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「葵と杏葉」
葵と杏葉・改革編

葵と杏葉改革編 第二十二話 パレンバン号の開国勧告・其の壹

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 幕府を揺るがすその知らせを日本にもたらしたのは、例年の如く長崎に入港した阿蘭陀商船であった。

 六月初旬、その日は梅雨空特有のぐずついた空模様であった。そぼ降る雨の中、長崎港に入港してきた阿蘭陀船を出迎えたのは、長崎奉行の役人達数名と長崎御番の当番に当たっている佐賀藩の藩士達、そして昨年ようやく創設されたばかりの佐賀藩火術方役人数名である。

「ねぇ、本島さん。鉄製のモルチール砲、この船に乗っているんですよね。早くみたいなぁ・・・・・・なんだかわくわくしてきちゃいました」

 火術方の役人としての大役に、粗相があってはならないとしゃちほこばっている本島藤太郎の横で、若い原平六が嬉しさを押えきれずにはしゃいでいた。原がはしゃぐのも無理はない。何せ今回やってくるモルチール砲は今までのような青銅製ではなく、鋼鉄製の最新式のものなのである。
 今まで阿蘭陀から輸入したり自分達で製造し使用していたモルチール砲は、鉄より融点が低い青銅で作られていた。それだけに製造そのものは比較的楽なのだが、武器として使用するにあたり火薬の爆発力に限界がある。ある一定以上の火薬量になると大砲自体が破戒する――――――青銅製の大砲にはそんな欠点があった。
 しかし欧米の産業革命により製鉄技術が発達、今まで以上に多くの火薬を詰めても壊れない、強力な鉄製大砲の製造が可能になったのである。阿片戦争による清国の惨状、そして新たに火術方ができたことも重なって、斉正が特に力を入れて注文した最新式の大砲がこの船に搭載されている筈なのだ。

「おい!佐賀武士たるもの、そんな大砲くらいではしゃぐんじゃない!」

 技術者として最新式の大砲を見るだけでなく、手に入れる事が出来る事は本島としても嬉しくないはずもない。原のあまりのはしゃぎっぷりに本島は注意するが、そんな本島の顔も知らず知らずのうちにほころんでしまっていた。

「あわよくば今回やって来る鉄製のモルチール砲を調査して、我が藩でも複製できるようになればいいのだが・・・・・・」

 最新式の鋼鉄の大砲にはしゃぐ若者二人とは対照的に、火術方を取り締まっている羽室平之允は表情を曇らせる。この件については非業の最期を遂げた平山らからも頼まれた、佐賀藩の『悲願』である。そもそもこの火術方という組織も砲術そのものの習得、指導の他に武器の製造という役割も担っているのだ。

「刀鍛冶の橋本さんや鋳物師の谷口さんの力が、ますます必要になってくるな」

 これから取りかからねばならない試練を前に、羽室は誰にも気付かれないように溜息を吐いた。



 佐賀藩火術方の者達のそんな思惑はつゆ知らず、いつもの如く入港した阿蘭陀商船であったが、船から下りてきた船長のその表情はいつもと違って固く強張ったものであった。

「ようこそ。長旅、お疲れ様でした」

 長崎奉行所の担当与力が、船から下りてきた商船の船長に挨拶をする。しかしいつもならにこやかに対応する船長が強張った表情のまま与力に語りかけた。

『到着早々申し訳ないが、すぐに長崎奉行との対談の席を設けて貰いたい。近々、我が国の軍艦が・・・・・・正式な使節団が、国王の国書を持ってナガサキにやってくる。その受け入れの話をしたいのだ』

「なん・・・・・・ですって!」

 さすがに阿蘭陀語をそのまま聞き取る事はできなかった与力だったが、通詞に訳されたその言葉に愕然とする。国書を携えた軍艦がやって来るという、前代未聞の話に慌てふためき、部下の同心に即座に奉行に連絡しろと騒ぎ出した。

