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「葵と杏葉」
葵と杏葉・改革編

葵と杏葉改革編 第十話 大殿往生とちいさ姫・其の壹

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 どんな人間であっても叶わぬ願いの一つや二つはある。改革に理解を示し協力してくれる美しく聡明な妻を持ち、若く優秀な部下に恵まれ、彼らと共に己の目指した改革を軌道に乗せ始めている斉正でさえもそれは例外ではない。
 子をなすならこの人と――――――そう願って十余年、その願いは天保九年二月、斉正の江戸出立の日に絶たれてしまったのである。



 これを逃せば御褥御免となってしまう最後の年、いつも以上に斉正は盛姫と共に過ごす時を増やし、子をなす努力をした。伊東玄朴を中心とした医師団とも協力し、果ては神仏にもすがったがその全ては空しい努力に終わってしまったのである。
 二人は勿論、周囲の努力を嘲笑うかの如く、梅の花が芳醇な香りを漂わせる頃になっても盛姫の身体には何の変化も見ることはできなかった。

「貞丸――――――済まぬ。こればかりは、貞丸の願いを叶えてやる事は出来そうもない。妾を・・・・・・許してたも」

 出立の日の前日、盛姫は目に涙を浮かべながら斉正に詫びた。普通の大名夫婦のように、形ばかりの夫婦だったらこれほど二人は苦しまなかったであろう。だが、二人は互いに恋心を抱いてしまっていたし、藩の立て直しを通じて普通の大名夫婦以上の信頼関係を築いてしまった同志でもある。
 藩のために子供を作らねばならないが、それでも他の女を抱く事は、斉正にとって盛姫に対する裏切り行為のように思えてしょうがない。

「いいえ、国子殿。私こそ、あなたに重荷を背負わせてしまっていたのかも知れません。伊東先生がわざわざ診てくださっているのに・・・・・・ややを授かる事が出来なかったのは、私にも責任があります」

 当時、子供が出来ない原因は全て女性側にあるとされていた。それを慮って斉正はあえてそう口にしたのである。年下の夫の心遣いに、盛姫は目に涙をためながら寂しげに微笑んだ。どんな辛い事、苦しい事があっても涙を見せる事がなかった妻の涙に、斉正の心は締め付けられる。

「・・・・・・もし、何か兆候がありましたらすぐに飛脚を仕立ててください。完全にややが出来なかったと諦めが付いたら側室を侍らす事にします。どちらにしろ、城が完成するまではそのつもりはありませんが」

 斉正は不吉な予感を振り払うように、いつもにも増して小さく感じる盛姫の身体を強く抱きしめた。



 だが、大名のささやかな願いは往々にして藩の事情や権力闘争によって無下にされるのが常である。佐賀藩においてもそれは同様で、斉正の思惑とは別に佐賀へ帰った途端、御三家、親類同格、そして家老衆から側室の申し出が殺到したのである。
 本来なら各家の力関係を考慮してそれぞれ一人ずつ側室を選ぶべきなのだろうが、全員を雇う金銭的余裕は今の佐賀藩、そして鍋島宗家には無かった。

「松根、誰でも構わないから適当に選んでおいてくれ」

 惚れた相手でなければ誰でも同じと、まったくやる気のない様子で斉正は側室選びを松根に丸投げした。

「殿、良いのですか?いくら何でも好みというものがあるでしょう。いくら押しつけの側室でも、殿の好みくらい皆、考慮してくれると思いますよ?」

 事はお世継ぎ問題、それがこじれてしまったらお家騒動にまで発展しかねない懸案である。松根は斉正を宥めすかすが、とうの斉正は松根の言葉に乗ってこない。

「私はこの世で考え得る最高の女性を――――――理想を絵に描いたようなひとを正室にしているからね。側室は子供さえ産む事が出来れば誰でも構わないよ。そもそも大名なんてえり好みの出来る立場にない」

