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「夏虫~新選組異聞~」
夏虫・第二章

夏虫~新選組異聞~ 第二章 第二十一話 甲子革令の満身創痍・其の壹

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野口健司の切腹から僅か三日後、彼の死を嘆く間もなく文治三年は過ぎ去り新しい年の幕開けとなった。洛中のような華やかさは無いものの、初めて経験する壬生の正月も鄙の趣に富んだ佳いものである。
 だが、創立一年目から数名もの死者を出してしまった新選組としてはさすがに新しい年を祝う気にもなれなかったのか、主たる新選組屯所と化している前川邸の前には注連縄も門松も飾られる事はなかった。

「ねぇ、斉藤さん・・・・・・斉藤さんもやっぱり今年は元号が変わると思いますか?原田さんや永倉さんが平隊士達を巻き込んで『何月に元号が変わるか』なんて賭けを始めちゃっているんですけど。そもそも我々のところまで元号が変わったなんて知らせが来るんでしょうかねぇ。」

 八木家からの好意である味噌仕立ての雑煮を食べながら、沖田は斉藤に話しかける。年が変わった文久四年、この年は甲子であった。甲子とは王朝交代の革命の年である辛酉の年の四年後にあたり、『天意が革(あらた)まり、徳を備えた人に天命が下される「革令」の年』----------すなわち変乱の多い『甲子革令』の年とされた。それを防ぐ目的で日本の平安時代以降この年にはよく改元が行われているのだが、原田や永倉はそれを賭けの対象にしているのである。

「・・・・・甲子だから今月か、遅くても来月には変わると思うが・・・・・たぶん会津を通して知らされるんじゃないのか?何せ朝廷のお膝元だ。例え俺達が知らされなかったとしても元号が変わればそれに便乗して商人達が何かしらの動きを見せるだろう。」

 沖田同様味噌仕立ての雑煮を食べながら斉藤もまじめに答える。

「なるほど、会津藩・・・・・・ねぇ。」

 沖田は雑煮に入っている上方特有の丸餅を箸でつつきながら斉藤をじっと見つめるが、斉藤はただひたすら雑煮を食している。京風の味噌仕立ての雑煮は東国の人間にとって『雑煮』として食べるには抵抗があるが、普段の食事としては悪くはない。

「それにしても・・・・・丸いお餅って不思議ですよね。まるで小さな鏡餅を丸ごと食べているみたいで・・・・・あと、白味噌のお雑煮っていうのもなんだか違和感があるんですけど・・・・・。」

「どんな形でも餅は餅だし、雑煮は雑煮だ。味は悪くないだろう。雑煮と思うから違和感があるんで餅入り味噌汁だと思えば問題ないだろう。」

 京風雑煮にぶつくさと文句を言う沖田に対し、斉藤がぴしゃりと言い放つ。普段隙のない斉藤だが、食べ物に関しては意外とおおざっぱなのだ。というよりこの男にとって酒の肴になるものであれば、たくあんの尻尾であろうが芋がらの煮付けであろうが全く気にも留めない。

「・・・・・以外と無粋なんですね、斉藤さん。」

 女性に興味がない分、その欲望が食欲に転化されていると思われる沖田にとって、斉藤の食事に対する無関心さは理解出来なかった。

「江戸では味噌汁に餅を入れたりしませんから、やっぱり違和感はありますよ。斉藤さんの御国では味噌汁にお餅を入れたりもするんですか?」

「さあな」

 さり気なく出身藩の話から話を逸らそうとする斉藤に沖田は微かに目を細めた。

(ふうん・・・・そんなに会津の出だという事を明かしたくないんですか。後ろ暗いところがなければ別に構わないと思うんですけどねぇ、斉藤さん。)

 その慎重すぎる態度に沖田の疑惑はますます深まるが、沖田はそれ以上追求する事はなかった。



 そんな雑煮一杯分の正月気分を堪能した彼らを待っているものは、やはり仕事であった。ただその仕事は普段の巡察ではなく、ある意味正月らしい晴れがましいもの----------将軍上洛の警護である。
 元々新選組はこの警護に参加予定はなかったのだが、噂を聞きつけた近藤が公用方の広沢にしぶとく食らいつき、公用人仮役の鈴木多門と公用方の秋月悌次郎を同行の上という条件ながら将軍警護の仕事をもぎ取ったのだ。
 そして京都の町が正月気分に浮かれている二日夜、新選組は鈴木、秋月に引率されるような形で伏見から三十石船に乗り込み、意気揚々と大阪へ向かい始めたのである。

