「雑  記」
烏のおぼえ書き

烏のおぼえ書き~其の二百五十九・昭和初期の取引所~兜町と蛎殻町

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兜町―――現代にも続く為替や株式の取引所の街ですが、この基礎ができたのは何と明治3年だったそうです(@@)
外国との貿易取引が必要だったからでしょうか。明治新政府が出来たばかり&国としてある程度落ち着くよりも先に三井組と小野組が共同して為替座を建てるつもりで動き出したいたそうです。実際は第一銀行や三井銀行の出現を待った後、明治11年5月15日に株式取引所が出来るのですが、その動きは明治近代化の中でも一番早かったと思われます。人間、儲け話が絡んでくると動きがはやい(-_-;)
更に昭和初期の新築移転(特に記載はないのですが、多分震災に拠るものだと思われる)によって当時の世界一の大きさ&設備になったとか・・・開国から50年、日本の経済成長の凄さを物語っております(@@)
そして為替取引や株取引をすんなり受け入れた素地というのは江戸時代からあった米相場ではないでしょうか。実はこの米相場、徳川幕府が倒れ、明治新政府になってからも、否、昭和に入ってからも行われておりました(@@)蛎殻町に米穀取引所というものがあり、株取引や為替取引同様、米取引が行われていたとか・・・そりゃあ海外から株や為替が入ってきても『米とにている』とすんなり受け入れますよねぇ(^_^;)もしかしたら日本の近代化の素早さは『為替システム』『株式システム』の受け入れが一因かもしれないとふと思ってしまいます。なお、正式な米穀取引所が出来たのは明治9年9月のこと。本格的な為替取引所ができるよりほんの少しだけ早かったようです(というか、絶対に簡易取引所はどこかにあったはず(-_-;))



【創作関連】
今回調べてみてびっくりしたのは、明治新政府の時代になっても『米相場』が生きていたということ(@@)ちょっと考えてみれば、米の価格のコントロールを行い始めたのは戦後なので、当然といえば当然なのですが、日本人の主食である米が投資対象だったというのは・・・しかも近代でというのはなかなか衝撃でした(゚∀゚)
もし小説として書くのであれば昭和初期の米相場を書いてみたいですね。為替相場との比較とか、変動予測のやりやすさ、やりにくさとか・・・これはこれでなかなか面白そうです(*^_^*)



【参考・引用文献】
新板 大東京案内 上(今和次郎 編纂 ちくま学芸文庫)
Wikipedia 円本


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