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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第二章

夏虫~新選組異聞~ 第二章 第十三話 誠の旗印・其の壹

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間者として忍び込んでいた長州浪士を粛正して半月、さすがに脅しとしての効果があったのか脱走を試みるものはいなくなった。しかしそれは一時的な状況である事は間者粛正に手を下した幹部達が一番よく知っている。芹沢時代と比べ厳しさを増した新選組の隊風に馴染めず逃げ出すものが出てくるだろう。
 本当であれば東国で隊士募集をかけたいところだが、会津からの許可が出ない今、不本意ながら京都・大阪で隊士募集を行わざるを得ない。その中で出来る限り『モノ』になりそうな人間を採用しようと土方は大阪から送られてきた書類を審査しつつ頭を抱えていた。

「土方さん、そろそろひと休みした方が良いんじゃないですか?剣術試験の視察ならともかく、そんな文字ばかりの審査書類ばかり見ていたら早々に老け込みますよ。」

 へらへらと冗談を言いつつ、沖田が副長室に入ってきた。

「まだ江戸には行けそうもないんですか、土方さん。」

 文机の前で頭を抱えている土方の隣に座り込みながら沖田は土方の手許を覗き込む。

「ああ・・・・・近辺の者じゃすぐに故郷に帰っちまうから、本当は東国から募集をかけたいんだが。」

 苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべ、それでも書類から目を離そうとしない。どうやら『モノ』になりそうな人物らしい。沖田が覗き込むとそこには力強い文字で『谷三十郎 万太郎 周平』と書かれていた。どうやら三兄弟揃っての入隊希望らしい。

「・・・・・だったら彦五郎さんに頼んだらどうですか?元々浪士組に参加を願っていた方ですし、協力して貰えると思いますけど。」

 沖田は土方より先に書類から目を上げ、土方の義兄である佐藤彦五郎の助けを求めたらどうかと提案する。

「・・・・・やっぱりおめぇもそう思うか。あまり彦兄に迷惑は掛けたくねぇんだけどよ。」

 土方はようやく書類から目を上げ、大きく伸びをした。

「・・・・・ん?おまぇ、何を手にしている?」

 土方は沖田が手にしている紙の束に気がつき訊ねる。

「ああそうでした。土方さん、日野から手紙です。小島さんに彦五郎さんとおのぶさん、あとお琴さんですね。」

 そう言って手にしていた手紙の四通ほどを土方に渡した。そして沖田の手許には五、六通の手紙が残った。そのうちの二通だけを取り分ける。

「そいつは小島さんと林太郎さんからか?」

「ええ。義兄の分には姉のお小言ももれなくついているでしょうけどね。私は土方さんと違って江戸に『いい人』を残しちゃいませんし、早くこっちで誰か見つけろ、って煩いんですよ。」

 そうぼやきながらも家族からの手紙はやはり嬉しいのだろう。土方宛の手紙を本人に渡すなりその場で早速自分に来た手紙を開いた。

「・・・・・・・。」

 最初こそ嬉しげだったが、手紙を読み進めていくうちに沖田の表情が険しくなってゆく。

「どうした?あっちに何かあったのか?」

 沖田の表情の変化に気がついた土方が心配そうに訊ねた。普段心配事を表情に表さない男の深刻な表情なだけに、極めて深刻な事態の知らせなのかと土方も沖田の手許を覗き込む。

「・・・・・新徴組が庄内藩より禄位を頂戴したようです。まさかあの人達が大人しく庄内藩の配下になるとは思いもしませんでしたけど。」

 江戸に戻った新徴組は庄内藩預かりになって以降も給与問題と組織の編成で改革が続けられていたが、この九月に一応の決着を付けたと林太郎の手紙には記されていた。

「・・・・・厄介な事になったな。これじゃあこっちでも禄位話が出かねねぇ。まったくあいつらは強い奴に媚びへつらいやがって。」

 沖田の言葉に土方も顔をしかめる。

「尤もそうじゃなきゃ、清川八郎にへつらうことなく、皆さん京都に残っているでしょう。あの中で京都に残ると言っていたのは義兄の他試衛館所属の数人くらいでしたし。」

 苦笑いを浮かべながら沖田は肩をすくめた。

「会津がこれを盾に『禄位をくれてやる』なんて言い出したら、本当に俺達は会津の犬に成り下がるぞ。」

「・・・・・ですよね。それだけは勘弁して貰いたいものです。」

 土方の言葉に沖田も同調する。それでなくてもここ最近、会津から新選組の『旗印』についてとやかく言われていた。


『新選組の名を下賜してやったのに未だ『誠』の旗印を使っているとはどういう事だ。貴様らは新選組であって浪士組ではないんだぞ!』


 そう広沢に指摘されたのは芹沢の初七日が終わった次の日であった。芹沢が死んだにも拘わらず未だ以前の『誠忠浪士組』時代の旗印を使っている事に対し苛立ちを露わにしたのである。