「何があったんですかね。あんなに慌てふためいて」

 そんな与力達の騒ぎを遠くから見つめていた本島が羽室に耳打ちする。

「さぁ・・・・・・どちらにしろ三日後には我が殿も長崎にいらっしゃる。その時に状況は解るだろう」

 まさかこの知らせが幕府を騒動に追い込む阿蘭陀国王からの開国勧告だとはつゆ知らず、火術方の者達は鋼鉄製のモルチール砲ばかり気にしていたのだった。



 そんな騒動の三日後の事である。長崎にやってきた斉正はその騒動の話を家臣達から聞いた後、いつもの如く慣れた様子で阿蘭陀船に乗り込んだ。

『お久しぶりです、船長』

 毎年阿蘭陀船に乗り込んでいるだけあり、いつの間にか斉正は阿蘭陀語で簡単な会話が出来るようになっていた。大名とは思えぬ気さくさで斉正は自ら手を差し出す。

『お久しぶりです、サガ公。実はあなたの耳にも入れておきたい話がありまして・・・・・・』

 差し出された斉正の手を握り返しながらも、船長は渋い表情を崩すことなく斉正を船長室へと促した。

「・・・・・・やっぱりいつもと違うみたいだ。やっぱり噂は本当らしいな」

 船長に先導されながらも、斉正は気付かれないように松根に語りかける。

「ええ・・・・・・やはり軍艦がくるのでしょうか」

 その場に居合わせた藩士達、そして長崎奉行の話から、斉正はいち早く今回の阿蘭陀船入港はいつもと違うものだと感じていた。それだけに今回の船長の話は重要なものになりそうだと斉正は予想する。

「だったら絶対に乗り込まないといけないな。商船でさえこの軍備なんだから、きっと軍艦はもっと大砲とか乗せているんだろうし」

「殿、不謹慎すぎますよ。頼みますからそんな話は、私や姫君様の前だけにしておいてくださいませ」

 斉正のあまりにも子供っぽい一言に対し松根がそれを諭す。そんな会話をしているうちに船長と斉正達は船長室へ辿り着き、部屋の中に入った。
 長旅を経てきたにも拘わらず、綺麗に整えられた船長室のソファーに斉正は座り、その背後に松根が主君を守るように控える。それを確認すると、船長はようやく重い口を開き、詳細を語り出した。

『もしかしたら長崎奉行から話を聞いていらっしゃるかも知れませんが、来月早々我が国の軍艦・パレンバン号が使節団を乗せてナガサキにやってくる予定です』

 重苦しい沈黙の後、船長はようやく口を開く。一応通詞はついているが、斉正がある程度阿蘭陀後を聞き取る事ができる事を船長は知っている。なのであえて丁寧にゆっくりした口調で斉正に語りかけた。

『そうなのですか?噂では聞いておりますが、長崎奉行は『幕府機密』と称してあまりはっきりと教えてくれなかったのです』

 斉正の言葉を聞いて、船長は大きな溜息と共に首を横に振った。

『そうですか。実はコープスを代表とするその使節団は我が国王・ウィレム二世からショーグン宛の国書を携えております』

『国書、ですか』

 国書、と聞いてさすがに斉正の表情も険しくなってくる。

『どのような事が書かれているかなんて、さすがに解りませんよね』

 冗談半分に斉正は船長に尋ねたが、意外にも船長から思いもしない返答が帰ってきた。

『たぶん・・・・・・あなた方の幕府に対する何かしらの忠告だと。あなた方の幕府が出し、各国に知らせてくれと頼まれた『薪水給与令』は未だ他国に通達されていないのです。商売をする身としては他国の船が日本に近づかない事は非常にありがたいのですが、国として頼んだ事を履行しないということは、何か考えがあるのでしょう。もしかしたら『薪水給与令』の欠点を指摘し、何かしらの代替案を提案しているのかも知れません』

