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「vague~道場主・作間駿次郎顛末記」
初顔合わせ

vague~横浜からの旅立ちと兄夫婦との初顔合わせ・其の壹

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 日本人市街の三分の二、そして外国人居留地の五分の一を燃やし尽くした豚屋火事から一ヶ月が経過した。火事場の後片付けが終わったのは年の瀬目前の十一月の終わりで、かなり時間がかかってしまっている。建物が無くなってしまっているからだろうか、以前にも増して強く感じるからっ風が港町に吹き付ける中、ぽつりぽつりと再建が始まった。
 しかし単純に『今まで通りに』という訳にいかないのが『横浜・関内』という土地である。港崎町の遊廓は二年前に幕府と居留地外国人との間で取り交わされた横浜居留地覚書によって、元の場所には作れない事になっていたのである。これにより遊郭跡地は十年後に避難場所も兼ねた洋式公園となるのだが、それはまだまだ先のこと。まずは住む場所の整備からと横浜居留地は日本家屋の町並みも西洋風へと改められていった。
 更にこの火事を受けて横浜居留地改造及競馬場墓地等約書の締結に向けて動き始めていた。京都の政局の中央ではやれ攘夷だ否開国だと議論がされる中、開国の現場では着々と足固めがなされている。この場所に押し込められている外国人達が日本全国を移動できるようになるまで、それほど時間はかからないだろう――――――約書締結に係る役人や地元住人は誰もがそう確信していた。

 そんな風に横浜の街が復活に向けて動き始めた頃、信乃の火傷の治療も大方終わりを迎えていた。まだ月に一度の診察は必要になりそうだが、取り敢えず医者がこまめに見なければいけない時期は過ぎたのだ。
 それを機会に信乃はようやく江戸の作間の許へ行くこととなった。家の事情故、なかなか横浜に来ることができなかった作間だが、今日の昼頃には信乃を迎えに来てくれる。

「お信乃さん、準備はできました?」

 垣崎の妻・咲が信乃の許にやってきて尋ねる。信乃より五歳ほど若い二十歳との事だったが、流石に神奈川奉行所支配定役の妻、かなりのしっかり者である。

「はい。何から何までお世話になりまして」

 信乃は咲に対して深々と頭を下げる。作間直々の頼みとは言え、一ヶ月の間ろくに動けぬ自分の世話をしてくれたのだ。むしろ礼だけでは足りないほどである。それでも咲は気にすることなど無いと笑顔を見せる。

「良いんですよ、気にしないでくださいませ。診療所に入れない怪我人を見るのは奉行所の役人の勤めですし、それ以上に作間様には色々念を入れられておりますので」

「念を、とは?」

 一体作間は咲に何を依頼したのだろうか?そんな信乃の疑問に咲はあっさり答えてくれた。

「ええ、垣崎が有る事無い事吹き込まないよう、きっちり見張っておいてくれって」

「え、そうなんですか?てっきり垣崎様がお忙しいからお見かけしないものだとばかり」

 この一ヶ月、垣崎に限らず奉行所の役人は休みもなく働き詰めの筈だった。ただでさえ街の復旧の為の手配で忙しい上に、外国人居留地側が訴えてきた約書締結のための下準備に奔走しているからだ。
 実際垣崎も日の出前に出勤し、夜九ツの鐘が鳴った後に帰宅するという日々が続いている。そんな状況では信乃の見舞いなど絶対に無理であり、垣崎が顔を見せないのもそのためだとばかり信乃は思っていた。だがどうやら微妙に事情が違うらしい。

「勿論それもあります。しかし垣崎はどんなに忙しくても『面白いこと』には首を突っ込みますので・・・・・・妻としても色々大変なんですよ」

 そうこうしている内信乃に迎えが――――――作間が到着したとの知らせが二人の元へ届いた。

「ご無沙汰しています、お咲さん」

 使用人に案内された作間は座敷に入ってくると、まずは咲に対して深々と頭を下げる。実際信乃の看病や世話をしてくれたのは咲なのだ。後輩の妻とはいえ真っ先に礼を尽くすのは当然だろう。しかし咲は『お気になさらないでくださいまし』と作間に顔を挙げさせる。

