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「vague~道場主・作間駿次郎顛末記」
港崎遊郭連続誘拐事件

vague~大捕物・其の貳

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 英吉利軍が持つ照明が地面を照らす。その地面に傷口を押さえ転がる仲間に視線を落としながら古河は震える声で呻いた。

「貴様、まさか・・・・・・わざと殺さなかったのか!」

 背後からの不意打ちだとしても、一瞬にして二人を切り倒すのは相当の技量が必要となる。まっさらな刀で斬りつける一人目はともかく、血や脂が纏わり付いた刀で二人目を斬る事は極めて難しく、生半可な剣術者ではまず不可能だ。
 生かすか殺すかなんて余裕はまず無いと考えても間違いない。もしあるとするならば相当な技量差がある場合のみだ。
 つまりわざと殺さなかったという事は、作間の技量が黒河達より格段に上である事を意味していた。

(しかも逃げ足の早い高橋の足を封じ、藩でも五本の指に入る手練の八代の腕を潰している。この男と・・・まともに戦っては勝ち目はない!)

 黒河は作間を睨みつけながらじりじりと茂みの方へ近づいていく。敵に捕まり生き恥を晒す事だけは、なけなしの武士の矜持が許さない。だが、黒河の腕だけではこの包囲網から逃れることは難しい。
 作間の剣撃、そして周囲を取り囲む英吉利軍の銃弾の雨を逃げ切るには一か八か茂みの中に逃げこむしか方法はないのだ。
 茂みのどこに飛び込めば確実に逃げることが出来るか――――――逃げ道を探りつつ後退りする黒河に対し、作間は呆れながら声をかける。

「おい、諦めて人質を離せ!奉行所はともかく、英吉利側はお前さんを殺さないって言っているんだから信じたらどうだ?」

 作間が手にした刀を下げて黒河を説得にかかった、まさにその時である。

「このアマが欲しいんならくれてやるっ!おらっ!」

 絶叫と共に黒河が人質の娘を突き飛ばしたのだ。

「きゃあっ!」

 作間の方へ突き飛ばされたその娘は悲鳴を上げ、もんどり打って倒れそうになる。

「おっと、危ねぇ!」

 娘が地面に倒れ込みそうになるのを辛うじて作間が受け止める。その瞬間、黒河は背後に広がる茂みへと飛び込んだ。黒河の姿が作間の視界から消え、がさがさと枯葉を踏みつける音が瞬く間に遠ざかってゆく。

『撃て―――――っ!』
 
パークスの声と同時に一斉に茂みに銃弾が打ち込まれる。だが、誰かが倒れる音も断末魔の叫びも聞こえる事も無く、辺りは再び静寂に包まれた。
 作間は抱きとめた娘に他の娘達の許へ行くよう促すと、自らは黒河が飛び込んだ茂みを覗きこむ。そこには逃げる際に落としたのか、黒河の脇差が転がっていた。

「どうやら逃げられてしまったようだな」

 茂みを覗きこんでいる作間の横にアーネストが並ぶ。そして落ちていた脇差を拾うと、困惑を滲ませながら呟いた。

「出来ればこの遺留品を早々にスミス少佐に渡してしまいたいんだが・・・・・・あれじゃあ暫く無理か」

 アーネストはちらりと後方に視線をやりながら苦笑を浮かべる。その視線の先ではスミス少佐とパークスが何やら言い争いをしていた。

「何を言い争っているんだ、あの二人は?」

 怪訝そうな表情を浮かべ、作間はアーネストに尋ねる。言い争いの中身は解らない。だが双方唾を飛ばし、今にも殴りかからんばかりの険悪さは日本人の作間にもはっきり判った。兵士達も困惑を露わに遠巻きに二人を見つめている。

「ああ、いつもの事なんだ。本来軍への司令はスミス少佐が行わなければならないのに、公使が勝手に指示を出してしまってね。それでなくてもあの二人は馬が合わなくて我々も困っている」

