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「葵と杏葉」
葵と杏葉・改革編

葵と杏葉改革編 第十二話 大殿往生とちいさ姫・其の参

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 ようやく授かった藩主の子は玉の如き女の子――――――それは関係者をがっかりさせるのに充分すぎるほどであった。しかも妊娠中、山本勇とその一族は極めて尊大な態度を取っていた為、それを快く思っていなかった周囲の態度は掌を返したように冷たいものになってゆく。彼女を推薦した姉川鍋島家も火消しに追われ、いつ彼女を見限るかは時間の問題となっていた。



 そんな周囲の状況など知るよしもない斉正の娘は通り名を貢姫、諱を健子と名付けられ、お七夜の祝いが済むや否や責姫は斉正の命によって乳母と共に本丸奥向きへと移される事になったのだ。勿論これは側室権力が子供を利用する前にその芽を摘み取っておく為である。
 そして乳母に命じられたのは誰であろう風吹であった。否、斉正の要請を受けて盛姫が風吹に命じたと言った方が正しいだろう。盛姫に一番近い人間の一人であり、身分的にも申し分なく、さらには約半年前に濱を産んだおかげで乳がまだ出ているという、これ以上望めない条件を兼ね備えている人物は他にはいない。
 そう思って風吹に乳母役を頼んだ斉正と、それを許した良人もどきの茂義だったが、この後三の丸の奥向きで男顔負けの勇ましい女の戦いが起こる事など思いもしなかった。



「盛姫君様の御命令じゃ。この子は姫君様を養い親として江戸で養育する」

 斉正からの内々の懇願、そして盛姫からの正式な命令書が届いた直後、風吹は盛姫からの命令書を懐に、三の丸奥向きへずかずかと入り込むと、まだ床上げも済んでいない勇の許から子供を奪い取った。その行為は他人の子を奪い、それを喰らったという鬼子母神さながらである。その騒ぎに驚いたのか、責姫は火が付いたように大声で泣き出す。

「お、お待ちください!せめて床上げが済むまで・・・・・・!」

 勇付きの侍女が風吹を止めに入るが、風吹はそれを一蹴する。

「そうやって時間稼ぎをしようというのかえ?このお子は女児だが将来の藩主を婿とする可能性があるお子じゃ。そのような大事なお子をこんな傲慢な、藩政をも牛耳ろうと狙っている女に任せられぬ!これは姫君様だけでない、藩上層部全ての意見じゃ。そなた、御三家や親類、親類同格まで敵に回して無事でいられると思うておるのか?」

 風吹の指摘に山本勇は怒りに震え、反論をしようとしたが風吹のひと睨みに言葉を失う。

「この子は以後本丸にて養育を行い、冬の参勤にて江戸へ上がる。そなたの務めはここまでじゃ」

 大奥流の強引な手法に勇側の人間は誰一人太刀打ちできない。その名の如く『ふぶき』のような冷ややかな一瞥を残し、風吹は責姫を抱きかかえてその場を去っていった。

「悔しい・・・・・・!武雄の側室風情が・・・・・・私は藩主の側室ぞ!」

 風吹が去った後、勇は涙を流しながら悔しがる。だが周囲の侍女達は勇に同調するどころか、関わり合いを持ちたくないという空気を醸し出している。それはここにいる全ての女官が風吹の本当の身分を知っているからである。

「・・・・・・お方様、何か勘違いをなさっているようですね」

 傍にいたまとめ役の老女が、勇に対して侮蔑の色を含んだ物言いをする。

「風吹殿は殿の御正室、盛姫君様付きの筆頭女官であり、ご自身旗本石川家のご長女であらせられます。事情により武雄の側室ということになっておりますが、本来我々はあのお方の姿どころか声さえ聞く事が許されぬ身分にございます」

 憤懣やるかたない表情を未だあらわにしている勇に対し、さらに老女は追い打ちを掛ける。

「・・・・・・それどころかお方様はその傲慢さ故に殿のご寵愛も失っておられまする。姫君のみ本丸へ引き移りになられた意味を、もう少しお考えくださいませ」

 その言葉に勇ははっとする。妊娠が発覚してから責姫が生まれるまで斉正は勇の許に一度も通ってこないどころか自分を、否、自分達を避けるように側室達を三の丸に残したまま本丸に入ってしまったのである。
 それはてっきり本丸の奥向きが手狭だからだとばかり思っていたが、我が子のみ本丸奥向きに入れたとなると話は変わってくる。そして侍女達にとってもそれは死活問題であった。未だ事あるごとに人員削減が行われる中、寵愛を失った側室の侍女など真っ先に職を失いかねない。

「殿は二度とお方様の許には通ってくる事はございませぬでしょう。お子をなす事は出来ましたが、お方様は・・・・・・失敗したのです」

 その言葉に勇は愕然とした。確かに子供は産んだが、それは藩主になる事が出来ない女の子であるし、斉正の寵愛さえ勝ち得なかった身としては一族の出世も見込めない。自分を推薦してくれた姉川鍋島家もお役御免とばかりに自分を切り、新たな側室を斉正に差し出す可能性もある。勇は現実を目の当たりにしてがっくりと肩を落とした。