「恐れながら申し上げます。あの旗印はすでに不逞浪士どもの間に広まっており、市街地での無為な戦いを避けるのにかなり役立っております。それと・・・・・これは内密にして戴きたいのですが、『誠』と試衛館の『試』の字は少々似ておりますゆえ。」

 その場で土方がそう取り繕ったが、彼らの会津に対する不信感がばれてしまうのも時間の問題であると思われた。

「さすがに『お金がないから』というのは言訳になりませんからねぇ。」

「それに『新』の字よりも『誠』の方がよっぽど粋だし・・・・・『誠』の魂を忘れちゃいけねぇんだよ、俺達は。」

 土方が思いを込めてそう呟いた時、門の方から巡察帰りの隊士達の声が聞こえてきた。さすがにこの時期になると夏物の羽織を着ている者は誰一人としていない。あの安っぽい浅葱色の羽織は一夏でぼろぼろにくたびれ、来年には誰も着なくなってしまうだろう。そうやって『誠忠浪士組』の影が消えてゆく中、最後の砦が『誠』の旗印なのである。

「・・・・・あの浅葱羽織を手にしたときは何てみっともない羽織なんだろうと思いましたけど、今となっては懐かしいですよね。」

「じゃあ来年新調してやろうか?下染めの浅葱羽織を。」

 沖田の一言にすかさず土方が嫌みを言う。

「御免被ります。あんな下染め羽織を着ていたらさらに女性が近づかなくなって、おみつ姉さんを悲しませる事になりますから。」

 こうやって壬生浪士組の欠片を落としてゆきながら自分達は成長してゆくのだろう。だが、絶対に落としてはいけない欠片もある。それが『誠』なのである。

「ところで土方さん、近藤先生は?この手紙は近藤先生宛なんですけど。」

「今日は祇園の『一力』だ。公武合体派の会合に呼ばれているらしい。そう考えると俺達も認められるようになったよな。」

 窓から見える初冬の空を眺めながら、土方は感慨深げに呟いた。



 そのころ近藤は一力にて各藩の要人と席を共にしていた。会津藩家老・横山主税を始め、各藩の要人が揃う中、近藤の地位はあまりにも低く、場違いな感じが否めないが、会津藩直々の命令とあらば仕方がない。一通り京都警備の現状と、半月ほど前に取り逃がした長州浪士の追跡について大まかに説明し、その後は末席にて大人しくしていた。

(卑屈になる必要は無い。)

 確かに身分は自分が一番下かも知れないが、自分達は主君を持たない浪士であり、強いて主君を上げるのならばそれはあくまでも将軍のみである。だが、理性ではそう思っていても実際の場になると話は違う。年齢的にも一番若い事もありやたら気を遣っていた。
 普段の遊びでは並ぶ事がないほどの豪勢な山海の珍味が並んでいるにも拘わらず、箸を出す気にもならないほど胃の腑がきりきりと痛み、早くこの場から立ち去りたいと願う。だがそれが許されるはずもない。

「おい、近藤!さっきからちっとも箸が進んでいないじゃないか!若いんだからもっと食わぬか!」

 すでに酔っぱらっている薩摩の代表者----------横山からは島津、と紹介を受けていたが、どうやら老中格か大名家の親族らしい----------から杯をぐいっ、っと胸に押しつけられる。勧められたものを飲まない訳にもいかず、近藤は杯を押し頂くとそれを飲み干した。

「近藤、島津に付き合う事はないぞ。この男はざるなんだから、下手に付き合えば潰される。」

 見るに見かねたのか、横山が近藤に声を掛けるが近藤は大丈夫です、と作り笑顔を浮かべる。その顔は心なしか青ざめていた。どうやら悪酔いをしてしまったらしい。

「何を人聞きの悪い。近藤だって大丈夫と申しているではないか・・・・・その顔は信じておらんようだな。」

 島津某は不服そうな表情を浮かべると近藤に向き直る。

「どうも会津は人を信じないようだ。まだまだ大丈夫という証拠に、ここでこれから幕府が進むべき道を論じてみろ。」

 島津某の言葉にその場にいた者達が一斉に笑い出した。その言葉には浪士集団の局長如きに政治論など語れる訳がないとの侮蔑が隠っている。だが、その場にいた者達の予想に反して、近藤は少しほっとした表情を浮かべたのである。

