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「葵と杏葉」
葵と杏葉・改革編

葵と杏葉改革編 第二十一話 魔手・其の参

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 天保十四年閏九月十三日、水野忠邦が上知令の失敗により失脚した事は、各藩藩邸を通じて瞬く間に全国に知らされる。そして佐賀にその知らせが届いたのは七日後の九月二十日の事であった。
 老中首座である水野がが鳥居を押さえつけておいてくれる間は、高島流砲術に関わる者達の連座の可能性は極めて低いと睨んでいた佐賀藩上層部、そして茂義以下武雄領関係者は愕然とする。

「ほとぼりが冷めるまで謹慎にでもしておけば大丈夫かと思っていたのに」

 御前会議に参加した井内が思わず零してしまったが、それはその場にいた者達全員の心情そのものであった。

「五月に設立したばかりの火術方もまだまだ心許ない。実際に武雄の大砲製作に関わった者達を生かしておく方法はないのか?」

 斉正自ら焦燥も露わにその場にいた者に問うたが、いつもなら我も我もと己の意見を発する面々が黙りこくってしまう。

「・・・・・・殿、お気持ちは解りますが、それは極めて難しいでしょう。特に平山は徳丸ケ原の砲術演習の中心を担っており、幕府の役人は勿論、大樹公にまで顔を知られております。生かしておく事は――――――不可能でしょう」

 長い沈黙の後、ようやく発せられた沈痛な茂真の言葉に、その場にいた者達は全員うなだれてしまった。



 武雄領技術者の謹慎、および捕縛と佐賀本藩火術方立ち上げの時期は奇しくも同じ天保十四年五月の事であった。実は謹慎、捕縛の形を取りながら密かに彼らの知識、技術を本藩に移行させるための措置だったのである。
 さすがにその時は水野忠邦が失脚するとは思っていなかったが、考え得る最悪の事態に備えての事であった。しかし、平山ら武雄の技術者が十年以上掛けて習得した知識、技術を出来たばかりの火術方の役人達にたった四ヶ月で全て教授する事は不可能である。

「佐伯、これを平山達に・・・・・・申し訳ないと」

 斉正から直接平山ら武雄技術者処断の命令状を受けた茂義は、己の直筆の手紙を渡しながら使者役の佐伯に命じた。その目には悔し涙が浮かんでいる。茂義にとって武雄技術者達は主君と家臣という関係だけでなく、高島流砲術においての兄弟弟子でもあるのだ。それだけにその悔しさは並大抵ではない。

「承知しました・・・・・では、私はこれにて」

 佐伯は茂義が露わにしたその悔しさを手紙と共に預かり、技術者達が謹慎されている武雄陣屋近くの庵へと向かった。
 建前上は『捕縛』ながらその扱いは非常に丁重で、捕縛されたものが居住しているとは思えないほどその庵は美しく、住み心地の良さそうなものである。その中には捕縛され、謹慎している三人と、彼らに教えを請いに来た佐賀本藩火術方の羽室平之允と本島藤太郎、原平六の三人がいた。佐伯は本藩の者達にも状況を知って貰うために、あえてその場に立ち会わせ、茂義からの処断を平山ら三人に伝える。

「そうですか・・・・・・承知しました。ですが、あと二ヶ月だけ、時間をいただけないでしょうか」

 知らせを受けた平山醇左衛門は、無理を承知で佐伯に懇願した。川原蟠平、中村俊碩も同様に頭を下げる。

「あと二ヶ月で最低限の事をこの者達にたたき込みます。それまでは・・・・・・今しばらくの猶予をくださいませ」

「しかし・・・・・・」

 使者はちらり、と中村俊碩の方を見た。一ヶ月前から重い病に冒され、起き上がる事もままならない状況に中村は陥っているのである。こんな身体で指導に当たろうというのか・・・・・・無理をするなと喉元まで言葉が出かかったその時である。

「拙者の事は気にしないでください。刀の露に消えるも知識の伝達に倒れるも同じ・・・・・・ならば死の直前まで私の全てを伝えます。ですから・・・・・・ゴホッ」

 咳き込みながらの静かな決意に、むしろ目の前にいる本藩の若い技術者達が涙ぐむ。

「そして・・・・・・もし父の了承が得られましたら、我が亡骸を塩漬けにして憎き鳥居に送りつけてやってくださいませ。これにて高島先生の・・・・・・弟子は・・・・・・処罰したと・・・・・・ゴホゴホッ」