 それから半年も経たないうちに参勤の季節がやってきた。

「風吹、本当に大丈夫なのか?子供らに負担がかかるようなら、そなたの駕籠だけでもゆっくりと進ませるが」

 斉正は二人の子供――――――責姫と濱を抱えている風吹に対して心配そうに訊ねが、風吹は平然と笑う。

「お心遣い、誠に感謝いたします。ですが心配ご無用、ちいさ姫は私が命に代えてもお守りいたします。それに、濱は鍋島茂義の娘にございます。ちょとやそっとで根を上げるようなやわな娘ではございませぬのでご安心を」

 元々気丈な風吹であるが、自ら子供を産み、藩主の娘の乳母になった事でそのしなやかな強さがさらに増したような気がする

「・・・・・・身体と気の強さはむしろ母親似だろうが」

 そう呟いたのは茂義であった。そんな茂義を風吹はぎろり、と睨み付ける。

「・・・・・・その通りでございますね!確かに濱は小蛇を怖がる軟弱者ではありませぬゆえ」

 その切り返しに周囲にいたものは大笑いをした。

「武雄殿、踏んだり蹴ったりですね。傍から見たら三行半を奪い取られた亭主のようですし」

 確かに子供を二人抱えて江戸に向かう風吹は、良人を捨てて家を出る妻のように見えなくもない。その点を中村に指摘されて茂義はかっとなる。

「黙れ、中村!」

 叱り飛ばすが全く効果は無く、『風吹が茂義を見限り江戸に帰ってしまった』という風聞のみ、しばらくの間城内に流れる事になる。



 風吹が申し出たとおり、参勤中二人の子供達にまったく問題はなかった。さらによちよち歩きを始めたばかりの濱の愛くるしさは藩士達の癒しになったようで、事あるごとに誰かが遊び相手になっていた。その分風吹は責姫の世話に集中する事ができた。

「・・・・・・国子殿は、この子を見てどう思われるだろうか」

 斉正は宿場で貰い乳をしてすやすやと眠る責姫を見ながら溜息を吐く。自分の子であるからそれなりにかわいいとは思うが、盛姫の事を考えると素直に子が生まれた事を喜ぶ事さえできないでいた。

「そんなご心配をするほど姫君様は焼き餅焼きではございませぬ。むしろ子を成せぬ事に心労を感じておられていたようですのでほっとしているのではないでしょうか」

「しかし・・・・・・なぁ」

 ぷくぷくとした頬を指で軽く突きながらも斉正の態度は煮え切らない。

「殿がお心代わりをなされたのであれば話は変わりますが」

「していないからこそ後ろめたさを感じるのだ」

 未だ盛姫に愛情を感じているからこそ後ろめたさも感じ、申し訳なく思うのだ。そこのところをどうも風吹には理解して貰えないようである。

「まぁ、江戸に着いたらお解りになると思いますよ」

 意味深な笑みを浮かべながら、風吹は慣れた手つきで責姫をあやし続けていた。



 そして十一月の半ば、斉正の行列は江戸藩邸に到着した。いつもならすぐさま黒門へ出向く斉正だが、今回ばかりはどうしても行く事を躊躇ってしまう。

「松根、頼む!あちらの様子を偵察してきてくれないか?」

 手を合わせ、松根に拝み倒す斉正は『隠し子が見つかって妻に顔向けできない亭主』そのものの情けなさである。

「・・・・・・御命とあれば構いませんが。風吹殿が仰るように気にしすぎだと思います。」

 松根は仕方なしに『少し遅れる』と伝えに黒門へ出向いた。すると入り口のあたりですでに賑やかなはしゃぎ声が聞こえてきたのだ。松根は許可を貰いすぐさま奥に通される。

「松根か、久しぶりじゃのう」

 松根が盛姫の前に目通りが叶ったとき、盛姫のその腕には責姫が抱かれていた。

「念願がようやく叶っての貞丸の初子じゃ。しかもこんなかわゆいとは」

 そう言って目を細める盛姫はまるで本当の我が子のように責姫をあやす。

「姫君様、そろそろちいさ姫を寝かさねば・・・・・・」

 風吹や颯が盛姫から責姫を取り上げようとするが、盛姫は責姫をさらに強く胸に抱きしめる。

「まだ貞丸も来ない事だし、もう少しだけ、構わぬであろう。大奥にいた頃は多くの弟妹がおったのに、ここでは初めての子供じゃもの。本当にかわゆうて仕方がないのう」

 元々弟や妹の面倒見の良かった――――――というより弟や妹を引き連れて遊び回っていた盛姫である。子供は大好きなのだが自分にはなかなか授からないし、貧乏故かそれとも斉正の性格ゆえか側室をなかなか置こうとしなかった。その為子供に縁がなかったが、ようやく黒門にも子供がやってきたのだ。自分が腹を痛めた訳ではないが、その嬉しさはあまりある。そんな盛姫の様子を見て、松根はほっと胸をなで下ろした。