『なるほど・・・・・・』

 確かに薪水給与令は出されたものの、実際それを活用したという話は殆ど聞かない。むしろ阿片戦争時より日本沿岸に現れる外国船の数は少なくなった気がする。
 商船の船長でも感じるほどの異様さの裏には、やはりそれなりの理由があるのかも知れないと斉正は頷いた。



 阿蘭陀商船からもたらされた知らせはすぐさま幕府に知らされたが、その対応に幕府が混乱し、結局対応を決められないままあっという間に一ヶ月が経過してしまった。そんな状況下の天保十五年(弘化元年)七月二日、パレンバン号は長崎に入港する。
 長崎に入ってくる商船と違い、阿蘭陀本国から直航してきたパレンバン号は、いつもやってくる阿蘭陀商船とは比べものにならないくらい巨大で、待ち受ける日本側の者達を圧倒した。

「これが・・・・・・パレンバン号。何て大きな軍艦なんでしょう!」

 目をきらきらと輝かせながらパレンバン号を見上げている斉正の横で、福岡藩主の黒田長溥は斉正を奇異なものを見るような目で見つめている。普段は佐賀と福岡、交互に警備に当たるのだが、さすがに今回ばかりは一つの藩だけでは手が足りないと両藩揃って警備に当たっているのである。

「佐賀公は、あのようなものを見て恐ろしいとは思わないのですか?」

 商船とは違い、装甲も猛々しい巨大な船を前にして斉正のような反応は極めて稀だろう。むしろ黒田長溥のように恐ろしいと思う方が普通である。しかし、斉正は怪訝そうな顔を浮かべるだけであった。

「何故?むしろいち早く入り込みたくてわくわくしております。ただ、なかなか長崎奉行を説得できないんですよ。商船とは訳が違う、何かあったら誰が責任を取るんだと煩くて。今、幕府からの許可待ちなんです」

 軍艦が長崎にやってくるという話を聞いて一ヶ月間、何かと長崎奉行に説得を試みているのだが、さすがに今回は軍艦なので『幕府からの返事待ち』と取り合って貰えなかった。

「それにしても『国書』ってどんな内容なんでしょうね」

 すぐには軍艦に乗り込めそうもないという斉正の話に少しほっとしたのか、黒田は『国書』について斉正に訊ねる。だがそれに関しては斉正も全く情報が掴めていなかった。

「それがどんなに探りを入れても解らないんですよね。今回ばかりはやけに守りが堅くって」

「阿蘭陀商船の誰かから話は?」

「大したものは・・・・・・ただ阿蘭陀は未だ『薪水給水令』を他国に連絡していないそうです。その腹づもりがいまいち解らないのですが・・・・・・もしかしたらそれに関連する事じゃないでしょうか」

 ようやく船から下りてきた軍艦の乗組員や、使節らしき人物に対し、長崎奉行自らが対応している様子を見つめながら斉正は肩をすくめる。

「・・・・・・江戸からも側用人が出向いてきているとか」

「・・・・・・やっぱり何かあるのでしょうね」

 事が事だけについひそひそ話になってしまう。長崎御番を勤める二人の大名にさえ極秘の国書の内容――――――それは幕府を揺るがしかねないものであった。



 
 この日は警備だけでパレンバン号に乗れなかった斉正だったが、決して手をこまねいていた訳ではない。
 実はパレンバン号が入港すると知ったその日に斉正は長崎奉行所に押しかけ、『パレンバン号に乗船させろ!』と執拗に懇願していたのである。それは斉正が帰った後も長崎藩邸の藩士、そして火術方の者達が交互に押しかけて仕事にならなかったほどであった。
 だが、そこまで斉正がしつこく要求しても長崎奉行は首を縦に振らなかった。さすがに今までの商船と、国書を携えてきた軍艦では話が違う。渋りに渋って長崎奉行が許可を出したのは、幕府の返答――――――もちろん斉正の乗船許可だけ――――――が帰ってきた八月の終わりの事であった。