「中村先生!」

 咳き込み、蹲る中村に平山ら同僚や教え子達が縋り付く。

「とにかく、二ヶ月だけ・・・・・・猶予を頂戴したいと殿に申し出てください。我らは己の命に代えられぬほどの恩を殿から、そして武雄から頂戴しております。財政が苦しい中、我々は過分な予算をつけて貰い、高島先生からの指導を受ける事が出来ました。殿から受けた御恩をこのような形でしか返せないのは甚だ不本意ですが・・・・・・佐賀武士の矜持として死を恐れていない事だけはご理解戴きたい。どうしても叶わぬのなら明日切腹するも辞さない所存でございます!」

 力の籠もった平山の言葉に佐伯も気押されてしまう。

「・・・・・・解りもうした。では二ヶ月、できるだけ頑張ってみましょう」

 佐伯は辛うじてそれだけ言うと、いたたまれなくなってその場から立ち去っていった。



「二ヶ月・・・・・・か」

 佐伯の報告を受け、茂義は腕組みをして唸る。

「それ以上は・・・・・・やっぱり難しいだろうな」

「殿?」

「・・・・・・これから呟く事は俺の独り言だ」

 ぎろり、と目の前にいる使者を睨み付けた後、茂義は語り出す。

「あいつが・・・・・・平山が高島秋帆先生に弟子入りしたのはかれこれ十二、三年も前になるか。まだ面皰の跡があるような若造で、阿蘭陀船内覧の度に好奇心の赴くままに余計な事をしでかして阿蘭陀人に叱られていたものだ」

 当時二十三歳だった平山は、茂義の命令に喜び勇んで長崎の高島秋帆の許に弟子入りした。その事が昨日の出来事のようにまざまざと思い出される。

「確かに砲術や南蛮のものが好きだと言ってはいたが、入門から僅か二年で大砲の鋳造に取り組み始めるとは思わなかった。後に高島先生に大目玉を食ったと苦笑いしていたっけ」

「ああ、あの時の大砲ですね。私も試し打ちの場におりました。まさか佐賀が、しかも武雄が独自で大砲を作る事が出来るなんで思わなかっただけに驚きましたよ。あの時は残念ながら失敗して、試発を手伝った上田の奴が怪我をしましたけど・・・・・・」

 思わず『茂義の独り言』に口を出してしまった佐伯は茂義の視線に気がつき、思わず口を押えた。叱責を受ける――――――そう覚悟したが茂義は怒るどころか大笑いしだした。

「確かに、あそこまで見事に大砲が粉砕するものだとは思わなんだ。さすがにあの時は高島先生のお力を借りなければ大砲の鋳造は無理だと痛感したな」

 実際この大砲鋳造失敗の年に、これでは埒があかぬと茂義自身も高島秋帆に入門し、翌年免許皆伝を受けている。
 さらには高島秋帆を三千石という破格の報償をもって召し抱え、翌年には長短二門の青銅製モルチール砲を完成させた。この青銅製モルチール砲は高島秋帆の名前で茂義に献上されており、高島秋帆の名や、オランダ暦1835年に初めて日本で鋳造された旨のオランダ語が刻まれていた。

「ああ、あの時は本当に嬉しかったな。それと『攻城 阿蘭陀由里安牟相伝』を武雄に伝えてくれたのも平山だ。あいつが居なくなったら・・・・・・武雄の、否、佐賀の砲術、そして海防は大打撃を受ける。それだけは・・・・・・避けたい」

 『攻城 阿蘭陀由里安牟相伝』とは十七世紀半ばにスウェーデン人ユリアン・スヘーデルが江戸幕府に教授した測量・砲術・攻城法の教本で、砲術修業の一環として平山が高島のもとで筆写したものである。技術だけでなく知識の導入においても平山らは佐賀にとって重要な働きをしてくれていたのである。
 今まで、否、生き長らえばこれからもずっと彼らの腕は必要とされるのに――――――二ヶ月の猶予を作り出す事も難しい現状に、茂義は大きな溜息を吐いた。



 閏九月二五日、中村俊碩は牢内にて病死し翌日、満徳寺境内に死体を塩漬けにされた。死体を塩漬けにして保管したのは明らかに幕府へ対する動きと見ていいだろう。あわよくば病死した中村一人の命だけで穏便に済ませ、技術者を生かしておきたいという思惑が見え隠れする。だが幕府の、否、鳥居の執拗さは半端でなく、次々と江戸近辺の藩から高島の弟子達が処罰されていった。

「我が藩は長崎御番があるというのに・・・・・・彼らが居なくなってしまったら困るのは幕府だというのが解らないのだろうか」

 穏和な斉正にしては極めて珍しく苛立ちを露わにする。中村の塩漬け遺体によってかろうじて時間を稼ぐ事に成功していた佐賀藩だったが、幕府の調査が佐賀に伸びてくるのは時間の問題である。