 身内の恥を晒すようで言いたくはないんだが、とアーネストは肩を竦めた。

「それよりサクマ、逃げてしまった男の追跡は?」

 逃げていった方向からすると、黒河は日本人街へ逃げた可能性が高い。そうなると 英吉利軍はこれ以上追跡できないのだ。困惑するアーネストに対し、作間は力強く返答する。

「勿論奉行所側でやらせてもらう。俺は道場の後輩の役人にこの事を伝えてくるから、その代わり人質の保護と下手人の傷の手当だけ頼まれてくれないか?」

 むしろ英吉利側に迷惑をかけてしまうが、と作間は手を合わせアーネストに頼み込む。

「勿論そっちは任せておいてくれ。マックウィルも捕まえた事だし、あの二人も文句は言わないだろう」

 アーネストは未だに口論を続けているパークスらに一瞥をくれながら笑った。

「あれさえなければ二人共優秀な人物なんだけどね」

 そしてざっとこれからの流れを確認した後、作間はアーネストと共に小萩に近づき、声をかける。

「小萩ちゃん、怖い思いをさせたね。俺はちょいと奉行所までひとっ走り行ってくるからもうちょっと我慢してくれよ。あと、困ったことがあったら通詞のサトウさんに言うように」

 そう言って作間は小萩にアーネストを紹介した。小萩は禿を務めるほど機転が利く、賢い娘だ。居留地から出るまでの間に何か困ったことがあっても、これで対処する事が出来るだろう。
 作間の言葉に小萩は大きく頷くと、マックウィルの隠れ家の前にある一本の細い道を指さした。

「あの裏道は岩亀楼に続いてます。奉行所に行くなら一番近い道ですから、真っ直ぐ進んでください」

 そのしっかりした口調に感心しつつ、何故小萩が外国人居留地側の道を知っているのか、作間の胸に疑問が湧いた。

「よく知ってるな。ここいらは外国人と羅紗緬の逢引用の屋敷が多いって話だが、仕事で来た事でもあるのかい?」

 もしそうなら姉分の白萩も来たことになる。複雑な心境を押し殺しつつ尋ねる作間の問いかけに対し、小萩はあっさりと首を横に振った。

「いざとなったら逃げようと、ここに連れて来られた時に道を覚えたんです」

 普通なら怖さに怯え、道など覚える余裕など無いはずなのに――――――その気丈さに作間は内心舌を巻く。
 これも白萩の躾の賜なのかもしれないと思いつつ、作間は気持ちを切り替えた。

「ありがとうよ、小萩ちゃん。今度見世に寄らせてもらう時、何かご褒美を買ってやらなきゃな・・・じゃあな!」

 作間は小萩に礼を言うと、黒河の逃亡を柿崎に知らせる為、白々と明け始めた横浜の街を走りだした。



 からっ風が吹く横浜の街を朝日が照らす。その陽射を避けるように黒河は裏道をくぐり抜け、一度は捨てた自分達の隠れ家に転がり込んだ。

「畜生!どいつもこいつもふざけやがって!」

 やはり奉行所の捜索が入ったらしく、部屋はかなり荒らされている。黒河は舌打ちすると、畳の上に上がり込み、大の字になって寝転んだ。幸い銃撃による傷は左頬を掠めた掠り傷だけであが、横浜から逃げ出すには時間帯が悪すぎる。
 関内を抜け出すには四つある橋の内、どれかを必ず渡らなければならない。だが、どこの橋にも関門と番所が付随しており、通行人の監視を行なっているのだ。
 見張りの人数が少ない夜の内なら素知らぬふりをして通り過ぎることも、関門破りをすることもできたであろう。だが日が昇り、奉行所の同心も見張りに付くとなると、それは絶対に不可能である。
 かと言って海から逃げるにしても船のつてが無い。八方塞がりの状況に嫌気が差して黒河が上体を起こしたその時、畳の上に転がっている火打石に目が止まった。
 奉行所の捜索の際、引き出しの中にしまってあったものが放り出されたのであろう。だが、それを見た瞬間、黒河の目がぎらり、と異様な光を放った。

「そうか!この手があったか!」

 黒河は転がっている火打石の傍まで膝でにじり寄ると、それを手にする。四方を海と川で囲まれ、黒河が思いついた、横浜の関内から逃げる唯一の方法――――――それは横浜中を火の海にし、その混乱に乗じて脱出するというものであった。
 それによって多くの人間が死に、あらゆるものが焼き尽くされようが黒河の知った事ではない。むしろ自分をここまで追い詰めた奉行所への意趣返しに丁度いいとさえ思っている。黒河は火打石を手にしたまま立ち上がると、勝手口から周囲の様子を伺った。