(これならば殿も安心してこちらに来る事が出来そうだな)

 それと同時に、いかに盛姫が子供を臨んでいたかを痛切に感じ、松根は心を痛めたのだった。



 斉正が黒門内にやってきたのは夜もかなり遅くなってからだった。松根が大丈夫だと言っても渋っていた斉正だったが、『ちいさ姫に姫君様のご寵愛が移ってしまったら相手をされなくなりますよ』と脅かされ慌ててきたのである。

「国子殿・・・・・・宜しいですか?」

 松根や風吹に大丈夫だと言われても、抱え込んでいる後ろめたさだけはどうしようもない。斉正は恐る恐る盛姫の前に出る。すでに責姫は風吹と共に自室に帰っており、広間には盛姫だけであった。

「今日は遅かったのう、貞丸」

 盛姫はクスクスと穏やかな笑いを浮かべながら斉正を呼び寄せる。

「てっきり妾は若い側室に貞丸を奪われて、飽きられたのかと思うたぞ」

 冗談とも本気とも付かない盛姫の言葉に斉正は思わずかっとなる。

「そんな事ある訳ありません!ある訳、ないじゃないですか・・・・・・!」

 斉正はつかつかと盛姫のそばに寄るなりその手を握る。

「国子殿以外の女性と子をなす事がどれほど辛い事か・・・・・・申し訳なさで一杯だったんですから」

 そう囁くと斉正は強く盛姫を抱きしめる。

「私が想っているのはただ一人、国子殿だけです。それだけは信じてください」

 斉正は己の唇を盛姫の唇に重ねた。その行動に驚いたのは盛姫である。慌てて斉正を引き離そうとするが斉正の腕の力は強く、跳ね返す事が出来ない。

「・・・・・・妾の歳を知っていての狼藉か?」

 盛姫は悲しげに言う。三十歳を過ぎてしまったら良人にさえ抱かれる事は許されない。その事実を斉正に訴えるが、斉正はだだをこねる子供のように首を横に振る。

「御褥御免の年齢がなんだというのですか!ややができなければ・・・・・・そんなもの知れた事ではないでしょう」

 自分の年齢を理由に斉正を拒絶しようとする盛姫を、斉正はかき口説く。

「・・・・・・だから、お願いです。私を受け入れてください、国子殿・・・・・・」

 盛姫の豊かな髪に顔を埋め、斉正は囁く。それはまるで母親にすがる幼子のようでもあった。

「・・・・・・貞丸は、いつまで経っても貞丸のままじゃな。健子や濱の方がよっぽど聞き分けが良いぞ」

 根負けしたのか、盛姫は斉正の頬を両手で包み込むと優しく唇を重ねた。

「・・・・・・この事は、内密に」

「解っております」

 二人は強く互いを抱きしめ、そのままひとつになった。



 たとえ正式な夫婦であっても、妻が三十歳を越えたその日から夫婦の情交は禁じられる。その禁を犯せば好き者の烙印を押され白眼視されるのは覚悟しなければならないし、もし子供が出来てしまったら若いとき以上に出産の危険性が増してしまう。だが斉正と盛姫はその禁を犯し、互いを求めてしまったのである。
 肌と肌が触れあった瞬間――――――それは夫婦でありながら禁じられた恋へ足を踏み入れた瞬間であった。そしてこの恋は、斉正を生涯苦しめ続ける事になる。



UP DATE 2010.12.08

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盛姫とちいさ姫こと責姫との出会いです。ま、盛姫の場合父親が父親なんで良人の側室の一人や二人どうとも思わないのでしょうが、オトコとしてそれもちょっと寂しいものがあるのでしょうね。「怒られちゃったらどうしよう」と思いつつ、焼き餅のひとつも妬いてくれないのは寂しいし・・・という感じが少しでも出ていればいいな~と思います。ちなみに斉正・責姫親子は仲が良かったみたいで、現在残っている斉正のプライベートの手紙は責姫宛のものだけだそうです。(あとは当たり障りのない挨拶状だけ・・・・どうも明治維新の際に処分されてしまったらしいです)

そして御褥御免になったにも拘わらず、斉正君、盛姫に手を出してしまいました(^^;
実はこういう例外もいくつかあったらしいですね(ただし相手は側室が多かったみたいですけど)ただ、極めてはしたない行為として白眼視されていたので表向きには『関係を持っていない』ことになっていたようですが・・・そりゃ多少年増でも美人できれいで気心がしれている方が良いっていう男性も少数ながらいるでしょう。現代でも熟女芸人っていうジャンルが出来るくらいですし(爆)。

もちろんこの恋は内緒にしなくてはならないものですし、この恋によってこの話は大きく動いていく事になります。(ネタバレになるのでここいらでご容赦を。)


次回更新は12/15、大殿が亡くなって浮いたお金でまずやった事についての話が始まりますv
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