている、今までの土方歳三のものでは無かった。

「その方が俺にとっても都合が良いのさ。なぁに気にすんなって。」

 冷酷な鬼の表情を浮かべながら土方は立ち上がった。

「じゃあ、これを隊士達に通達してくる。」

 近藤に言い残すと土方はするり、と局長室から出て行く。あまりにもてきぱきと仕事をこなしていく土方に近藤は自分の甘さを痛感せずにいられなかった。

「俺も・・・・・腹を据えて変わらなければいけないな。」

 土方が出て行った後を見つめながら近藤はひとつ、自分の中で決意を固めた。



 前川邸の庭に集められた隊士を前に土方は新たに制定した局中法度を読み上げた。違反した者はすべて切腹という厳しいものに隊士達は騒然としたが、その後に続き土方はこう付け足した。

「これはあくまでも『勝手に』という但し書きが付く。家庭の事情により家を継がねばならぬ者、隊務に支障を来すほど体調が悪化した者などやむを得ない理由がある場合は除隊も可能だし、隊務に関わるやむを得ない金策、訴訟においては土方まで直々に申し出るように。だが・・・・・。」

 土方は一区切り付ける。

「隊規のひとつも守れねぇ奴は腹ぁ斬らせる!その旨肝に銘じておけ!いいな!」

 ドスを効かせた怒鳴り声に隊士達は首を竦めた。

「あ~あ、土方さんってば肩肘張っちゃって。」

 影で見ていた沖田はあくびをかみ殺しながら苦笑いを浮かべる。

「いいのかよ。あんな厳しい隊規、こんな無頼の集団が守れるとも思えねぇぞ。」

 沖田の隣にいた永倉が心配そうにささやきかける。

「永倉さんも人が良いなぁ。自主的に守らせるんじゃなくて、力でねじ伏せて守らせるんですよ。土方さんもそう言っているじゃないですか。その為の私たちの腕でしょう。」

 永倉に視線を寄越しもせずに沖田はへらへらととんでもない事を零した。

「おい・・・・・。」

「田舎道場の道場主あがりの近藤先生が芹沢局長の代わりをしなきゃならないんです。正攻法でいったら確実に新選組はばらばらになりますよ。」

 局中法度に関する土方の説明が終わり騒然とする前川邸の中、沖田の目は相変わらず永倉を見ずにただ一点に注がれていた。

(土方さんの本気を知らしめる標的には悪くないですよね。)

 そこには御倉伊勢武、荒木田左馬之介、そして楠小十郎の三人が何かを話し合っていた。元々長州の間者として目を付けていた三人だったが、局中法度が出された事により何か行動に移るのかも知れない。

(へぇ・・・・・あちらにも御同類がいらっしゃいましたか。)

 越後三郎、松井竜次郎、松永主計の三人が御倉らの集団に近づいていた。その様子から彼らも間者に違い無さそうである。

(とりあえず土方さんと近藤先生には言った方が良さそうですね。)

 沖田は怪訝そうな顔をしている永倉の方に向き直り、無邪気な笑顔を見せるとふらり、と局長室の方へ向かった。



 沖田の報告を聞き近藤や土方は勿論、その他の幹部達も色めき立った。

「なるほど・・・・・尻尾を出しやがった長州狐が六匹か。思ったより多かったな。」

 原田が腕組みをしながら唸る。二、三人は把握していたが六人は想定外であった。

「内三人は政変の後に入隊しています。隊士急募の影響が悪い方に出てしまっているようですね。」

 山南が入隊記録を手にしながら指摘する。八月十八日の政変以後、京都から追い出されたはずの長州藩士達が正体を隠し紛れ込んだらしい。そう考えるとどれだけの長州系の藩士や浪士が京都に残留しているのか----------考えるだけでぞっとする。

「・・・・・これからは近場での隊士募集は極力控えた方が良いな。隊士の身内や信用できる紹介以外は。」

「となると、どこで隊士の募集をかけるんですか。」

 土方の呟きに沖田が問いかける。

「江戸さ。それは追々決めていこう。それよりも・・・・・確かに局中法度の怖さをたたき込むには都合の良い相手でもある。遅かれ早かれ処分するつもりだった奴らだ。少しは俺達の役になって貰おう。」

 土方は話をまとめると近藤に向かって語りかけた。

「近藤さん、確か周斎先生の体調が思わしくないから一度帰ってこいっていう手紙が来てたよな。」

「ああ、ここ最近のごたごたですっかり忘れていたが・・・・・。」

 近藤勇らが浪士組として京都へ出立した後、留守中の試衛館を守るため道場に復帰しようとした周斎だったが、この年に中風を患い病床に伏してしまったのである。その為、佐藤彦五郎を介して近藤に帰府を促す手紙を京都に送っていたのである。

「それを理由に会津に東帰を申請してみてくれねぇか。通るかどうかは別として。」

 そしてできるならば近藤が東帰している間に長州の間者を始末してしまいたいと声を潜めた。

「・・・・・ま、それが駄目なら長州の間者の首を刎ねてから江戸での隊士募集を認めさせるしかねぇけどよ。」

 芹沢の暗殺から五日も経っていないのに近藤の憔悴は目を覆うばかりであった。近藤の休息の為にも、そして隊士募集の為にも近藤の東帰を認めさせたい土方であったが、会津の返事は近藤達の期待を裏切るつれないものであった。



UP DATE 2010.11.12


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局中法度・其の壹です。芹沢鴨亡き後非常に不安定な新選組ですが、ある意味ここからが本当の近藤、及び土方新選組が始まります。芹沢という大樹が無くなってしまった今、試衛館派という若い木はどのように成長し、歴史に名を残していくのか書きながら楽しみにしたいと思います。

その成長の第一歩が『局中法度』です。史実では、というより永倉さんの記録では『禁令』となっていて『私ノ闘争ヲ不許』の項目が無いんですよね~。正直どちらを採用しようか悩みましたが、新選組ファンには馴染みのある『五箇条』にあえてさせて戴きました。フィクションではこちらの方がメジャーですし(笑)。
その隊規によって一番最初に粛正されるのは入り込んでいた長州の間者達です。果たしてどんな事になるのかこれからの展開をお楽しみくださいませv


次回更新予定は11/19、近藤の東帰に対する会津の反応が中心となります。
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