「こちらこそいつも垣崎がお世話になっている上に、先の事件では居留地にも出向いてくださいまして――――――あれに関しては本当に奉行所全体が助かりました」

 あの垣崎の妻とは思えぬほど『できた嫁』である。だが、この姿は結婚してからのものだということを作間はよく知っている。

「本当にお咲さんは変わったよなぁ。昔はよくあいつを棒で突いて追いかけ回していたけど」

 作間のその一言に、信乃はぎょっとした表情を浮かべる。

「お、追いかけ回していたとは?」

 確かにしっかり者で武士の妻然とした咲であるが、夫になる少年を棒で突き回していたようには見えなかった。びっくりした表情を元に戻せぬ信乃に、作間は笑いながら昔話を始める。

「ああ、伊織とお咲さんは幼馴染でね。よく練兵館の稽古の見学にも来ていたんだが、稽古の休憩中に必ずと言っていいほど喧嘩になって――――――お師匠様や歴代の塾頭達から『あの子が男だったらどれほどの剣豪になっていたか』『間違いなく伊織よりは腕は上、鍛え方次第では師範代も夢じゃない』と残念がられていたものだ」

「ほほほ、子供の頃のお話ですわ。まぁ、今でもあまり変わりませんけど」

 けろりととんでもないことを言ってのける咲に、信乃は更に驚きを見せた。

「尤もこれくらいの気の強さがあるから、伊織も心置きなく横浜で仕事ができるんだ。神奈川奉行所支配定役の奥方が大人しいだけじゃ務まらないものだよ。ある意味夫が死んでも平然としているくらいの気の強さがないと・・・・・・」

「その気の強さが尻に敷かれる元凶なんですよ」

 うんざりした声と共に三人の前に姿を表したのは、仕事を抜け出してきた垣崎だった。その姿に今度は作間が軽い驚きを見せる。

「おい、いいのか伊織?仕事中だろう」

「大丈夫大丈夫。今しがた火事の諸々の処理はようやく終わりましたから。多少抜け出しても文句は言われませんって。それより」

 そう言いながら垣崎は懐から何かを取り出した。

「うちの奉行から預かってきたもんです。先日の捕物では本当に助かりましたから――――――」

 袱紗に包まれたままのそれを手に取るとずっしりと重い。間違いなく切り餅一つ分くらいはあるだろう。その重さに作間は慌てる。

「おい、謝礼にしちゃあ多すぎるだろう!これから嫌って言うほど横浜には金が必要になるのに」

「いいえ、むしろ少ないくらいですよ、外国人居留地に出向いてもらってイギリス軍まで出動してもらったんですから――――――勿論この事は」

 その声はかなり小さかった。つまり仕方ないとは言え越法行為で行ったこの件は、外にばれては極めてまずいのだろう。口止め料も含めての金額ならば納得だ。作間は小さく頷いて懐にそれを入れた。

「ところで先輩、うちの屋敷の前に待たせてある駕籠って恋女房を乗せるためのもんですかい?」

 さり気なく、しかし明らかに作間をからかうために発した『恋女房』の一言――――――その一言はあまりにも効果がありすぎた。

「ば、ばか!こ、恋女房だなんて!!」

 ゆでダコのように顔を真赤にして慌てる作間だったが、信乃も白い首筋まで真っ赤にして恥じ入っている。その様子を面白がって更に茶化そうとした矢先である。

「旦那様。あまり駕籠を待たせてもいけませんでしょう?」

 夫の暴走を止め、手綱を引っ張るのはやはりこの女の勤めなのだろう。窘める、というには少々強すぎる咲の声音に垣崎の表情が強張った。この様子では作間達が去った後、四半刻は説教されるかもしれない。

