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「vague~道場主・作間駿次郎顛末記」
港崎遊郭連続誘拐事件

vague~身請交渉と鬼畜役人・其の壹

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 作間を散々茶化した垣崎が去った後、作間は半分残っていた茶碗の水も口移しで白萩に飲ませた。

「俺はこれから伊織の手伝いに行ってくるが、大丈夫か?」

 白萩が水を全て飲み込んだのを確認してから作間が尋ねる。その問いかけに一旦は頷いた白萩だったが、少し逡巡した後、思いつめた表情で口を開いた。

「作間様――――――ひとつだけ、お尋ねしても宜しいでしょうか?」

「何だい、白萩?」

 作間の全てを包み込むような優しい視線にほっとしたのか、白萩は少しだけ表情を緩める。そしてどうしても聞きたかった一言を作間に尋ねた。

「もし私が夜鷹や比丘尼に身を貶しても・・・・・・私を買っていただけますか?」

 その声は微かに震え、切なげに作間を見上げる瞳は潤んでいる。この顔の傷では二度と岩亀楼に上がることは出来ないだろう。だが、作間との縁は切りたくない。
 最下級の遊女になっても自分を抱いて欲しい――――――それは今の白萩に許される、最大の願い事だった。
 もしかしたら断られるかもしれない。そんな恐怖を微かに感じたその瞬間、白萩は作間に強く抱きしめられていた。そして火傷をしていない頬に、無精髭が生えた作間の頬を感じる。

「何を馬鹿なことを・・・・・・そもそもお前を夜鷹になんてさせるものか!」

 夜鷹になんかさせない――――――作間の言葉の意味が理解できず、白萩は混乱する。だが、自分を抱きしめているその力強さに、白萩は作間を信じていいのだと本能的に理解した。
 どれくらい長い時間抱きしめられていただろうか。互いの気の昂ぶりが落ち着きを取り戻した頃、作間はようやく白萩を抱きしめていた腕の力を抜いた。

「俺にだって・・・・・・男の意地がある」

 白萩の目を見つめながら、作間は噛み締めるように訴える。

「一晩、待っていて欲しい。伊織の野郎の手伝いをした後、今夜中に片を付けるから」

 作間は白萩に訴えるように告げた後、彼女を岩亀楼の者達に預け垣崎の手伝いに出向いてしまった。

「ねぇ、白萩ちゃん。作間様と何があったの?」

 二人の間の只ならぬ空気を感じた夕菊が、怪訝そうにまだぼうっ、としている白萩に尋ねる。

「ん・・・・・・あのね」

 そう切り出したものの、今あった出来事をどうやってまとめていいのか解らない。白萩はただありのままを―――――作間の一言一句をそのまま夕菊に伝えた。

「・・・・・・という訳なの。今夜中に片を付けるから、って」

 話し終えた白萩は困惑の表情を浮かべる。そもそも片を付けるといってもこの大火事の中、何が出来るというのだろうか。作間の真意を測りかねている白萩に対し、夕菊はもしかして、と目を輝かせた。

「それって身請話じゃないの?きっとそうよ!」

 禿の夢菊同様、夕菊もふわふわと夢見がちなところがある。自分の妄想にはしゃぐ夕菊に対し、白萩は苦笑しながら嗜めた。

「それはきっと無いでしょう。だってこの火傷だもの」

 まだ鏡は見ていないが、その痛みで自分がどれほど酷い火傷を顔に負ったかは理解できる。いくら優しい作間でもそこまでしてくれるとは思えないし、望んでもいけないと白萩は思う。
 叶わぬ夢を見ては破れる――――――そんな生活を送ってきた娼妓の性が、白萩に夢見ることを躊躇わせるのだ。それに気が付いた夕菊も、がっかりした表情を浮かべる。

「そっか。そんな夢みたいなこと、考えちゃ駄目だよね。そうじゃ無かった時、悲しすぎるもの」

 西に傾きかけた太陽の下、二人の娼妓は顔を見合わせ諦観の溜息を吐いた。だが、往々にして『女の勘』は当たるものである。
 ただ二人がその事を知るのは今暫く先――――――作間が白萩に告げた一晩を越さねばならなかった。



