「短編小説」
江戸瞽女の唄
江戸瞽女の唄~これからも手を携え
宿の番台に朝餉の注文をした後、部屋に戻ると既にみわは起きていた。長襦袢を肩にかけただけの艶めかしい姿に隼人は思わず息を呑む。
「おみわ、起こしちまったか」
隼人は柔らかな声でみわに語りかけると、乱れた髪の毛を掻き上げてやる。
「・・・・・・うん」
はにかんだみわの笑みに隼人の胸は高鳴る。このまま抱きしめ、押し倒してしまいたいという衝動と戦いながら隼人は淡々とこれからの予定をみわに告げた。
「今、朝餉を注文してきた。それを食べてから親方のところに行こうか」
「え?お仕事は?」
てっきり朝餉の後に仕事に出向くものだとばかり思っていたみわは怪訝そうな表情を浮かべる。
「この雨じゃ無理だ。昨日よりも雨脚が強い」
そう言って隼人は障子を開けた。秋の雨にしてはやや激しい雨音がみわの耳に飛び込んでくる。この雨では仕事にはならないだろう。
「確かに、これじゃあ無理、か」
少々がっかりしたように呟き、みわが座ったまま窓辺に近づこうとする。その瞬間、肩にかけていた長襦袢がはらり、と滑り落ちた。
「おいおい、幾ら人通りが少ないからと言ってそんな姿で窓に近づくんじゃねぇ」
隼人は慌て、後ろ手に障子を閉めるとみわの前に座り、そのままみわの裸体を抱きしめる。
「はや、と?」
「朝餉が来るまでまだ時間はある。それまで布団の上で寝転んでりゃいいさ」
そして何かを言いかけようとしたみわの唇を自らの唇で塞いでしまった。
「・・・・・・ちょっと、待って。これから朝餉が」
隼人の本気の接吻から逃れつつ、みわが慌てて隼人を止める。でないとそのまま情事に流れ込みそうな勢いだったからだ。しかしそんなみわの気遣いを隼人は無視し、更にみわの身体を強く抱きしめる。
「気にするなって。連れ込み宿の客が事に及んでいたら気を利かせて部屋の前に膳を置いていくだろ」
みわを抱くのを止める気はないらしい。こうなってはいくら抵抗しても無駄だろう。みわは諦め、隼人の背にそっと手を回した。
再び愛を交わした後、少々、いやかなり遅い朝餉を食べ終えた二人は雨の中、江戸瞽女の親方がいる瞽女屋敷へと足を運んだ。
「親方、実は折り入ってお話が」
改まって話を切り出す隼人に、瞽女の親方は不思議そうな表情を浮かべる。
「おう、どうした?畏まって。何かろくでもない客にでも引っかかったか?」
からかい半分に隼人に尋ねる親方に、隼人はブンブンと首を横に振った。
「いえ。実は――――――おみわとの結婚をお許し願おうと」
そ の瞬間、親方とその隣りにいた親方の妻の尚が驚きの表情を浮かべる。
「あの、何かまずいことでも?」
「いいや、そうじゃないさ。というか、何を今更・・・・・・あ、もしかしてあんたたち、ややでも出来たのかい?」
思いもしなかった尚の一言に、隼人とみわは驚き慌てふためいた。
「い、いえ!そこまでは・・・・・・昨日、ようやく互いの想いを確認できた次第で」
「はぁ?」
今度は親方が更に素っ頓狂な声を上げた。
「おめぇら、まだ『夫婦』になっていなかったっていうのか?てっきりもう出来ているのかと思って、二人で組ませて仕事をさせていたっていうのに」
「え?」
「おかしいと思わなかったのか、隼人?お前くらいの経験と腕を持っていたらあと2、3人は任せているぞ?」
「そう言われればそうですよね。何故私は他のお姐さん方と組んでの仕事が無いのかと不思議に思っていたのですが」
親方の至極まっとうな指摘に頷いたのは、隼人ではなくみわだった。
「本当だったら数人で組んでの仕事のほうが手引の数を少なくていいんだが、瞽女の中に『特別な相手』がいるとそうはいかねぇ。女っていうものは嫉妬深いから・・・・・・いてて!」
突如親方が顔をしかめ、騒ぎ出す。何故ならば隣りにいた妻の尚に手の甲を思いっきりつねられたからだ。
「余計なことをお云いでないよ、お前さん」
大げさに痛がる親方に、さらにとどめの一撃ともうひとつねりした後、尚は見えない目を二人に向けた。
「隼人は大丈夫だと思うけど、うちの人みたいに女好きで他の子にちょっかいを出すような手引だと厄介事が起きるんだよ」
少々険のある物言いに親方はしゅん、とうなだれ隼人とみわは苦笑いを浮かべる。