「島津様のお言葉ですが、皆様、私如きが論じる事をお許し願いますでしょうか?」

「おう、やれやれ!」

 これもまたかなり酔いの回っている土佐の代表者が近藤を煽る。

「あくまでも一般論でございますが----------攘夷とは一国一国個別に行っていたのでは勝ち目がございません。あくまでも日の本全体が一致団結し、夷狄に対抗するべきだと思います。その為に必要なのは公武合体なのではないでしょうか。朝廷と幕府、力を合わせる事によって清国の二の舞になる事を防ぐ事が出来ると私は考えます。」

 古武士然とした、無骨な容貌からは想像できぬ流暢な弁論にその場にいたものは呆気にとられた。確かに一般論----------借り物の意見ながら、それを自分の言葉で論じ、自分より遙かに身分の高い男達の前で堂々と意見を述べたのである。



 百姓出の近藤が政治論を唱える事が出来たのにはそれなりの理由がある。日野は郊外にありながら街道の要所であり、江戸、横浜の情報がのべつまなしに入ってくる。そして直接政策の波を受けてしまう土地柄、自然と政治に対して話し合う事が多くなるのである。
 物心つく頃から大人達の政治談義を聞かされ、成長してゆけば自然と自分なりの考えが固まってくる。沖田のようにあえて自身の意見を押し殺すものも少数ながらいたが、試衛館出身のものたちはそれなりに政論を語る事が出来た。
 後に日野は自由民権運動の中心地になる。そんな土地で生まれ育った近藤にとって、政治論を唱える事は少なくとも目の前にいる男達の酒の相手より遙かにたやすい事であった。



「芹沢亡き後、壬生浪士組はどのような事になるかと心配しておったが・・・・なかなかどうして、やるではないか、近藤!」

 島津某は豪快に笑い褒美だと再び酒をなみなみと注いだ杯を近藤に押しつけた。近藤は苦笑を浮かべながら再びそれを再び飲み干す。

「のぉ、会津。芹沢という狼を排除して大人しい犬を頭に付けたと安心していたら、とんでもない奴が頭になったものよのぉ。」

 どうやらこの場にいる者達は芹沢暗殺の内幕をそれとなく知っているらしい。酔いに任せてとんでもない発言が飛び交い高笑いが起こる。

「ええ・・・・・まぁ。」

 横山は複雑な笑みを浮かべていたが、その視線は再び部屋の隅で大人しくなった近藤に注がれていた。

(多摩の田舎ものだと侮っていたが、下手をしたら芹沢より質の悪い男を局長にしてしまったのかも知れない。)

 これは早めに手を打ち、新選組を完全に会津の配下に組み込まなくてはと横山は危機感を募らせる。そんな横山の思惑などつゆ知らず、近藤は苦痛な宴会にひたすら耐え続けていた。



UP DATE 2010.12.10


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今回から『誠の旗印』になりました。この旗印に関しては『中国故事から来ているんじゃないか』とか『旗がはためくと試衛館の『試』の字に似ているからじゃないか』とか色々言われておりますが、定説を無視しまくって連載をしている拙宅です、相変わらず勝手気ままな解釈をさせて戴きました(笑)。それが『誠忠浪士組の志を忘れず、芹沢鴨の魂を引き継ぐ』です。どうせ書くなら主人公達をかっこよく、という事で(笑)。

そして格好良くついでに近藤さんにも公武合体論を語って貰いました。日野はのちに自由民権運動も盛んになった場所ですからね~。子供の頃からオトナの論争を聞いて育っていれば政治論の一つや二つ語ることはそれほど苦じゃないでしょう。(これは神奈川も同様です。というか昔は日野も神奈川の一部だったそうなので風土は似たようなものがあるのかも。大人が子供に対してちゃんと政治の話をしてくれるので、高校生くらいになればそれなりに語れるようにはなりましたよ~、いっちょ前に・爆)


次回更新予定は12/17(あ、旦那の誕生日だ)、悪酔いして胃痛を起こしながら帰営する近藤局長の介抱が中心となります。(あとできればどこかで歳の和泉守兼定の話も組み込みたい・・・・。)
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