「・・・・・・ご自身の責任でお願いしますよ!こんな事で腹を切るのは御免です」

 根負けした長崎奉行は斉正に対して捨て台詞を吐いたのは余談である。そこまで待たされた挙げ句の九月十九日、ようやく斉正は三十一人の家臣を伴ってパレンバン号に乗船することができた。

『さすがに甲板も大きいですね。商船とは桁違いだ』

 嬉しげに甲板を見回す斉正に、かなり豪華な上着を着た一人の男が近づいてくる。

『貴方がサガ公ですか?噂はかねがね伺っております。私は阿蘭陀国王の使節、コープスと申します』

 褐色の髪に豊かな髭を生やした、優しげな目の阿蘭陀人は斉正に手を差し伸べた。

『初めまして。私はサガのナベシマともうします』

 斉正も手を差し伸べ、西洋式の挨拶である握手を固く交わす。

『Oh!あの焼き物の名前の!私も小皿を一組、国王から下賜されました。薄くて美しい、まさにあれは美術品です!』

 コープスのあまりの感激ぶりに斉正はこそばゆさを感じたが、次の瞬間真顔になる。

『コープス殿、実は二つほど頼みたい事がございます。一つはこの軍艦の内部の閲覧、そして――――――』

 斉正はごくり、と唾を飲み込み続ける。

『できる限りで構いません。国書にどのような事が書かれていたかご存じならば、教えて戴けないでしょうか。長崎を護る者として嫌な胸騒ぎを覚えてならないのです』

 真剣さと焦燥を含んだ斉正の言葉にコープスの表情が強張る。さすがに軍事機密に当たるものは見せて貰えないのか――――――斉正が諦めかけたその時である。

『あなたは・・・・・・幕府の代表者ではないのですか?あなたのような積極的な方にこそ、国王の開国勧告を知って貰わねばならないのに!』

 斉正の手を握る手に力がこもった。

『解りました。私の知る限りの事は全てお話ししましょう。そして、パレンバン号も心置きなく見学していってください。一度で無理なら何度でも・・・・・・この美しい国が清のように蹂躙されるのは耐えられません!』

――――――そして斉正らのパレンバン号見学は始まった。



UP DATE 2011.02.23

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まずはごめんなさいから。調べ物の手違いで茂真らの血判状とパレンバン号がやってきた時期が前の話で前後逆になっておりました(^_^;)すでに訂正しておりますが、勉強不足ゆえの手違い、誠に申し訳ございませんでしたm(_ _)m


天保の改革も失敗に終わり、ようやく開国を匂わせる事件が勃発しました。パレンバン号が阿蘭陀国王の国書を携えて日本にやってきた裏事情は次回に回しますが、元凶はやはり阿片戦争らしいんですよねぇ(苦笑)。まだまだ『優しく揺すり起こされている』といったレベルのパレンバン号の開国勧告、教科書でもあまり取り上げない事件ですが、本格的な開国に向けての第一歩の事件でもありますのでじっくり取り組みたいと思います(^_^)

そしてそれとは別に船オタク・斉正の本領発揮(爆)。毎年乗り込んでいる商船じゃもの足りず、今回やってきたパレンバン号が長崎を離れるまで5回も長崎に出向いているとか・・・・・パレンバン号に乗り込んだかどうかは解りませんがやっぱり放っておけなかったのでしょう。ちなみに私は5回とも乗り込んでいたんじゃないかと思います(笑)。そんな船オタクのテンションの上がりっぷりも次回取り上げられたらな~と目論んでおります。きっとコミケに迷い込んだマンガオタクのようなテンションなんでしょうねぇ(おいっ)。


次回更新は3/2、国書の内容、そしてそれが出された裏事情を中心に取り上げたいと思います。


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