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「葵と杏葉」
葵と杏葉・改革編

葵と杏葉改革編 第十八話 大御所供養と天保の改革・其の参

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 箱根の山に初雪が降り始める十一月の初め、佐賀藩の大名行列はいつもより少々早めの夜五つ前に三島宿に入った。
 元々三嶋大社の門前町として栄えていた三島宿だが、街道が整備された江戸時代には東海道、下田街道、甲州道が交差し、なおかつ箱根山を越える手前の宿場としてさらなる繁栄を極めている。それだけに宿の数も多く、二軒の本陣、三軒の脇本陣、そしてそれを取り囲むように乱立している旅籠も七十四軒もあり、大藩の行列であっても余裕を持って宿泊できるのだ。
 さらに斉正が参勤で江戸に上がる時期は旅人自体も少なく、余計ないざこざがないのも担当者にとってはありがたかった。

「殿、御徒達が地元の者から聞き出したところによると箱根の初雪はまだみたいですよ。助かりましたね」

 夕餉の膳を片付けながら松根が嬉しげにそう言ったとき、本陣の主が韮山代官の来訪を告げた。

「差し入れかな。邦次郎殿も気を遣わなくて良いのに」

 てっきり名代が来たとばかり思っていた斉正と松根だったが、その考えはものの見事に裏切られてしまった。

「お久しぶりです、佐賀公。この前、私が佐賀や長崎に出向いた時以来ですかね」

 本陣の主によって部屋に通されたのは江川英龍本人だったのである。気さくに話しかける江川であったが、幕府代官としてはあまりにも少ない供しか連れていない事に斉正は疑問を感じる。

「邦次郎殿、どうしたのですか。こんな寒い日に名代も立てず、しかもそんな少ない供しか連れずに・・・・・・」

 そもそも大名と幕府直轄地の代官というそれなりの人物同士が逢うというのに、江川は連絡一つ寄越さなかったのだ。何か特殊な問題が勃発したと斉正が思うのも至極当然である。案の定江川は困ったような曖昧な笑みを浮かべながらその理由を話し出した。

「それが残念なことに、間男よろしく私自身がこっそりこちらに来なければ駄目なんですよ。斉藤がこっちにいてくれれば頼めたかも知れないんですけど・・・・・・『蝮の耀蔵』の子分がどこに紛れ込んでいるか判ったものじゃありませんのでね」

 冗談めかしながらそう言うものの、江川のその目は真剣であった。

「・・・・・・江戸での倹約令の話は知っておりますか?」

「ええ。佐賀の倹約令ほどでは無さそうですけど、かなり締め付けが厳しいそうですね。各国の下屋敷も潰されて田畑に戻されているとか」

 とりあえず江戸藩邸からの公式報告や盛姫からの手紙に書かれていたことを思い出しながら斉正は知っていることを答える。

「それだけご存じであれば・・・・・・しかし、これからさらに締め付けが厳しくなりそうです。天保の改革に何かと意見していた矢部駿河守が『妖怪』に魅入られたと江戸城ではその話題で持ちきりだとか」

 江川の一言に斉正も眉を顰めた。

「確かに矢部殿は遠山殿と共に株仲間の廃止に反対しておりましたし、大塩の乱の時も旧知の大塩を養護していましたよね。筆頭老中にとっては目の上のたんこぶかも知れませんから、鳥居殿に敵視されるのもやむを得ないのでしょう」

「それと矢部殿の地位に対しての嫉妬でしょうね。元々あの男は花形役職の江戸町奉行を狙っておりましたから、ここぞとばかりに矢部殿の追い落としにかかり始めたのでしょう」

 まるで江戸城に日参しているが如くの情報量に斉正は目を丸くする。

「・・・・・・それにしても邦次郎殿、韮山にいながらまた、よくそんな情報を手に入れられますね」

「伊達に弥九郎さん・・・・・・斉藤を江戸に置いている訳じゃありません。あの人の表向きの顔に騙されて、皆勝手に情報をばらしてくれますから」

 半ば呆れる斉正に対して江川は苦笑いを浮かべながらその理由を明かした。一見無骨な道場主に見える斉藤弥九郎だが、その見た目とは逆に繊細な神経を持ち合わせている。さらに誰でも受け入れるという道場形態も情報を集めるのに役立っていた。旗本や御家人、それに各藩の藩士がこちらから何も言わずとも勝手に自分達の話をしてくれるのである。その中から使えそうな情報のみを江川に伝えるのが斉藤の役割なのである。