「お、おう。そうだな・・・・・・じ、じゃあ駿次郎先輩、玄関まで見送らせていただきます」

 作間をからかうのとは明らかに違うそのおどおどした態度に、作間と信乃は思わず顔を見合わせ吹き出してしまった。



 昼過ぎに関内紅葉坂の垣崎の屋敷を後にした作間と信乃は、この日は品川に宿泊することにした。作間一人なら新宿の自宅へ帰れるが、流石に火傷がようやく治り体力が落ちている信乃に無理をさせたくない。また、その他にも品川に泊まりたいという理由があった。

「明日は新宿に帰る前に兄上の屋敷に挨拶に行くから、そのつもりでいてくれ」

 作間の申し出に、信乃は少し不安そうな表情を浮かべた。

「兄上様の?確か作間様の兄上様はお旗本ですよね・・・・・・私のような者のがお目もじ仕っても大丈夫なのでしょうか?」

 すると作間は『挨拶くらいなら大丈夫だろう』と口にした。

「気にすることは無い。まぁ、義姉上はやや気難しいところがあるが――――――身分的に正式な結婚はできないが、お信乃には事実上の妻になってもらうのだ。その事をきちんと兄上に伝えておかないと、後々面倒くさい縁談話を持ちかけられかねない」

「事実上の妻って・・・・・・宜しいのですか?私としては身請をしてもらっただけでも天にも昇るような気持ちですのに」

 嬉しさに顔が綻びそうになるのを必死に堪えつつ、信乃は作間に念を押す。

「いや、厄介な婆付きの貧乏道場では、むしろ地獄かもしれないぞ」

 どのみち、信乃以外の女を相手にするつもりは無い――――――自覚のない口説き文句を口にしつつ作間は横になる。

「だから明日は朝湯を使って、身なりを整えてから麹町の兄上の屋敷に向かう。その後で道場に向かうことになるから今日は早めに寝て疲れを取ってくれ。それと女髪結いと訪問着の手配はしてあるか・・・・・・ら・・・・・・」

 明日の予定を言いかけながら、作間は眠りに入ってしまった。信乃が軽く頬を叩いても全く起きようとしない。

「もう。お疲れだったのは作間様じゃないですか――――――このような状態で暴漢に襲われでもしたらどうするんでしょう」

 きっと昨日の稽古を終え、ろくに眠りもせずに信乃を迎えに来たに違いない。行灯に浮かぶ愛しい男の寝顔をのぞきこみ、その寝姿に寄り添うように信乃もいつしか眠りについた。




UP DATE 2017.11.22

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4年越し・・・4年越しで新作ようやく書き始めることができましたわ~い♪\(*^▽^*)/\(*^▽^*)/\(*^▽^*)/わ~い♪
とは言え、リハビリ半分の幕間ではありますが(^_^;)
火傷がある程度治り、ようやく動けるようになった信乃を、作間が迎えにやってきました。本当であれば即座に信乃を引き取りたかったのでしょうが、大やけどを負った信乃を新宿まで動かすのも一苦労(>_<)更に連れ帰ってもババァの面倒で手一杯の作間家で信乃の看病などできるはずもなく・・・なので当時の最先端医療を受けることができる横浜で信乃を預かってもらい、その傷があらかた治った状況で作間が迎えに来たということです(*^_^*)なお、垣崎の屋敷には信乃だけでなく他の怪我人もおります、念のため(^_^;)
そして今回最大の出来事は垣崎の嫁・咲でしょう(๑•̀ㅂ•́)و✧たぶん作間のところのババァと双璧をなすほど強い女です(^_^;)横浜の役人、しかもあの垣崎の妻です。それこそ旦那を蹴り飛ばすくらいの強さが無ければやってられませんよ・・・練兵館の歴代塾頭からもお墨付きをもらっている強い嫁と鬼畜役人の話もたま~に出し低ケラだと目論んでおります(๑•̀ㅂ•́)و✧

そして次週なのですが・・・できれば水曜、もしかしたら土曜日に更新日を変更させていただくかもしれません。こればかりは通院との兼ね合いがございまして・・・金曜日に今後の予定を書かせていただきますm(_ _)m
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