 作間が垣崎に話を切り出したのは、横浜の空が茜色から紫へと暮れ泥む頃合いだった。

「おい伊織、お前今朝言ったこと覚えているか?」

 激しかった火の勢いもようやく弱まり、後は自然鎮火を待つだけとなった。作間は水を撒き続けてぱんぱんに腫れ上がった腕をさすりながら垣崎に声をかける。

「さぁ。色々ありすぎて何を言ったか言わなかったか覚えちゃいませんや」

 昨晩からの捕物に引き続きこの大火である。一昨日の晩から一睡もしていない垣崎の顔には疲労の色が色濃く出ていた。何を言ったか覚えていないのも無理は無い。

「港崎の大門の前でいった言葉さ。俺が中に飛び込もうとした時『金だったらいくらでも貸すが命に関わるモンは貸せない』と」

「ああ、その話ですか。しましたねぇ、確かに」

 垣崎は水桶を地面に置きながら返事をした。かなり肩や腕が張っているのだろう。ぐるぐると腕を回し、厄介な凝りを取ろうとしている。

「もし今、俺がお前に借金を申し込んだとしたら最大でどれくらい工面できる?」

 その途端、ぐるぐると回していた垣崎の手が止まった。

「駿次郎先輩。まさか、白萩花魁を身請けしようって腹積もりですか?」

 垣崎は作間の顔を覗き込みながら尋ねる。垣崎が知る限りそれ以外に作間が借金をするほど金を必要とするとは思えない。案の定、作間は垣崎の質問にはっきりと頷いた。

「そのまさかだ。あの火傷じゃもう岩亀楼格の見世には上がれないだろう。となると、もっと下級の見世に移るか夜鷹になるか」

「だったら夜鷹になってから落飾したらどうですか。その方が格安ですよ」

 真面目に理由を語る作間を茶化すかのように垣崎はしれっ、と恥知らずなことを言い放つ。そんな不埒な後輩を作間はぎろり、と睨みつけた。

「俺にだって意地ってもんがあるんだよ!岩亀楼の娼妓に恥をかかせるわけには行かねぇだろうが」

 あまりに真剣過ぎる作間に思わず吹き出しながら、垣崎は先輩になら幾らでも貸しますよ、と笑顔を見せた。

「そうですね。岩亀楼の娼妓で顔に傷が無けりゃ四百から五百両ってところでしょうから、何とかなるでしょう。ですが」

 垣崎は思わせぶりに言葉を一旦区切り、作間の顔を覗き込む。

「ひとつ、条件を呑んでもらうことになりますが宜しいでしょうか? 」

 鬼気迫る垣崎の視線にたじろぎつつ、作間は思わず頷いてしまった。

「勿論多少・・・・・・いや、呑める条件ならどんな無理でも呑むが」

 一体どんな無理難題を突きつけられるのか――――――作間は覚悟を決めたが、垣崎から提案された条件はあまりにも以外なものだった。

「白萩花魁の身請交渉は俺がやります。金は幾らでも貸しますが、先輩に無駄金を使われちゃ敵わないんでね」

 それを聞いた瞬間、作間は驚きに目を丸くする。

「そんな事でいいのか?むしろ願ったり叶ったりだが・・・・・・よろしく頼む、伊織」

 大金を貸してくれるだけでなく、面倒な交渉事まで事まで引き受けてくれるという垣崎に作間は頭を下げた。だがこの二刻後、作間は垣崎に交渉を任せてしまった事を後悔することになる。



 日本人街の三分の一、居留地の四分の一を燃やし尽くし、娼妓だけでも四百数十人が命を落とした豚屋火事は日没暫くしてようやく収まりを見せた。だが完全に火が消えた訳ではない。居留地の一部では四日間も火が消えなかったというアーネストの記録も現代に残っている。
 日本人街でも同様に、一部の燃え残りがちろちろと暗闇に沈んだ横浜の町を照らしていた。焼け焦げた木に焼けた動物や髪の毛、それに潮風が入り混じった何とも不快な臭いが漂う中、その鬼火のような残り火を頼りに人々が幽鬼のように彷徨い歩いている。
 生き別れた家族や友人、そして愛する者を探しているのだろうか。それとも瓦礫を漁る火事場泥棒か。誰もが必死に生に縋り付き、悪夢の夜を乗り切ろうとしている。
 そんな中、白萩ら重傷者を火災を免れた神奈川奉行所に連れて行った作間と垣崎が、岩亀楼の者達が避難している空き地に戻ってきた。