「解っていれば高島殿を捕縛するなんていう愚行を行いません」

 松根の言葉に斉正や茂真も思わず頷いてしまう。

「もうすぐ・・・・・・二ヶ月か。他の罪人を身代わりにする事は出来ないのか?」

 斉正はこの件を担当している井内に尋ねるが、井内はただ首を横に振るだけであった。

「・・・・・・残念ながら平山は江戸での砲術演習の中心的役割を担ってしまっております。あれの顔を見覚えているものが幾人もおりますでしょう。それ以外の者であれば何とか・・・・・・」

 なまじ優秀だったため、そして茂義の理解による援助があったため助ける事は難しかった。そして、とうとう運命の日はやってきてしまったのである。



 雪がちらつく天保十四年十一月二一日、平山醇左衛門、川原蟠平の両名は武雄上西山の刑場にて打首となった。

「後の事は本藩の火術方の者達に任せてあります。大砲の鋳造は難しいでしょうけど・・・・・・彼らならきっとできるでしょう」

 武士でありながら切腹さえ許されぬ、重い罪を着せられてしまった平山と川原であったが、その表情は晴れ晴れとしていた。

「では、よろしくお願いいたします」

 躊躇している首切り役を促すように平山が言葉をかける。その瞬間一陣の木枯らしが吹き抜け――――――二人の、優秀な技術者の命が刀の露と消えた。



 しかし、運命とは皮肉なものである。天保十五年五月、江戸城本丸が火災により焼失、その再建費用を老中首座・土井利位が集められなかった為に家慶の不興を買ってしまったのである。
 さらにこの時期起こった外国問題の紛糾などを理由に、家慶は六月二十日に水野忠邦を老中首座に再任した。そして水野は復権と同時に自分を裏切った土井利位や鳥居耀蔵らに報復し始めた。



 そう、あと半年粘る事が出来たら平山らは殺されずに済んだのである。



 この後、佐賀藩高島流砲術改め威遠流砲術は一層盛んになった。佐賀には『長崎御番』という重要な任務がある。それだけに他藩のよう高島に秋帆捕縛により西洋砲術の研究を中止することは許されず、独自の研究を積み重ねて技術を磨かねばならなかったのだ。
 そして天保一五年七月、高島秋帆事件の余波が収まると請役・鍋島茂真、そして家老の横岳・鍋島志摩の二人が鍋島茂義に西洋砲術を学ぶ為、以下のような起請文を提出したのである。



『起請文

一、威遠流砲術、励志稽古可仕事
一、御秘事の筋は勿論、御流儀、御書物、其他一切親兄弟たりとも他見、他言仕間敷事
一、御相伝の術に自分の工夫を加え、名を替え別に流儀を立つる儀堅く仕間敷事 右於相背者、日本国中大小の神祇各冥罰可罷蒙者也
天保一五年甲辰七月
          志摩敬哉 血判
          安房茂真 血判』



 請役直々に武雄領主から砲術を学ぶ――――――これは技術者達への後ろめたさからでは勿論ない。この起請文から遡る事一ヶ月前、幕府を揺るがすある知らせが阿蘭陀よってもたらされ、請役以下藩を上げて砲術に取り組まなければならない状況に佐賀は追い込まれていた。
 そう言った意味でも平山ら武雄技術者の早すぎる死は、たった二人の死という以上の意味を持って佐賀藩にのしかかっていくことになる。



UP DATE 2011.02.16

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残念ながら武雄の技術者達は処断されてしまいました・・・・・。本当は別個でもう二人ほど藩の監視下におかれ一人が自殺しているのですが、話がさらにややこしくなってしまいそうでしたので割愛させていただきました。ごめんなさい(^_^;)

この処断はどうしても避けられなかったのでしょうね。水野忠邦失脚直後にお亡くなりになってしまった中村さんを塩漬けにしてまで後の二人を生かそうとしたんでしょうけど・・・・・でなければ二ヶ月も粘らないと思うんですよねぇ。彼らはただの藩士ではなく、代わりの効かない唯一無二の技術者ですから、藩のためとはいえ彼らを殺さなくてはならなかったというのはかなりの痛手だったと思います。

さらに彼らを処刑した半年後、次の話のタイトルにもなっている『パレンバン号』がオランダ国王の親書を持ってきて日本に開国を促すのですよ。阿片戦争を境に急激に日本への圧力も高まってくるこの時期の技術者処刑は、幕府にとってもかなりイタイ・・・・・この時期処分された高島秋帆の弟子は平山達だけじゃありませんので、この時期日本が失った技術者がもし生きていれば幕末史は少しは変わったのかも・・・・・と思わざるをえません。


次回更新予定は1/23、長崎にやってきたパレンバン号騒動が中心となります。船オタク・斉正も乗船しますよ~♪

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