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「vague~道場主・作間駿次郎顛末記」
港崎遊郭連続誘拐事件

vague~大捕物・其の壹

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 双方が睨み合いを続ける異様な沈黙の中、一人の男がゆっくりと黒河の方へ歩いてくる。その堂々とした態度に薄気味悪ささえ覚えた黒河は、娘の首に脇差を当て直し、近づいてくる男に向かって怒鳴った。

「近づくな!それ以上近づくとこいつの首を掻き切るぞ!」

 だが男は黒河の声を無視してさらに数歩近づき、何と日本語で黒河に語りかけてきたのである。

「我々はイギリス陸軍第九連隊である!司令官からの伝言だ!娘達を解放し、マックウィルの身柄をこちらに寄越せ!我々が捕縛したいのはマックウィルであり、日本人の君等ではない!」

 どうやら近づいてきた男は英吉利の通詞らしい。寒空に響く若々しい声を聞いた瞬間、黒河ら長州藩士三人に動揺が走った。

「黒河さん、どうする?聞き様によっては俺達はお咎め無しって・・・・・・」

 通詞の言葉に心がぐらついたのか、高橋の目に迷いが浮かぶ。そんな弱気を見せた高橋に対し、気を許すなと黒河は叱咤する。

「そんな事がある訳無いだろうが!ああ言って油断させといて捕縛するのがお上の常套だ!」

 たとえ英吉利軍に捕まらなくても奉行所に報告は行く筈だ。もしかしたら既に居留地の外に役人が配備されているかもしれない。絶対に隙を見せるなと黒河は高橋に凄むが、動揺を示したのは高橋だけでは無かった。

「でも黒河さん、十人もの娘は連れ歩けないですよ。特にあんな阿片狂いの娘なんか――――――俺は御免です」

 この様な状況下でも阿片煙管を手放さない娘をちらりと見やりながら、もう一人の部下である八代が訴える。とことん無口で滅多に喋らないこの男が不安を露わにするのは相当な事だ。
 高橋だけならいざ知らず、八代まで不安を漏らすとなると黒河も聞き入れざるを得ない。だがマックウィルが出頭する気がないのなら、どちらにしても徹底抗戦しか道は無いのだ。
さすがに自ら出頭を言い出すとは思えなかったが、黒河は一応マックウィルの意見も尋ねる。

「マックウィル、あんたはどうするつもりだ?俺達と共に血路を開いてここから逃げるか?それとも出頭するか?」

 マックウィルも男の端くれである。黒河はマックウィルが出頭を渋り、とことん抵抗するものだとばかり思い込んでいた。しかし返ってきた言葉は、黒河の予想を裏切るものであった。

「君達ハイギリス軍ノ恐ロシサヲ解ッテイナイ。奴ラハ人質ガ居テモイナクテモ危険ト判断スレバ人質ゴト我々ヲ蜂ノ巣ニスルダロウ」

 マックウィルは伏せていた顔を上げながら呟く。その顔は蒼白を通り越して土気色をしており、唇は紫色を帯びていた。

「生キテイレバ裁判官ヲ買収シ、無罪ヲ勝チ取ル事モ可能ダ。ダガ抵抗スレバ・・・・・・私ハ出頭スル!Judgeモ受ケラレズニ犬死スルノハゴメンダ!」

 ぶるっ、と震えながらマックウィルは自らの肩を抱く。

「じゃあ決まり、だな」

 激しく怯えるマックウィルを憐憫の視線で見つめ、黒河は低い声で呟いた。

「マックウィル、この七人の娘達を連れて出頭してくれ。そして俺達は撃ち殺される危険性が確実に無くなるまで人質を離さないと伝えて欲しい」

 日本人と英吉利人、互いを縛る法が違うだけに生き残る方法も違ってくる。本来なら潔く切腹するべきの黒河たちだが、やるべきことが未だあるのだ。それを成し遂げる前に死ぬ訳にはいかない。互いに生き延びる為の最善を尽くそう――――――黒河の提案にマックウィルも深く頷いた。



 アーネストの通訳から暫くの後、ようやく犯人側の相談が終わったのか、玄関からぞろぞろと人が出てきた。その数九人、殆どが日本人の娘で、背の高い外国人の男が二人混じっている。