「なぁ、歳。将軍警護をかなり強く会津に申し出て正解だっただろう。」

 芹沢顔負けの強攻策で将軍警護をもぎ取った近藤は船の上でも上機嫌だった。それは冬物の黒紋付を着込んだ隊士達も同様で、特に八月十八日の政変以降に入隊した隊士達にとっては初めての大きな仕事だけにそのはしゃぎぶりは尋常ではない。中には船の上で立ち上がり、船頭に怒鳴られる若い隊士もいたほどである。

「・・・・・それにしても黒紋付、っていうのは地味ですよね。」

 提灯の灯りに浮かぶ、はしゃぐ隊士達を見ながら沖田はぽつりと呟いた。その言葉を藤堂が聞きとがめる。

「どういう事だよ、総司。」

 沖田の方ににじり寄りながら藤堂は沖田の耳元で囁く。

「いえ、今が夜だからかも知れないんですけど・・・・・去年の夏に着ていた浅葱の羽織はやっぱり派手だったなぁ、って。」

 沖田は早春の夜風を受けながらくすり、と笑った。

「確かに・・・・・あの時は黒や鼠色の中であの浅葱色は目立っていたしね。」

 沖田の言葉に藤堂も同意する。否、羽織だけではなかった。江戸から上洛したての粗野で活きの良い若者達はそこにいるだけで人目をひいていた。小綺麗とは言い難かったが、夏の川面のようにきらきらとまばゆく輝く存在感は、まるで一夏の夢だったように今となっては儚く思える。

「今年の夏はさすがにあの羽織は着れないでしょうしね。」

 冗談交じりの沖田の言葉を藤堂は露骨に嫌がり、鼻の上に皺を寄せた。

「いくら何でも今年は檳榔子染めの羽織を仕立ててくれるだろう。今だって黒紋付なんだしさ。下染めの羽織だけはもう勘弁して欲しいや。」

 二人は土方に聞こえぬようにひそひそと喋る。あの頃の隊士達と顔ぶれもだいぶ変わってしまった今、あの浅葱の羽織の事を知るものも少なくなってゆくのだろう。そして人々の記憶の中からも消えてゆくのかも知れない。
 一抹の寂しさを早春の夜風と共に帆に孕みつつ、三十石船はかなりの早さで大阪へ向かって進んでいった。



 一晩かけて早朝大阪に到着した新選組は、その脚で定宿である八軒屋京屋に入る。そして荷物を解く間もなく土方は早速助勤達を招集した。

「秋月殿によると大樹公が大阪に到着なさるのは八日とのことだ。それまでの五日間、平隊士達を適当に休ませておいてくれ。ただ、あまり羽目を外させないようにな。」

 早々の呼び出しにも拘わらずかなり明るい口調の土方に、全員がほっとした表情を浮かべ、思わず笑い出す。

「羽目を外さなければ新町に出向いても良いって事ですよね、土方さん?」

 原田が身を乗り出して土方に尋ねた。

「勿論だ。だが、おめぇは信用できねぇな。酔うとすぐに昔の切腹傷を誰彼構わず見せつけるだろうが。」

 土方の指摘に皆がさらに大笑いをする。

「ちぇ、やってらんねぇ!」

 皆に笑われ、原田は頬を膨らませた。

「ま、ろくに正月らしい宴会もしていない事だし平隊士達にも息抜きは必要だ。不逞浪士以外の者達との諍いにだけは気をつけてくれればいいだろう。」

 将軍上洛までの五日間、むしろ緊張感を保ち続けろと言う方が無理だろう。会津藩からも他に仕事は申しつけられていないし気晴らし程度なら問題ないと土方は告げた。

「じゃあ、土方さんの気持ちが変わらねぇうちに若い奴らを連れていっちょ遊びに行くか!」

 昨晩、三十石船の上でろくに眠れなかった筈なのに----------今にも宿から飛び出して行きかねない原田のあまりにも嬉しげなその一言に、その場にいた幹部達は腹を抱えて笑い続けた。