 よっぽど押しつけ側室が嫌なのか、珍しくふて腐れた口調で斉正は松根に言い放つ。

「どちらが正室で、どちらが側室か判りませんね」

 あまりの投げやり振りにとうとう松根が苦笑を漏らしてしまった。

「・・・・・・閨でも神経を尖らせなくてはいけないとぼやいていた、従兄殿の言葉が今になって解るよ」

 斉正は松根の苦笑に対して大仰に溜息を吐く。

「・・・・・・せめて各家の力関係に気を遣わなくてもよければ、まだ楽なんだが」

 最大の難関はそこであった。父・斉直のような漁色家であればともかく、今まで側室を侍らせなかった極めて潔癖な斉正である。側室を送り込み、それを利用して自家に有利に事を運ぶ事ができるかもと考えるのが当然だろう。

「だったら家老職からの申し出を受けましょうか。親類や親類同格、さらには御三家からとなると厄介ですよ。いっそ家老職からの紹介しか受け付けないと決めてしまえばいいじゃないですか」

 松根の提案は、現状で考え得る限り最も他家から政治介入を受けにくいものであった。どちらにしろ側室を侍らす事は避けられないのだから、いかに政治介入を少なくさせるかに重点を置くべきだろう。

「そうだな。となると深掘、倉町、姉川、太田の四家からが無難か――――――神代は兄上が養子に入っているし、横岳もこれ以上力を持つと色々難しい事になりそうだ」

 斉正は天を仰ぐ。

「本当にいちいち面倒くさい・・・・・・恨みますよ、国子殿」

 言っては何だが、正室が子供を産んでくれれば必要のない側室である。そんな金があるくらいなら少しでも借金を返してしまいたいのが本音だが、こればかりは仕方がない。斉正はもう一度、深い溜息を吐かずにいられなかった。



 佐賀城本丸の完成を目前に控えた六月、各家の圧力もあり斉正は三の丸に側室を迎え入れた。これには城の内装の相談の為、斉正を訪ねてきた茂義の悪知恵も関係している。

「そんなに奥方が怖いなら、本丸に入れなきゃいいじゃないか。早めに三の丸に入城させて『本丸は手狭だから』とそのままにしておくとか。本丸完成までに誰か孕ませれば上手く騙す事が出来るぞ。実際本丸の奥向きは貧相だし、側室達は引っ越しを渋るだろうな」

 確かに、今まで斉直が居住していた三の丸はその側室の多さから広々していたし、女性好みのきらびやかなものであった。それに対し、今作っている本丸はその費用の貧弱さから極力無駄を排除し、味気ないと言った方がぴったりくるほど質素なものとなっている。それだけに奥向きだけを見るなら本丸より三の丸の方が格段に住みやすく、女性好みである。

「『奥方が怖い』だけ余計だ、茂義。私は茂義のように尻には敷かれていないつもりだが・・・・・・それにしても、そんなうまくいくものなのか、茂義?」

 疑問を呈する斉正に対し、茂義は自信満々にそれに答え始めた。

「誰か一人を贔屓にすればいざこざも起こるし権力争いも起こる。だが、『平等に素っ気なく』扱えば、おまえは悪者扱いだが、女同士のいざこざは起こりにくくなるだろう。むしろ側室同士、お前の悪口で暇を潰すんじゃないか?」

「素っ気なく?」

「つまり、ややが出来たら生まれるまで通わなきゃいいんだ。別に独り寝が寂しいって言うんならともかく、必要ないならば抱く気がないものを抱く必要は無いって事さ」

 茂義はにやりと笑うとさらに膝を寄せた。

「要は改革以外の面倒ないざこざが嫌なだけだろう?だったら必要な子作り以外、厄介な場所には近寄らないに限る。下手に情を移すとそこにつけ込まれ、表にもしゃしゃり出てくる可能性があるからな。くれぐれも『姫君様』のように扱いやすくはないぞ、女ってものは!」

 熱弁を振るう茂義をじっ、と見つめながら、その持論に感心したような表情を浮かべた。

「・・・・・・茂義が言うと何だか重みを感じるな」

「どういう意味だ?」

 斉正の一言に引っかかるものを感じた茂義が、斉正を睨み付ける。少年だった頃の斉正であればここで口籠もってしまったかも知れないが、今や数々の難関に立ち向かっている青年藩主である。茂真の睨みに対して余裕の表情でこう切り返した。

