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「短編小説」
猫絵師・国芳

猫絵師・国芳 其の貳・懐の二日灸の傷負い猫

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春とは名ばかりの一月が終わり二月に入ると、江戸の町も本格的に春めいてくる。緩む空気に梅の濃厚な香りが漂い始め、それに誘われて梅見の客が名所へ繰り出す行楽の季節の幕開けだ。
 だが、二月二日のこの日ばかりはその芳香に混じり、艾独特の何とも艶消しな匂いも混じっていた。

「そうか・・・・・今日は二日灸だっけ・・・・・俺も腰や肩に据えてぇもんだ。トラ、タマ、本当はおめぇたちにも艾は必要かも知れねぇが、毛皮が焼けちまうから止めておくか。」

 そう呟き、絵筆を使いすぎて重くなった肩をさすりながらも国芳は休むことなく筆を走らせる。納期が明後日に迫っているせいか、ようやく暖かさが増す季節にも拘わらず国芳は相変わらず自宅で絵描き三昧だ。
 そんな飼い主に義理立てしている訳ではないのだが、とある理由により彼の飼い猫三匹、しかも揃いも揃って雄猫三匹も国芳に寄り添いながら大人しく家の中で蹲っていた。長屋で寄り添う絵描きと雄猫----------そんな侘びしい男所帯にいつもの如く乙な声が聞こえてくる。

「孫三郎さん、いい加減休んだらどうだい?いくら若いったって早々にがたが来ちまうよ。ほら、文吉じいさんのところの艾。効くって評判だからあんたもどうだい?」

 いつもの如く立て付けの悪い引き戸を強引に開けながらお滝が国芳の長屋に上がり込んできた。その手には猫達にやるための鰆が乗った皿と艾の小袋が抱えられているのだが、どう見ても鰆の方が主で艾はついでという感じが否めない。

「ところで孫三郎さん、うちのウメを知らないかい?一昨日の晩からうちに帰ってきてないんだよ。本当にどこに行っちまったんだろうねぇ。」

 どうやら国芳の猫たちに餌を与えに来たついでに自分の家の『家出娘』の居所を探しに来たらしい。しかし、お滝のその一言を聞いた瞬間、国芳は走らせていた絵筆を止める。

「・・・・・あのじゃじゃ馬の居所なんて知る訳ねぇだろう!見てみろ!あいつの所為でトラもシロもタマも怪我を負っちまったんだぞ。おお、かわいそうに・・・・・。」

 よくよく見ると国芳の傍に蹲っている三匹は、引っ掻き傷や噛み傷を負ってぐったりしていた。
特にトラの怪我はひどく、普段ならお滝の顔を見るなり走り寄ってくるのに今日ばかりはみぎゃぁ、と悲しげに一声鳴いただけで丸まってしまったほどである。

「仕方がないだろう。今、盛りの時期なんだからさ。気が立っちまってしょうがないんだよ。いくら可愛いお前達でもうちのウメのお眼鏡には適わなかったんだろうねぇ。タマ、トラ、シロ、本当にごめんよ。」

 お滝は本当に申し訳なさそうな声で謝ると、鰆をほぐして自らの手に取り、一番酷い怪我を負っているトラの口元に持っていった。するとトラは元気が無いながらもお滝の手から直接鰆を食べ始めたのである。他の二匹もさすがに腹が減っていたのか、ほぐして貰った鰆を少しずつながら食べ始めた。



 春は猫たちの恋の季節である。盛りの付いた雌猫にひたすら言い寄る雄猫達の恋鳴きは、梅の香同様春を告げるものと同時に悩ましいものだ。
 そのやかましさに夜も眠れないと言うこともあるが、それ以上に昔の男達にとって誰に憚ることなく堂々と自分の恋情を露わにする猫の恋鳴きはうらやましいものだったらしい。
 何せ藤原定家が『うらやまし 声もをしまず のら猫の 心のままに 妻こふるかな』と詠っているくらいである。
それは錦絵馬鹿と世間では思われている国芳にとっても同様だったが、相手は『落ちずのお滝』、飼い猫同様そう簡単には落ちそうもない。

「た~んと食べて早く傷を治しておくれよ。お前達だって情猫の一匹、二匹は捉まえなきゃ男として悲しいじゃないか。それにしてもうちのウメは一体・・・・。」

 そんな国芳の気持ちを知ってか知らずかお滝が何気なく呟いたその時である、裏庭の方から国芳の家の猫たちとは違う、可愛らしい鳴き声が聞こえてきたのだ。そしてたったったっと軽い足音と共に真っ白い、小柄な猫が部屋の中に入ってくる。

「ウメ!おまえ、どこに行ってたんだい!お腹減っているだろう。ほら、お前も鰆を・・・・・。」

「あーーーーーー何しやがる!」

 ウメにも鰆を差し出そうとしたお滝の声を国芳の悲鳴がかき消す。

「この、馬鹿猫!版元に出さなきゃいけねぇ絵に足跡付けやがって!」

 ようやく書き終え、乾かしていた絵を足ふきよろしくウメが踏んづけたのである。描かれた丁子屋の美代久の白い顔には、落款宜しくウメの足跡が付けられてしまった。これでは版元に出すことができない。
 さらにウメのあとを追いかけるように、国芳が飼っている猫とは違う黒ぶちの雄猫が入り込み、とどめとばかりにその絵を踏んづけお滝の傍にやってきたではないか。

「てめっ、魚屋の伊助んところのイナセじゃねぇか!いいもん食っている癖にお滝の餌にありつこうって言うのか!飼い主も気に入らねぇが飼い猫まで・・・・・あいたっ!」

 黒ぶちのイナセの首根っこを掴み、追い出そうとした国芳の手をばちん、とお滝の手がはたいたのである。

「良いじゃないか、けちくさい。そんなみみっちいことを言うから未だに絵が売れないんだよ!」

 お滝のとどめの一発が国芳を打ちのめす。どうやら飼い主も飼い猫もお滝のところには敵わないらしい----------国芳はがっくりと肩を落とし、仕方なく再び注文の絵を描き直し始めた。


UP DATE 2011.01.30


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猫絵師・国芳の第二話です。
さっそく新キャラ・お滝の飼い猫・ウメちゃん登場です。裏設定として彼女はお滝の弟子の一人から白梅の枝と共に貰ったという事になっております。それで名前が『ウメ』なんです。しかしそんな優雅な引き取られ方をしたにも拘わらず育った環境が悪いのか、気にくわなければ雄猫相手に喧嘩を売りまくる相当気の強い猫なんですよね・・・・・飼い主に似ちゃったんですかねぇ(^_^;)
盛りの時期の猫の生傷は仕方がないことですが、国芳の家の猫に関しては半分近くはウメにやられているんじゃないかと思われます。(ちなみに国芳家の雌猫達は他の雄猫達と仲良くやっております。悲惨なのは野郎ばっかり・爆)

そして最後にちょこっと出てきました魚屋の伊助の所の猫・イナセくん。飼い主の伊助もそのうち登場すると思いますが(たぶん初鰹の季節ですかねぇ)国芳と伊助はお滝を巡っての恋敵でもあります。それだけにイナセが我が物顔に自分の家に入り込んでくるのは面白くないんですよね~。イナセもその内ちょこちょこ出てくるかと思いますのでお見知りおきをvちなみにお滝が国芳の猫達に持ってくる魚たちは伊助のところから買い付けたものです。


次回更新予定は2/27、三月の行事&お魚を題材に話を展開していきますv

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