 一月八日午後、将軍は大阪に上陸した。新選組一同は安治川河口付近で将軍を出迎え、そのまま将軍入城まで警護を行った。傍から見たらささやかすぎる任務であったかも知れないが、浪士集団という新選組にとっては身分不相応の任務である。
 この栄えある任務に就いた事は土方にとっても相当な喜びであったのだろう。その二日後、土方は祖母の生家である平家への年賀状に将軍出迎えの友軍布陣図を添えて送ったのである。
 そこには安治川河口付近に布陣する新選組の陣地を誠の旗印の絵と共に描き『新選組 百人』と書き添えてあった。

「土方さん、百人は風呂敷を広げすぎでしょう。まだ五十人ほどじゃないですか。全く平の家にまで見栄を張るなんて・・・・・。」

 土方の背後から沖田が覗き込み、茶化し始めたのである。

「総司!おめぇ、何覗き込んでいやがる!とっととあっちへ行きやがれ!」

 土方は慌てて布陣図に覆い被さり、それを隠そうとするが、時すでに遅し。それは沖田が布陣図の内容まですっかり覚えてしまった後だった。

「まぁまぁいいじゃないですか。折角大樹公の護衛が出来たんですし、誰かがばらさなきゃ解りっこありませんよ。」

「そう言いながらある事無い事書いて日野に送るつもりでいるんだろうが。顔に書いてあるぞ!」

「あ、ばれました?何でばれちゃったんでしょうかねぇ。何なら戸塚村のお琴さんにも『大阪新町で豪遊している。』って送っておきましょうか?」

「馬鹿!余計な事をするんじゃねぇ!この前の娼妓の手紙だってやりすぎたと・・・・・。」

 土方が本気で慌て始めたその時である、急に宿の玄関口が騒がしくなる。そして誰かが階段を乱暴に駆け上がってきたかと思うと、いきなり部屋の襖がばん!と勢いよく開かれ、顔面蒼白の永倉が肩で息をして飛び込んできた。

「どうした、新八、血相変えて。」

 その様子にただならぬ気配を感じた土方が、永倉を落ち着かせる為にあえて低い、静かな声で永倉に問う。しかし永倉の興奮はなかなか収まりそうもない。

「どうしたも・・・・・こうしたも、山南さんが・・・・・。」

 焦れば焦るほど舌がもつれ、なかなか思うように喋る事ができない。

「山南さんがどうしたんですか?」

 永倉のただならぬ様子にさすがに沖田も心配になってくる。その沖田の問いかけにようやく永倉が声を押し出した。

「岩城升屋で・・・・・不逞浪士に斬りつけられて左腕に大怪我を・・・・・!」

「何だって!」

 山南の大怪我という思いもしなかった事態に、土方と沖田は一瞬にして凍り付いた。



UP DATE 2011.02.18

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野村君の切腹から三日後にお雑煮一杯分のお正月、そして将軍警護と来て最後に山南さんの大怪我----------自分で書いておいて言うのもなんですが、まるでジェットコースターのような慌ただしい展開になってしまいました。山南さんが怪我を負った『岩城升屋事件』は文久三年夏の将軍上洛時に起こったかもしれないとの説がありますが、直後の八月十八日の政変に山南さんが参加している事、逆に今回の将軍上洛後、山南さんは『病気』ということで面会希望者と顔を合わせていないというところから、今回の上洛で『岩城升屋事件』が起こったとの説を採用させて戴きました。

『岩城升屋事件』の詳細は次回更新に回すといたしまして(笑)、この時期色んな方々が満身創痍で・・・・・松平容保がぶっ倒れ、近藤局長も松平容保に温泉療養を勧められるという状況に陥ります。何せ変乱の多い『甲子革令』の年、登場人物達も無事じゃいられないみたいです。


次回更新は2/25、『岩城升屋事件』を中心に展開していく予定です。
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