「からっ風もいい塩梅に吹いているし、絶好の火事日和、ってとこだな」

 昏い笑いを口の端に浮かべつつ、黒河は勝手口から表に抜け出し、ふらふらと豚屋裏にあるごみ溜に近づく。そして躊躇いつつもごみ溜の蓋を開けると、生肉独特の臭気と共に多くの蝿が飛び出してきた。
 冬の蠅だけに動きは愚鈍だ。その動きの鈍さに、黒河は自分達を重ねあわせてしまう。
 腐臭漂うごみ溜が蝿にとって居心地のいい住処であるように、時代に取り残された長州藩保守勢力は黒河達にとって極楽同然、ぬくぬくとしたごみ溜のように居心地の良いものだった。
 だが冬の寒空に放り出された蝿が凍え死ぬように、黒河達もそこから放り出され、時代の波に飲み込まれそうになっている。ともすると萎えてしまいそうになる心を奮い立たせ、黒河は心の中で叫んだ。

(俺達は――――――蝿なんかじゃない!絶対に形勢を逆転してみせる!)

 しつこく顔に纏わりついてくる蝿を手で払いつつ、黒河はごみ溜を覗きこむ。

「ふっ。やっぱりな」

 そこには売り物にならない肉の切れ端と共に、使用済みとおぼしき油紙が放り込まれていた。商品の肉を包む際使うものだが、反故も出てしまうのだろう。その内の数枚を指先で摘んで取り出し、鼻が曲がるほどの臭気と煩わしい蝿が湧き出てくるごみ溜の蓋を閉める。
 そして取り出した油紙をごみ溜の蓋の上に乗せると、火打石をかちかちと鳴らした。冬の乾燥の所為か、それとも黒河の執念の所為か、火花は油紙に落ちると瞬く間に炎へと姿を変えた。
 さらに蝿を閉じ込めたごみ溜を、それに続く豚屋の壁も炎に包まれる。昇りきってしまった朝日に代わり周囲を赤く染める邪悪な炎を見つめつつ、黒河はニヤリと笑った。

「さて、次はどこを燃やそうか・・・・・・」

 一ヶ所だけの放火ではすぐに消されてしまう可能性がある。できればこの近辺で五、六ヶ所、逃げ道の途中でも何ヶ所か付け火をしておきたい。いい場所がないかと黒河が周囲を物色し始めたその時である。

「おい、黒河!何をしている!」

 聞き覚えのある声に黒河はびくり、と肩を震わせ、恐る恐る声の方へ振り返った。

「あ・・・・・・!」

 そこにいたのは大久保と連れの俊斎こと海江田武次であった。海江田は怒りに打ち震え、手には抜き身の大刀を握り締めている。

「足を洗う前にしくじったか、黒河よ」

 怒りを露わにしている海江田とは対照的に、大久保はどこまでも冷ややかだった。だが、その冷ややかさが今の黒河にとっては恐ろしい。

「昨夜から奉行所の同心がやけに街中を走り回っていたのは貴様らの所為だな。しかも火付けまでして横浜から逃げ出そうとは――――――武士の風上にも置けぬ奴だ !武士なら武士らしくこの場で切腹せよ!」

 鋭い大久保の言葉は黒河への引導そのものだった。恐怖に顔を歪めた黒河は一歩、二歩と後退るとそのまま踵を返して二人の前から逃げ出す。

「待てっ、黒河!覚悟っ!」

 脱兎の如く逃げ出す黒河を海江田が追いかけ、その背中を袈裟懸けに斬りつけた。

「うわぁぁぁ!」

 断末魔の叫びを上げ、黒河は地面に倒れ込む。その刹那、虚しく宙を掴む黒河の指先が地面以外の何かに触れる。だが、それが何かを認識する前に黒河の意識はその生命と共に失われていた。



UP DATE 2017.09.27

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作間&英吉利軍の包囲網からはうまく逃げおおせた黒河ですが、一番恐ろしい相手のことを忘れていたようです(>_<)
『お目付け役』を依頼された大久保&海江田はどこまでも冷静で容赦なく、悪事から手を引かなかった黒河を処断してしまいました。横浜という特殊な土地ではありますが、黒河が斬られた場所は元々の隠れ家があった日本人街、つまり幕府の管轄です。
海江田のこの行為が許されるもののか否か―――その詳細は次回に書かせていただきます。
そしてこの状況を知らない作間は奉行所へ行きますが、その後どんな行動を取るのか・・・ここからそこそ展開が早くなりますが、おつきあいのほどよろしくお願いいたしますm(_ _)m
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