『お前がロバート・マックウィルだな?』

 スミス少佐直々に、特に背の高い蜂蜜色の髪をした男に尋ねる。

『その通り。君等の要望通り出頭してやった。仲間の日本人の解放と弁護士を要求する!』

 あくまでも強気のマックウィルにアーネストは苦笑いを浮かべる。

「サクマ、君の国には盗人猛々しいという言葉があるが、まさにその通りだな」

 冗談めかしてアーネストは作間に声を掛けた。だが、娘達の顔を確認していた作間は不意に厳しい表情を浮かべ、アーネストが驚くほどの大声で叫ぶ。

「小萩ちゃんが・・・・・・馴染みの妹分がいない!拐かされた娘達はこれが全てじゃない!」

 七人の娘達の中、唯一知っているはずの顔がない。絶叫に近い作間の叫びに近くにいたアーネストは勿論、パークスやスミス少佐、その他の兵士達が驚いて視線を向けたその時である。

「おい、さっさと道を開けろ!でないとこの娘を殺すぞ!」

 玄関の扉が乱暴に開かれ、その中から人質の娘達を一人ひとり羽交い締めにした三人の男達が出てきた。皆、手に刀を持ち娘達の首や頬にその刃先を当てている。

『しまった、まだ人質が残っていたのか!』

 アーネストが思わず母国語で呻いた刹那、マックウィルが勝ち誇ったように高笑いをした。

『人質の命が惜しいんだろう?だったら約束してもらおう。あの三人が居留地を出るまでイギリス軍は一切の手出しをしないと!』

 人質が死んでしまえばマックウィルの捕縛という手柄も消し飛んでしまう。だが、日本人とはいえマックウィルと手を組んでいた者をみすみす見逃してしまってはパークス及び駐屯軍の恥になるのだ。

『おのれ、卑怯者が・・・どこまでも薄汚れた手を使いおって!恥を知れ、恥を!』

 一筋縄ではいかない捕物にパークスが苛立ち紛れに喚き散らし、スミス少佐がマックウィルを睨みつける。銃を撃とうにも人質が邪魔で撃つことが出来ない。兵士達はどう対処していいか判らず、半分銃を下ろしかける。そんな状況の中、ただ一人作間は冷静に男達の足運びを観察していた。

「・・・・・・仕掛けるとしたら二番目の男からだな」

 三人の男達の動きをひと通り見た作間は、周囲に聞かれぬよう口の中で小さく呟く。だが、近くにいたアーネストだけはそれを聞き逃さなかった。

「サクマ?君は何をしようとしているんだ?」

 周囲に感づかれないようにアーネストは作間に尋ねる。だが作間はその問いかけには答えず、意味深な笑みを浮かべた。

「サトウさん、あんた、あの男達の気を引きつけておくことは出来るか?」

「5分位なら可能だが」

 そう答えたものの、そんな僅かな時間で何が出来るのかとアーネストは疑念の眼差しを作間に向ける。

「と言うことは、兵士達の集合時間よりも余裕がある、って事だな」

 アーネストの疑念の視線など歯牙にもかけず、作間は素早く股立を取ると男達の背後に広がる茂みを指さした。

「俺が奴らの背後に回る。その間男達の注意を引きつけておいてくれ」

 まさか一人で男達と戦おうというのか――――――作間の頼みにアーネストは目を丸くする。

「サクマ、君一人で本当に大丈夫なのか?」

「多分。これでも小さな道場を開ける程度の技術は持ち合わせている。じゃあ頼んだ!」

 作間はそう言い残すと、すっ、と暗闇に消えていった。

「サクマ・・・・・・君は一体何者なんだ?」

 その気配の消し方は熟練の英国軍兵士以上である。作間の動きにアーネストは驚愕したが、あまり驚いてばかりもいられない。男達の気を逸らし、作間の動きに気づかれないようにしなければならないのだ。アーネストは冷えきった夜気を吸い込むと、娘達を人質に取っている男達に向かって叫んだ。

「娘達を離せ!でなければ銃は降ろさないぞ!」

 日本語で叫んだあと、素早く英語でその意味を伝え、兵士達に銃を構えるように指示する。すると兵士達は再び男達に向けて銃口を向けた。
 これで犯人側が大人しく娘を引き渡せば万々歳なのだろうが、勿論そう簡単にいく筈もない。案の定一番小柄な娘に刀を突きつけている男――――――黒河がアーネストの提言に拒絶を示した。