「しっかり風吹の尻に敷かれているそうじゃないか。噂は城下にも広がっているぞ。武雄の殿様は鬼のような側室に押さえつけられているって」

 斉正の指摘に茂義は赤面する。

「な、何を!」

 茂義は否定するが、その顔の赤さは斉正の指摘が正しい事を証明していた。

「ははは・・・・・・でも、少し気が楽になった。感謝する、茂義」

 無理をして側室達に気を遣う事はない――――――茂義のその言葉は斉正の精神的重圧を軽くする。斉正は吹っ切れた表情で茂義に笑顔を向けた。



 結局斉正は家老四家からそれぞれ推薦された四名を三の丸奥向きに入れる事にした。その直後の六月、まるで彼女たちから逃げる様に斉正は出来上がったばかりの本丸に入ってしまう。それでも出来るときに子供は出来るもので、秋が深まる頃、側室の一人、山本勇が妊娠が発覚したのである。

 この時代、出産は命がけであるためまだまだ予断は許されないが、とにもかくにも斉正の血を引いた子が出来た事に関係者はほっと胸を撫でおろした。だが、それと同時に藩主の子を宿したと山本勇に傲慢さが現れ始めたのである。藩の財政を顧みず、着物や錺物を要求しては周囲の者を困惑させた。勿論斉正は妊娠の報告を受けたその日以来、三の丸奥向きに出向く事はなく、後に山本勇はこの時の己の行為を後悔する事になる。

 また、時を同じくして風吹が無事出産した。両親どちらに似たのか判らぬほど元気な女の子で、斉正直々に名付け親となり『濱』と名付けられた。姪っ子のようなこの女の子を斉正はことさら可愛がったのだが、彼女もまた運命の大波に翻弄される運命を辿る事になる。



 おめでたい事が続いた秋であったが、ただ一つだけ気がかりなでき事が起こっていた。それは夏の終わり頃から予兆があったのだが、斉直の胃の腑のあたりに腫物ができ、秋が深まるにつれてそれがますます大きく、堅くなってきていたのである。今まで大きな病気をしなかった斉直だけに、さすがに心配してた斉正は、父のいる別荘に足繁く通う事になる。

「胃の腑が痛くてかなわん!何か良い薬はないのか!」

 斉正が訪問する度、大仰に胃を押さえながらわめき散らす斉正を取りなす取り巻き達――――――それはいつもの光景であった。だが、その場から離れると斉直の侍医である楢林宗建が、斉正に対し深刻な表情で状況を語り始める。

「騒いでいるだけにまだまだお元気のように見えますが、この頃では痛み止めもあまり効果がないのです」

 沈痛な面持ちで楢林は斉直の病状を説明した。斉直の病気はどうやら胃癌のようである。わめき散らす元気はまだあるようだが、楢林の説明を聞いた後ではその声さえも弱っているように思えてしまう。

「大殿は・・・・・・年を越せるか越せないか、というところでしょうか」

 それほどまでにひどい状態だとは思っていなかった斉正は、楢林の言葉に愕然とする。

「楢林先生、お願いです!少しでも父を・・・・・・大殿を!」

 思わず斉正は楢林に縋り付くが、楢林は残念ながら、と首を横に振る。

「生命力のあるお方ですのでね、もしかしたら奇跡が起こるかも知れませんが、それも長くはないでしょう。それ相応の覚悟を・・・・・・お願いいたします」

 楢林の言葉に斉正はがっくりと肩を落とす。病気の父親を持つ子にとって、後に日本初の牛痘による種痘を成功させる名医の言葉はあまりにも非情であった。



UP DATE 2010.11.24

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今回から少し改革を離れ、斉正のプライベートの話になります。しかし、今までとは違って甘いだけのものとは行かないようで・・・・・。結局タイムリミットまでに盛姫との間に子供を成す事が出来ず、斉正は側室を迎える事になります。(しかしやる気全くなし・爆)
実は側室の中で名前まで判っているのは『山本勇』ただ一人で、あとは『○○の娘』だとか『○○氏』だとかそんな記録しか見つけられませんでした。あ、あと一人だけ名前が判っている側室がおりますが、話の展開上まだその名前は控えさせて戴きますね。(勘の良い方ならすぐに判るかもしれません。すでに話には登場しております)

茂義&風吹の娘が誕生したり、大殿の病状が悪化したりと何かと忙しい斉正の周囲ですが、次回もこんな感じで話が進みます。

次回更新予定は12/1、大殿の最期が中心になります。
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