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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第二章

夏虫~新選組異聞~ 第二章 第十話 局中法度・其の貳 

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それは九月二十二日、近藤と土方は芹沢の葬儀の報告をしに黒谷へ出向いた時の事だった。新選組との事務的なやり取りは大抵広沢一人だけで行うのだが、この日に限っては珍しく広沢と同じ公用方の大野英馬も同席していた。

「近藤の東帰の件だが・・・・・。」

 重々しく大野が口火を切るが、なかなか言い出せず口籠もる。どうやら大野からは言い出しにくい事らしい。そんな大野に代わって広沢がその後を続ける。

「そなた達の申し出、誠に気の毒だが今回は却下させて貰う。」

 予想してはいたが、あまりにも非情な広沢のその一言に近藤と土方はぐっ、と拳を握りしめた。出来る事なら異議を唱えたいが、それが許される雰囲気ではない。

「近藤よ・・・・・芹沢が倒れた早々隊の規律が乱れているそうだな。こんな状況で局長であるそなたが今、京都を離れたらどうなるか容易に想像が付くだろう。」

 広沢に痛いところを突かれ、近藤と土方は表情を強張らせる。確かに芹沢という求心力を失った今、局中法度という威しをかけても規律の乱れは収まる気配さえ無い。この状況で局長である近藤が新選組を離れたらさらに収拾が付かなくなると思われてしまうのは当然である。

「ま・・・・・あの烏合の衆を確実に統率できるようになったら許可を与えてやらぬでもないがな。今のままではただでさえ評判が悪い新選組の株がますます落ちるだろう。」

 悔しいが広沢の言葉は全て正しい。やはり不穏分子を片付け、会津に自分達の実力を認めさせるしか近藤を東帰させる方法は無さそうだ。近藤のために、そして自分達の未来のためにやるしかないと土方は腹を決めた。



 公用方との謁見が終わった後、そのまま会津藩の関係者と共に茶屋へ向かう近藤と別れた土方は壬生の屯所へ帰るなり大声で怒鳴った。

「副長助勤!居る奴はすぐに副長室に集まれ!」

 いつもにも増して鬼気迫る怒声に、庭で平隊士達の稽古を付けていた沖田、巡察から帰ってきたばかりの斉藤と原田、少し遅れて夜の巡察に備え昼寝をしていた野口が副長室に集合する。

「他の奴らは?」

 四人しか集まらない副長助勤達を見回しながら土方は声を潜める。

「新八と源さんは今巡察に出ています。平助は今朝から大阪に出張です。」

 原田がこの場にいない助勤達の状況を説明する。

「そうか・・・・・ならばこのメンツだけで構わねぇな。」

「一体何なんですか、土方さん?」

 緊迫感を漂わせた土方に対し、沖田が質問する。

「・・・・・隊の中に間者が紛れ込んでいるのは知っているな?」

「ええ・・・・・それが?」

 斉藤の一言の後、重苦しい沈黙が流れる。次に来る言葉が解っていながら、その一言をなかなか言い出さない土方に焦れながらも、誰も土方を促す事が出来ず暫くの時が流れた。

「奴らを・・・・・殺ることになった。」

 ようやく吐き出されたその一言に対し、その場にいた者はごくり、と唾を飲み込む。

「ただ、それは大阪から藤堂さん----------というより間者達が帰ってきてから、ってことになりそうですね。」

 藤堂の大阪出張には何人かの隊士もついて行っている。その中に長州の間者と思われる越後三郎と松井竜三郎の二人もいた。

「確かに・・・・・六人中二人が今、大阪に出ていますしね。残り二人は巡察中ですし。そうなると巡察の組み合わせも考えないといけないですよね。」

 野口の言葉に原田が賛同する。

「だよな。ばらばらに殺っちまったんじゃ逃げられちまう。」

「・・・・・それについては俺が明日までに巡察の組み合わせを考えておく。一部きつい状態になっちまうがそれは容赦してくれ。」

 土方は短く言い切ると、全員の顔を見回した。

「平助達がいつ帰ってくるかはっきりとはわからねぇが、二日後の夜か三日後だろう。決行は平助達が帰ってきた四半刻後----------いいな。」

「承知!」

 命令を確認すると、幹部達はまるで何事もなかったかのようにすっ、っと副長室から退出していった。



「・・・・・厄介なのは楠だな。」

 副長室での打ち合わせの後、沖田と共に平隊士の稽古を終えた斉藤がぽつりと呟いた。縁側に座っている二人の周囲には珍しく誰もいない。皆、座敷に上がって寝転がっているか辻君を冷やかしに屯所を抜け出しているかどちらかだろう。