「そのうちあんた達にも後輩の指導を頼むことになるだろうけど、その時は重々気をつけるんだよ、おみわ」
「はい、そうさせていただきます」
その一言にその場は笑いに包まれた。
瞽女の親方からの許可を貰った二人はその後顧客や友人知人、そして家族に夫婦になることを報告し、その報告が終わった立春の時点で役所へと届け出を出した。子供が生まれてからの届け出でも文句は言われない時代ではあるが、たまたま仕事が空いた立春の日柄が良かったので善は急げとこの日に届けを出したのである。
「あとはややだけだけど・・・・・・おみわ、大丈夫か?」
隼人は数日前から吐き気で食欲が落ちているみわに心配そうに尋ねる。
「うん・・・・・・たぶん。お馬も遅れているし、もしかしたら」
「だといいな。体調がいい時に医者にみせに行くか」
隼人の優しい一言にみわも笑みを返す。ただただ穏やかな幸せの中、二人がいる部屋からいつしか江戸の古唄が聞こえ始め、それはいつまでも続いていった。
UP DATE 2017.11.11
不定期更新となりましたが、何とか無事『江戸瞽女の唄』最終話までこぎつけました~ε-(´∀`*)ホッ
結ばれた後、けじめは付けなければと親方のもとに報告に出向いた二人でしたが、どうやら親方達には『とっくに二人はデキている』と思われていたようです(^_^;)
それ故に2人で仕事をさせてもらっていたようで・・・でなければ腕の良い手引の隼人、みわの他に担当瞽女が居てもおかしくありませんからねぇ。それをせずに住んだのは親方夫婦の過去の経験からだったようです(^_^;)うん、きっといろいろあったんだろ~な~。他の女の子にちょっかいを出しても鋭い勘で見つけられ、怒られる旦那/(^o^)\この二人はみわ&隼人とは違った意味で面白そうです(^_^;)
紆余曲折を経て結ばれた二人の物語はここで一旦終わります。もしかしたら来週あたり『初夜』の具体的な話をUPするかもしれませんが・・・今年一年、この二人におつきあい頂きありがとうございましたm(_ _)m
来年から暫くの間拍手文は更新しない予定ですが、何かしらの短編はできるだけUPしていくつもりです(๑•̀ㅂ•́)و✧
「おみわ、起こしちまったか」
隼人は柔らかな声でみわに語りかけると、乱れた髪の毛を掻き上げてやる。
「・・・・・・うん」
はにかんだみわの笑みに隼人の胸は高鳴る。このまま抱きしめ、押し倒してしまいたいという衝動と戦いながら隼人は淡々とこれからの予定をみわに告げた。
「今、朝餉を注文してきた。それを食べてから親方のところに行こうか」
「え?お仕事は?」
てっきり朝餉の後に仕事に出向くものだとばかり思っていたみわは怪訝そうな表情を浮かべる。
「この雨じゃ無理だ。昨日よりも雨脚が強い」
そう言って隼人は障子を開けた。秋の雨にしてはやや激しい雨音がみわの耳に飛び込んでくる。この雨では仕事にはならないだろう。
「確かに、これじゃあ無理、か」
少々がっかりしたように呟き、みわが座ったまま窓辺に近づこうとする。その瞬間、肩にかけていた長襦袢がはらり、と滑り落ちた。
「おいおい、幾ら人通りが少ないからと言ってそんな姿で窓に近づくんじゃねぇ」
隼人は慌て、後ろ手に障子を閉めるとみわの前に座り、そのままみわの裸体を抱きしめる。
「はや、と?」
「朝餉が来るまでまだ時間はある。それまで布団の上で寝転んでりゃいいさ」
そして何かを言いかけようとしたみわの唇を自らの唇で塞いでしまった。
「・・・・・・ちょっと、待って。これから朝餉が」
隼人の本気の接吻から逃れつつ、みわが慌てて隼人を止める。でないとそのまま情事に流れ込みそうな勢いだったからだ。しかしそんなみわの気遣いを隼人は無視し、更にみわの身体を強く抱きしめる。
「気にするなって。連れ込み宿の客が事に及んでいたら気を利かせて部屋の前に膳を置いていくだろ」
みわを抱くのを止める気はないらしい。こうなってはいくら抵抗しても無駄だろう。みわは諦め、隼人の背にそっと手を回した。
再び愛を交わした後、少々、いやかなり遅い朝餉を食べ終えた二人は雨の中、江戸瞽女の親方がいる瞽女屋敷へと足を運んだ。
「親方、実は折り入ってお話が」
