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「葵と杏葉」
葵と杏葉・改革編

葵と杏葉改革編 第九話 算盤大名の腕前・其の参

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 天保八年十一月、二年に一度の斉正の参勤が佐賀を出立した。今回は請役・茂真も共に江戸に参府するのと、未だ大塩の乱の影響が道中にある事を踏まえ、十人ほど人数を増やしたが、それでも以前の参勤に比べたら質素なものである。しかもその十人は茂真直属の家臣ではなく、武雄藩銃撃隊の精鋭十名であった。

「この不穏な状況下、長崎も大変でしょうに・・・・・・よく武雄が兵士を貸してくれましたね」

 穏やかな瀬戸内海をゆっくり航行する御座船に揺られながら、茂真は斉正に話しかけた。

「いえ、むしろ茂義がこの機会を願っていたようですよ、兄上。それに武雄にはまだ百名近い銃撃隊が残っていますから、いざ長崎!となった場合でも大丈夫でしょう」

 心配げな茂真を安心させるように斉正が答える。

「何せモリソン号が薩摩の沿岸までやってきましたからね。今のままじゃ長崎は守れないと危機感を強めているのでしょう。幕府から『武雄の銃撃隊がどれほどのものか実際に確認したい』と内々のお達しがありましたし」

 大塩の乱による全国各地の打ち壊し増加、そして浦賀や薩摩沿岸にまでやってきた外国船の驚異が深刻さを増す中、幕府は老中・水野忠邦が中心となって各大名に軍備の強化を命じていた。
 天保四年に幕府の隠密を匿うための『隠れ蓑』として結成された武雄の銃撃隊だったが、五年も経たずに実戦を強いられかねない状況に陥っているのだ。
 
「あの時の銃購入では幕府からの援助も結構ありましたので、武雄の銃撃隊、というよりむしろ幕府の銃撃隊なんでしょうね。どちらにしても沿岸警備の負担はますます大きくなりそうです」

 斉正の言葉に茂真や傍にいた松根が思わず頷いた。

「今までは風吹が事細かに報告してくれていたけれど、さすがに身重の状況では無理でしょう。そろそろ私の口からも正式に状況報告はしなくてはならないでしょうし、今回の銃撃隊参府は良い機会かも知れません」

 茶をゆっくりすすりながら言葉を発する斉正に対し、不意に茂真が渋い表情を浮かべた。

「つかぬ事を伺いますが・・・・・・風吹殿がわざわざ武雄の領地まで行って軍事演習を見学し、それを報告書として提出していたという噂は本当なんですか?」

 その疑問に答えたのは斉正ではなく、松根であった。

「ええ、本当です。本来幕府から借りた二万両が適正に使われているかという監査役を兼ねてこちらに来ておりますしね。特に武雄は長崎警護の最前線ですから、それを知る権利は幕府にもあるでしょう。元々茂義殿が風吹殿との口喧嘩に勝てないからと、脅すつもりで武雄領内に連れていったのが最初だったんですけど・・・・・・」

 阿蘭陀人から直接し込まれた、その整然とした隊列、そして一斉に鳴り響く銃声に夢中になったのはむしろ風吹の方であった。

「芝の定火消・石川殿の娘の血が目覚めちゃったんでしょうね。それから茂義殿を放り出して銃撃隊に夢中ですよ」

 最初は佐賀のお国事情もあるからと、風吹は一人こっそり自身の日記に軍事演習の状況を書き記していた。しかし、関係者の誰よりも的確に状況を描写している事が日記を覗き込んだ茂義によって判明し、『どうせ銃撃隊の報告は幕府に行わなくてはならないし、それならば克明に報告できる人間が報告書を書いた方が良いだろう』と、二万両の監査と共に武雄の軍事状況の報告もするようになったのである。ちなみに日記をのぞき見た茂義は、長刀の柄で叩きのめされている。

「”やや”まで出来たのに相変わらずですよね、あの二人は。というか、長刀の柄で叩きのめされながらいつ、子供を作る事が出来たのか」

「ええ、まったく・・・・・・夫婦仲の良いところに子が生まれる様子が無く、喧嘩ばかりのところに子供が出来るなんて」

 どちらかが死ぬまで喧嘩は絶えないのだろう。三人は顔を見合わせて苦笑いをした。



 難波で船を下りた伊豆に到着した斉正は、韮山代官・江川から『影武者』を立てるようにと提案された。

「ただでさえ物騒な箱根だが、今年は特にひどい。春や夏のように多くの大名が行き交う時期ならともかく、大名行列とはいえ佐賀藩単騎で行くには危険すぎる。影武者代わりに座布団の簀巻きでも駕籠に放り込んでおいた方がいいと思うが」

 関所を通らなくてもいいのなら海沿いの安全な道を通るなり、船で真鶴や小田原に出るなりできるのだが、さすがにそれは許されない。特に今回は鉄砲を十丁ほど多く持ち込んでいるので――――――もちろんあらかじめ幕府からの許可は得ているが――――――関所をきちんと通らなければ変な疑惑を持たれるだろう。
 江川としては安全策を、と思って提案したのだが、それに反論したのは茂真だった。

