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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第二章

夏虫~新選組異聞~ 第二章 第十二話 局中法度・其の肆

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原田が楠を処断していた同じ時、井上源三郎は逃げる松永を追いかけ続けていた。

「待て!待たぬか!」

 逃げる松永を懸命に追いかけながら大声で怒鳴る井上だったが、そう言われて待つ馬鹿もいない。捕まってしまったら間違いなく殺されてしまうだけに松永は必死に逃げ続ける。そして、そんな松永を追いかけるには井上は少々歳を取りすぎていた。
 そこそこ体力には自信はあるが井上はすでに四十代、若者に比べればどうしても瞬発力、持久力の衰えは否めない。文字通り『命からがら』逃げている松永の追跡者としてはあまりにも不適任である。
 これに追い打ちをかけるように井上にとって不幸だったのは農作業から帰ってきた村人達がやけに多かった事である。松永が彼らの間をわざとすり抜けるように逃げていったので井上はどんどん引き離され、とうとう振り切られてしまったのだ。たった一人であるが長州の間者を屯所にいながら取り逃がしてしまったのは痛い。

「す・・・・すまん。儂の脚がもう少し早かったら・・・・・。」

 結局松永を捕縛する事が出来ずしょんぼりと肩を落として帰ってきた井上を、幹部達が労った。

「源さん、逃げてしまったものは仕方がないさ。それに松永の顔は皆が覚えている。どこかで見つければ誰かが処断するだろうし、うまくすれば長州浪士を見つける役に立つかも知れない。」

 どちらにしろ、祇園に残っている二人は泳がすつもりだったのだから、と近藤は慰める。

「源さんは悪くないさ。そもそも若い連中が奴を見逃していたのが問題だろう。」

 近藤と対照的に棘を含んだ言葉と共にぎろり、と沖田と藤堂の方を睨んだのは土方であった。

「・・・・申し訳ありません。」

 土方に睨まれ、若い二人はうなだれる。確かに屯所内を騒ぎ立てながら家捜しし、楠や松永を追い立てたのは自分達だった。その騒ぎを聞いて、どう間者達が逃げ出すかも考えずに・・・・・。結局最年長の井上に負担を掛け、松永を取り逃がしてしまった原因を作ったのは他でもない沖田と藤堂だったのである。

「まぁ、今回は仕方がねぇ・・・・・だが、二度と同じへまは踏むんじゃねぇぞ!いいな!」

 耳と心に痛すぎる土方の叱咤は、屯所中に響いた。



 それから半刻後----------。

「お客はん、新選組のお方でっしゃろ?何やら長州の間者が隊内に紛れ込んでいたとかで、呼び出しのお使いがきはりましたえ。そろそろお帰りになった方がよろしいんやないですか?」

 眼の細い男が二日酔いでぐったりしていた越後と松井に知らせに来た。その瞬間、二日酔いで顔色が悪かった二人の顔さらに青ざめる。

「な・・・・何だって?それは本当か?」

 越後が細目の男ににじり寄り、その顔を覗き込んだ。その表情は驚愕に歪み、俄に男の信じられない様子である。だが、越後の願い空しく男の口からは二人が恐れていた事実が紡がれる。

「ほんまかどうかと言われたかて・・・・わてはよう判りまへんが、使いのお方がそう言うてはりました。そのお方は逃げ出した松永いうお侍はんを探してるからいうて、すぐに去っていきはりましたけど。」

 明らかに動揺を見せる二人を、細い眼の男----------山崎は表情一つ変えず見つめた。

(さぁ、どう動くんや?わては地獄の果てまであんたらを追いかけるで。)

 人の良い男衆を装いながら山崎は二人の心情を探ろうと注意深く見つめ続ける。

「・・・・判った。飲み代は新選組につけておいてくれ。身支度を調え、もう少ししたらここを出る。下がれ。」

「へぇ。ほな、失礼いたします。」

 逃走資金を少しでも節約するためか、自分達の飲み代をちゃっかり新選組の付けにして二人は逃げようというらしい。山崎は一礼すると一旦二人の前から下がり、素早く隣の座敷に滑り込んだ。襖に耳を付けると意外とはっきりと二人の会話が聞き取れる。