改まって話を切り出す隼人に、瞽女の親方は不思議そうな表情を浮かべる。
「おう、どうした?畏まって。何かろくでもない客にでも引っかかったか?」
からかい半分に隼人に尋ねる親方に、隼人はブンブンと首を横に振った。
「いえ。実は――――――おみわとの結婚をお許し願おうと」
そ の瞬間、親方とその隣りにいた親方の妻の尚が驚きの表情を浮かべる。
「あの、何かまずいことでも?」
「いいや、そうじゃないさ。というか、何を今更・・・・・・あ、もしかしてあんたたち、ややでも出来たのかい?」
思いもしなかった尚の一言に、隼人とみわは驚き慌てふためいた。
「い、いえ!そこまでは・・・・・・昨日、ようやく互いの想いを確認できた次第で」
「はぁ?」
今度は親方が更に素っ頓狂な声を上げた。
「おめぇら、まだ『夫婦』になっていなかったっていうのか?てっきりもう出来ているのかと思って、二人で組ませて仕事をさせていたっていうのに」
「え?」
「おかしいと思わなかったのか、隼人?お前くらいの経験と腕を持っていたらあと2、3人は任せているぞ?」
「そう言われればそうですよね。何故私は他のお姐さん方と組んでの仕事が無いのかと不思議に思っていたのですが」
親方の至極まっとうな指摘に頷いたのは、隼人ではなくみわだった。
「本当だったら数人で組んでの仕事のほうが手引の数を少なくていいんだが、瞽女の中に『特別な相手』がいるとそうはいかねぇ。女っていうものは嫉妬深いから・・・・・・いてて!」
突如親方が顔をしかめ、騒ぎ出す。何故ならば隣りにいた妻の尚に手の甲を思いっきりつねられたからだ。
「余計なことをお云いでないよ、お前さん」
大げさに痛がる親方に、さらにとどめの一撃ともうひとつねりした後、尚は見えない目を二人に向けた。
「隼人は大丈夫だと思うけど、うちの人みたいに女好きで他の子にちょっかいを出すような手引だと厄介事が起きるんだよ」
少々険のある物言いに親方はしゅん、とうなだれ隼人とみわは苦笑いを浮かべる。
「そのうちあんた達にも後輩の指導を頼むことになるだろうけど、その時は重々気をつけるんだよ、おみわ」
「はい、そうさせていただきます」
その一言にその場は笑いに包まれた。
瞽女の親方からの許可を貰った二人はその後顧客や友人知人、そして家族に夫婦になることを報告し、その報告が終わった立春の時点で役所へと届け出を出した。子供が生まれてからの届け出でも文句は言われない時代ではあるが、たまたま仕事が空いた立春の日柄が良かったので善は急げとこの日に届けを出したのである。
「あとはややだけだけど・・・・・・おみわ、大丈夫か?」
隼人は数日前から吐き気で食欲が落ちているみわに心配そうに尋ねる。
「うん・・・・・・たぶん。お馬も遅れているし、もしかしたら」
「だといいな。体調がいい時に医者にみせに行くか」
隼人の優しい一言にみわも笑みを返す。ただただ穏やかな幸せの中、二人がいる部屋からいつしか江戸の古唄が聞こえ始め、それはいつまでも続いていった。
UP DATE 2017.11.11
不定期更新となりましたが、何とか無事『江戸瞽女の唄』最終話までこぎつけました~ε-(´∀`*)ホッ
結ばれた後、けじめは付けなければと親方のもとに報告に出向いた二人でしたが、どうやら親方達には『とっくに二人はデキている』と思われていたようです(^_^;)
それ故に2人で仕事をさせてもらっていたようで・・・でなければ腕の良い手引の隼人、みわの他に担当瞽女が居てもおかしくありませんからねぇ。それをせずに住んだのは親方夫婦の過去の経験からだったようです(^_^;)うん、きっといろいろあったんだろ~な~。他の女の子にちょっかいを出しても鋭い勘で見つけられ、怒られる旦那/(^o^)\この二人はみわ&隼人とは違った意味で面白そうです(^_^;)
紆余曲折を経て結ばれた二人の物語はここで一旦終わります。もしかしたら来週あたり『初夜』の具体的な話をUPするかもしれませんが・・・今年一年、この二人におつきあい頂きありがとうございましたm(_ _)m
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