「どういう事ですか、斉藤さん?」

 長州の間者六人ともそこそこの手練れである。それなのに何故楠小十郎だけを名指しで厄介と言うのか理解できず、沖田は斉藤に尋ねた。

「あれがめぼしい隊士に色仕掛けをしているのを知らないのか?」

 あまりにものんびりとした沖田の質問に、斉藤はさらに顔を険しくする。

「あの楠とかいう若衆、すでに何人もの隊士をたらし込んでいるぞ。女旱の貧乏浪士相手なら、若衆でも簡単に落ちると読んだ長州側の作戦勝ちだ・・・・・彼奴を殺したとしても、すでに長州に寝返って通じている奴がいるかもしれない。松永なんかはそのクチだろう。」

 一体いつ調べ上げたのだろうかと思うほど、斉藤の見解は詳細を究めていた。諜報顔負けのその情報力に内心舌を巻きながらも沖田は表情に出さずに話を続ける。

「ありえますね。でも多分そういう人は明後日の粛正の後、勝手に脱走してくれるんじゃないですか?そこを捕まえて切腹させれば済む事です。他への威しにもなりますし。」

「・・・・・あんたはただの脳天気なのか、冷酷なまでに計算高いのかよく判らん。」

 どうやら斉藤も沖田に対して得体の知れなさを感じていたらしい。ぷい、っとそっぽを向き立ち上がった斉藤だったが、その瞬間何かを踏みそうになって身体の均衡を崩した。

「大丈夫ですか、斉藤さん。」

 自分の方によろめいた斉藤を沖田は軽く支える。

「ああ、びっきにのぼりそうになった・・・・・まだ冬籠もりには早いのか。」

「びっきに・・・・・のぼ・・・る?」

 沖田は怪訝そうな表情を浮かべ足元を見た。斉藤の足許には眠たそうな顔をした蟇蛙が居る。斉藤はそれを踏みつけそうになったのである。

「・・・・・。」

 どうやらお国言葉が出てしまったのを恥じているらしい。珍しく耳まで真っ赤にして斉藤は沖田の目の前から逃げるように消えていった。

(もしかして『びっき』って・・・・・蛙の事なんですかねぇ?)

 さらに『のぼる』という言葉も気になった。普段訛のない武家言葉を使う斉藤がぽろりと零したお国言葉。だがそれ以上に気になったのは斉藤の態度であった。

(別に逃げなくてもいいのに・・・・・それともばれちゃまずいお国なんでしょうか?)

 少なくとも長州や土佐の言葉では無さそうだが、それ以外に沖田にばれてはならない言葉とは何なのだろうか?

(まさか・・・・・会津の密偵?)

 思い返せば心当たりはある。だが、それは沖田の勘違いかも知れないし、はっきりしない状況で事を荒立てては新選組の存続にも関わるだろう。

(暫くは・・・・・私の心の中一つに収めておきましょうか。)

 長州の間者の事、そしてそれ以上に不安定な新選組の引き締めなど懸案は山のようにある。斉藤の事も気になるが、今はそれよりもやらなければならない事があると、沖田はこの件をあえて忘れる事にした。



 長州間者の粛正を計画してから三日後の九月二十五日、先月起こった『八月十八日の政変』出動に対し、朝廷から一人に付き一両の報奨金が出た。

「しけてんよなぁ、朝廷も。一両じゃまともに妓遊びもできやしねぇ。」

 原田が銀に両替された報奨金を掌で弄びながら文句を言う。これが幕府からの報償であったならまた違った感想を持ったかも知れないが、どうも原田にとって朝廷は『けちくさい』という印象があるらしい。