「おい松井、まずい事になっちまったぞ。松永が逃げたって言うけど・・・・・他の三人はどうなっているんだ。」

 山崎の耳にまず飛び込んできたのは越後の焦りに切羽詰まった声だった。

「まず、無事じゃいないだろうな。監禁されて拷問を受けているか、はたまた殺されたか・・・・・・どちらにしろ壬生には近づかない方がいいだろう。昨日急に巡察の順番が変わったのは、俺たちを一網打尽にするためだったのかもしれない。」

 焦る越後に対し、冷静に状況を分析しているのは松井であった。

「とにかく、一回下阪するぞ。そこで真木殿にこの事を報告しなければ。」

「ああ、あまり時間をかけると壬生浪が体勢を立て直すだろう。いくぞ!」

「おう!」

 もたもたしていては自分達の身も危ないと二人は早々に安茶屋を後にした。



「越後と松井は・・・・・桂とは繋がらないかもしれないな。そもそもこんな下っ端のところに忍び込むくらいの奴だ。捨て石程度だったんだろう。」

 二人が京都から逃げ出し、下阪するために伏見に向かったとの山崎からの連絡を受け、土方は苦々しく呟いた。山崎の神経質そうな小さな字の書き付けを握りつぶすと袂に放り込む。

「それにしても・・・・・佐々木といい山崎といい、大阪出の奴はなかなか使えるな。」

 近隣出身の隊士に脱走者が相次ぐ中、山崎は掘り出し物と言ってもよかった。今までも諜報の真似事を隊士にやらせてはいたが、山崎はそれを遙かに凌ぐ細やかな仕事をやってのける。経験を積めばさらに大きな仕事を任せる事ができるかも知れないと土方はほくそ笑んだ。

「諜報部隊を整える必要があるな・・・・・いや、隊内調査もさせたいから監察とした方がいいか。もう少し隊士が増えたら山崎を中心に考えるのも悪かねぇな。」

 腕組みをしながら土方は考え込む。

「組織全体ももう少し系統立ったものにしてぇよな。これからどんどん組織が大きくなっていくだろうから、そうなっちまっても指令がすぐに平隊士までいくような・・・・・

 長州の間者を排除できた為か、未来の新選組の姿を考える余裕が土方に出てきたらしい。懐から矢立と懐紙を取り出すと土方は何か書きつけながら考えにふけり始めた。



 二日後、山崎は、大阪新町において越後と松井を見張っていた。

(桂まで直接繋がらんとしても、せめて桂に直接繋がる人物の顔を見極めるまでは。)

 弟分の仇を取りたいといきり立つ気持ちを押し殺し、山崎は慎重すぎるほど慎重に二人のあとを付けていた。しかし、山崎は一度彼らに顔を見られているだけにそう簡単に近寄る事はできない。それ故に山崎は頼りになる『助っ人』に二人の追跡を任せていた。

「烝兄ちゃん。」

 不意に子供の声が山崎を呼ぶ。山崎が振り向くと、そこには十歳くらいのはしこそうな少年が数人の子供達と共にいた。

「おう、啓吾か。あいつらがどこの店ぇ入ったか判ったんか?」

 山崎は啓吾と呼んだ少年の頭を撫でながらにっこりと微笑む。

「うん!常磐屋はんに入っていった。なぁ・・・・・ほんまにあのおっちゃんたちは愛次郎兄ちゃんの仇なん?」

 少年は真剣な表情で山崎に訊ねる。目を潤ませ、今にも泣き出しそうな表情になりつつある啓吾に対し、山崎も真剣な表情で応える。

「・・・・・そうや。せやけど、それを口に出してしもうたらあかんで。奴等、狡賢いからなぁ。あと、あんまり彼奴らに近寄りすぎてもあかんで。返り討ちに遭ってしもうたら愛次郎が悲しむ。」