「いいや!そっちが先だ!さっさと銃を下ろして道を開けろ!」

 あくまでも自分達の要求を呑めとごねる黒河だが、これこそ作間とアーネストの作戦なのである。アーネストはできるだけ時間を引き延ばそうと、あえて無謀な要求を突きつてゆく。

「冗談じゃない!抜き身を手にしている男の言う事など信じられるか!刀を鞘に収めて娘達をこっちへ寄越せ!」

 アーネストは一歩踏み出し、黒河に迫る。その気迫に気圧され一歩後退りながらも、ここで屈したら終いだと黒河は虚勢を張り続ける。

「ふん!刀を収めたら最後、撃ち殺す気だろう!毛唐の言うことなど信じられるか!さっさと銃を下ろせ!」

 凍てつく初冬の夜に、今にも爆発しそうな緊迫が満ちる。互いに睨み合う膠着状態の中、夜気に手がかじかんだのか黒河が手にした脇差を微かに握り直す。その刹那、張り詰めた緊張が一気に弾けた。

「うわぁぁぁっ!」

 黒河の後に続いていた男――――――高橋が叫び、脹脛を押さえながら地面に倒れ込む。その一瞬後、清冽な初冬の夜気が血の匂いに染まった。

「小萩ちゃん!あっちに逃げろ!」

 背後から聞こえてきた聞き覚えのある声に小萩は頷き、振り向くこと無く一直線にアーネストがいる方向へ走り出した。

「待て!逃がすか!」

 黒河とは別の男――――――八代が逃げようとする小萩の背中を袈裟懸けにしようと、刀を振り上げる。だがそれより一瞬早く 、月光に鈍く光る刀身が八代目がけて振り下ろされた。

「うぉぉぉ!」

 八代は右肩を抑えて蹲る。夜気に滲む血の匂いは更に濃くなり、八代に捕まっていた娘はその臭気に耐えられずその場にしゃがみ込む。

「八代っ!き、貴様、何奴っ!!」

 不意打ちとはいえ、一瞬にして長州藩保守派の中でも数本の指に入る手練を倒すとは―――黒河はこみ上げる恐怖を押さえつけながら、倒れ込んでいる二人の傍に立つ男に怒鳴りつけた。
 だが、一瞬にして二人を倒した男――――――作間は眉一つ動かさず黒河の詰問をはぐらかす。

「おなごを盾に逃げまわるような腰抜けに、名乗る名前は持ち合わせていないんだが」

 明らかに黒河を馬鹿にした返答である。黒河は熱り立ち、作間に斬りかかろうと試みるが、作間には一分の隙も見当たらない。むしろ斬りかかった途端に一刀両断にされるだろう。
 攻めあぐね、人質の娘を盾にしながらじりじりと作間との距離を開いてゆく黒河を一瞥しつつ、作間は余裕綽々にアーネストに向かって手を振った。

「サトウさん、ありがとうよ!あんたがこいつらを引きつけていてくれたお陰様で、手間かけずに二人を生け捕りに出来たぜ!」

 生け捕り――――――その言葉を聞いた瞬間、黒河は愕然とし、わなわなと唇を震わた。




UP DATE 2017.09.20

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とうとう作間&イギリス軍vs誘拐犯らのバトルが開始されました(≧∇≦)/先陣を切ったのはもちろん我らが作間駿次郎!なにせ主役ですのでたまには格好いいところを見せないと(๑•̀ㅂ•́)و✧
取り敢えず作間の剣の腕はこんな感じです。不意打ちならば並の武士2~3人を生け捕りにすることも可能、正面切っての戦いでも(相手を生かして、というのは無理だとしても)ほぼ勝ちを手に入れることができます。ええ何せ練兵館の師範代、剣術の腕だけは確かなのです。後輩に良いように玩具にされてはいますけど(^_^;)
マックウィルは自発的に投降、黒河の部下2人は作間によって倒されてしまい残りは黒河のみになりました。果たして黒河は大人しく捕まるのか、それとも最後の悪あがきをするのか・・・次回9/27の更新をお待ちくださいませm(_ _)m
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