「座布団を殿の駕籠になんてとんでもない!佐賀武士の名が泣きます!どうしてもいうのならば私が影武者になりましょう」

「兄上、お止めください!」

 とんでもない茂真の提案に斉正が慌てて止める。だが茂真は引かなかった。

「いいえ、殿の身代わりにならずと何が請役でしょう。大丈夫、佐賀藩士は優秀ですから、何かあっても不逞者を取り押さえるでしょう」

 だが、斉正も負けじと言い返す。

「そう言う事じゃありません!佐賀藩士は鍛練を積んでいますし、銃撃隊だっているんですから。それよりも慣れない人間が駕籠で箱根の山を越えるなんて、狂気の沙汰ですよ?兄上だって今まで見てきたはずでしょう、あの乱暴な駕籠かきを」

 斉正の指摘に一瞬怯んだ茂真だったが、ここは言い出した手前引っ込みが付かない。

「だ、大丈夫でしょう。な~に、任せてください。山一つ越えるくらい何ともありませんって!」

 声を引きつらせながら結局無理矢理斉正の代わりに駕籠に乗ったのだが、結局さんざんな目に遭い、小田原で寝込む事になったのはいうまでもない。



 それから三日後――――――大塩の乱の影響による暴動を避けながらの大変な参勤を終え、江戸藩邸に到着した斉正は休む間もなく早速黒門へ出向くと言い出した。

「こんなすぐに挨拶に出向かなければならないのですか?」

 到着して四半刻も経っていないのに黒門に出向かなければならないのかと、茂真は驚愕するが、そんな兄に対して斉正はむしろ申し訳なさそうに答える。

「いや、今回はむしろ遅い方で・・・・・・いつもは到着したらそのまま黒門に出向くんですよ。さすがに今回は兄上も参府してますから表で着替えもしましたし、国子殿にも出迎えは控えて貰っていますし・・・・・・」

「出迎えですと!よりにもよって姫君様、もとい御住居様が!」

 大名夫婦としてあまりにも非常識な二人の行動に、茂真は思わず声を上げてしまった。

「そんなに・・・・・・変ですか?」

 今まで当たり前だと思っていた事を茂真に指摘され、斉正は小声になってしまう。

「当たり前です!いくら身分が上の妻であっても、否、だからこそ出迎えなんてもっての他じゃないですか!一体何を考えているのやら・・・・・・」

 茂真自身、斉正と一歳しか違わないのに年寄りじみた苦言を呈し出す。

「まぁまぁそう堅い事を言わずに、兄上も黒門にいらしてくださいよ」

 あまりにも軽い調子で言われ茂真は驚愕する。

「し、しかし姫君様の御住居に入るにはそれ相応の手続きが必要なのでは・・・・・・」

「確かに国子殿の姉妹方はそうみたいですね」

 しれっ、とそう言うと斉正は茂真に付いてくるように促した。

「どちらにしろこの度の借金精算の話は国子殿にも説明が必要です。表と黒門は建前上江戸家老が管理していることになっていますが、私の留守中実質的に佐賀藩邸を仕切っているのは国子殿ですから。その前に顔見せというのも悪くありませんでしょう?」

「はぁ・・・・・・」

 徳川家の姫でありながら、斉正ら改革派が打ち出した倹約令を率先して守っているという風変わりさは、佐賀にも届いている。特に江戸藩邸における大名同士の付き合いは黒門と佐賀藩邸側の交際を一本化、経費を半分近くにまで圧縮したのは盛姫の采配である。いくら兄弟姉妹が多く、有力大名家に殆ど兄弟が入り込んでいるとは言えこれは大きい。だが、変わり者振りはそれだけでは無さそうだ。

(せめて私だけでも失礼の無いようにしなければ)

 茂真は大きく息を吸って斉正の後に続いた。だが茂真の決意は出鼻からくじかれる事になる。



 黒門内部、御住居の盛姫の居室に通された茂真は一瞬凍り付き、そして慌ててその場に土下座した。何と盛姫は御簾を上げ、素顔をさらしていたのである。

「兄上、何を怖がっているのですか。面を上げてください」

 斉正も松根も別段驚いた風もな、く部屋の奥へと茂真を促す。

「し、しかし・・・・・・」

 土下座したまま渋っている茂真に対し、今度は盛姫が直接声を掛けてきた。

「そなたが貞丸の兄、茂真と申す者か?話は貞丸から聞いておる」

 まさか姫君から直接声を掛けられると思っていなかった茂真は、さらに動揺する。

「貞丸にとっての兄ならば、妾にとっても義理の兄に当たる。苦しゅうない、もそっと楽にせよ」

 姫君に命じられては従わざるを得ない。茂真はゆっくりと面を上げ盛姫の前に進み出た。

「お初にお目にかかります」

 茂真は改めて盛姫に対し一礼する。

「この度は江戸においての借財交渉をそなたじきじきにすると聞いたが、それは真か?」

 盛姫の問いかけに、茂真は驚愕を露わにしてしまった。

「ひ、姫君様、その様な事までご存じなのですか!」

「妾は佐賀藩主の妻じゃ。藩の事情を知る事くらい普通じゃと思うが」

 不思議そうな表情を浮かべる盛姫に対し、茂真は内心舌をまいた。歌舞音曲にうつつを抜かし、美麗な服に興じて文字通り『傾城』となる姫君も多いと聞く中、盛姫は奇異な存在である。話によると幼少の頃からの変わり者振りに加賀や長州が盛姫に難色を示したというが、その変わり者振りはむしろ佐賀にとってありがたい方に働いている。