「おい、岩槻屋佐吉はどこにいる?」

 焚き火に手をかざしつつ、寝ずの番をしていた進五郎に作間が声をかける。

「ああ、作間様!お帰りなさいませ!」

 さすがに被災当日の寝ずの番は心細かったのだろう。作間達の顔を見るなり進五郎は露骨に安堵の表情を浮かべた。

「楼主ならあちらで寝ておりますが、起こしてきましょうか?」

 尻についた土を払いつつ立ち上がり、進五郎は作間と垣崎に尋ねる。どうやら疲れ果てて先に横になってしまったらしい。

「そうか。さすがに昨日今日とで色々ありすぎたからな」

 作間は垣崎と顔を見合わせ苦笑いを浮かべた。既に刻限は夜四ツを過ぎている。無理に叩き起こしてもろくな交渉はできないだろう。

「じゃあ明朝、ちょっと話したい事があるからと佐吉が起きたら伝えて・・・・・・」

 と垣崎が言いかけたその時、むくり、と闇から何かが立ち上がり、焚き火の方へやって来た。

「作間様、垣崎様、お勤めご苦労さまです!」

 闇から立ち上がったもの、それは佐吉だった。横になったはいいが、気持ちが昂り過ぎて寝付けなかったらしい。

「おい、大丈夫か?だいぶ顔色が悪いぞ」

 思わず作間が心配するほど佐吉の顔は疲労でやつれ果て、眼の下には濃い隈ができていた。それでも佐吉は大丈夫です、と首を横に振り作間達に迫る。

「作間様、垣崎様、私めにご用とは一体何でしょうか?もしかして奉行所に運び込まれたうちの娘達の身に何かあったのでは?」

 何せ作間達は重傷者を運んでいった帰りである。もしかしたら娼妓の誰かが命を落としたのかもしれないと、佐吉は今にも泣きそうな表情を浮かべている。確かにこの状況での話となればそう考えるのが妥当だろう。
 さすがに少しバツの悪そうな表情を浮かべつつ、作間は話を切り出した。

「いや、そんな大仰なことじゃないんだ。こんな時に出す話じゃないことは重々承知なんだが・・・・・・白萩を身請したい。受けてくれるだろうか?」

 白萩の身請――――――その言葉を聞いた瞬間、今まで泣きそうだった佐吉の表情は一変して晴れ渡った。

「そりゃあこちらとしては大歓迎でございます!あの火傷では見世に上がることもままなりませんし、かと言って路頭に迷わせる訳にもいきませんし・・・・・・一体どうしたものかと思案していたところでございました」

 揉み手をし、今にも涎を垂らさんばかりに相好を崩して佐吉は作間に擦り寄る。

「あの子は稼ぎ頭でしたから、本来はご定法の上限である五百両といきたいところです。しかし他ならぬ作間様の申し出ですので、身請金は二百両に負けさせていただきましょう」

 佐吉は相場の半分以下の値を作間に告げた。顔に傷があっても岩亀楼の娼妓である。それなりの価格をふっかけられるだろうと覚悟していただけに、思っていたより安い身請金に作間は頷きかけた。その時である。

「駿次郎先輩、例の条件、忘れた訳じゃありませんよね?」

 佐吉の提示した破格の条件に頷きかけた作間を止めたのは、他でもない垣崎伊織その人であった。




UP DATE 2017.11.1

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文字通り『怪我の功名』と言うのでしょうか。白萩の火傷が作間に『白萩の身請』の覚悟を決めさせたようです(≧∇≦)/
しかし顔に火傷を負ったとは言え岩亀楼の稼ぎ頭だった花魁、それ相応の値段はふっかけられるでしょう(>_<)そこで作間は伊織にさらなる借金の申込みをしたのですが・・・色ボケした先輩に交渉事を任せてはいくら金があっても足りないと思ったのでしょう、身請交渉まで垣崎がやってくれることと相成りました(๑•̀ㅂ•́)و✧
でもねぇ・・・『鬼垣』の二つ名を持つ男、先輩を先輩とも思わずおちょくり倒す垣崎伊織がごく普通の身請交渉をするとも思えない/(^o^)\勿論その期待を裏切ることはありませんが、果たしてどんな交渉となったのか・・・次回は港崎遊郭連続誘拐事件編最終話、伊織の交渉の行く末をお伝えいたします(๑•̀ㅂ•́)و✧
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