「それこそ蝮の如く、あの者の攻撃の矛先はどこに向かうか判りません。佐賀公もお気を付け下さい」

「いくら何でもそんな事は・・・・・・」

 幕府の役職についているのならいざ知らず、外様大名如きに攻撃の矛先など向くはずもないと高をくくっている斉正に対し、江川は首を横に振った。

「藩政改革に成功しているじゃありませんか。締め付けを強化しているにも拘わらず、幕府の改革は効果が見えて来ていません。それだけに『成功者』を妬む可能性は大いにあります。それに・・・・・・」

 江川は深刻な表情で話を続ける。

「鳥居の蘭学嫌いはご存じだと思いますが、この頃では高島秋帆殿も目の仇にしております。特に筆頭老中殿は西洋砲術の導入に熱心なだけに、気が気でないのでしょう。佐賀も高島流砲術を導入しておられるだけにお気を付けて」

 江川の言葉に斉正が頷き、そこでその話は打ち切られた。

「そう言えばこの前、武雄にいらしてくださった時、面白いことを計画していると武雄に話してくださったとか・・・・・・それは一体何なのですか?」

 重苦しい雰囲気を変えようと話を振った斉正に、江川が嬉しげにその話に乗ってきた。

「実は今、『ぱん』の製作の研究をしていましてね。それがなかなか難しくって・・・・・・米のようにはうまくいかないものです」

「ぱん、ってあのパンですか?南蛮料理の?」

 斉正も阿蘭陀船に乗ったとき何度か食べたことがあるが、決して日本人の好みに合うとは思えない。それを何故作ろうとしているのか――――――斉正は怪訝そうな表情を浮かべた。その疑問に答えるように江川の熱っぽい説明が始まる。

「ええ、こう寒くっちゃ米もなかなか作れないでしょう。そこで救荒作物として小麦を作らせて、それでパンを作ろうかと。それにあれは炊かずに食べることができるので兵糧としても悪くない。成功したら幕府に進言しようかと思うんですよ」

 その熱っぽさに斉正は思わず笑ってしまった。

「また鳥居にやっかまれても知りませんよ。邦次郎殿は何でもかんでも夢中になるから」

 斉正のその言葉があまりにも的を射ていて、その場にいた者達は一斉に笑い出した。



 斉正の参勤行列が江戸に入ったのはそれから三日後の夕刻であった。街道を進んでいるときには気がつかなかったが、江戸に入ると改革の影響がはっきりと出ており、何となく活気に欠ける。そして佐賀藩邸に到着すると、斉正はいつもの如く早々に黒門へと出向く。

「お久しゅうございます、国子殿。こちらは・・・・・・この子らの成長以外に変わったことはございませんか?」

 斉正を見て人見知りをする責姫と、他の女官達と共に一丁前にかしこまっている濱を見つめながら斉正は訊ねた。

「健子、おもうさまじゃ。怖がることは無いぞえ・・・・・・大変りじゃ。父上が亡くなった途端、あらゆる贅沢が禁止になってしもうての。佐賀の正月飾りも今年は小さめに作るようにと言ってきおった」

 責姫をあやしながらも、憤懣やるかたないと言った表情を露わに盛姫は斉正に文句を言う。

「あの飾りは米の豊作を感謝し、その年のさらなる豊穣を願うものじゃ。多くの藁が使えると言うことは多くの収穫があったから・・・・・・貞丸の出した倹約令とて、藁しべまでけちりはしなかったじゃろ」

 そのもの言いに斉正と松根は思わず吹き出してしまった。だが、その場にいた女官達は全く笑顔も見せない。それほど腹に据えかねるのだろうか、と斉正と松根が思った瞬間である。

「笑い事じゃございませぬ。過去、倹約令を敷いた有徳院様や松平越中守は自らを律していたのに、水野は己を棚に上げて・・・・・・」

「そうそう!水野も水野なら配下の者達もそうなんです。己の欲望のままに好き放題・・・・・・広大院様付の女官だけでなく、今の御台様付の女官達も怒り心頭なんですよ!」

「上様も倹約令が出た途端、膳から芽しょうがが消えてしまって嘆いておられました。すぐさま秋になったのでしょうがが出回りましたが、冬になって再びお膳からしょうがが消えたとか」

