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「短編小説」
江戸瞽女の唄

江戸瞽女の唄~みわの追懐

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 月夜に朗々と長唄が流れてゆく。やや年配、の艶めいた唄声に続き、若々しい声が探り探り続くところから鑑みると、どうやら師匠に稽古をつけてもらっているらしい。

「・・・・・・さぁて、こんなところにしておこうかね。おみわ、お登喜」」

 三味線の撥を止めて瞽女の師匠のお尚が声をかける。関東大震災の悲劇の中、生き残った数少ない『指導ができる瞽女』の一人で、みわを始め若い瞽女達は彼女に稽古をつけてもらっている。

「はい、お師匠様。本日もお稽古ありがとうございました」

 みわと妹弟子のお登喜は三味線を置き、畳に手をついて礼をする。三人とも盲ているだけに傍から見ると滑稽かもしれないが、どんな世界にも礼儀は大事である。それは瞽女の世界でも変わりはない。

「久しぶりの稽古だけど、本当にあんたは筋が良いわね、おみわ」

 三味線の弦を緩めつつ、お尚がみわに声をかける。その褒め言葉にみわは恥じらい、はにかんだ笑みを浮かべた。

「いえ、そんな」

「お師匠様の言うとおりよ。瞽女の中で一番の稼ぎ頭なんだし」

「それは隼人の采配が良いからだと・・・・・・」

 確かに瞽女の稼ぎは依頼者との交渉窓口である手引の腕に拠るところが大きい。勿論瞽女の技術や容姿も稼ぎを左右するが『唄える場所』を見つけ出さないことにはどうしようもないのだ。
 隼人の手腕は仲間内でも群を抜いており、お尚の亭主でもある瞽女の親方も一目置いていた。

「本当にあなた達二人には感謝しているわ。江戸瞽女は先の震災でだいぶ数を減らしてしまったけど・・・・・・流行りの唄はどの瞽女でも唄えるけど、江戸瞽女にしか唄えない歌もある。それを伝えていっておくれね」

 師匠の言葉に、みわは思わず背筋を伸ばし気を引き締めた。



 瞽女屋敷の使用人によって部屋に案内されたみわは、手探りで寝間着を探り当て、着替えを済ませる。普段であれば隼人が手はずをしてくれるのだが、父親の法事で地元に帰っている。手引にとって一年に何度かしか無い貴重な休暇を邪魔することは瞽女であってもできない。

「たまには隼人も・・・・・・蓮二郎お兄ちゃんに戻る時間が必要ですよね、庄屋様」

 みわは闇に沈んだ虚空を見つめ、まるで誰かに語りかけるように呟く。その視線の先には壮年の男の姿があった。それは二年前に亡くなった隼人の父親――――――みわが生まれた村の庄屋だった男の亡霊であった。

「悪いね、おみわちゃん。あの馬鹿息子のせいで盲にしてしまった上にほったかしにして」

 亡霊とは思えぬ、しっかりした輪郭を保った庄屋は、隼人によく似た笑みを浮かべる。その笑顔につられるようにみわも思わず笑みを浮かべる。

「いいえ、庄屋様。こんな事がなければ、私は――――――大好きだった『蓮二郎お兄ちゃん』を独り占めする事ができませんでしたから。盲になって瞽女になったことはむしろ感謝しております。ただ、庄屋様の墓前にお線香一本もあげられず」

「その事は気にしなくていいよ。実際こうやって話せるんだし。明日には蓮二郎もこっちに戻ってくるだろうから、またよろしく頼むよおみわちゃん」

 申し訳無さそうに謝るみわに気遣いを見せつつ、隼人の父親はスッ、と闇に消えた。



 物心付いた頃から蓮二郎はみわの傍にいた。長女であるみわの世話を蓮二郎は何くれと焼いてくれ、まるで本物の兄妹のようだった。その関係が変わってしまったのはあの日――――――みわと蓮二郎の兄・祥太郎が許嫁になった日である。
 二人の事実上の婚約を聞いた蓮二郎は急に不機嫌になり、そして追いかけてきたみわを土手から突き落としたのである。
 当時は自分の身に起こったことが受け入れられず、ただ混乱するばかりだった。ようやく落ち着いたのは瞽女になるために組合がある東京に出てきてからだろうか。失明してしまったことを嘆くこともあったが、それは長くは続かなかった。
 家の手伝いや弟妹の世話をすることさえ無く、流行りの唄を教えてもらい、その唄を褒めてもらえる日々はまるで幸せな夢を見ているようだった。確かに目の見えない不自由はあったが、身の回りの世話をしてくれる世話役がみわが気が付かないことにまで気を回してくれたので、本当に困るようなことは殆ど無かったのも幸いした。その為だろうか、自分を土手から突き落とした蓮二郎に恨みを感じることは全く無く、基本的な修行期間を過ごしていく。


 そんな中、瞽女として一人前になったみわに付けられたのが、手引の修行を終えたばかりの隼人だった。


 既に変声を終え、低い声になっていたから最初は判らなかったが、余計なおせっかいをしてくる精霊や付喪神らがみわに伝えてきた。隼人が本当は蓮二郎だということ、そして村を飛び出しみわの世話をせんがために手引になったということを――――――。
 だがみわは『隼人』にその事を問いただすことが出来ずにいた。もし聞いてしまったら彼が――――――蓮二郎が自分の許から去ってしまうのでは、という恐れがみわに二の足を踏ませているのだ。

(蓮二郎おにいちゃんと・・・・・・隼人と離れたくない)

 兄と慕っていた感情はいつしか恋へと変わっていた。昔と違い、今は瞽女の結婚も認められているから互いがその気になれば所帯を持つことも可能だろう。だが目が見えない自分が妻になってしまったら隼人の負担は更に増えるのではないか――――――その思いがみわに二の足を踏ませていた。

(自分の気持ちを押し殺してさえいれば――――――隼人が誰かと結婚するまでは一緒にいられる)

 未来永劫、とは願わない。普通であれば出かける度に手引が変わる瞽女も少なくない中、みわ達は請け負ってくる仕事量が多いからという理由で一緒に組むことを許されているのだ。その幸福をありがたく思うべきなのだが、人の欲というものはどんどんと大きくなるというのもまた事実である。

(いつか・・・・・・自分の気持ちが伝えられる日が来るのかな)

 虫の声だけがみわの耳を撫でてゆく。叶うはずもない想いを抱え、みわは布団へと潜り込んだ。




UP DATE 2017.10.14 

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隼人が後悔の念に苛まれているのとは対照的に、みわは瞽女の世界に入ったことをむしろありがたく思っているようです(*^_^*)
確かに失明し、全盲になってしまったことは辛いことでしょうが、当時の長女の仕事の大変さを思えば、似たり寄ったりの苦労だったのかも(>_<)
そりゃあ田舎の長女となれば親の手伝いもしなけりゃなりませんし、弟妹の面倒は当然でしょう。一方瞽女は芽は見えないものの『唄』という技量さえ磨けば上げ膳据え膳、家事一切合財は免除ですし、当時としてはお姫様同然の生活ですから。
しかも密かに思う相手と一緒に行動できるとなれば言うことはないでしょう。問題はその『想い』を告白することが難しいだけですが・・・果たして二人の両片思いはどのような展開を迎えるのか。
次回更新は10/21、隼人のターンになります(一応隼人と兄・祥太郎との会話を中心に、と考えております)
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