「うん!判った!ほな、これでな!」

 悲しげな表情を吹っ切るように、元気いっぱいに啓吾は答えた。そんな健気な少年に山崎は駄賃を渡すと、その場から帰らせる。

「あいつもだいぶしっかりしてきたよなぁ。」

 去りゆく少年達の背中を見ながら山崎は呟いた。啓吾は山崎や佐々木と同じ道場に剣術を習いに来ている少年で、頭の回転がいいので山崎は偵察隊として使ったのである。
 子供なら何かの拍子に見つかっても怪しまれないし、かなり近くまで近寄る事が出来る。危険であることは否めないが、啓吾の山崎以上に慎重すぎるほど慎重な性格ならばそれも問題ないだろう。
 山崎は大きく息を吸うと、啓吾が突き止めた常磐屋へと脚を伸ばした。店の主に事情を話し、山崎は越後らがいる隣の部屋へ入り込み、耳をそばだてる。

「真木殿、この度は誠に申し訳ございません。」

 襖の向こうから越後と松井、そして松永の謝罪の声が聞こえてきた。その様子から相手はかなり大物らしい。

「油断したな----------そち達が京都に残ったごく僅かな同志だったというのに。」

 三人とは明らかに違う、壮年の男の厳しい声が聞こえてくる。

(真木、ってあの真木和泉守のことか?確か先の政変で七卿と共に都落ちした筈やのに何でこんな所におるんや?)

 思わぬ大物の出現に山崎は気を引き締める。

「・・・・・まぁ、とりあえず三人残った事だけでも良しとしよう。そち達にはまだまだ働いて貰わねばならぬ。朝敵の汚辱を晴らすためには手段を選ばぬ。」

(また大きゅうでたな。)

 芝居がかった真木の言葉に少し呆れながらも山崎は気配を殺し、聞き耳を立てる。夢中になりすぎて気配を表し、隣の長州浪士達に気がつかれては元も子もない。そんな山崎にまったく気付く様子もなく、真木の言葉はどんどん熱を帯びてゆく。

「そち達は壬生浪の中にいて知らぬだろうが、今長州の復権のために同志達が暗躍している。これからはそちらの仕事に就くように。」

「ははっ!」

 三人が平伏す緊迫した気配が山崎にも伝わる。

(長州復権のため・・・・・暗躍?)

 今現在、藩主親子が謹慎を受けているが、このまま長州が手をこまねいているとも思えない。そう考えると動きがあってもおかしくはないのだ。八月十八日の政変から一ヶ月が過ぎ、むしろ幕府方が油断しきっているこの時期に動き出すのが賢明だろう。

(今暫くは・・・・・大阪の動向を見守っておいた方がよさそうやな。)

 山崎は部屋の反対側に場所を移し、袂から矢立を取り出した。



 山崎からの第二報が壬生に届いたのはその次の日であった。それを手にした土方は、すぐさま近藤と山南にその書状を見せる。

「もう、やつらは動き出しているのか。」

 山崎からの書き付けを覗き込みながら、近藤は心配げに呟く。

「いや、むしろ遅いくらいかも知れませんよ。政変からひと月ちょっと、我々に気のゆるみが無かったとは言えません。むしろひと月の間に大きな動きが京阪になかっただけに油断していたのでしょう。」

 山南の言葉に近藤、土方が頷いた。大和方面において未だ天誅組残党と幕府軍が戦っていたが、京都、大阪は長州藩残党との小競り合いはあるものの、比較的平穏であった。それだけに暗躍を許してしまったのだろう。
 改めて兜の緒を締める新選組の面々だったが、この長州側の動きが後に新選組の飛躍に拘わってくるとはこの時彼らは予想だにしていなかった。



UP DATE 2010.12.03


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源さん、やっちまいました・・・・・というか年寄りにやらせちゃいけないですよね~こういうお仕事(笑)。なので怒られているのは総司と平助です。(というか連帯責任ですね・笑)年寄りはいたわらないと後で痛い目を見る事になるので気をつけましょう(^^)

そして山崎さん、脱走した長州浪士を追いかけ始めました。現時点では佐々木君の仇討ちなんですが、この動きが来年の池田屋や蛤御門の変へと繋がります。そういう点でも山崎君の動きをお楽しみくださいませv


次回更新は12/10、会津藩からの禄位辞退を中心とした『誠の旗印』の章を開始しますv
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