 次から次へと出てくる水野への罵詈雑言に、さすがの斉正もたじたじとなってしまった。このままでは一晩中女官達の愚痴を聞かされかねない。斉正は早々に話題を変えた。

「そ、そう言えば、子供達がやらかしたというのは本当ですか?」

 子供達、特に濱が写経の巻物をびりびりに破いてしまった騒動は手紙で報告を受けている。その事を訊ねたら今までの険悪な雰囲気は瞬時に消えてしまった。

「そうじゃ。隣の控えの間一杯に広げてあった物だけでなく、積み上げてあった巻物までものの見事に・・・・・・ほんに濱が男の子だったらとつくづく思った次第じゃ」

 当時のことを思い出しながら盛姫はクスクスと笑う。

「確かに・・・・・・いや、男の子でもそこまでできぬでしょう。やはり茂義と風吹の間に生まれた娘だけあって強気というか何というか」

「おかげさまで健子も一緒に地蔵尊を作ることになっての。先日ようやくできたばかりじゃ」

 盛姫はそう言うと、颯を促し地蔵を持って来させた。その地蔵尊を見て斉正は目を丸くする。

「またこれは・・・・・・思ったより大きなものですね。作り上げるのは大変だったでしょう」

 それは細いこよりを何万本、否、何十万本と束ねた身の丈二尺ほどの小さな地蔵尊であった。台座までこよりで作られており、制作者の苦労が忍ばれる。

「妾達だけで作ったのならばな。妾の父の供養と言うことを聞きつけて表の者達や出入りの者達が少しずつこよりを作ってくれたのじゃ。おかげで半年ほどで出来上がった」

 締め付けばかりが目立つ天保の改革への反発もあったのだろう、華やかな時代を築き上げた前将軍を懐かしむ者達が申し出てこよりを編んでくれたのである。

「これならばきっと大御所殿も西方浄土でお喜びになるでしょう」

「おもうさま、わららも、わららも」

 ようやく斉正に慣れてきた責姫が『自分も作った』と斉正に縋り付きながら訴えてきた。

「そうか。健子も作ったのか」

 斉正は責姫を抱きかかえながら、まだ舌足らずな我が娘を褒める。生まれたばかりの時はただただ盛姫に対しての申し訳なさしか感じなかったが、ようやく自分の娘が可愛いと素直に思えるようになってきていた。これも盛姫が逐一責姫の成長を手紙で報告してくれたからである。

「・・・・・・それにしても、『おもうさま』はなんだか申し訳ないなぁ」

 斉正は自分の娘の口から出てくる『公家言葉』にこそばゆさを感じ、口に出した。

「徳川ではごく当たり前に使われいるおさな言葉じゃが、それが?」

 徳川宗家では公家から正室を娶ることが多い。それ故に幼児語は自然と公家言葉が多くなってしまうのである。

「確かに徳川の正室は建前上公家から娶りますから、そう言う言葉になるのでしょうか。私は普通に『おとうさま』『おかあさま』でしたので」

 ごくごく小さな事だが、やはりこういったところで身分の違いは現れるのだと斉正は感じた。

(国子殿があまりにも気さくで、私にそういった事を感じさせないから今まで全く気にしなかったけど・・・・・・)

 自分が佐賀で心置きなく改革に取り組めるのも、江戸で他藩との交渉事にそれほど煩わされずにすむのも、見えないところで盛姫が尽くしてくれているからに違いない。そしてこの時ふと江川の言葉を思い出した。

(・・・・・・この幸せを壊したくない。いや、誰にも壊させはしない)

 忍び寄る天保の改革の影に怯えつつも、斉正は家族を、そして藩を守らねばならぬと決意を新たにした。



 だが、そんな斉正の決意を嘲笑うかのように、天保の改革の魔の手は思いもかけぬ形で佐賀藩に影響を及ぼすことになる。



UP DATE 2011.01.26

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ようやく大御所供養の地蔵尊が出来上がりました(^^)やっぱりこういった『かわいいもの』は幼い女の子がいてこそ似合うものですよね。きっと責姫や濱が居なかったらこういった発想は無かったんじゃないかと思います。(間、この話の中では原因はお濱ちゃんなんですけどね・・・・・。)しかし、やっぱり実物をみた~い!いつか佐賀に行くことがありましたら『こより地蔵』の実物、それが駄目なら写真でも見てみたいものです。

そして、これからさらに問題になっていくのが水野忠邦&三羽烏たちです。特に鳥居耀蔵は『自分よりデキル奴は大嫌い!』とばかりにライバルを蹴落としまくっていく極めて性格の悪い男ですので、佐賀藩ならずとも警戒していたとは思うんですけどねぇ・・・・。
次回から始まる『魔手』では鳥居耀蔵の策略による高島秋帆の失脚(連座の人数が半端じゃない。佐賀・武雄でも被害者が出ております)&蓮池藩主・鍋島直與の寺社奉行推薦(幕府から推薦されたとのことです)の話を中心に展開していく予定です。

そして今週は本当にお騒がせいたしました。来週は2/2、23:00~にちゃんと更新できるように体調管理いたします(^^;
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