「これはそういう金じゃねぇよ。でかい仕事を認めて貰った褒賞じゃねぇか!」

 そんな原田を、ある程度『上つ方』の事情に詳しい永倉が叱り飛ばす。

「芹沢さんが生きていたらなぁ・・・・・あの人が会津の槍衾を鉄扇で払わなきゃ貰えなかった金だぜ、これは。」

 事情を知らない永倉がぽつり、と呟いた。その一言に原田と沖田はぴくり、と一瞬だけ顔を強張らせたが、永倉が気がついた様子はなかった。

「・・・・・そうですね。芹沢さんもきっと喜んだに違いありませんよ。」

 心にわき上がる黒い靄を隠しながら、沖田は永倉に答える。

「そうですよね・・・・・芹沢さんにも報償を受け取る権利はありますよ。ちょっと酒屋に行っていいお酒を買ってきます。芹沢さんの墓前に供えるために。」

 この場にいては、自分は何を言い出すか解らない----------沖田は永倉から逃げ出すようにその場を後にした。



 街中の酒屋まで脚を伸ばし、貧乏徳利になみなみと極上の酒を注いで貰った沖田は壬生寺に脚を伸ばした。

「あれ・・・・・どうやら先客が居たみたいですね。」
 
 そこにはすでに酒と菊の花が供えられていた。線香が燃え尽きていないところを見ると先客の墓参から四半刻も経っていないようである。

「近藤先生はずっと屯所に居たから違いますし・・・・・土方さんかなぁ。」

 あの雨の日、芹沢は土方に刺されながらも何か土方の耳許で囁いていたように沖田には見えた。一応皆にも話しはしたが、それ以外にも何か言われていたのかも知れない。そう思えるほどここ数日の土方の行動は異常なほど急いていた。

「確かに繊細な近藤先生よりは土方さんの方がものを頼みやすいかも知れませんけど、ああ見えて意外と無理をしちゃうんですよ。土方さんは見栄っ張りだから。」

 沖田は手にした貧乏徳利の酒を芹沢が埋められた辺りにとぽとぽとと注ぎながら呟いた。

「芹沢さん、あなたが土方さんに何を頼んだか解りませんけど・・・・・草葉の陰からちゃ~んと土方さんを守ってあげてください。私からお願いします。」

 芹沢と平山の墓に手を合わせ、沖田は長い時間祈り続けた。



 沖田が壬生寺から帰ってきたとき、丁度藤堂ら大阪出張組が帰ってきた。

「藤堂さん、お帰りなさい。大阪出張お疲れ様でした。」

 沖田の言葉に藤堂がにっこり微笑み、何か言葉を掛けようとしたが、それを邪魔する者が居た。

「藤堂さん、お帰りなさい。留守中寂しかったんですよぉ。」

 そう言って近づいてきたのは楠であった。その言葉には上司を慕う部下というもの以上の含みがある。

「あ・・・・ああ。」

 楠の接触に藤堂は困ったような表情を浮かべた。どうやら副長助勤の中でも小柄で御しやすそうな藤堂が獲物として狙われているらしい。

(しかも藤堂さんは美男ですからねぇ。)

 ただ、悲しいかな藤堂に男色の趣味は欠片もないので、楠の色仕掛けも藤堂に関してはまったく功を奏していない。その詰めの甘さが試衛館派にさえ間者である事をばらしてしまう結果になっていたのだが・・・・・。

(ただ、色仕掛けは拙くても剣の腕は確かですから気をつけないと。少なくとも佐々木さんは彼らに殺されているわけですから、油断は出来ません。)

 佐伯殺しの犯人も多分彼らであろう。沖田は藤堂に纏わり付く楠の横をすり抜けながら、粛正の決意を新たにした。



UP DATE 2010.11.19


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局中法度・其の貳です。芹沢局長亡き後、会津からは不手際を指摘され、平隊士は好き放題、しかもあちこちからの間者まで蠢いていると新選組はとんでもない状況になっております。まぁこの時点で芹沢局長の死から七日しか経過していませんから落ち着けと言う方が無理なんでしょうけど・・・・・。そっか、一応間者粛正は芹沢局長の初七日を待って行ったんですね。(実は芹沢局長暗殺は20日説もありまして・・・・・そうなると長州の間者粛正は丁度初七日に当たる日、18日でも初七日を過ぎた後になりますよね。一応喪に服していたんでしょうか?)

山積みになっている問題をひとつひとつ解決していかなければならないのですが、その第一が長州間者の粛正です。一気に片付けたいところですけど・・・・・さてどうなることやら(笑)。次回更新は11/26になります。

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