「そう思って戴ければ配下としてもありがたく存じます」

「兄上、そう堅苦しい物言いは止めてくださいよ。確かに身分が気になるとは思いますが、国子殿は兄上にとって『弟嫁』なんですから。」

 斉正の言葉に周囲にいた女官や松根らが笑い出す。盛姫と斉正の席次以外、ごくごく普通の、仲の良い夫婦と変わらない。否、二人の間に流れている信頼関係は普通の夫婦以上に堅いもののように思われた。それだけに二人の間に子供がいないというのは、普通の大名以上に厄介な問題だと茂真は危惧する。

(この冬、子供が出来なかったら・・・・・・)

 年が明ければ盛姫は二十九歳になり、次に斉正が参勤で江戸に上がってくる時には『御褥御免』の三十歳である。冷め切った夫婦であれば側室を侍らす事になんの躊躇もないが、普通の夫婦としても、そして佐賀藩改革の協力者としても重要な盛姫を差し置いて、斉正が側室を侍らす事は精神的にかなりの負担になると思われた。

(こればかりは授かり物だから・・・・・・)

 和やかな空気の中、茂真は自分が感じる嫌な予感を心の奥底に押し込めた。



 借金をしている江戸店の事情もあり、到着三日後から茂真の借金交渉行脚は始まった。幸いな事に盛姫から各店への嘆願書も持たされる事になったので、大阪や長崎に比べ少しだけ交渉は楽なものになると茂真はほっとする。この時代の女性の身分は低く、いかに『姫君様の嘆願書』でも法的な効力は全くないのだが、江戸っ子の心情に訴えかけるには充分であった。

「火事場装束を着て佐賀の殿様を庇った盛姫君様の嘆願では嫌とはいえません。もうあれから八年になるんですか・・・・・・あれは小気味よかったなぁ。でもうちもここ数年の飢饉で台所がきついんで七割は返してくれませんか。何年かかっても構いませんので」

「あのふざけた大殿様を追い出して、江戸藩邸の倹約に頑張っている姫君様のところですよね。ならば半分でいいですよ。勿論利子は帳消しで」

「姫君様によろしくお伝えくださいませ。江戸者は姫君様の味方ですから、って」

 いろいろな地方から人々が流れ込み、火事の多さから十年も経てば景色さえ全て変わってしまうという江戸の町に於いて『おらが殿様の姫君様』は数少ない江戸の拠り所なのである。それはどこに嫁いでも変わりはない。そんな姫君様からの嘆願書があれば商人達も嫌とは言えず、交渉はとんとん拍子に進んでいった。

「大阪に比べ献金の金額こそ少ないですが、それでも五十年賦利留永年賦貳して貰ったのはありがたい」

 交渉を一つ一つこなしながら、茂真は盛姫の内助の功に感謝した。



 茂真が全ての店との交渉を終えたのは十二月十三日、煤払いの日であった。

「『忠臣蔵の討ち入り』には間に合いましたね」

 冗談とも本気とも取れる松根の言葉に、茂真はほっとした表情を浮かべる。

「城の上棟も済んだ事だし、これでようやく年が越せるな」

 確かに苦労はしたが、その分良い方向に動き出す為の種まきも出来た年であった。あとは斉正の世継ぎ問題だけ――――――こればかりは算盤大名と揶揄される斉正でも計算通りにはいかないであろう。
 赤穂浪士達も見たであろう、十二月十四日の月を見つめながら茂真は小さな溜息を一つ吐いた。



UP DATE 2010.11.17

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何とか借金交渉を年内に終えた佐賀藩です(^^)。今現在でいうならば『民事再生法適応』という所でしょうか。それでも『250年賦』を押しつけた薩摩よりもだいぶましだと思うんですよね~。とりあえずこの状況から再建のスタートになりますので、若い彼らにはさらに頑張って貰いたいと思います。

そしていつの間にか風吹が妊娠(爆)。茂義が一体どんな手を使って風吹を孕ませたのか定かではありませんが、上手く騙したんでしょうねぇ。もしかしたら銃撃隊絡みで風吹のご機嫌を取って・・・・・ってと頃なのかも知れませんがそこは皆様のご想像にお任せします。この生まれてくる子も重要な役割を担う事になりますので、よろしくお願いしますね(^^)。


次回更新予定は11/24、タイトル『大殿の往生とちいさ姫』からご想像出来るように斉正のプライベートがにわかに騒がしくなります。盛姫に子供は出来るのか、それとも側室を侍らす事になるのか・・・・・次回をお楽しみ下さいませv
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